回復
ラタン姉が脂汗をかきながら命の灯火の魔法行程をこなしていく。するとクロムの体がたちまち燃え上がり、ズタボロだった体がみるみるうちに健康そうな肉体へと生まれ変わっていく。苦しそうな呻き声がなくなり、静かな呼吸音へと変わったかと思うとクロムはゆっくりと目を覚まし、自らの体を信じられないと眺め回していた。
「ここは?私は確か、ノーラの軍にこっぴどくやられて全身が打ち砕かれていた筈では……もしや夢でも見ていたんでしょうか」
「クロム、目を覚ましたのですね。どこか変なところはありませんか?」
「ラタンさん?おはようございます。あの、状況がよくわからないのですが」
戸惑った顔になるクロムに対し、スズちゃんが勢いよく抱きついた。
「お兄ちゃんの馬鹿!時間稼ぎで死んじゃうくらいの無茶なんか誰も望んでいないんだから、ちゃんと逃げてよ!」
そしてワンワンと泣き出す。その言葉に戸惑いつつもクロムは泣いているスズちゃんの頭をゆっくりと撫でる。そして、意味を噛み締めた時わかった顔となる。
「ああ、そうか。夢じゃ、なかったのか。私は、負けたのですね……ラタンさんが治療してくださったので?」
その言葉にラタン姉は頷く。
「ひどい怪我でした。クロム、よく聞いてください。治すためにアンジュにかけたのと同じ魔法を使いました。意味は、わかりますね?」
その言葉に事の重大性を理解し、クロムは沈痛な表情で俯いた。
「命があるだけ儲けものだと感じましょう。それから、そちらの自警団の人に感謝するのですよ。ボクが辿り着くまであなたが生きていられたのはその人のおかげなのですから」
クロムはその人にお礼を言おうと顔を上げる。そして「あっ」と小さく驚いた声をあげた。どうやら知っている人物らしい。
「この方は、私が先日お世話になった娘さんのお父さんです。そうですか、ありがとうございます。助かりました」
「いやなに、私達の町のために強者相手に命をかけて戦ってくれるその心意気と、君に死なれると何よりも娘が悲しむからね」
そう言ってクロムに微笑むおじさん。なんとなく、先日のツムジさんが重なって見えた。おじさんはこちらに向き直る。
「それにしても、凄い魔法だ。同じ回復魔法の使い手として、今の魔法が信じられない威力であるのがよくわかる。だが、何か不吉なものも感じた。今のは一体……?」
ラタン姉が命の灯火についてかいつまんで説明をする。
「今死ぬか、後で死ぬかという諸刃の剣というわけか。なかなかにリスクの大きい魔法のようだ。世の中にはまだまだ知らない魔法があるのだなぁ」
おじさんは天を仰いでそう呟いたのであった。
会話がやや落ち着いたところでクロムにあった出来事を聞く。その中で僕の作った壁を守ることができなくてごめんと泣きながら言われて、嬉しさを感じつつもそのせいで逃げれなかったのかと少し罪悪感を感じてしまった。
リンチにされ意識が朦朧としながら、相手から浴びせかけられた罵りを覚えている限り僕達に伝える。その顔はとても悔しそうな顔で、ふつふつと僕の中で何かが煮えてくるのがわかる。決定的だったのは次の事象だ。
「そうだ、剣!ああ、くそ!持っていかれてしまったみたいだ」
なんと、クロムにとって宝であるあの剣を奪われたというのだ。
許せない!カッと頭に血が流れ込んでくる。無言で立ち上がると、その場の皆に背を向けて相手のいる方角へ進む。
「どこへ行くつもりですか」
ラタン姉から厳しい調子の声が飛んでくる。
「少し、借りを返しに行こうかと」
「待ちなさい、気持ちはわかりますが冷静になりなさい。それに先程スクロールが切れたと言っていたではないですか!」
それは正論なんだろう。
だけど。
「でも黙って居られないんだ!ごめん!」
皆の制止の声も聞かず僕は走り出すのだった。