お説教
主人公サイドに戻ります
ドゥーチェの勢力と戦い、戻ってきた仮設拠点に居たのは入り口で仁王立ちし、姉鬼と化したラタン姉であった。顔こそ笑顔であるものの、完全に怒っている。そんな様子に思わず後ずさりしてしまった。
「あ、お帰りなさいキルヴィ様。首尾は上々ですか?」
そんなラタン姉の後ろからひょっこりと頭を出すスズちゃん。目線で「もしかして僕達の行き先をラタン姉にチクった?」と尋ねると舌をペロッと出してソッポを向かれてしまった。これはバラされたか。そんなやりとりをしているとラタン姉が話しかけてくる。
「キルヴィ?お姉ちゃん悲しいのです。ボクは常々キルヴィの事を心配で心配でたまらないというのに、ふと目を離したらいつも危険な事をして……キルヴィはボクの事、嫌いなのですか?」
笑顔から一転、すごく悲しそうな顔でそんな事を言われてしまう。うう、攻撃されたわけでもないのになんだか胸が痛いぞ。
「さあ、洗いざらい何をしてきたのか本人の口から話してもらいましょうか?全く、クロムも止めずに一緒になってやるなんて……進んで戦いに行きたいなんてボク、男の子ってよくわからないのです」
「ごめん、ラタン姉。どうせ足止めするなら少しでもインパクトを与える事で諦めさせることができないかなって思ったんだ。でも同時に来る相手を僕だけでは捌き切れないから、やる気に溢れていたクロムに声をかけて反対側を任せたんだよ」
「……はぁ。いいですかキルヴィ?今回は無事だから良かったですが、これは戦争なのですよ?1人で軍を相手に戦おうとするのがどれだけ危険なことか、よく考えてください。それにボク達は仲間でしょう?クロムとスズに言ったからいいやってボクに相談せずにやるのはやめて欲しいのです」
ラタン姉の言葉は僕に深く突き刺さった。確かに僕は自分が強くなったから大丈夫だと少し浮かれていたのだろう。そして、どうせ止められるからとラタン姉に内緒でやろうと決めたのも僕だ。設営の時の心配故に引き止めようとするという事を、どこか鬱陶しく感じてしまっていたのだ。
「で、インパクトって何をしてきたのですか?まさか、とは思いますが光の定規なんか人に向かって放ってないですよね?」
その言葉に首を傾げてしまう。光の定規は僕の攻撃の中でも攻撃力と殲滅力の高い技だ。使うなという方がおかしいと思うのだけど……黙っているとラタン姉の顔がまた険しくなった。
「その顔、使ったんですね!?キルヴィ、撃った時それが町の誰かに見られていないかちゃんと確認しましたか?」
「えっ、いや……してないけど。それって重要だったかな」
僕の言葉にラタン姉が頭が痛いという風に抑える。そして、教えてこなかったボクが悪いんでしょうねと前振りをしてから話し始めた。
「キルヴィ、この際なので言いますがあなたが思うよりも人は弱いのです。チリすら残らないあの攻撃ははたから見れば人道的ではありません。過ぎたる力を見せられた時、人は味方であってもその力がこちらに向くのではといらぬ恐怖心を持ち、遠くにいる敵よりも優先的に排除しようとするものなのですよ?」
ボク達は付き合いが長いからそんな事を考えませんがと続ける。そう言われると、先に逃げてもらった防壁の所で応戦していた自警団の人に見られたかもしれない。ちょっとまずいかもしれなかった。
「ところでキルヴィ様、お兄ちゃんの方はどうなってるかわかりますか?」
そんな時、未だに戻ってこないクロムに心配したのか、ウズウズとした様子でスズちゃんが僕に話しかけてきた。そう言えば同じくらいに応戦しているのであればもう戻ってきてもおかしくないな。MAPで確認をする。
僕が打ちのめしたドゥーチェ側は未だに足踏みしているようだったが、クロムに任せたノーラ側から赤い点が侵攻してきていた。
……え?
慌ててクロムの気配を探る。事前のやりとりからして応戦はした筈だ。それなのに相手が侵攻を続行できるということは……嫌な考えが頭の中で膨らんでくる。探せ、嘘だ、クロムが負けるなんて考えていなかった。
そして、見つける。壁をはったあたりに段々と弱々しくなっていくクロムの名前が記された緑の点が表される。その表され方からかろうじて生きているだけといった様子に思えた。その近くで小さな緑の点が複数集まっている。名前から自警団の回復魔法を使える人だった筈だ。
「ラタン姉、スズちゃん、まずいことになった。すぐにクロムの元に行かないと!どうしよう、やばい」
僕の態度でクロムに悪いことが起きたのだとスズちゃんの顔がさっと青ざめる。ラタン姉は落ち着いた様子で馬を馬車から外し、跨る。
「キルヴィ、馬は乗れますね?スズはボクの後ろに乗るのです。急いでいるのでしょう、動揺してないで早く動くのです!」
喝を入れられ、僕も馬を用意する。見通しが甘かった、クロムも強いからと高を括っていた、だからこうなってしまったと頭の中でぐるぐるとマイナスの言葉が渦巻く。
侵攻してきているノーラの軍に察知されないであろうルートを走り、今尚弱々しく映る点を目指す。
辿り着いた先にあったのは涙ながらに必死に治療魔法をかけている自警団の人と、見るも無残な様子のクロムの姿。すぐにスズちゃんが駆け寄り自分の知る回復魔法を使い始める。
スズちゃんの行動でやってきた僕達に気がついたのかその人が顔を上げる。僕達の事を捉えるとこう話しかけてきた。
「クロム君の仲間だろう?全身の骨が砕けて内臓もいくつかやられている。生きていること自体が不思議であり、その命さえも消えかけている状況だ。とてもじゃないが私の知る回復魔法じゃ命を繋ぎとめきれない。何か、何か手はないか?」
何故かこの人はクロムの名前を知っていた。すごく必死になって回復魔法を使いながらそう言う。
このままでは、クロムが、死ぬ?
頭の中が真っ白になる。僕のせいだ。僕のせいでクロムが死ぬ。
「……奥の手を使うのです」
僕が動けないでいると沈痛な顔をしたラタン姉が馬からゆっくりと降りる。スズちゃんが回復魔法の手を止めずに涙ながらに「どんな手でも助かる手があるなら」とラタン姉へと頼み込んだようだった。会話が、遠くに聞こえる。
「命の灯火です。かつてアンジュを救うために見つけ、そして亡くなる原因となった魔法なのです。どういったものかスズとキルヴィなら、身に染みてよくわかっているはずです」
命の灯火。ラタン姉にとってはとっておきの中のとっておきだ。火属性魔法中級でありながらどんな病や怪我でもたちまちに治してしまうという、とんでも効果な回復魔法だ。しかし、代償は凄まじくかけられたものの寿命を大幅に削り取り、人間ならば残り2年程になる、一種の呪いめいた魔法でもある。
「本人の同意が本当は欲しいところですが……しのごのいってられません。確かツムジが解決策を以前屋敷に持ってきていた筈ですしかけますよ、いいですね!?」
その言葉に、クロムの代わりにスズちゃんが頷いたのであった。