防壁
「隊長、どうやらここより先にはあの刃は置かれていないようです!」
さてどう進もうかと悩んだ所、我こそはと勇敢なる兵士達が立候補をした物量作戦によりどこに糸が張られているかを文字通り身を削って探すことで、私達はあの見えない刃の張られた危険地帯をなんとか抜けることができた。安全地帯であると確認をし、すぐに名誉ある負傷者の治療にあたる。
ある程度の治療が済んだら点呼を取る。先程の罠により、いつも最前線をかけていた隊員ら7名が物言わぬ骸と化した。彼らのおかげで私は糸に気がつけたのだ、非常に惜しい仲間を失ってしまった。
「奴ら許せねぇ!戦うならばこのような姑息な罠など使わず、正々堂々正面から戦えというのに!」
憤ったように兎顔がそう叫ぶ。無理もない、失った仲間の中にはこいつと仲が良い同期の隊員がいたのだ。今にも防壁と防壁の間にある隙間に向かって駆け出していきそうになる彼をなんとか引き止める。
「落ち着け。ここで冷静さを欠き、単独で無策に突っ込むことは我らの友人の思いを踏みにじることとなる。一度足並みを整え我らの得意な騎馬突撃によって、奴らへ波状攻撃を仕掛けようではないか」
「でも!……わかりましたよ。だが、こんな手を使うんだ、相手はただの弱者じゃねえ。出会った奴が無抵抗に見えても殺してしまって構わないでしょう?」
「許可する。奴らは追い詰められたネズミだ、何をしてくるかわからない。あまりいたぶるような真似はせず、速やかに処理をするのだぞ」
ラッパ手に命じ、隊列を整える合図を出す。これから行うのは波状攻撃。200〜500の分隊をいくつも作り、緩急をつけながらあの防壁へ突撃を仕掛ける。もちろん妨害があるだろうが、物量はこちらの方が上だろう。疲弊し、弱まった所を全軍で押し通るつもりだ。
足並みが整ったところで第1波の侵攻を開始させる合図を出す。土煙をもうもうと上げ、あっという間にスピードにのって突撃していく背中を見ながら相手の出方を伺う。だがーー
「まもなく壁にはりつこうというのに、まだ攻撃を仕掛けて来ない、だと?」
隙間が至る所にあるといえども、あの壁を越えられることはアムストルにとって良いことではないはずだ。となればはりつかれまいと必死に死守するものだと思ったのだが予想が外れた。そうしている間にも第1波の先頭が壁の隙間から中へと進行していったのが見えた。
「ん、向こうで風切り音。奴らさっきの罠で慢心でもしていたんですかね?侵入してからの今更で矢を放った所で遅えや」
兎顔が鼻で笑いながらそう言った。もしそうだとしたら拍子抜けである。我が軍ならあっという間に蹂躙してみせるだろう。
合図を出し第2波を突撃させる所で、そこで私ははじめておかしさに気がついた。先頭があの隙間に入って行ってから時間が経つというのに、どういうわけか未だに第1波の背中が見えるのだ。
「ありえん、全然侵入が進んでないぞ。あの壁の向こうではいったい何が起こっているというのだ」
その時第1波から数騎こちらに戻ってくる者が現れる。
「申し上げます!防壁の隙間の先、そこにここからでは見えないように魔法で細工がされた防壁が敷かれています!第1波、突撃の勢いが完全に殺された所で敵襲を受けております!」
なんと、我らの強みを殺しているというのか!迂闊であった。あの壁に隙間があるように見えるばかりに、壁を壊さなくても容易く侵攻できるという横着を誘われたのだ。
「よく知らせてくれた。ラッパ手、一度撤退命令を!第2波、一度分隊を解散し工作隊結成させ、発破の準備を行え!……この爆弾とかいうものはどうにも好かんのだが、仕方あるまい」
妥当ルベスト、とイベリにより持ち込まれた技術で、我々も火薬兵器というものを学んだ。しかし威力こそ魅力的ではあるがライカンスにとってこの火薬の匂いはひどくきつく感じるのだ。だがしのごの言っている場合ではない。あの壁を壊さなければ、私の望む迅速果敢な侵攻ができないのだ。
準備の整った工作隊が向かうのと入れ違いでいくらか数の減ってしまった第1波が戻ってくる。壁の向こう側の詳細を話せるものはいないかと尋ねると数人が手を挙げた。
曰く、人が通るのがやっとの間隔で壁が立っていたこと。その壁にも隙間があり、そこから弓を射掛けられたこと。確認できた相手はそう多くないということ。
「寡兵、策を持ってしてこの大軍を相手に立ち回るか……恐ろしい相手だ、野放しにしておかなくてよかったやもしれぬ」
さて、その策に必要な壁を壊されたとあれば数の少ないお前達はどう立ち回るのか?工作隊が爆弾を起爆させ、見えていた防壁が崩れ落ちる。ここから反撃といこうではないか。




