前夜
次に目がさめると、辺りは薄暗く既に日が沈み始めていた。いけない、ラタン姉の膝枕に負けてすっかり寝てしまった。慌ててMAPで避難状況を確認すると、1割くらいの人が既に想定している戦闘区域外まで進んでおり、それに続くように大勢の人が移動しているのがわかる。だが、町にも3割くらいの人が残ったままとなっていた。
「んうぇ?キルヴィ起きたのですか?ボクとした事がうとうとしてしまっていたのです。でも、そろそろ良い頃合いなのではないですか?」
頭を動かした事で、うつらうつらと舟をこいでいたラタン姉が目を覚ます。現状を伝えるとほら、休む時間くらいはあったでしょう?と得意げに言われてしまう。むむむ、これは結果論じゃないか。
「移動できてない人が割と多く感じるんだけど、理由を知っている人はいないかな?」
「一部は義勇兵として残ると決めてくれた方達です。ですが残っている大半は足の弱い方など自力では逃げ切れないと判断した者ですね。ニニさん達も身重なので町に残ってます。彼らは後から馬車での移動となりますね」
周囲に控えていた仲間に声をかけるとスズちゃんが答えてくれた。うーむ、やはり突然逃げろと言われても様々な要因があって難しいか。ならばこの人達に極力被害が出ないような戦いにしなければならないな。所々に防壁となるもの、塹壕、そして罠を仕掛ける。綺麗な町並みをいざ汚してしまうのは辛かったものの、何もしなければただ壊されるだけなのだ。ならば有意義に使おうではないか。
後はグミさんの元に行って最終的な事を詰めないと。集合地点に決めていたグミさんの屋敷の庭先に行くと、大勢の人が戦に備え殺気立っていた。グミさんはいつもと違う、戦いに出るかのような装いだった。錫杖を片手に自警団の人達と話をしている。その側には同じく武装したセラーノさんとカシスさんの姿もあった。こちらの姿を見るとグミさん達は深々と一礼をする。
「防壁の件、ありがとうございました。それのおかげで突然後ろから襲われる危険性が減ったと町の皆も安心して大半が避難に移る事ができました。あとは私たちの力で一矢むくえるようにしたいと思います」
そんな事を言われるものだから、ちょっと待って下さいと思わず言ってしまった。もしかしてまだ何かやるのかという自警団からの視線が集まる中、仕方がなく続ける。
「まだまだ、ようやくスタートラインです。大詰めはこれから皆さんと話すつもりですよ。ところでカラクリはいくつくらい用意ができましたか?」
「全部で15ほど。ですが私にはこれが役に立つようには到底思えないのですが」
そう言って大小様々な形のカラクリを見せてくれる。金属の音が出るもの、木を叩く音が出るもの、単調な音から楽器で旋律を奏でるものまで多種多様なようであった。
「とんでもない!これらはこの戦いにおいて1番の役者ですよ。あとは誰か、風の魔法を使って反響させることはできればなお良いんですが」
それならば私ができますと、兵の数人が手を挙げる。必要人数は居るようで上々である。
「結構。これだけの準備が整っているならば数日は侵攻を止められ、相手にも一泡ふかせる事ができるでしょう。兵の配置はこんな感じにしていただければ、後はお任せ致します」
そう言って地図に大体の兵科と数字を書く。その地図とにらめっこを始めた皆を見届け、僕からは以上ですと言うとグミさんが締めにかかった。
「頭に叩き込みましたね?現場指揮は団長、副団長に任せるとしましょう。義勇兵の方達にも通達をお願いします。今回の兵科に漏れているものは残っている人の避難の誘導をして下さい。皆さん、明日から苦しいですが頑張りましょう!」
その場を団長に任せ、グミさんは僕達を自分の屋敷へと招き入れる。中に入るなり、はっていた気が緩んだのか倒れこむように側に用意されていた椅子に腰掛ける。心配そうにセラーノさんとカシスさんがその側に近づこうとするが、大丈夫と手で合図する。
「明日からのことを思うと、とても気が重くて……でも私がこんな所で弱音を吐いてられません。皆さんを巻き込んでしまい申し訳ございませんが、どうか今しばらく力を貸して下さいませんか?」
どうやらいろいろな責任感を感じ、心にのしかかっているようだ。安心させるためにも力強く頷いてみせる。
「グミ、昨日からまともに寝てないでしょう?特に、この中でおそらく、1番経験不足なのはあなただ。戦慣れした我らに任せて少しは体を休めなければ。肝心な場面で指揮を取るだけで良いのですから」
セラーノさんがそう諭す。ならばせめて晩餐は用意させて欲しいと料理を振舞ってくれた。そう、全ては明日だ。打てるべき手は全て打ったはず。後は僕の思惑通り、事が進んでくれれば良いのだが…
次は敵軍視点の予定です