決断
馬車に揺られること約1ヶ月、夏から秋に季節が移る頃僕達はアムストルに再びたどり着くことができた。相変わらず出迎えてくれる人々はおおらかで明るい人ばかりだ。その中にあの女剣士、カシスさんの姿もあった。挨拶をするとこちらに近づいてきた。
「む、よく見ればいつかの子達ではないか。しばらくぶりだね」
「お久しぶりです、カシスさんはまだこちらに滞在してらしたのですね」
「ああ!人助けを続けていたら今ではこの町で私のことを知らない人はいないくらいには有名になってな、毎日引っ張りダコになるほどだ。私はそんな困っている人々の期待に応えるためにも離れるに離れられないのだ」
全く、私がいないとダメダメだな!とカシスさんはニコニコと嬉しそうにそう語る。
「そういえば、あの時いた女性とは別行動なんだな?先ほど男と連れ添って歩いているのは見かけたが、とても楽しそうに見えた。邪魔をしてはいけないと声はかけなかったが……どうした?いきなり複雑そうな顔をして」
「あっ、いえいえ!ありがとうございます。ちょっとその、喧嘩というかしてまして」
「そうか、早く仲直りできるといいな?おっと、こんな時間だ。自警団の人と修練の約束があるのでここで失礼するよ」
じゃあ、と手を上げて去っていくカシスさん。どうやらナギさんの想定通りここにイブキさんは来ているようだ。しかし男?ウルさんは確か今の僕よりも小さい時に亡くなっている筈だ。それなら先ほどの会話からしてカシスさんなら男の子というと思う。果たして誰なのだろうか?
「ツムジ、イブキちゃんに会う覚悟はできていますか?……僕は正直、この町に来るまで何もそれらしい被害や噂を聞いていないのでもう合わなくても大丈夫なのではないかと思っているのです」
ラタン姉がそう話しかけると、ツムジさんは腕を組み唸る。確かに途中寄った村や町でもアンデットを引き連れた女がいたと言う話は聞かなかった。イブキさんがおそらく連れているであろうウルさんがアンデットだと認識されていない証拠だ。少し考えた後にツムジさんは顔を上げ答える。
「いや、ここまで追って来たんだ。久々に顔をつきあわせる事くらいはしておきたい」
どうするかはそのあと決める、とツムジさんは付け足した。付き合いの長さ的にツムジさんはとっくにイブキさんに対して悪い感情を持っていないであろうということは見て取れる。あとは何事もなく、再会することができれば良いのだが……
「この町に滞在しているならギルドに一度顔を出している筈、ニニさん達のところへ行って見ましょうか」
クロムがそう提案をしてくるので宿のことも兼ねて僕達はニニさんとトトさんの店に向かうことにした。
ニニさんは入ってすぐのところで安楽椅子に座りお客さんへの対応をしていた。久々に会ったニニさんのお腹はだいぶ大きくなっている。
「あー、久しぶりに来てくれたんだねー。ごめんね、こんな姿勢でー」
立ち上がろうとするニニさんを僕達は立たなくて良いというジェスチャーをして止める。
「いえいえ、お気遣いなさらず。お久しぶりですニニさん。つかぬ事をお伺いしたいのですがうちの娘がここに来ておりませんでしたかね?」
「ソヨカゼ商会さんのー?来てますよー、今頃はお連れ様と海でも見てるんじゃないかなー?」
良い雰囲気だったから邪魔はしないであげたらどうですかー?と言うニニさんにいやいや、少し事情がありましてと言い訳をする。
「もしかして、お連れ様と駆け落ちー?しまったなー、親さんだからってイブキちゃんがここに居るってバラすんじゃなかったよー」
ニニさんはオロオロとしだした。駆け落ち……そう見えると言うことは、相手はやはり子供ではないようだ。
「違いますから安心してください!ちょっと、様子が気になっただけですから」
そう言ってひとまずここへ泊まる手続きをする。そして、なんとか引き留め行かせまいとするニニさんを奥から出てきた事情が飲み込めてないトトさんに任せて僕達は海の見える、以前ニニさんに勧めてもらったスポットまで急いだ。
果たして、そこにイブキさんの姿はあった。見知らぬ男の人と2人、手を繋いでこちらに背を向け切り立った崖の上で海を眺めている。近くに行こうとするとこちらに背を向けたままでイブキさんは語り出した。
「あーあ。思ったよりもうんと早く、見つかっちゃったなあ。あの夜、迂闊に話してしまったの失敗だったよ」
その言葉に隣の男の人がこちらへと振り向く。その顔にツムジさんはハッと息を飲む。
「旦那様!?……いや、似てるけど違う。まさか、あなた様は」
「知らない間に随分と年月が流れてしまっていて僕も驚きました。僕はウル・イレーナです。お久しぶりですツムジさん、そしてラタンさん」
目の前の青年は自分のことをウルだと名乗ったのであった。
「そんな、ウル坊ちゃんは亡くなられた時にはもっと幼かったはず。何故、何故そのように生きていたらの身体年齢になられているのですか!?」
大きく狼狽えながらツムジさんが疑問をぶつける。無理もない、死人も歳をとるとは聞いた覚えがない。いや、それ以前に体の何処にも綻びが見当たらなく、加えてウルさんは明確な自我を持っている。MAPに映っていないことを除けば本当にアンデットなのか疑ってしまうほどだ。
「僕が大きくなった理由?蘇生されたばかりの時は一応子供の姿だったんだけど、気がついたらこの体さ。本当のところはよくわからない。死者蘇生をかけた本人ならわかるかい、イブキちゃん?」
未だ背を向けたままのイブキさんの肩に馴れ馴れしく手をかけるウルさん。イブキさんはその手をそっと包んだ。
「いいえ、私もわからないの。でも、もしかしたらウル君はあの時死ぬ定めじゃなかったから成長させたんじゃないかな?世の中には不思議なこともあるんだからそれで良いかなって」
そして、イブキさんがついにこちらへと振り向く。
「おい、イブキ。お前、その右目はどうしたんだ!?」
イブキさんは以前あった頃にはつけていなかったはずの眼帯をしていた。ああ、これ?とイブキさんは眼帯を外してみせる。そこにあるはずの目は、存在しなかった。
「ウル君を蘇生できた時に潰れちゃったんだ。きっと、生贄の質が悪かったからたりない代償として持ってかれたんだと思うけど」
自分の事なのに特に気にした様子もなく、そう言ってのけるイブキさんに少し背中が寒くなる。
「でも、ようやく私はウル君に再会できたのだもの。言えなかったごめんねと好きだと言う気持ちを伝えることができて私は今、とても幸せなの!」
クルクルとその場で回ってみせるイブキさんをみて、ウルさんは笑ったように見えた。
「亡くなってからもずっと一途に思ってくれていたと聞いた時、僕は耳を疑いましたよ。そんなの、許すしかないじゃないですか」
「でも、楽しかったその夢も今日でおしまい」
イブキさんはピタリと背を向けた状態で止まる。それに寄り添うようにしてウルさんは立つ。
「死者蘇生は禁術中の禁術。それに加えて村の子供まで犠牲にした。悪いことだってわかっているの。きっとお父さんのことだから、その責任感から私のことを探し出す。ウル君を再び殺し私のことを裁こうって思ってるんでしょう?」
そうして一歩前へ踏み出す。それ以上進むと崖から落ちてしまうところまで進むと2人でこちらへと振り返る。
「そんなことはごめんだわ。もう片時だって私はウル君と離れたくはないの。死ぬ時はウル君と一緒に死なせて?お父さんにそれができないのなら私はここで身を投げます」
「馬鹿なことはよせ!イブキ、おれは、俺達はお前と話がしたくてここまで来たんだ」
「話?そう言って私を油断させてウル君を奪うつもりじゃないの?」
つっけんどんにそう返すイブキさん。だがウルさんはそんなツムジさんの様子を見て考える。
「いや、イブキちゃん。ツムジさんの話を聞いてみようよ。あの様子、なんとなくだけど悪いようにはならないと思う」
「……ウル君がそう言うのであれば。でも、それ以上近づかないで。不利だと思ったらすぐにでも地面を蹴りますから」
ウルさんに説得されシブシブといった様子でイブキさんは僕達の話を聞いてくれる気になったようだ。
始めはイブキさんのいう通りにしようと思っていたことを話した上で、死者蘇生をしたことは悪い事だと思うがここに来るまでそれが行われたという噂が聞こえなかった事、またアンデットによる被害が出ているわけではないという事からこのことは不問にしたい。犠牲を出してしまった村に対しては悪いとは思っているが、最悪バレないように手を回すつもりだ、と話す。
まさかそんな答えが来るとは考えていなかったようで呆けたような顔をする2人に対してツムジさんは最後にこう質問した。
「今後死者蘇生をしたり、またはアンデットの病的な殺人衝動をしないと誓えるだろうか?そう誓えるのであれば、俺は2人を認めてあげられる。いざこざもあるだろうがその後のことは任せなさい」
その言葉に2人は即座に出来ます、やってみせますと誓う。ツムジさんは2人に近寄り、崖淵から引き寄せ万が一にも落ちないところまで連れて行くと2人に対して大きく抱擁をしたのであった。




