静寂の森
久々に静寂の森を訪れる。スフェンの町はあれはあれで故郷と呼べるかもしれないが、僕にとってはこここそがまさしく故郷である。入った途端に数頭のランスボアがこちらに気がついたらしく、何キロか先から突進を仕掛けて来る。
「悪いがお呼びじゃないんでねっと」
スクロールの展開。そこに描かれた魔法陣に起動するための魔力を通す。ふわりと空中に陣が敷かれ、真正面に向かって光の激流が放たれる。光が収まった時にはその直線状にあった木や岩などの遮蔽物は取り除かれ、1つの道が出来上がっていた。MAPでも殲滅できたことを確認する。
ランスボアの突撃のように放つと一直線上ににしか行かないため方向に関して融通がきかなく、放つ前にやや溜める時間があるため多少時間がかかるが、魔法陣自体は事前に用意してあるためコストは低い。威力も高く殲滅力に優れているので今の僕のメイン火力だ。放った後に地面へ一直線上に線を引くことから僕はこれを光の定規と呼んでいる。
「さ、早く行きましょう。村で落ち着けなかった分ちゃんと休まないと!」
そう振り向いてツムジさんに言うと、ツムジさんはあんぐりと口を開けてラタン姉に何か尋ねていた。何を聞いたかわからないが、ラタン姉のいつもの事ですという返しは聞こえた。
「いやはや、全く……キルヴィ君は昔から凄い子だと思っていたが久々に会うと凄い成長をしているなぁ。まさに男子3日みざらば刮目せよ、か」
少し困ったように頭を掻きながらツムジさんはそう言ったのだった。
歩いていると屋敷がMAPの範囲内に入る。
……?あれ、地形データで見ると壁の一部が壊れている?中に誰かが無理やり入ったということか?念のためツムジさんに以前来た時に壁が壊れていなかったかどうかを尋ねてみるも、そんな様子はなかったと返される。ということはここ最近で開けられたということだ。盗賊か何かが偶然見つけて突破を試みたのだろうか?MAPで確認し、近くにそれらしい生体反応がないかを確かめる。が、モンスターの名前が映るだけで人の名前らしいものは今の範囲内には映らなかった。
ともかく大事な場所が荒らされていないか心配になったので急ぐことにする。光の定規を多用し、直線的に屋敷があるところに向かうとあっという間にたどり着くことができた。ここは屋敷のだいたい正面に当たる所だ。
そこの外壁は酷い有様であった。MAPで壊れていると判断された場所が、凄い力で無理やり吹き飛ばしたように大きな穴が開いていたのだ。当時の僕の持てる力全てでなんとかして封印していたのに関わらず、である。
「いったい誰がこんな事を……魔法でしょうか?それとも別のチカラ?」
スズちゃんがそう呟く。僕が頭に真っ先に思い浮かべたのはいつかの戦争で使われた爆弾とかいう、スフェンの町の門を吹き飛ばした火薬を使う道具を使ったのではないかという考え。一度しか見たことがないが、地面まで抉れているあたり似ているように思えた。
「……まだ新しいな。見てくれ、ここに焦げたような痕跡が残っている。それに火薬のような匂い……壊されてからそんなに時間が経ってないようだ。キルヴィ君、生体反応は本当になかったんだよね?なら、人間以外の何かかも知れないな」
おそらくこの中で一番火薬について知っているであろうツムジさんも爆弾であると判断したようだった。しかし、使ったのは人ならざるものかも知れないと。ゴーレムとかならあり得るのだろうか?しかし、ここに何の目的で?疑問が尽きない。
皆で警戒しながら壁の内側に入る。屋敷は手入れがされていなかった為か、朽ちていた。使えなくはないだろうが、入るのは危なそうだった。ただ、パッと見でも人為的な壊れ方ではなく、自然に任せて壊れていったというのはわかる。
「目当ては屋敷ではない……?なら何の為だ」
誰に言うでもなくツムジさんは呟く。生体反応こそないが、だからこそ不意打ちがこないように目線をせわしなく動かし気をつけながら屋敷をぐるりと時計回りに動く。そして、屋敷の左に回り込んだところに来て嫌な匂いが鼻についた。嫌という程嗅ぎ慣れたそれは鉄錆の匂い。つまりは血の匂いだ。
「どこから匂いが来ている……?いや、それよりも何故血の匂いがするんだ?誰かがここに来て仲間割れでもしたと言うのか?意味がわからん」
ツムジさんの呟きは僕等皆の心の内の代弁となっていた。そして母さん達の墓が見えるところまで来てようやく顕著な変化が現れたのだった。
墓のある辺りが荒らされているのだ。そして、その近くには軽く一人分の致死量はある出血痕が地面に広がっていた。
「墓荒らし……なのか?いや、それもだがこの血は……」
とりあえず周囲に動くものも見当たらないのでその場所へと近づく。母さんが眠っている場所と、もう1つ近くの場所が掘り返されているようだった。
「死者の安らかな眠りを妨げるとは……すごく罰当たりなのです」
母さんの墓を荒らされてラタン姉が本気で怒っている。と言うよりもここにいる全員が同じ気持ちである。生きているものの勝手で死者を冒涜してはいけないと思う……あくまで身内だからそう思うのかもしれないが。
その時クロムがちょっと待ってと言う。
「墓荒らしってこんなにピンポイントに墓のある場所を探すことができるんですか?これといって、墓だとわかるようにはなってもないのに」
言われて気がつく。石はあるが刻印などはなく、このままだと庭石とも取れる。この荒らされ方はとてつもなく不自然だ。今のに加えるならばここに眠っているのは母さんだけではない。母さんの家族が眠っているはずだ。
「ツムジ!もう1つの荒らされてる墓って」
「……ああ、そうだ。つまりは、そうなのか」
ラタン姉が何かに気がついたようで血相を変える。ツムジさんもそれがわかり、頭を抱え地面を叩く。
「村の子は、おそらくここに連れてこられたのですね……その血は多分その子のものでしょう。手遅れ、でしたか」
悲しい顔をしながら、納得したような感じでラタン姉はそう言う。どう繋がるのか意味がわからない。
「どう言うことなのさラタン姉!もう少し僕達にもわかるようにいってよ」
「もう1つの掘り返されている所は、アンジュの子……ウル君の墓なのです。そして、目印がないなら埋めたところなんて身内にしか知られてません。そして、同じようなタイミングで消えた人が1人、いるのです」
そんな
「近くの村の子供の失踪……これもおそらくは同じ人がしたのです。そしてこの地で殺した。生贄、といったところでしょうか?何をするのかはわかりませんが、悪魔召喚とかその類の黒魔術にあったはずです」
そんな、まさか……これをしたのは
「アンジュの方まで荒らした理由はわかりませんが、状況から判断するにボクにはウル君に会いたいがためにこの一連の流れをやったのではないかと考えています……もうなんとなく誰がやったのか、頭には浮かんでるのではないですか?」
イブキさん、だというのか?
「馬鹿娘が……!黒魔術なんて覚えかつての主人の墓を墓荒らしするとは、一体どこで道を踏み外しやがった……ッ」
それを肯定するかのようなツムジさんの苦しそうな声が屋敷の跡地に響いたのだった。