帰郷
道を知っている人と行く旅路は非常に安定していた。途中補充の為に寄り道をいくつかしたものの、1ヶ月もかからず3週間程でスフェンの町まで帰ってこられた。
……MAPで確認しても、この辺りはあまり昔と変わってないようだ。とても懐かしい景色が広がっていた。
「この辺にくるとボクはとても落ち着くのです。これが故郷、というものですかね?」
ラタン姉はそうは言うものの、少し寂しそうに見えた。おそらくは母さんのことを思い出したのだろう。ここに戻ってきた所で母さんはもう、居ないのだから。僕がいるよ、と手を握ると一瞬驚いたようだが照れたような笑顔になる。うん、ラタン姉はやっぱり笑顔が1番だ。
ステータスカードを見せ、町の中に入る。スフェンの町はアムストル程ではないものの活気に溢れていた。門番さんに聞くと前線帰りの隊がこの町に滞在しているとのことだった。
「イベリ王国と停戦したからね、軍もほとんどの兵を引かざるを得ないんだってさ。とはいえ、イベリ王国は前回の奇襲があるから信用しきれない。警戒する為にも軍をいくつかに分けて国境付近の町の常備兵に編成しているらしい」
なぜそこまで教えてくれるのかと尋ねると、どうやら僕の事が誰なのか一目見てわかっていたらしく、町を救ってくれた英雄殿には伝えておいたほうがいいだろうと判断したからだという。未だに僕の事を英雄として見てくれている人がいるのだと少し照れくさくなる。
見知った町並み、だが一部の店は閉まったり、別の所では新たな店が開いていたりと変化は多少あるようだ。慣れた足取りでツムジさんの家までいく。ドアの前には見慣れた姿。こちらの方を見ると、よく見ようと目を細めた。
「ん?んん?おお、ラタン姉がいるという事はキルヴィ達か?そうか戻ってきたか!4年で皆、成長したなぁ。元気そうで何よりだ」
どうやらラタン姉を見て僕達が誰かを理解したようだった。目を細めたまま嬉しそうな笑顔になる。ご無沙汰していますと挨拶を返す。
「俺も歳をとったものだ、聞いておくれよラタン姉。俺に初孫ができたんだ!これが可愛くて可愛くて……どっちの子だと思う?当てられるかい」
ツムジさんがそんな事を言う。
「イブキちゃんから聞きましたよツムジ。ナギちゃんが結婚したんでしょう?」
「ありゃ、イブキの奴に会ったのか。そう、そうなんだよ!あのナギが今じゃ一児の母だ」
「何言ってるんですか、イブキさんならそこに……あれ?」
町にくるまで一緒にいたはずのイブキさんの姿がいつの間にかなかった。どうしてだろうかと首をかしげる。
「その様子だとイブキと一緒に帰ってきたのか。ナギが結婚してからというものの、家を避けるように彼方此方に旅に出るようになってな……ここ半年くらいは顔も見てないよ」
少し、落ち込んだ様子になるツムジさん。姿の見えぬ娘の事が心配なのだろう。話しているとMAPで後ろから忍び寄る気配を察知する。その人がいざ掴みかかろうとしたタイミングでパッと振り向いてみせると凄く驚いたようで、尻餅をつく。手を差し伸べ、立たせるとその人……ナギさんは少し恥ずかしそうにはにかんだのだった。
「いたた……昔は気がつかれなかったんだけどもうダメね。久しぶり、キルヴィ君。すっかり大きくなっちゃって!」
そう言うナギさんは、ついさっきまで一緒にいた筈のイブキさんとよく似ていたが、なんというかイブキさんよりも健康的で明るく感じた。
「お久しぶりです、ナギさん。ご結婚おめでとうございます」
「あらありがと!未だに私自身も結婚したなんて信じられないわ……」
ナギさんのまるで他人事なその言葉にツムジさんがおいおいと苦笑をこぼす。結婚して子供ができてもナギさんはナギさんだったようで少し安心する。
しかし、僕は何故ナギさんの接近に気がつく事ができたのだろうか。以前は、というよりもつい最近でもイブキさんの接近には気がつけなかったのに。
MAPの反応を見る。目の前にいるナギさんは以前よりもくっきりとマークされている。その調子で近くにいたはずのイブキさんを探るも、その姿はMAPにマークされていなかった。いったい、何が2人に差を作ったのか。謎ではあったがこれといった仮説も浮かばないので一旦保留としておこう。
その後はヒカタさんと武器屋のお兄さん、そしてナギさんとお兄さんの娘さんを交えての団欒を楽しんだ。僕達の旅の話を聞いて、まるで自分が体験したかのように一喜一憂してくれる人達。僕達の故郷は間違いなくここにあった。
◇イブキ視点◇
「うふ、うふふ」
町を行く人を縫うように私は進む。必要なものを揃えたらすぐにでも目的地に行かなくては。やっと、やっとなのだ。これを成せれば、私の止まった時間はようやく動き出す事ができる。
「待っててねウル君!ああ、早く会いたいなぁ……」
手に持った古ぼけた本ーー冥府の書が鈍く暗い光を放つ。美しい、愛おしい光。これがあれば、私は再びウル君に会う事ができるのだ。1分でも、1秒でも早く会いたい!
私は、はやる気持ちをなんとか抑えながら暗くなりつつある町の人混みの中へと駆け出すのであった。
さて、不穏な空気がアップをはじめました