その頃のイベリ王国
今回はマドール将軍視点となります
「停戦の挙句町まで引き渡してしまうとはこれでは、あいつらは無駄死にではないか……クソッ!」
イベリ王国の将軍であるマドール・ルーベルトはひとり、日中であるにも関わらず町にある下酒場で呑んだくれていた。
「マドールよぉ、飲みすぎだぜ?そりゃあお前の気持ちもわかるけどよ」
幼馴染で親友あるこの酒場の店主に窘められる。何か考えがあってのことだというのは、頭では理解しているのだ。しかし、心が納得してくれない。
戦い競り負けるではなく、命がけで勝ち取っていった土地とものを外交の一環としてこうも簡単に手放されてしまっては、散っていった友があまりにも報われないではないか。
ダメだ、酔いのせいか同じ事しか考えられない。一度頭を空にしようとグイッとエールを仰ぐ。
王が、あの時の背筋が凍るでは済まないような闇を沈めた瞳を持つお方が次はないぞと言外に伝えてきたにも関わらずこのような事をしている。それは、何故だ?
国が戦線を維持できなくなるくらい戦力を失なったから?違う。俺を含めて将軍は皆健在だし、軍もここのところは大きな被害は出ていない。イベリの主力である銃撃部隊もこの数年の訓練と銃の改良で以前よりも正確に、遠距離から狙ったところに当てる事が出来るようになった。
資材の枯渇?これも違う。いや、確かに消耗は激しくなったがそれでも戦争と開発を続けられるだけの物資はあるのだ。飢饉の報告もそこまで上がっていないことから穀物も不足していない。
それとも争いは無意味だからと悟った?まさか!あの闇色の瞳を見てそう考える事自体が間違いだ。あの目は、自分がこの世の全てを支配してやろうと考えていると言われた方が納得できるものだった。
なにか、なにか他国を遠ざけようとする理由があるはずなのだ。誰かに隠し事をしたいならどうする?俺なら隠したい事から目を逸らさせる為に反対側で目立つ何かをする。反対側?他の国がある東側ではなく、西側……
「海、か?」
海。その先には何もないとも、全てを飲み込む奈落への大瀑布があるとも言われている。過去その先に本当に何もないのか何度か調査団を派遣したが未だに誰一人として帰参した報はない。
だが、もし今頃になって帰ってくる事ができた調査団がいたとすれば?酔いが醒めてくる。ガタリと席を立つと友人が怪訝そうな顔でこちらを見た。
「すまない、行くところができた」
友人に金を払おうとしたらいらないと首を振られた。
「おう、しばらく考え込んでたみたいだが悩み事は解決したか?さっきまでのふてくされていたお前とは全然違う顔つきだぜ?その顔が見れたなら金なんざいらねえよ。またくっらい顔してきたときにでもふっかけてやるから覚悟しとけよ」
「それは、困るな。私の心の拠り所を奪わないでおくれ」
苦笑して、二人で拳を突き合わせる。
……さて、少し酒臭いが王に会わねば。酒気がすぐには抜けないのがまどろっこしかったが仕方がない。身嗜みだけでもしっかりとしてから謁見を望もう。
◇
「思ったよりは遅かったな。だがギリギリ許容範囲だろう」
王への謁見はすんなりと承諾され、謁見の間に入るとこちらに背を向け外を見ている王に開口一番そう言われた。部屋を見渡すも、誰もいない。まさかの王との2人きりである。嫌な汗が噴き出してくる。
「ここに来た、という事は漠然とではあるが余の考えを読んでみせたと思っていいのだろう?それとも、土地を手放す愚策をする暗愚であると誅殺しにきたのか……」
未だ無防備に見える背中を向けたままであるというのに、押し潰されそうなほどに恐ろしい存在感。まともな神経を持っていればここで王を殺せると考える事はできないだろう。発言の許可を待たずに返事をする。
「誅殺など滅相もございません!全ては王の御心のままに」
「で、あるか」
ここで王はこちらに振り向いた。目を直視しないよう臣下の礼に移る。王はそのままこちらまで近寄ってくると目の前で止まる。
「ふむ、酒臭いな。戦仕事がなくなり荒んだ生活をしていたように見えるが……まあ無理もない。貴様は合格だ。よかったな?あと1日でも遅ければ他の無駄飯ぐらいの無能な役職どもと同様斬り捨てる所であったぞ」
突然の同僚への死刑宣告に鼓動が早くなり胸元がキュッとする。まるで明日の天気はなんだろうか?というくらいの気軽さでそういってのけたのだ。
「余のことを昔からよく知っている大臣や大将軍、ある地域の将軍らは余の考えをすぐに見抜きおったが、文官共はてんで駄目だ。余の事を日和見だと陰口を叩く始末で何も考えてなどおらん」
あまりに不甲斐ない、と吐き捨てる。
「将軍の一部もだ。不満を募らせ、勝手に戦線再開を画策しているようだが余には筒抜けだ」
あまりにお粗末だと嘆く。
「余は余の考えを理解できぬ、従えぬ手足などは要らぬのだ。故に無駄なものは間引き、切り落とす。当然だな?」
おっと、合格した貴様が怯える必要はないぞ?とせせら笑う王に寒気を覚える。王は怯えるこちらの様子を見て満足したのか、玉座に座り足を組んだようだった。
「それで、何の用かまだ聞いていなかったな。ここまできてぬか喜びでないと良いのだが。発言を許可しよう」
「……はっ、もしやこの停戦協定の裏で、秘密裏に何か大きな事があったのではないかと考えここに確認しにきた次第であります」
「具体的には?」
「確証はなく、憶測ではありますが西に進めた調査団、でありましょうか?」
「貴様を殺す必要がなくて、余は安心だ。そうだとも、調査団がようやく戻ってきたのだ」
カチャリ、と音がする。いつの間にか王の手元には掌サイズの最新銃が握られていたようだったが、それを下ろしたようだ。今の問い、もし間違えていれば俺は撃ち殺されていた事だろう。たらりと汗が落ちる。王との対談は油断が許されない。
「そこまでわかっているなら早い。調査団は海の先を見て、戻ってきたのだ。聞いて驚くがよい。海の先にあったのは無でも大瀑布でもない……大陸だ。時間がかかったのは海路の安全確保とその大陸の大きさを図っていたようでな。どうやらかなり大きいらしい」
新大陸の発見。それだけでもマドールは頭を強く殴られたような錯覚に陥った。それほどまでに歴史上類を見ないことなのだ。だが、国王の野望は止まらない。
「くれてやった領土?瑣末なものよ!我がイベリ王国はそれ以上の地を確保できたのだからな!新大陸で秘密裏に力を蓄え、時が来た暁にはこのベルスト全域から薄汚い亜人どもを駆逐し、イベリ国民だけが支配する世に変えてくれるわ!」
ーー俺以上に狂っている。
この人にとっては人の命も自分の領土もいつか取り返せる算段があるからと些細なこと扱いなのだ。
王の狂った笑い声だけが謁見の間に響くのであった。