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27歳の引っ越し  作者: 白石 玲
3/5

15日 夜の会食

   27歳の引っ越し   ―――5月15日(金)夜の会食―――


「デザートをお持ちしてよろしいですか?」

 コース料理が終わり、デザートのメニューが運ばれてきた。タルトにアイスクリームが添えられている。チョコレートとチーズの2種類からタルトを選んでバニラアイスをのせてもらう、このレストランの定番デザートだ。

「俺はチーズタルトと紅茶で」

 いつもながらに即断即決の兄に対して私はいつも最後まで迷ってしまいには気の短い兄に怒られる。

「私はチョコレートで」

「あ、私も」

 みんながそれぞれ決める中、結局私は最後まで決まらない。

「結衣、早くしろ」

 いつも通り兄から催促が来る。

「・・・彰は?」

 隣で一緒にメニューを覗き込む彰を見上げれば、彰はニコッと微笑んだ。

「うん?じゃあ、俺はチョコレートで結衣ちゃんはチーズ」

「え?」

「すみません、チーズタルト3つとチョコレートタルト3つで。それと、コーヒー2つと紅茶4つお願いします」

 彰がウエイターさんに頼み、すぐにデザートが運ばれてきた。

「はい、結衣ちゃん、あーん」

 彰はいつも通り目の前に運ばれてきたチョコレートタルトの最初の一口をフォークにのせて隣の私の口に運ぼうとする。

「ちょ、あ、き・・・」

 いつもの習慣とはいえ、家族の前でこれはさすがに恥ずかしすぎるよ!

「藤堂、それ、いつもやってんのかよ・・・?」

 当然のことながらそんな彰を見て唖然としている家族。唯一兄だけは突っ込むことを忘れていなかった。

「え?あ、すみません、つい」

 鋭く突っ込む兄に笑顔で『すみません』とか言いながら、彰はフォークを突き出したまま。

「はい、あーん」

 更に“彰スマイル”という私に効果絶大な必殺技を繰り出してくる。

「彰・・・」

「アイスクリーム溶けちゃうよ?」

 だめだ。この彰の笑顔には私は勝てないんだ。

「・・・あーん・・・」

 もう、味なんかわかんない。

「美味しい?」

「う、うん・・・」

 はあ、もう、恥ずかしくて息が止まりそう。

「俺にも一口頂戴?」

「・・・はい」

 彰の言葉に一瞬驚いたけど、私は気を取り直してチーズタルトをお皿ごと彰のほうに差し出した。

「えー?」

「食べないなら全部食べちゃうから!」

 あと一歩で『あーんするから食べさせて?』とか言い出しそうな彰に私はお皿を自分の前に戻した。

「ははは!照れてる結衣ちゃんも可愛いよ!」

 彰は笑ってチョコレートタルトを半分食べて、残りを私にくれた。

「いいなー、あんなにラブラブで」

 涼子さんがちらりと兄を見る。涼子さんは確か、彰と同い年だ。

「俺はやんねーからな」

 彰の行動に呆れて仏頂面のまま兄が答える。どちらかといえば俺様な兄がそんなことをする姿なんて、想像もできない。想像しただけで大爆笑だ。

「健司がそんなことしたら笑ってのどに詰まっちゃう!」

「だったら言うな!」

 想像しただけで大爆笑の涼子さんと母と私。

「さて、楽しいけど、そろそろ帰りましょう」

「そうだな。藤堂くんは夜勤明けだしな」

 時計を見れば22時半。夜勤からぶっ通しの彰はきついだろう。

「俺は全然大丈夫ですけど、ラストオーダーすぎましたしね」

 彰が最初に立ち上がり、畳んで置いてあった私のショールをそっと包み込むように肩にかけてくれる。歩くときはもちろん私が転ばないように私の手を自分の腕に置き、私の歩調に合わせてゆっくりと歩く。

父は母を置いてとっととタバコを吸うために先に外に出てしまうし、兄だって涼子さんを置いてすたすた行ってしまう。

「レディーファーストの紳士は藤堂くんだけね」

「ほんと。ちょっとうらやましいわ」

 母と涼子さんに言われれば、私はちょっとした自慢気分。

「別に紳士なわけじゃないですよ」

 彰といると、ドアはすべて開けて先に通してくれるし、私は本当に何の苦労もない。

「あら、ずっと結衣ちゃんをエスコートして充分紳士じゃない?」

「別にそんなかっこいいつもりじゃなくて、俺はただ、四六時中結衣ちゃんのそばにいたいだけなんですよ」

 なんて、恥ずかしいことだってサラッといっちゃうんだから。

「私、お会計してくるね」

「一緒に行くよ」

 そう言ってついてきた彰は、私より先にカードを出した。

「一括でお願いします」

「ちょっと、今日は私が・・・」

「いいの。今日は俺が山口家の皆さんにお礼をしたいんだから」

 言いながら、サインをしている彰。

「どう言う意味?」

「俺に大事な結衣ちゃんを預けてくれるお父さん、お母さん、お兄さん、それに、お姉さんにも。俺は本当に感謝してるんだ。もちろん、俺と一緒に住んでくれる結衣ちゃんにもね」

 そう言ってきゅっと口角をあげてきれいに微笑んだ。

「さあ、いこーか」

 彰にエスコートされてみんなの待つロビーに向かう。ロビーで私が今日の会計を彰が持ってくれたことを言おうとすると、彰に口をふさがれた。

「?」

「美味しかったよ、結衣ちゃん、ありがとう」

 ニコッと微笑んで彰はそう言い、私は払ってもいないのに家族からお礼を言われた。

「じゃあ、またな」

「うん、お父さんもお母さんも、お兄ちゃんも涼子さんも、ありがとうございました。これからも、もっとよろしく」

「じゃあ、結衣、藤堂くんと仲良くね」

「藤堂くん、何かあったらいつでも突き返してくれていいからな」

 母と父と涼子さんが車に乗り込み、私も助手席に乗り込んだ。

「いい?閉めるよ?」

 車のドアを開けるのも、閉めるのもいつも彰がしてくれる。

 子供の頃から住んできた家を離れるのは寂しいけど、それ以上に彰と暮らせるのは嬉しいし楽しみだ。



 迎えにきてくれてありがとう。私はやっぱり、彰が大好きよ。




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