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夏祭り

作者: 林公一

『第1回なろう文芸部@競作祭『キーワード:夏』投稿作品』

企画で作ったものですが、まあまあの仕上がりだと思うので、是非ご覧ください。

「あのさ、明日ヒマか?」


 勇気を振り絞って、なんとか約束を取り付けた昨日。

 自分でも小学生かと突っ込みたくなるけど、本当に楽しみで眠れなかった。

 学校が終わるのも待ち遠しくて、夜になるまでがすごく長く感じた。

 そして、約束の時間まで一時間を切った。……さすがに二時間前から待っているのは早すぎると思ったけど、何かじっとしていられなかったんだよな。

 女の子を誘うなんて初めてのことだから勝手がわからなくて、でも少なくとも遅刻だけはダメだと思った結果ではあるのだけど。

 そんなことを思いながら、残り時間をどう過ごすか考えていると。


「え……? 村上むらかみくん? 何で……もしかして私、時間間違えてた……?」


 くだんの少女、倉橋くらはし千代ちよが、驚いた顔で声をかけてきた。


「えっと、約束って八時だったよね……? まだ七時……だよね……?」


 恐る恐るといった様子で、質問を投げかける倉橋さん。まさか、倉橋さんがこんなにも早く約束の場所まで来るなんて、予想外すぎた。

 本当は、約束の時間十分前ぐらいに、適当な場所に隠れて、あたかも今来たところのようにみせる予定だった。こっちがあまりに早く来すぎていると、気を遣わせてしまうかもしれないと思ったからだ。

 しかしこれは予想外。やばい、引かれてるかな……。何か言い訳をしないと。

 でも、どんな言い訳をすればいいのだろう。


 言い訳その一。


『いや、今来たところだよ!』


 だめだ。今っていったって、約束の一時間前だ。どんだけ楽しみにしてたんだと思われる。これは引かれるだろうからNG。


 言い訳その二。


『たまたまここを通りかかってさ。ついでだから寄ったんだよ』


 これもだめだ。このあたりには、それを目的に歩くような場所はない。コンビニですら近くにないのだ。どう考えたって怪しい。却下。


 言い訳その三。


『時計が壊れててさ。遅刻しちゃまずいから先に来てたんだよ』


 ……苦しいな。しかも、時計が壊れててって、もしも直前まで気づかなかったらどうするつもりだったんだと、とがめられるかもしれない。これもアウト。


 あれでもないこれでもないと考えを巡らせる。これらの思考を終えるまで約一秒半。俺の灰色の脳味噌は、最適な答えを導き出した!


「いや、俺も時間を間違えててさ。早く来すぎたんだよ」


 俺が笑顔で言った後、時が一瞬止まる。

 俺は今何を言った? 『時間を間違えてた』? ありえない。約束を取り付けた本人が時間を間違えるなんて論外だ。

 顔に滑稽な笑顔を貼り付けたままの状態で、だらだらと嫌な汗が流れる。まずい。これはまずい。怒って帰られてしまうかもしれない。

 このまま土下座の移行するべきか? いや、余計に引かれる。ひたすら謝り倒す? 必死すぎてバカに見えるな。どうするどうする……!


「あ、そうだったのね。よかった……。私が時間を間違えて、遅れちゃったのかと……」


 俺の予想とは裏腹に、安堵したような声でため息をつく倉橋さん。


「え? 怒らないのか……?」


「? 何で?」


「だって、約束した張本人が時間を間違えてたって……」


「あ―……。うん、別に怒らないよ。むしろ待たせちゃってごめんね」


 なんて優しいんだ……!

 この優しさを疑った、さっきの自分を殴り飛ばしてやりたい気分に駆られたが、できもしないことを願っても始まらない。少し、いや、かなり早いけど、祭り会場に向かうことにしよう。

 でも、それより……。


「その……ゆ、浴衣……似合ってる……な……」


「! そ、そう? ありがと……!」


 そう。倉橋さんは浴衣を着てくれている。

 淡いピンクの布に、小さな金魚が数匹プリントされている、とても可愛らしい浴衣だ。足には同色のビーチサンダルを履いている。

 倉橋さんの長い黒髪によく合っていて、浴衣を着てくれた嬉しさも相まって、気を抜くと顔が弛みそうになってしまう。

 それに対して俺はといえば、白いTシャツにジーパンという、オシャレもへったくれもない、雑な格好をしている。いや、だってまさか浴衣を着てくれるとは思ってもいなかったんだ。

 俺も最初は、浴衣にしようと思っていたけど、それだとなんか気合入りすぎてて引かれるかも、とか思ったわけで。だってそんな、祭りに誘って浴衣を着ていくなんて、気合が入りすぎてるというか……。


「? どうかした? 私の顔に何かついてる?」


「っ――!? なんでもないっ! なんでもないんだ!」


 まずい。意識せずして見惚れてたみたいだ。でも、やっぱり可愛いよなぁ、倉橋さん。何で俺なんかの誘いを受けたのか不思議なくらいだ。

 しかし、まあ、何と言うか……。絶望的なまでに釣り合いがとれてないよな、俺と倉橋さんじゃ。

 片や浴衣美人。片やラフな格好の平均顔。人が少ない今はいいけど、会場に行ったらどうなるだろうか。きっと変な目で見られるんだろうなぁ……。


「んー……。村上くんも、浴衣着てくれると思ってたんだけどな……。せっかくのお祭りだし」


 はっ!? またも余計な思考に没頭してしまっていた。いかんいかん。


「いや、俺も最初はそうしようかと思ってたんだけど……」


「え、そうなの? じゃあ今からでも着替えてこない? 『時間を間違えたせいで』、予定までにはまだまだ余裕あるし、ね?」


「うっ……」


 それを言われると弱い。仕方ない、一度帰って着替えてこよう。

 そばに止めてあった自転車に跨り、いざ走り出そうとしたところで。


「あ、私も乗っていい? ここで待ってるのもなんだし」


 言うが早いか、こちらの許可を得る前に、俺の自転車の後ろの荷台に、横向きで座る倉橋さん。ちょ!?


「だって、ここで一人で待つのも寂しいし、どうせ行くなら同じでしょ?」


「そ、それはそうだけど……まあ、倉橋さんがいいなら……」


「うん、ありがとう」


 後ろに確かな重みを感じつつ、自転車のペダルを踏む。

 明度をわずかに落とした空の下を、ゆっくりと進み始めた。


「大丈夫? 重くない?」


「大丈夫。倉橋さん、軽いから」


 何気ない会話を少しずつ交わしながら、俺の家に向かって進んでいく。好きなアーティスト、苦手な先生、得意な科目。他愛もない、小さな話題をお互いに振り合いながら、少しずつ、少しずつ。

 そんな話をしていると、あっという間に自分の家に着いた。楽しい時間はすぐに過ぎ去るものなのだと、この時に改めて認識した。


「じゃあ着替えてくる。少し待っててくれ」


「うん。待ってる」


 軽く手を振り、ドアにかけられた鍵を開け、家の中に入る。

 その時の倉橋さんの夕日に照らされた笑顔が、僕にはとても綺麗なものに見えた。





「わかってるって。じゃあ行ってくるから」


 母親の激励の言葉を受け、紺の浴衣に着替えた俺は、下駄を履いて、ドアの鍵を開けて外に出る。

 倉橋さんは、俺の自転車の荷台に乗って、足をぶらぶらさせていた。


「倉橋さん」


 俺が呼びかけると、こちらに気づいた倉橋さんが、柔らかく笑う。


「おかえり。暇だったよ?」


「ごめん。思ってたよりも時間かかった」


 着付けに手間取ったせいで、思っていたよりも時間がかかってしまった。そのことについて謝ると、倉橋さんは『冗談だよ』、なんて笑って流してくれた。本当に優しい人だな。


「さ、今度こそ行こう? 時間も、向こうにつく頃にはいい感じになるよ」


「うん。行こうか」


 さっきと同じように、まず俺が自転車に跨り、その後に倉橋さんが荷台に乗る。――って、え?


「く、倉橋さん……?」


 俺はてっきり、さっきと同じように、横向きに乗るのだとばかり思っていた。

 でも、今度は違う。横向きには乗っているけど、さっきと違って俺の腰に手を回しているのだ。


「さっきはちょっと揺れて怖かったから。でも、こうしてれば落ちないから怖くない」


「い、いや、怖かったなら言ってくれれば……。いや、だったら歩いて――」


 振り向いて俺が言うと、回された手の力が少し強くなった。


「んーん。自転車がいい。歩くとすっごく時間かかるもん」


 ドクン、ドクンと、心臓が早鐘のように脈打つ。鼓動の音が、倉橋さんまで届いてしまうんじゃないかと思ってしまうほどに、僕の胸が鳴り響く。


「だめ、かな?」


 上目遣いで、言われてしまう。

 空は既に赤く染まり、太陽は地平線に沈みかけていた。

 幸い、逆光のおかげで、僕の顔は見えにくくなっていると思う。

 今この時、俺は太陽に感謝した。きっと、今の俺の顔は、とても見せられたものじゃなかったと思うから。


「だめ、じゃ……ない。だめじゃない。から……」


「よかった。じゃあ行こう?」


 無邪気に笑う倉橋さん。これ以上見ていると、さすがにバレてしまうかもしれなかったので、急いで前を向き、太陽に向かって自転車の車輪を回した。





 三十分も漕いだ頃。ようやく祭り会場に到着した。日は完全に落ち、辺りは黒く染まっている。

 正直、腰に回されていた手を意識しすぎていたおかげで、ここに来るまでの道のりに何があったのかなんて、ほとんど覚えていないのだけど。

 倉橋さんに自転車から降りるように促し、俺も、降りたのを確認してから自転車から降りた。

 鍵をかけてから、辺りを見回す。

 賑やかな祭囃子まつりばやしが耳を打つ。太鼓のリズムと、笛の軽快な音に合わせて、係の人が踊っているのが、ここからでも見えた。


「賑やかだな。どこから回る?」


「んー……じゃあ、まずは何か食べたいかな」


「そう。じゃあ、行こうか」


「うん」


 本当なら、こういう時は手をつなぐのが定番なのだろうけど、俺にはまだそこまで親しくなったという自覚はない。

 それに、そういうのは、彼氏彼女の関係の人がするものだと思うから。

 一瞬伸ばしかけた手を引っ込め、食べ物の出店を探すことにした。


「何が食べたいとか希望ある?」


「そうだね……じゃあ、暑いからかき氷かな」


「よし、じゃあ……あ、あそこだな。買ってくるから待っててくれ。何味がいい?」


「え、悪いからいいよ。私も行く」


 別に気を遣ったとか、そんなつもりはなかったのだけど、倉橋さんは気にしているみたいだ。

 だから俺は、倉橋さんのそんな優しさを好きになったのだけど。


「気にしないでいい。俺がやりたくてやってるんだから。何にする?」


 できる限り、気を遣っていないということを伝えるために、言葉を選んで軽く笑いかける。

 倉橋さんは俺のそんな様子を見て、少し不満気ながらも『イチゴシロップ味』をリクエストしてくれた。

 もちろん、断るつもりなど毛頭ないので快諾。『だったらせめて、お金だけでも私が両方出す』と、倉橋さんが譲らない頑固さを見せたのは、俺にとってはかなり意外だった。

 この日のために、アルバイト代を貯めていたので、お金は全部俺が出すつもりだったのだけど、倉橋さんはそれを許してくれないようで。


「それだけはだめ。だってそれじゃ対等じゃないもん。村上くんが買いに行くなら、お金は私が出す。これで対等」


 正直、ただ買いに行くよりも、お金を出している方が立場的には上な気がするけど、倉橋さんは多分、そんなことは考えていない。『何かをしてもらうなら、何かを返すべき』、みたいな考え方の持ち主なのだろう。気にしなくていいのにな。


「わかった。なら、倉橋さんの分は出してもらおうかな。でも、自分の分は自分で出す」


「だめ。村上くんの分も私が出すの。そうじゃなきゃ対等じゃない」


「大丈夫だって。倉橋さんは、俺の誘いに応じてくれたから、そのお礼ってことで。これで対等だろ?」


 倉橋さんが、何かを言おうとして、固まる。

 どうだ、言い返せまい。

 俺が誘って、それに応じてくれたということは、倉橋さんは、俺の願いを叶えてくれたということだ。

 つまり、倉橋さんは既に俺に『与えて』くれているわけだ。そのお礼を返すことには何の不都合もない。論破成功。


「う〜……。あ! じゃあ、『さっきの浴衣に着替えて欲しい』って、私のお願いで相殺! これでおあいこ!」


「うぐっ!?」


 そ、それがあったか……! でも、ドヤ顔する倉橋さんも可愛い……。じゃなくて! どうする……。あ、そういえば。


「前に教科書忘れた時に見せてくれたお礼! これなら――!」


「だったら、私も委員会の仕事手伝ってくれたお礼で――!」


 お互いに全く譲らない。やいのやいのと言い合っているうちに、何だかおかしくなって、二人同時に笑った。

 そうだよ。そもそも言い争わないで解決できる方法があるじゃないか。


「だったら、二人で行こうか。それならいいだろ?」


「……うん。それならいい」


 何のことはない。二人で一緒に行けば、お互いに気を遣う必要もない。わざわざ『片方だけが何かをする』必要はないんだ。

 倉橋さんは『イチゴ』を、俺は『レモン』のかき氷を頼んだ。

 少し待つと、赤と、黄色のシロップがかかったかき氷が、おじさんから渡される。

 僕と倉橋さんで二百円ずつ渡して、それを受け取る。


「うん。美味しそうだ」


「そうだね。いただきます」


 近くのベンチに座って、かき氷を食べ始める。

 当然のごとく、頭にキーン、と痛みが走ったけど、夏の醍醐味といえばこれだよね。定番だ。

 崩したりして、しばらく食べ進めていると、倉橋さんから提案があった。


「ね、少し交換しない?」


 倉橋さんから交換の申し出。受けない理由もないのであっさり了承。じゃあ、一口もらおうかな。

 倉橋さんのイチゴのかき氷を、ストローのスプーンで掬おうとすると、目の前に赤い塊が。


「はい、どうぞ」


 ……えっと、これは、まさか、俗に言う『あーん』では?

 ――って、いやいや、ちょっと待った!


「待った待った! こういうのは普通、恋人同士がするものであって!」


 あまりの衝撃に、声がうわずってしまう。いや、そりゃ嬉しいんだけど、恥ずかしいのもあるわけで!


「あ……うん、ごめんね……。私なんかよりも、もっと可愛い子の方がいいよね……」


 その僕の反応を見て、倉橋さんが沈んだ表情になる。やば、またマズった!?


「違うって! そうじゃないんだけど……ごめん! あ、あーん!」


 嫌がったと思われたのだろう、その考えを払拭させるため、恥ずかしいのを我慢して、大きく口を開ける。う……! これは……恥ずい……!


「……いいの?」


「いいっていうか、むしろお願いしますというか……じゃなくて、はい! 大丈夫です!」


「……ふふっ、変なの。じゃあ、はい。あーん」


 少し暗くなっていた表情を、また柔らかくしてくれた倉橋さんから、イチゴのかき氷を食べさせてもらう。


「……うん、美味い!」


 緊張で味なんかわからなかったけれど。


「ふふっ、よかった。じゃあ、村上くんのもちょうだい。あーん」


 予想外というか、予想通りというか。倉橋さんが、小さな口を開けて『あーん』の態勢にはいる。

 やっぱりやるしかないよな……。ええい、覚悟を決めろ、俺!


「あ、あーん!」


 レモンのかき氷を掬って、倉橋さんの口に運ぶ。や、やる方も恥ずかしい……!


「……うん。美味しいね!」


 にっこり笑う倉橋さん。そ、それはよござんしたね……。俺は多分、耳まで真っ赤だよ……。


「私ね。男の子の友だちとお祭りに来るの、初めてなの。だから、今日は楽しみだったんだ」


「そうなのか。ごめんな、初めてが俺で」


 何だか申し訳なくなってくる。最初の思い出を俺にしてしまったのは、断れなかったからだろうか。


「ううん。むしろ、その、さぃ――……」


「ん? 最後の方、何て言ったんだ?」


 声が小さくなっていったし、顔を下を向いてしまっていたから、最後の方は何を言っていたのかわからなかった。


「……ん、ごめん、なんでもない。次行こ」


「お、おお」


 すっくと立ち上がって、すたすたと歩いて行く倉橋さん。

 ……顔が見えなかったからわからないけど、もしかして怒ったのか……? だとしたら、後で謝らないとな。






「お、射的か」


 ぶらぶらと歩いていると、射的屋を見つけた。懐かしいな。これ、小さい頃にゲームのカセットを狙ったけど、全部弾き返されたんだっけ。

 重いから倒れない、なんてことは少し考えればわかることだったけど、その時はムキになって何度も狙って、時にはおでこに弾が当たって、少し泣きそうになったな。

 よくよく見れば、端の方に『一等』や『二等』と書かれた板があったから、それを倒せばよかったのだけど。今考えてみても、それを教えてくれなかったおじさんは人が悪いと思う。

 どうしようかな、と考えていると、浴衣の袖をくいくいと引っ張られた。


「ねえねえ、あれ可愛いよね」


 倉橋さんの指す方を見ると、そこにはくまのぬいぐるみがあった。なるほど、あれがほしいのか。


「とってあげようか?」


「できる?」


「任せて。アルバイト代にものを言わせてやる」


「何それ。射撃の腕じゃないの?」


 冗談めかして俺が言うと、倉橋さんが笑ってくれた。まあ実際、俺はそんなに射的は得意じゃないから、それなりのお金を使うことになるのだろうけど。

 五百円を払って、代わりに弾を六発もらう。

 まずは一発目。弾として使われているコルク栓を装填し、あの時のほろ苦い経験を糧にして、ぬいぐるみ本体は狙わず、『二等』の板に銃口を向ける。

 ぽんっ、と気の抜けたような音と共に、コルク栓が発射された。残念ながら、一発目は外れる。でもまだ弾がはある。

 気を取り直して二発目。これは掠ったけど、板の向きを変える程度にとどまった。

 屋台のおじさんがさりげなく向きを直すあたりに、若干の苛立ちを感じた。一回の勝負の内は、そのままにしておいてくれればいいのにケチだよな。

 三発目を込めて、三度狙いをつける。――あ、倒れた……けど……。


「やった、倒れたよ!」


「いや、だめなんだ」


「え?」


 そう。この射的屋は、景品を倒したとしても、台の下に落なければ景品は取れないのだ。だから倒しただけじゃ意味がない。このシステムもどこかおかしいと思う。

 残りは三発。落とせるかな……。





「結局、千五百円も使っちゃったね」


「やっぱり射的のシステムおかしいと思う」


 案の定無理でした。結局あの後追加で千円払って、それでようやく落とせた。まあ、目的の物は落とせたし、良しとしよう。でも……。


「これならもっといいものを、普通に買った方がよかったかもな。ちょっともったいないかも」


 千五百円もあれば、あれぐらいのぬいぐるみは、二つは買えたかもしれない。一応副産物にお菓子もとったけど、採算は全く合わない。

 そんな意味も込めて、倉橋さんに言ってみた。すると、


「ううん、これでいいの。これがいい」


 こう言ってくれた。愛おしそうにくまのぬいぐるみを抱き抱える倉橋さん。

 そう言ってもらえるのなら、頑張った甲斐はあったかもな。


「っと、ごめん。ちょっとトイレ行ってきていいか?」


「うん。行ってらっしゃい」


 安心したら、急に尿意が襲ってきた。さっきのかき氷のせいだろう。早く行って、早く戻らないとな。せっかくの祭りなんだから。





『お、そこの子、かわいーね! どう? 俺らと一緒に回らない?』


 手早く用を済ませ、急いで戻ってくると、チャラそうな男たち三人が倉橋さんを取り囲んでいた。今、倉橋さんに話しかけていたのは、じゃらじゃらしたアクセサリーをたくさんつけている、リーダーらしき男だった。うわ、しまった……。こうなることは予想しておくべきだった……。


「あの、ごめんなさい。友だちを待っているので……」


『そうなの? ならその子たちも一緒に回ろうよ! 女の子だけだと危ないよー?』


『そうそう。それに俺ら強いから、面倒なやつから守ってあげられるぜ?』


 ピアス付きの男と、金髪の男が、倉橋さんにそう詰め寄る。その『面倒なやつ』が自分たちだとは気づいていないらしい。あるいは、わかっていてそう言っているのか。どちらにしても、そろそろやめさせなければならない。


「倉橋さん、お待たせ。じゃあ行こうか」


「あ、うん。あの、すみません。私、この人と一緒に回るので……」


 俺がさっさとこの場から去ろうとすると、倉橋さんは律儀にお別れを告げてから立ち去ろうとした。

 そんなことしなくていいのに、と若干の不満を覚えながらも、これが倉橋さんの優しさなんだと自分を納得させた。

 しかし、


『なんだよ、こんなナヨっちいのが連れ? こいつなんかより俺らと遊ぼうぜ。イイコト教えてあげるからさ』


 この男たちの目に、下衆な考えが透けて見えた。

 男たちの声を無視して、一刻も早くこの場から立ち去ろうすると、男が倉橋さんの腕を掴んだ。


「やっ……! 離してください……っ!」


 明らかに嫌がる素振りを見せているのに、男たちはニヤつくだけで、手を離そうとはしない。


『いいから来いよ。こんなガキよりも絶対に楽しませてやるから――』


「離せ」


『――あ?』


「嫌がってるだろ。離せよ」


 いい加減、我慢の限界だ。そろそろ退散してもらいたい。

 しかし、男たちは不機嫌を隠そうともしないで、俺に詰め寄ってきた。


『おいおいおーい兄ちゃん。何ナメた口きいちゃってんの? 痛い目に遭いたくなけりゃ帰りな。この子は俺らがちゃあんと面倒見るからよ』


『そうそう。お前みたいなガキより、大人な俺らの方がこの子も安心だろうよ』


 不愉快な笑い声があがる。人通りは結構あるけど、誰も関わろうとしないし、それどころか避けるように歩いていく。まあ、俺だってできればこういうことの関わりたくはないけれど、いざその場に立ってみると、人の心は冷たいんだな、と感じた。

 チラリと倉橋さんの方を見ると、誰が見てもわかるぐらいに怯えていた。……仕方ないかな。


「あんたたちが倉橋さんを離すなら何もしない。そうじゃないなら実力行使だ」


「――あぁ!? こっちが優しくしてりゃつけあがりやがって! そんなに殴られたきゃやってやるよ!」


 激昂したピアスの男が俺に拳を振りかぶる。それを半歩横にずれて避け――


『――なっ!?』


 腕を掴んで、一本背負いの要領で地面に叩きつけた。幸い、下は地面だし、大怪我することもないだろう。


「次、誰がこうなる? 今度はそこの柵に叩きつけて、骨をへし折るけど」


 できるだけ威圧を込めて睨みながら吐き捨てた。実際に投げ飛ばしたのが効いたのだろう。金髪とアクセ付きは、乱暴に倉橋さんを離し、ピアスを起こして毒づきながら去っていった。


「大丈夫? 怖くなかった? っていうか、怖かったよな。ごめん」


「あ、うん、大丈夫だけど……。村上くんって強いんだね。柔道やってたの?」


 目を丸くしながら、倉橋さんが尋ねてくる。


「昔にちょっと、な」


 昔に悔しい思いをしたから、もうそんなことにならないように。きっかけはそれだったけど、今はそれに感謝してる。おかげで倉橋さんを守れたから。


「それより、もうすぐ花火が始まるから行こう。穴場知ってるから」


「……うん。行こっか」





 夜空に大きな花が咲く。一瞬の輝きを放っては消えていくそれは、儚く、それでいて力強かった。


「きれいだね」


「そうだな」


 色とりどりの花が夜空を彩り、大きな音とともに散っていく。

 微笑みながら空を見上げる倉橋さんの顔に、空と同じ色が映った。


「きれいだ……本当に」


 横顔を見ながら、誰にでもなく呟く。もし、今のを聞かれていたら、恥ずか死する自信があるが、幸い花火の音のおかげで聞こえていないらしい。


「……さっきはありがとう。助けてくれて」


「いや、お礼なんていいよ。俺がしたいからそうしただけだからな」


「ううん、するよ。また助けてもらったから」


「……また?」


 倉橋さんの言葉の中に、引っかかるワードを見つけた。

 また、というのはどれのことだろうか。まあ、どれのことだろうと、倉橋さんが気にすることじゃない。


「……そっか。覚えてないならいいの。忘れて」


 ただ、俺の反応に、少し悲しげな笑みを浮かべたのは気になった。


「……ねえ、村上くん」


「ん? 何――っ!?」


 突然、俺に寄りかかってける倉橋さん。待って!? 何で!?


「ちょっ――! なっ――!?」


「また、来年も一緒に来てもいいかな?」


 混乱する頭の中でも、その言葉だけはしっかりと認識できた。もちろんだ。むしろ、願ってもない。


「ももももちろん! いつでも大丈夫!」


 イメージではかっこよく返せていたというのに、なんとままならないことか。


「ありがと。……それとね、もう一つ」


 寄りかかっていた体を起こし、倉橋さんがこちらに向き直った。


 ポッ、と着火音が、風に乗って聞こえた。


 何事かと、俺も倉橋さんに向き直る。


 花火がヒュルルと空へ昇っていく。


 すると、倉橋さんの顔がこちらに近づいてきて――


 夜空に、一際大きな華が咲いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 会話のやり取りがテンポよく出来ているし、地文から会話文に入る間も絶妙で、文章がとても丁寧で読み易かったです。 自転車に二人乗るシーン、祭りを二人で楽しんでいるシーン、どちらも描写が丁寧で…
[良い点] 軽いタッチ、地の文と会話文のバランスなど、読みやすく工夫されています。二人のぎこちないながらも頑張って近付こうとする様子もうまく描かれていて、恋愛物らしいもどかしさを楽しめました。 [一言…
2015/08/04 19:35 退会済み
管理
[良い点] 主人公の視点で書かれています。主人公が思っていることも具体的に浮き彫りになっております。この書き方は上手いと言えます。基礎は固まったということです。それに、王道を行く恋愛物での描写が共感を…
2015/08/01 19:48 退会済み
管理
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