屈服
牢の中へ、乱暴に木の皿が滑り込まされる。
中にはよく分からん食い物が数個あった。
適当に一つとって口に運ぶ。
まずい。
でもこのまずい飯を食うのにももう慣れてしまった。
多分、2週間はこのまま放置されている。
最初のうちは出ようと暴れまわったが、こちらも同じくアホみたいに強い看守にブッ飛ばされるだけだった。
ここの城は、あの衛兵共を含めてほとんどが俺が元いた世界から勇者として召喚された連中のようだ。
しかもどいつもこいつもえげつない強さで、祝福と言う名のチートじみた特殊能力を持っている。
ちなみに俺も全くチートがない訳ではない事が判明した。
まず、見える物の詳細が分かる魔眼、百識眼。
目に魔力を集中させる事で見えるらしいが、牢屋が魔力を封じる結界らしく使う事が出来ない。
次に、相手の喋る言葉と自分の喋る言葉を自動で翻訳する固有能力。
名前はまんま翻訳能力だ。こちらは固有能力なので、常時発動している。
そして体が通常より硬くて相手の攻撃を弾く。
これに至っては名前すらない。
しかし、最初の衛兵からのリンチや看守からの攻撃を受けて俺が生きていられるのはこの能力のおかけだ。
他にも、周りの物を一点に集めて大きくする力。
ハエや蚊を寄せ付けなくするように命令できる能力と言った意味のわからないチートがある。
あの、ローナとか言う女曰く俺はGランク勇者。
つまり、召喚される勇者の中でも最低に弱い勇者だ。
しかも、勇者召喚を始めたここ500年の歴史の中でも俺が初めてだそうだ。
あの糞野郎、どこが紳士だ。
あいつのせいで、元の世界で味わなくてもいい経験をしている。
こんなのだったらいっそ、あのまま死なせてくれれば良かったのに。
「はぁ……」
今日5度目の溜息が漏れる。
溜息をつくと幸せが逃げるそうだが、もう逃げてもらって構わない。
どうせここに居たって幸せな事なんて何もないのだから。
と胸の中で呟いたその時、監視用の小窓が開いた。
「おい、貴様に良い知らせだ」
ゆっくりとやつれた顔を上げる。
小窓からは無感情な目がこちらを見ていた。
「王は貴様を許し、仕事を与えてくださるそうだ。喜べ」
「……仕事?」
「ああ、そうだ。貴様のようなクズなGランク勇者でも出来る、簡単な仕事だ」
俺は立ち上がった。
こんな所にずっといるよりかは、まだマシだ。
何かやっている方がずっと気が紛れる。
「……分かりました。やらせてください」
牢屋が開く。
久しぶりの日の光が眩しい。
こうして、俺は異世界での新生活のスタートラインへようやく立った。
ーーーーー
その後、衛兵に連れられて城の外へと連れてこられた。
辿り着いたのは一軒のボロボロな一軒家。
初めて見る、国を守るための大きな城壁の近くにあり、扉には城の至る所にあった紋章が彫られている。 恐らくは、この国の所有する何らかの施設だろうか。
中は思ったよりも綺麗で、人が住んでいる、または最近まで住んでいたようだ。
衛兵に鍵を渡され、仕事の説明を受ける。
「お前にやってもらうのは、この国の周辺に生息するモンスターの生態調査だ。毎月指定されたモンスターの生態を調べ、城に報告しろ。それだけだ」
それと、と衛兵は付け加える。
「やり方は2階の……どっかにいる奴に聞け。奴はお前の前任者だ。分からない事があればそいつに聞け。そいつの世話も忘れるな。じゃあな」
衛兵はダルそうに言うと出て行った。
多分、異世界に来る前は歌舞伎町とかでホストでもやっていそうな感じのチャラさだ。
前任者の世話と言うのがよく分からないが、とりあえず、言われた通り2階の前任者に話を聞きに行く。
2階には3つほど部屋があった。
適当に奥の扉を開く。
「おじゃましまーす……」
部屋は薄暗く、埃が舞っている。
誰も居ないか、と部屋を出る。
が、微かに咳き込む声が聞こえた。
「あ、あの……新しくモンスターの生態調査する事になった者ですが……」
そろりそろりと部屋の中に入る。
一歩歩く度に木の床が軋む音がする。
「ま、待って……近寄らないで……」
喉でも痛めているのだろうか。
男か女かよく分からない声がする。
「あ、はい」
「わ、私は岡本。あなたは?」
「あ、明野星明です」
岡本と名乗ったその声は部屋の隅のベッドの中から聞こえてきた。
風邪でも引いているのだろうか。
さっきから声がガラガラだ。
「あの、すみません、大丈夫ですか?」
俺はベッドの近くまで進む。
岡本さん? はまた何か言っているが次はかすれ過ぎて何も聞こえない。
そしてベッドの横へ来て、そこにいる岡本さんを見た時、背筋が凍りつくような感覚に襲われた。
「み、見ないで……何でこっちに来ちゃったんですか……」
ベッドに横たわっていたのは。
顔面を激しく損傷した少女だった。
両目は瞼が無く、その奥にあるべき眼球も失っていた。
更に鼻と耳は削ぎ落とされたかのように無く、二つの穴が開いているのみ。
顔の皮膚は激しく焼け爛れた跡があり、無事なのは口だけ。
性別を認識出来るのは、辛うじて残った長髪くらいだ。
「あ、ああああ……」
思わず腰が抜ける。
何なんだ、これは。
「だから言ったじゃないですか……」
よく見るとベッドの膨らみもおかしい。
顔から下の胴体があるのは分かるが、四肢の膨らみが、ない。
「……改めて自己紹介します。私は岡本結。2年前に来て、モンスターの生態調査をしていたEランク勇者です」
「ど、どうも……つい1カ月前くらいに来た明野星明です、よろしく……」
どうなったらあんな酷い顔になるのか。
Eランク勇者なら、俺よりも2ランクは上のはず。
「あなたが新しい生態調査の人ですか……すみませんね。私みたいなのの世話もさせてしまって」
そうか。
だからあの衛兵は世話をする、と言うのを付け加えたのか。
一人納得している俺に、岡本さんが話しかける。
「えっと……あなたがこの仕事をやるのなら、話しておく事があります。
私は、生態調査中にヘマをしてモンスターに殺されかけました。そして獲物として持ち帰られ、モンスターの子供に狩りの練習台にされ、右足と右腕を失いました。
その後、捨てられてら瀕死の所をこの国で指名手配されている元勇者の山賊団に拾われ、乱暴された上に顔をこのようにされ、左手足を切断されました。
あなたは多分女ではないので最後の様な事にはならないとは思いますが、この仕事は危険です。
生半可な気持ちでやらないで下さい」
俺は呆然とするしか無かった。
全然俺でも出来る仕事じゃないじゃん、と言うのと、岡本さんの悲惨な体験を聞いて口が開かなかった。
こんな所で、俺はやっていけるのだろうか。
俺も一歩間違えればこうなるかもしれない。
未来の可能性が目の前にいると考えただけで、俺はこの世界の理不尽さを感じずにはいられなかった。