秒殺
目が覚めた。
何だか長い間眠っていたかのような感覚がする。
虚ろに開いた目から、視覚情報を脳が受け取り、情報を脳が処理し始めるまでにしばらくの時間を要した。
目の前には知らない天井。
白くはない。
どちらかと言えば、ゴツゴツした岩肌。
洞窟の天井のようだ。と言うことは俺は寝かされているのか。
体を動かす。
思ったよりも軽く動くようだ。
体を起こし、周りを見渡す。
俺が寝ていたのは石のテーブルのような物の上だった。
3mおきくらいに松明? のような謎の照明器具が洞窟の壁に設置され、沿って進むと木の扉が備え付けてあった。
迷わず扉を開け放つ。
扉の奥は、こじんまりとした部屋だった。
洞窟と違い、照明器具がない。真っ暗だ。
ぼんやりと見える目で見渡すと、部屋の隅には調度品らしき四角い物体。
部屋の中央には、丸いテーブルと椅子? のような物。
そして、今開いたドアと同じドア。
それ以外は何も無さそうだ。
俺はとりあえずテーブルまで進んで、そこからドアへ向かうことにした。
スタスタと進む。
が、何かを思い切り踏みつけた。
「むぐっ」と言う声も聞こえる。
念の為、もう一度踏みつけた。
「ぐはぁ」と息を吐き出す声が聞こえた。
足をどけてしゃがみ込み、問題の物体を見る。
人間だった。
「うーん……はっ。すみませんすみませんすみません! 私、寝てなんかないです!」
俺の事を誰かと間違えているのか、女らしい声をしたそいつは必死に弁明と言う名の墓穴掘りを繰り返している。
「すみません、気が付いたらここにいたんですけど」
「いや、ホントにお酒飲んだりしてませんって……って、あれ?」
女はようやく人違いであることに気が付いたようだった。
ーーーーー
「す、すみません……勇者様。はしたない所をお見せしました……」
今俺は王城らしき所へ繫がる廊下を歩いている。
隣にいる女はさっきの人違い女だ。
名はローナ=ロールロインと言い、勇者召喚の儀式を執り行った神官であるそうだ。
勇者召喚の儀式は理論的には早く終わるそうなのだが、神のお告げとやらで生贄を捧げてから魂の着底を待ったせいで遅くなってしまい、ローナがその後の経過を見ていたらしい。
「いや、別に。気にも留めてないから大丈夫」
「え、そうですか……あ、着きましたよ! この先が王城の王の間です!」
衛兵らしき、鎧を着込んだ兵士が煌びやかな装飾の門を開く。
その先には、彫刻やら宝石やらステンドグラスやらがふんだんに使われた王の間があり、その中央に王が座していた。
王は40後半から50代くらいの顔付きで、精悍かつ獰猛なオーラのような物を、纏った豪勢な衣服を通してからでも感じさせられた。
「ほぅ……お前が勇者か」
「さっきから思ったんですが、勇者勇者っていつから俺は勇者になったんです?」
いつものように噛み付くような口調で喋る。
どうせ勇者と言うからには、待遇もそれなりのはずだ。
多少強気で行ってもこちらには能力もある事だし、構わない。
と思っていた。
「貴様。勇者の分際で王であるこの私に片膝も付かず、挙句その口調か。長い時間を掛けての召喚と言うから期待をしたが……とりあえず牢にでも入れておけ」
は? どういう事だ?
気がつくと左右をしっかり衛兵が囲み、周りは剣、槍の刃先が全て俺に向いていた。
「……いいんですか? 俺は勇者ですよ? 勇者と言うくらいだ、俺にはこの雑魚共なんて簡単に蹴散らせる力があるんですけどね」
俺の言葉が王の間に響く。
数瞬遅れて王の笑いが王の間に響いた。
「そうかそうか。ならばやってみろ。そいつらに勝てるのなら即戦力だ」
どういう意味だ?
と俺が逡巡しようとした時、腹部に痛みが走ると共に、俺の体は吹っ飛んでいた。
床をゴロゴロと転がる。
ようやく止まった時、俺の脳内は痛覚でいっぱいだった。
内臓がまるで全て破裂したかのように、腹の中で痛みが暴れまわっている。
ふと目を上げると、衛兵が手に持った槍の穂先の反対を振り上げている所だった。
思わず叫ぶ。
振り上げられた鉄の塊は俺の脛に思い切り叩きつけられていた。
それが一度でなく、体全体に何度も何度も繰り返される。
骨が折れる感覚と言うのを初めて知った。
そして、骨が折れる感覚に慣れてしまうと言う初めての体験もした。
どのくらい殴られ続けただろうか。
視界はすでに腫れ上がった瞼によって遮られ、体は己の意志では数ミリも動かない。
思考も、何も考えられなくなっていた。
「ハッハァー! まさか貴様、勇者が持っているべき神の付与能力を持っていないのか? それで周りの勇者達を雑魚扱いとは、笑わせてくれるなァ!」
ウソだろ。
あの豆腐メンタル野郎、俺に能力を与えなかったのか?
ああクソ、やっちまった。
まさか神がこんなに陰湿だとは思わなかった。
俺は衛兵に乱暴に引き摺られ、牢にブチ込まれた。