一章第四話 大きな王国と不遇の一途
リックは隠し階段から、城に入った。城の天井は高く、2m以上もあった。 ただ、それでも少し飛び上がると頭をぶつけてしまう。
今はもう太陽が沈んでしまった。 夜の城はリックの付近は暗かった。 自分が大きな壁となって光のほとんどを遮ってしまうからだ。 でも、今日はあと報告するだけだ。 そう思い廊下の角を曲がった。
その時、ドン! という音と共に股間に少しの痛みを感じ、さらにそのままの勢いで何かを蹴り上げてしまった。
「ぐふっ……」
そこにいたのは腹を抑えている雑用長の姿だった。
「てめえ……」
雑用長は少し体が小さかった。 そさてそんな雑用長の顔面がなんとリックの股間に激突し、その後リックが持ち上げた膝が雑用長の腹に入ってしまったようだ。
「この俺の顔に汚ねぇもの押し付けた上に腹を蹴るとは貴様何様だ」
雑用長は勢い良くリックの股間を殴りつけ、そのままリックのイチモツを両手で握りしめ引っ張った。 そして、痛みでよろけた勢いでリックのスネを蹴り上げた。
リックは雷に撃たれたような痛みに耐えつつ、雑用長が自分を攻撃しやすいようにさりげなく腰を下げた。
一方で、リックが怯んだと思い気分が良くなった雑用長はリックのイチモツをサンドバック代わりに2、3発殴りつけた。
「俺への仕事終わりの報告はもういい。 その代わりに全部の仕事が終了したことを上に報告しに行け」
雑用長はそれだけ言って、そのまま立ち去って行った。
もし、ここで雑用長の股間殴りを手で防いでしまったら、雑用長は激怒して飛びかかり、リックがボコボコになるまで暴力をやめない。
昔、同じような事が起きた時に攻撃を防いでしまい、雑用長が飛びかかってきたのだ。 その時はもっと悪いことに雑用長の攻撃を受けて倒れた衝撃でバタつかせた足が雑用長の顎にヒットし気絶させてしまった。
気が付いた雑用長はかんかんに怒り、リックに刑罰を与えようとした。 なんとか母親の嘆願によって免れる事が出来たが、その代わりに母親が酷い拷問を受けたのだった。
それからというもの暴力を受けた時は一切を受け入れ、どんな痛みを受けようが気合いで手足を動かさないように徹した。成人男性の平均体重は37kg。 女性や子供、お年寄りを入れればもっと軽い。 体重が人の2倍をゆうに超すリックはそうでもしないと嫌でも相手に大怪我を負わせてしまって事件へと発展してしまうから。
上に報告? リックは嫌な予感がした。 いや、確信と言った方が正しい。 報告すべき人間である管理人はいつも密談部屋にいる。 そこへ行くには人1人がギリギリ通れる細い廊下を通る必要があった。 もし、この細い廊下の天井がもっと低かったら…… そう思うとゾッとした。 より暗いこの廊下を歩くと横の壁に、高さ120cm程の扉が見えた。 コンコン。 リックは腕を下げて扉を鳴らした。
「はいれ」
その言葉を聞いて、リックは扉を開いた。
「お前……お辞儀もなしか?」
リックはお辞儀が出来なかった。 いや、正確にはお辞儀はした。 普段は相手よりも頭が下がるように体を90度以上も曲げてお辞儀をする。 しかし、この狭い通路ではそれが出来なかった。 何処かの不良のように便所座りをして挨拶するわけにもいかない。 空間が許す範囲で頭を下げたのだが、股下しか見えていない管理人には結局それが伝わらなかった。
「入ってこい」
また殴られる。 分かっていながらも脚を折り曲げしゃがみ込み、無理やり体を部屋に押し込んだ。
「そこに座れ」
そこに立て。 そう言われた方がリックは困っただろう。 密談部屋は音が漏れないように、部屋も扉は小さく、天井だって低く分厚く作られていた。 立とうとしても立てるわけが無い。 壁に手を付く壁ドン。 ではなく、床に手を付くいわゆる床ドン状態になってしまう。
リックはしゃがみ歩きをやめて股を開いた正座で座った。リックの長い足が密談部屋を占領した。 管理人は気にせず足の間を歩いてきた。
「昔から上の者への無礼な態度が目立つな」
自分の目の高さに人の顔がある。 人がお腹ではなく自分の顔と会話している。 そんな状態をリックは嬉しく思った。
ドカッ
リックは顔を殴られた。 何ヶ月ぶりだろうか。 顔を殴られるのは珍しい。 お腹や股間、足ばかりが殴られてたくさんの痣がある。 普通の人がやられるように、頭や顔を殴られるのは憧れなのだ。 別に決して殴られたいわけでもないし、Mでもない。 しかし、普通の人と同じようにされたのが嬉しく感じたのだ。
唾をリックの顔に撒き散らしながら怒鳴りつける事も、目を睨みつけられる事も、首すじを掴まれる事もリックにとっては微笑ましく感じた。
この後20分程の暴行を受けてようやく家に帰る事を許された。
自分が話に入れないくらい低い高さで楽しくお話ししている人々。 伸び伸びと建物内を歩く人々。 好きに暴れても何も問題にならない人々。 八つ当たりを受けない人々。 そんな人達を見て、リックは小さくなりたいと想い続けるのだった。