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犬との出会い 2

 俺は無表情で彼女を見返す。


 なぜか彼女は学校指定の体育用のジャージだった。今日は体育なんてなかったはずなのだが。


 しかし、すぐに机の上に広げられている彼女の制服を見てどういうことか理解した。


 彼女の制服はぐっしょり塗れていた。


 大方長澤と藤野に水でもぶっ掛けられたんだろう。もう夏じゃないんだからアイツ等も少しは季節柄を考慮するべきだとは思う。


 犬井は俺が状況を理解したのを悟ったようで、恥ずかしそうに俯いた。


 関係ない。俺には何も関係なかった。


 犬井の制服がぬれてしまっていて彼女がジャージ姿であることも、犬井が悲しそうな顔で俯いていることも。


 全て無関係だった。俺と犬井は喋ったことさえない。


 現在席が隣同士ということだけだ。それも先月の席替えの影響である。それまでは席さえも近くなかったのだ。


 しかし、俺は感じた。


 ぬれた制服を机の上に広げて、悲しそうに背中を丸めている犬井。


 それは、まるで雨の中に捨てられた子犬のようだった。


 雨に打たれ、誰に助けを求めるわけでもないが、目をウルウルさせて悲しそうにしている。


 そこを通りがかった人間は十中八九その子犬に救いの手を差し伸べてやる。


 しかし、それは子犬だった場合だ、ということだ。


 犬井は残念ながら本物の犬じゃない。人間なのだ。


 人間であるコイツを救済するということは、俺の人生の「普通」に「目立たない」生きるというポリシーを破棄することだ。


 コイツと関わるということは即ち俺の平穏な生活が脅かされる可能性があるということだ。


 救済は正義だ。控えめに言っても、正義寄りの行為だと言えるだろう。


 正義はこの上なく目立つのだ。犬井に話しかけるだけでも、それはすなわち目立っていることになる。


 だから、ここは無視してそのまま帰るのが最善。それしか俺がとるべき選択誌はあり得ない。


 しかし、同時になぜか俺の中で押さえようの無いほどの衝動が沸き起こった。


 犬井に、話しかけたいのだ。


 それが不味いことだということはわかっている。だけど、どうしようもなく犬井に話しかけたい。何かしゃべりかけたいのだ。


 それは、雨に打たれている子犬に対する優しさではない。俺自身それは明確にわかっていた。


 なぜなら俺はそんな正義感を振りかざす人間ではない。正義という目立つ行為をするくらいなら何もしないことを選ぶ。


 だから、これは少なくとも正義感から来る衝動ではない。


 だとしたら……なんだというのだ?

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