気付き 5
そして、俺は図書室に着くと、図書室内にある自習机に突っ伏して目を瞑る。
眠ることも出来るが大抵は目をつぶったままぼぉっとしているだけだ。何もせずにただ目を瞑っているだけ。
栄介の部活が終わるまで俺は大体こうしている。図書室に来たのだから本の一冊くらい読めばいいと俺自身も思うのだがいかんせんやる気が出ない。
だからこうして机に突っ伏して眠っているフリをしているのが一番俺にとっては居心地がいいのだ。
周りにだって俺と同じように自習机に突っ伏しているヤツがいる。ウチの学校図書館の司書の先生は図書室を留守にすることが多く、貸し出しカウンターには大体誰もいない。
誰も俺が自習机に突っ伏していることを非難するヤツはいないのである。
それにしても、今日も何事もなかった。
これはいいことだ。大抵の人間の人生とは常につまらなく、何事もないのだ。毎日がイベントに溢れてしまってもらっては困るのである。
今日一日を思い返したとき、俺の頭に浮んできたのはイジメられている犬井のことだった。
俺の周りで起きているイベントと言えばそれくらいだろうか。
「……普通、だな」
俺は、意味もなく一人で小さく呟いたのだった。
そもそも、イジメというのは高校生にとっては、身近なようで縁遠い物のような気がする。
いい加減皆高校生になれば善悪の判断というものが付く。そもそも、イジメなんていうある意味では手間のかかる行為をしようと思わないものだ。
だから、目の前で一人の女の子がイジメられているという事実は半ば非現実染みているような気がした。
無論、あくまでこれは俺自身の見解である。おそらく世間には高校生でもイジメをしているヤツもいれば、イジメられているヤツがたくさんいると思う。
だが、俺にとって長澤と藤野の犬井に対するイジメは、なんだか漫画やアニメの一齣のようで、どうも現実感を伴わないものなのであった。
そうはいっても、イジメている長澤と藤野には問題があるし、イジメられている犬井にとっては大問題である。犬井にとっては長澤と藤野が一刻も早くイジメをやめてほしいと思っているだろう。
しかし、イジメをやめてほしいと思っているのは犬井だけなのではないだろうか。
長澤と藤野は無論、イジメを続けたいだろう。彼女達にとってイジメとはルーティンワークであり、暇つぶしなのだ。あまりにも達が悪いと言えばそれまでだが、それが事実なんだろう。
問題は長澤と藤野、そして犬井以外の人間である。
周りの人間が果たして犬井に対してのイジメが止む事を望んでいるのだろうか。
人間というのは概して自分よりも低級な存在を見て安心する存在である。いや、俺はそう思っている。十六年という短い期間の人生哲学のようなものだが、大体合っているのではないだろうか。
今日の栄介がいい例だ。ヤツは犬井が可哀そうと言っていたが、かといって助けようとはしなかった。
それはもちろん、栄介自身が下手に犬井を助ければ、長澤と藤野に睨まれるという理由もあるのだろうが、きっと栄介は犬井が惨めにいじめられているのをもっと見ていたいのではないだろうか。
こんなのは俺の勝手な妄想だ。栄介はそこまでねじ曲がっていないかもしれない。
いや、別にこういう思考にいたることは捻じ曲がっていない。むしろ、こういう風に他人が誰かを見下すことを楽しんでいるのだと早合点する俺こそが最も捻じ曲がっているのだ。
俺はほとほと俺という人間が薄汚くて曲がっているなと呆れ果てながら、もう一度目を瞑った。
するといつの間にか眠気が襲ってきて、俺はそのまま本当に眠ってしまったのだった。