気付き 3
さて、別に俺は栄介を軽蔑などしなかった。
むしろ、栄介の反応は正しい。当たり前だ。
わざわざ好き好んで、弱者の手伝いをするやつなんていない。
弱者のことを可愛そうと思っていても、それを助けようとするのには、何かしらの魂胆がある。
助けるのならばそれ相応の報酬を望むのだ。例えば、弱者を救済することによって得られる名声だ。
しかし、この場合それは得られない。犬井を救済することによって得られるものは皆無だ。
それどころか、犬井に救いの手を伸ばした場合、無用な長澤や藤野の怒りを買うことになる。
彼女達にとって犬井が憐れなのは快感であり、そうでなくなってしまうのは腹立たしいことなのだ。
だから、誰も助けない。それは当たり前のことなのだ。
犬井はなんとかゴミ箱から教科書を拾い出した。
空きパックを捨てる箱に入ってしまっていたらしく、教科書には汚らしいジュースの染み跡が残っていた。
犬井は席に戻ってくる。犬井の席は俺の隣だ。
俺はそんな犬井をタダ見ている。救済などあり得ない。
それは俺の普通になるという努力を根本から崩す行為だ。
五ヶ月前に転校してきてほぼ面識のない犬井に対しそれをするほど、俺は愚かではない。
犬井は俺の視線に気付いたらしく、顔を向けてきた。
そして、俺が無表情で自分を見ていることを見ると、ただ目を伏せた。
犬井自身、誰も助けてくれないことを自覚しているのだろう。
自分はこんなんだからこうなって当たり前だと思っているのだろう。
犬井自身が自身の不遇な処遇を受け入れているのだ。
だから、もうそれは仕方のないことだ。犬井がそれでいいと思っているのだから。
俺は視線を反らし、黒板のほうに向ける。既に教師が来ていてホームルームが始まっていた。
俺はまた今日も普通の一日が始まったことに感謝し、教科書を机の中から取り出したのだった。