逢沢直人の機嫌の良い日 2
「やぁ、直人」
と、そんな風に愉悦に浸っている俺に誰かが話しかけてきた。
「ん? ああ、栄介か」
「ふふっ。どうしたの? 今日はなんだか機嫌よさそうじゃないか」
「何? そう見えるのか?」
俺は思わず動揺してしまった。そんな風にしているつもりはなかったのだが、自然とそんな様子が出てしまったのだろうか。
「え? いや、まぁ、そうだねぇ……ま、それなりの付き合いだからさ。なんていうか、感じで分かるんだよね。あはは」
……なんだ。適当か。
どうせこうは言っているがおそらく栄介は適当に言っただけなのだろう。別に俺と栄介は親しいわけではないのだ。適当に言ったのならそう言って欲しい。
俺は思わず栄介を睨みつけてしまった。
「え? な、何? 何か僕、気に触ることでも言った?」
「……いや。別に」
「そ、そっか……あ。そういえば、直人。昨日あの後、どうしたの?」
「あの後? どの後だ?」
「だから……行ったのかなぁって」
「どこへ?」
「だ、だからさ。その……長澤さんの家にさ」
栄介は言いにくそうにそう聞いた。
なるほど。確かに栄介としてはそれを聞くのは至極当然だ。俺に長澤の家の場所を教えてくれたのは栄介である。
だから、栄介には、その質問を聞く権利はある。
俺は少し黙ってから、少し口の端を釣り上げて栄介に微笑みかけた。
「いや、行くわけないだろ」
「え? あ、ああ。そうなんだ。あ、あはは、そうだよね……」
しかし、あくまで質問する権利だけだ。栄介にはそれ以上の情報は教えない。
教える必要はない。これは、俺にだけ与えられた特権なのだ。誰にも邪魔されることのない俺だけの幸福である。
「そもそも、栄介は俺がそんなことをする人間だと思っているのか?」
「え? あ、ああ。そうだね。いや、ごめんね。なんか変なこと聞いちゃってさ」
「いや、いいさ。栄介、俺こそ悪かった。昨日変なこと聞いて」
「ああ。いいんだよ。ちょっと気になっただけだからさ」
栄介は苦笑いしながら俺にそう言った。
つまり、栄介は、俺がそんなことをするような人間ではないと思っているということだ。
栄介がそうなら、おそらくこのクラスにいる大体の人間はそうだろう。
だが、実際はそうではなくて俺はそのあり得ないことをしているのだ。そう考えるとまた笑いが湧き上がってくる。
無論、こんなところで爆笑するわけにもいかないので、俺はポーカーフェイスを守りつつ笑いを堪えた。
「ああ、じゃあ僕席に戻るよ。またね」
「ああ。じゃあな」
なんとか栄介がいいタイミングで戻ってくれた。俺は胸を撫で下ろす。
そして、ふと前の方の座席を見る。
そこには既に長澤が座っていた。いつもと違ってどことなく暗い感じである。




