長澤流佳の恥じらい 3
「はぁ……」
狭いエレベーターの中で、長澤は大きくため息をついた。
「なんだ。どうした?」
俺が訊ねても、不機嫌そうな目つきで俺を見るだけである。もっとも、長澤の機嫌が悪かろうが関係などない。
そもそも既に契約は交わしたのだ。今更取りやめにするとも長澤も言ってこないだろう。
それに、長澤としても俺がクラスの連中に長澤の秘密を言わないかどうかがもっとも大きな不安なのだから、それを抑止できるとなると俺の計画に加担することはやぶさかではないだろう。
「……別に。それにしても、変な奴に捕まっちゃったなぁ、って思ってね」
肩をすくめておどけたようにそういう長澤。やはり、或る程度長澤の中でも気持ちの整理というか、これは仕方のないことだということはわかってくれたようである。
「まぁ、変態、だからな」
俺はニヤリと笑って見せた。長澤はげんなりとした顔で俺を見ていた。
エレベーターが一階に着き、俺はそのままマンションの外に出た。長澤もその後を付いてくる。
「じゃあな、長澤。明日、頼むぞ」
「……はぁ。できるかな」
「あ? 何を言っているんだ。自分でやるって言ったじゃないか」
急に弱気になって長澤を見て俺は焦る。長澤は困り顔で俺を見る。
「だって……私、駄犬に酷いことしてきたし……」
「……はぁ? 呆れた奴だな。だから謝るんだろ?」
「謝っても……許してもらえないと思うけど……」
「そりゃそうだろう。別にお前は犬井に許される必要なんてないんだぞ?」
俺がそう言うと長澤はまたポカンとした顔で俺を見た。
どうにも長澤はやはり、どこか不良のくせに……いや、むしろ不良だからこそだろうか、抜けているような節がある。
俺は既にその事実に十分なほどに気付き始めていた。
「……そうなの?」
「ああ。そうだ」
イライラした様子でいつもの癖なのか、金髪をかきむしってから長澤は俺から顔をそむけた。
「わかったわよ……さっさと帰りなさいよ」
「ああ。そうするよ。じゃあな」
「あ……逢沢」
と、俺がそのまま帰ろうとすると、長澤が後ろから俺を呼びとめてきた。
俺は振り返る。長澤が俺のことを見ている。
「なんだ? まだ用か?」
「あ……ご飯、ホントに食べていかない?」
「は? いや、食べていかないが」
「あ、そう……じゃ、じゃあね」
そういうと長澤はそのままマンションの中へ戻って行った。
なんだかよくわからないなと思いつつも、俺の心はかなり充たされていた。
そして、一人になったことを確認すると、俺は思わず噴き出してしまった。
そのまま一人で大きな声で笑い声を上げる。
なんだ。この展開は。
俺が思った以上に事が上手く運びすぎているのだ。信じられない。
今までの人生でここまで嬉しい気持ちになったのは初めてだった。今ならなんでもできそうな気がする。
そして、心底自分という存在が穢れており、どこまでも救いようの無い存在だということを改めて認識したのであった。




