気付き 1
その日も、俺、逢沢直人は普通でいることに徹していた。
教室では自分の席に座り、そこから教室を眺めている。
特に何をするということでもなく、ただ眺めている。
「おはよう、直人」
そこへ声が聞こえてくる。俺は声のするほうに顔をむける。
爽やかそうな少年が、俺に笑顔を向けていた。
いかにもスポーツ少年と言う感じで清々しい感じを全身から発している。
「ああ。おはよう、栄介」
伊丹栄介。俺のこの高校での唯一の友達だ。
友達なんていうのは多くなくていい。ただ少なすぎても問題だ。
だから、俺にはこの中学からの付き合いである伊丹栄介だけでいい。
「はぁ。直人。また死んだ魚みたいな目しているよ。大丈夫?」
栄介は困った顔で俺に言ってきた。
栄介曰く俺はいつも死んだ魚のような目をしているらしい。
人生に望みのない俺にとってはそんな風な目つきはお誂え向きなのかもしれない。
「そうか。まぁ、気にするな」
「あはは、そうだね。直人らしいよ」
直人らしい、というのはどういうことなのだろうか。
俺にはやっぱり死んだ魚のような目がお似合いということなのだろうか。
伊丹栄介という人間は、俺にとって友達であるが、心を許した無二の親友というほどでもない。
テニス部である栄介はどことなく帰宅部の俺を見下している節が見られる。
無論、俺の被害者意識がそうさせているだけと言えばそれまでなのだが、それが全部というわけでもないと思われる。
「いやぁ、昨日はテニス部の練習がキツくてさぁ。全身カチコチだよ」
そういってテニス部がキツイアピールをする栄介。レギュラーでもないのにそこまでキツイ練習をするのだろうか。
「そうか。大変だったな」
「まぁね。直人は何か運動とかしないの?」
「運動? いや。俺は運動音痴だからな。しない」
「そっか。テニス、やらない? なんだったら僕が教えてあげるし」
本気でそうは言ってないのだろう。あくまで社交辞令的なのものだ。
かといって、俺は伊丹栄介が嫌いなのではない。
人間なんていうのは皆こうだと思っている。誰かとの関係を持ちたくて、とにかく話題を振らずにはいられないのだ。
「そうだな。暇があったらな」
「あはは。直人、帰宅部なんだからいつも暇でしょ?」
「ふっ。そうだな」
実際のところ、栄介は俺のことを面倒な友人と思っているのだろうか。
それとも、俺が見たところ俺と同様に友人が少ない栄介は、面倒であっても大切な友人の一人と思っているのだろうか。
少なくとも俺にとって栄介は、俺が普通ということ演出するための、貴重な小道具である。
友達を道具扱いとは何様だと思われるだろうが、本心ではそうだ。
ほとほと、俺と言う人間は嫌な人間である。
そして、丁度、俺と栄介の会話に空白ができたその時だ。
「ほーら、駄犬! もうすぐで取れるぞー!」
声のした方に俺と栄介は振り返った。