86 真相
86 真相
日本の農業高校卒業生30人が、移民申請する前に現地を見たいというので見学会を開いた。
親父が乱戦の中で100人の少女を預かったのは、ニタ村から西に行ったサク(親父命名)だったが、何度か調べるとどうも長野の部族と新潟の部族で戦闘があり、一帯が荒れまくっているらしく、暫くは農業には向かないとのことだった。
そこで、ウマヤ村から30キロほど北に入ったところのユザワ(俺命名)という温泉がでる開拓村を候補にした。
ここは山に囲まれているので、部族の進入がなく、ウマヤから山をひとつ隔てた場所だから、いざというときにはウマヤに逃げられる。
北の山をひとつ越えるたびに扇状地や盆地があるので、開拓しても数十年は南のウマヤ方面に向かわないだろう。
しかも、北の先には新潟平野がある。
10石開発するまで機械化農業は禁止だし、モータリゼーションも村がある程度安定しないと交易品が出せないので意味は無い。
暫くは定期貨物船による支援だけになる。
田畑を作り、子供を育てることができてから、村との交流に入れるようにはする予定である。
温泉も開発すれば観光客がつくかもしれない。
土建用アンドロイドも2体用意したから、用意した集会室で少し我慢してくれれば、自分の家も持てるはずだった。
だが、俺が少し焦っていたのも事実だ。
領地は処女ばかり増えて、減る気配がない。
外国人官僚も処女ばかり100人も採用してしまったし、観光客も処女に戻ったのがうろうろし始めた。
母親10人委員会も少しずつ処女に戻り始めているし、他の母親もPTAとか言いながら現れては、処女に戻ろうと画策しているようだ。
せめて、新潟娘を開発民にして処女を減らしたかった。
短絡的だが、新規の開拓者は童貞男がいいだろうと、日本に頼る気になってしまった。
「ひょー、道ねえぞ、道」
「ソーラーだけって、あり得なくねぇ」
「ユンボ使っていいっすか」
「コンビニくらいあるっしょ」
最初から波乱含みだった。
やがて、妻候補の新潟娘30人が来ると、
「マジロリ、マジ」
「ロリきたー」
「生おっぱいナウ」
「あれ、おっぱいでかくね」
「好きなのとやれるの」
「俺、金髪お姉さん予約ー」
端末で画像を撮るばかりで、感じが悪い。
どうも、トウマの意見が正しかったようだ。
『できるだけ、優秀なのを選んだが、期待するなよ』
大半が嫁どころか、童貞のままじゃないかと不安な連中だった。
一から開拓するなんて思っていない。
休耕田をちょこっと機械でいじくるぐらいの認識なのだ。
しかも、少女たちをきちんと人間として扱えてもいない。
女の子というのは、基本的に自分を気遣ってくれる男が好きだ。
気遣いを見せない男が、その後大切にしてくれるとは思えないからである。
折角、テーブルの向かいで少女たちの手作りの食事が味わえるようにしたのに、端末をいじりながら話しかけなかったりする。
「肉、マジうめー」
「野菜、土くせえ」
「俺、あれがいい」
「うそぉまじぃ、じゃ俺はあの蒼いの」
「やっぱ、開拓はユンボでしょ、ユンボ」
「早くやりてえ」
まあ、暫くすれば交流もあるかと思ったのだが、新潟娘たちの方が先に切れたみたいだった。
「高級な炭まで使って作ったのに」
「端末ばかりいじってるのがいや」
「機械しか使ったことないみたいです」
「領主様と同じ国の人だと思って期待してましたのに」
「耕耘機で走るのが趣味だって」
「あれで、選ばれると思ってるのがおかしいです」
「女が選ぶ方なのに」
「電気と機械だって、それなら男いらないじゃない」
辛辣と言うよりは、的確な評価だろう。
片付けものを小川で洗いながら、訴えてくる。
そもそも、新潟娘たちの方が上品で、優雅で、日本語もまともである。
彼女たちを日本に送った方が良かったかもしれない。
きっとサラリーマンの人気を集めたことだろう。
だが、ひと味違う男たちもいた。
テーブルでは同じように話もできなかった連中だが、外に出てくると開拓予定地を一通り見てから、
「代表。ちょっと鍬を振るってもいいですか」
「用水なんですが、川ではなく小川を使ってもいいでしょうか」
「炭を見せて貰いたいのですが」
「実に空気が美味いです」
「冬も穏やかな感じですね」
どうやら、女の子と話すのが苦手なだけのようだ。
「農地のことは、彼女たちに質問してみてくれ。みんな詳しいぞ」
「は、はい」
暫く農作業していたが、少しずつ肥料とか、二毛作とか、産物の期間とか、収穫後の加工の仕方とか、質問するものがでてきた。
実に初々しい光景だった。
ブドウジュースも少女たちが摘んで絞ったと聞くと、素直に感激していて、なかなかの高ポイントである。
新潟娘たちが、嬉しそうに答えている。
やがて、キモ、ダサ、マジ語を使う連中には日本のチャーター機でお帰り願った。
観光もさせたくない。
費用は全部こっち持ちなのだから文句は聞かない。
サラリーマン農業ではなく、開拓民が欲しいのだ。
「まあまあ、閣下。いい若者もいたじゃないですか」
「優秀だが期待しないでくれって、どういう意味かわかったよ。しかし、コンビニ1店舗維持するのにどれだけの人員と工場と資本が必要かわかってるのか。1商品1工場としたって、1000品揃えれば、1000もの工場が稼働するんだぞ」
「小学校では教えてないのでしょう」
「いや、教師がそもそも知らないのだろう。今度日本の教師を呼んで、猪の解体でもやらせるか」
「ステーキが自動販売機から出てくる国ですから無駄ですよ。しかも作っているのは、中国の工場なんですから」
ナタリーの意見で俺の頭の中に、田舎の農村にステーキ定食とかの自販機があり、老いた農夫が帰りがけに買っている映像が流れた。
便利かもしれないけど、悲しい。
確かに、幸せの概念が日本では作りにくい。
建前では豊かな感性とか多様性とか言っているが、実態と違いすぎる。
企業戦士、即戦力しか期待してない。
生きるために重要な教育すら施さない。
省庁は、予算を沢山もらえるようにあれこれ画策するだけだ。
義務教育が大事なら、義務教育だけで十分な人材を育てられなきゃおかしいだろう。
できないなら、大学院まで義務教育にすればいいんだ。
効率と価格ですべて表せるのなら、いっそのこと小学生にはそれを教えればいいだろう。
母親の手作りも自販機もカロリーが一緒なら同じ食べ物ですとかさ。
野菜を食べなくてもサプリで補えますとか。
虫食い算なんかやらせないで、明日の株価の予想でもやらせりゃいいんだ。
道徳教育などやめて、偉い人はお金を一杯持っている人ですと教えればいいんだ。
もう既にあの国は滅んでいるのではないだろうか。
食糧自給率が50%を切ったら、滅んでいると言って良いと思う。
「閣下、日本に八つ当たりするのは良くありませんよ」
「そういえば、イギリスも自給率が悪くなかったっけ」
「80%ぐらいです。国土が小さいですから」
「日本は危機意識がないのだろうか。日本の米を全部買い上げてやろうか」
「無駄ですよ。翌日にはコーンデンプンか何かで、米モドキを売ってますよ、きっと」
「弱いのか、強かなのかわからん国だなあ」
しかし、何とか有望そうなのが8人残った。
これなら、小部族が襲ってきたりしないだろう。
「代表、今日から開墾を始めたいと思います」
「でも、準備とかあるんじゃないか」
「代表、我々農業高校生は給料が出るんです」
「何だって、エリートじゃないか」
「実際は、絶滅危惧種の保護に近いと思います。農村なんてありませんから」
「農家はどうしてるんだ」
「企業がアンドロイドとエンジニアと僅かな研究員で、すべて運営しています。畑はプラントと呼ばれています。デカい機械をいじれるやつがエンジニアとしてディスプレイを一日眺めているだけです」
「工場じゃないか」
「そうです。日本に農業はありません」
「じゃあ、何故農業高校があるんだ?」
「省庁に予算が付くからです。農業の支援金も配る先がないとお役所は困るそうです」
「何処かの国の先住民保護区よりひどくないか」
「お金が出てくるうちは、誰も文句を言いません」
「それで、何故今日から?」
「卒業すると、給料は出ません。農業をやりたくても、エンジニアの資格を取ってサラリーマン農業をやるか、せいぜいトラックで荷運びをするかしかありません。研究員は大学でドクターコースを通らないと、とてもなれません。我々は帰ると失業者になるのです」
愛国心とかは、結局金と効率に飲み込まれてしまったんだろうな。
農業を工業化して、食糧自給率も低いままじゃ愛国精神なんかあるわけがない。
政治家の台詞の最後には必ず、儲かるからをつけるべきだ。
教育は重要である、儲かるから。
アメリカと協調路線をとるべきである、儲かるから。
もう、政界再編しかありません、儲かるから。
ここで新たなエネルギー問題に取り組むべきである、儲かるから。
中国の横暴には断固抗議すべきなのだ、儲かるから。
地方の活性化を行い、地産地消を促し、ブランド化した商品を開発すべきである、儲かるから。
有事の際は自国の防衛ぐらいできるようになるべきである、儲かるから。
勿論、自分が儲かるからだ。
日本の3大政党は、利益誘導党、利益分配党、国民不在企業新党である。
元々はGHQの占領時代に、日本が共産化しないように、CIAが作った政治団体のなれの果てである。
どの政党も国民の収入ではなく、企業の収入にしか興味は無い。
国民の収入を下げてきたからだ。
国民には定率で税金をかけとけばそれでいいのだ。
単純に経済団体の出先機関で良いんじゃないのか。
企業も企業で、自分たちの利益しか興味は無い。
ある企業の社長が若手社員の前でこんなことを言った。
「俺はお前たちと違って定時に帰ったりできない。24時間働いてんだ」
すると、それを聞いた社員のひとりがこういった。
「では、社長の給料は年収1200万ですね」
「何でだ?」
「だって我々は年収400万で働かされてますが、8時間勤務です。社長は我々の3倍働いているのでしょう」
確かに3倍は24時間である。
社長の年収は2億だった。
社長はその後、収入のことは一切しゃべらなくなった。
勿論、社長にも言い分はあって、10億の契約を取ってこれるのは俺だからだ、とか言いたかったろう。
だが、それが取れるのも社長だからだ。
ただの社員としてじゃ取って来れない。
接待も経費も社長だから自由にできるのだし、有能な秘書も運転手も使えるのだ。
まあ、その社長には一応の分別はあったのだ。
しかし、翌年メインバンクから年収5千万で社長を引き受ける人と交代させられた。
効率と金なのだ。
公務員の給料が高いとか戯言も言う。
民間の給料を下げてきたからである。
もっと下げるには公務員の給料が邪魔になる。
だから高いと文句を言うと、結局、民間の給料を安心して下げられる。
企業利益を優先する省庁は、身分制度を作り、官僚と公務員を分け、給料表も分けることで同意した。
官僚は平均2000万円で、公務員は平均350万円程度にして、批判をかわすことにしたのだ。
ちなみに東京警察署の優秀な警察官は、35年勤務でようやく警部補・年収600万になったが、キャリアは採用時半年の研修期間、警部補・年収800万で僻地手当が200万つく。
研修期間が終了すると警部で、1200万だそうである。
勿論、キャリアは小判、公務員は電子マネーで給料が支払われる。
年収300万の消防士に、火の中に飛び込めなんて誰が言えるんだ。
年収300万の警察官が、年収2億の暴力団と戦えるものか。
まあ、豊かさとか安全とか幸せなど、金で解決するのだろう。
だが、エリダヌスでは美しい働き者の妻が、農業をすれば手に入る。
しかも、複数だ。
畑も耕した分だけ自分の土地になる。
金は一切かからない。
開拓民には1年間の食料援助がある。
余剰穀物を商品化すれば、物々交換でホエールから好きなものを手に入れられる。
美味い飯、美味い酒、信頼できる仲間、美しい妻は、金を積んでも手に入らない。
ここでは自分たちで作り出すのだ。
妻たちは、それを手伝ってくれる。
「いいか、エリダヌスの農民に失業はない。働けば必ず収穫があり、収穫があれば飢えることはない。美しい妻や子供のために働き続けるのだ」
「代表、では」
「そうだ、ここをお前たちの村にしてくれ。見渡す限り田畑に変えていけ!」
「代表、頑張ります!」
「やります」
「働きます」
「俺もやります」
「やりまくります!」
熱い少年たちだった。
地球に帰れば失業者とは思えない。
日本の政治か何かが間違っているのだろう。
リーダーにユザワという名誉称号を与え、ユザワ開拓村、村長とした。
その日から少年たちは開拓を始めた。
新潟娘たちは、少年たちが新居を構えると妻になっていった。
8人で20人の妻を持った少年たちは、更に頑張って村を発展させている。
妻たちは、少年たちが作った露天の温泉に入り、更にやる気を引き出しているという。
日本のマスコミが取材にきて、泥だらけで帰ってくる夫を丁寧に洗い流す優しい妻たちの映像が流れると、農業高校志望者が殺到したという。
キモ、ダサ、マジ語の連中が取材に引っ張り出されて、もう一度チャンスがあれば頑張りたいと言っていた。
まあ、次の移民はあの少年たちが審査するだろうから、厳しいぞ。
「露天の温泉か」
「閣下、変なことをお考えですね」
「いや、いいことしか考えていないからね」
「マナイさん」
「いやらしいことを考えてますね」
「ずるいよ、ナタリー。マナイも少しは遠慮しろ」
「残った新潟娘と温泉に入りたいと考えていた」
「閣下! 私には新婚だから待てと仰いましたよね」
「そう言えば、薩摩の黒豚の会の人たちが来るんだった」
俺は走って逃げ出した。
最近、チカコが邸に籠もって何かの研究をしていた。
みんな笑って教えてくれないのだが、あいつが変なことをすると困るのは俺なので、乗り込んで問いただすことにした。
「ヒミコを処女再生しようと思って」
「何だって!」
「だって、鹿モドキの寿命は20年ぐらいなのよ。ヒミコはもう中年で、子供は産めそうにないの」
「鹿モドキにも処女なんてあるのか」
「失礼ね。あるんだから」
うーん、考えたこともなかった。
イケメンはもう孫が沢山いる。
「だが、再選択法だと、イケメン以外に嫁ぐことになるぞ。ヒミコはそれを望んでいるのか」
チカコはショックを受けたようだ。
そんなことは、考えてもみなかったようである。
「まあ、若返れば望むかもしれんな。イケメンだけが雄ではないだろうし」
「いやよ、そんなの」
「いやよって、ヒミコが望むのなら仕方ないだろう」
「だ、駄目よ」
「まあ、処女再生が可能かどうかもわからないんだろう」
「イケメンも長寿化処置するわよ。それならいいでしょ」
「再選択は別の話じゃないか」
「駄目よ、ヒミコはもう一度イケメンを選ぶの! そうでしょ! そうよね!」
「ぐるじいよ、チカコ」
首を締め上げられた。
「イケメン以上の男なんか、この世にいる訳がないのよ」
「だがら、ぐるじいでず」
「イケメンはヒミコを選ぶし、ヒミコはイケメンしか選ばないの!」
起死回生のおっぱいツンツン攻撃!
何、効いていないだと!
仕方が無い、コリコリ攻撃!
「閣下」
「領主様」
俺は軽く意識が飛んでいたようだった。
チカコが泣き崩れているが、これは俺の攻撃のせいではなかった。
ふー、死ぬるか、と思った。
興奮すると首を絞めてくるようなやつだと、危険人物カテゴリーに入れ直した。
いや、チカコは既に一番の危険人物になっていたので、追加条項を記録しておいた。
しかし、こいつ乙女チックなことを言ってるが、イケメンには妻が8頭もいるんだぞ。
わかってるのか?
「大丈夫ですか、閣下」
いや、首を絞められたから、死ぬかと思ったよ。
そう言おうと思ったが、咳き込んで言葉が出ない。
「強姦しようとしたのですから、仕方ありません」
「自業自得です」
ええっ、何でそんな話になるの?
「まったく、閣下も水くさいですよ。なさりたいならお申しつけてくだされば、私だって頑張りますのに」
「昨日したばかりなのに、足りなかった?」
何故、二人して赤くなる。
何故にじり寄ってくる。
どけり!
「さあ、早くイケメンとヒミコに会いに行くわよ」
俺はまだ声も出ないのに、チカコに蹴り飛ばされて引きずられていった。
マナイとナタリーはプンプン怒っているようだ。
最近の領内は、カルシウムか何かが不足しているのだろうか。
4段目にイケメンは見当たらず、5段目の乗馬クラブまで行くことになった。
リゾート客が沢山いて、キャーキャー騒いでいるが、あれは殆ど処置を待っているマダムたちである。
イケメンは相変わらず、女性のおっぱいに鼻面を押しつけて回っている。
イケメンのオリジナル技、おっぱいつつきである。
丁度、芝生でお弁当を広げている3人組を見つけた。
名前は知らないが、カエデさんの弟子のドクターたちだ。
チカコの研究は当てにならないので、専門家の意見を聞くことにした。
「鹿モドキの処女再生ですか。流石は閣下、守備範囲が広いですねえ」
「守備範囲って何の話?」
「お前は知らなくていい」
「何よ、子供扱いして」
いや、説明できないし。
「多分、停滞遺伝子を探すことになると思うのですが、望みは薄いですよ」
「何故です」
「鹿モドキはこの星で進化したんですよね。主食は草原。飢えがあったとは思えません」
「ああ、そうか」
「よほど、不運な個体でもいない限り絶望的です」
「あの、仮になんですが……」
「いいえ、人権に鹿モドキを加えたのは閣下でしょう。雌を拷問にかけるようなことはできません。それに、多分飢えだけではなく、その後の疫病とかを乗り越えての話だと思います。100か200個体が死ぬような実験は、できるようなものではありません」
べそべそ泣くチカコの手を引きながら、3段目の池の畔にやってきた。
イケメンと話すまでもなかった。
3段目の家畜舎は、牛を導入したときに鶏を除いて4段目に引っ越ししてある。
鶏舎は朝の卵取りがあるから遠くにできなかった。
3段目はすべて開発されると水田が50町×30町の1500町、1万5千石できることがわかってきたが、池を残しイチゴのハウスを多く作ったので、まだ4000石以下である。
だが、ここは一番の憩いの場所という雰囲気がある。
近くのハウスからザルに一杯のイチゴを摘んできた。
イチゴはパルタ村でも試験栽培したのだが、どういうわけかイタモシ村の方が良くできる。
海風のせいではないかと言われているが、まだよくわからない。
「イケメンもヒミコも孫が沢山いるんだ。それ以上は望まないだろ」
チカコは泣きながらイチゴを食べている。
器用な奴である。
「あいつらが、特別なのはよくわかるが、イケメン2世だって、カミナリ3世だっていいやつじゃないか。そうしてイケメンやヒミコの遺伝子は残され伝えられていくんだ。生き物はそうして永遠に生きようと進化したんだよ」
「永遠? 死んじゃうのに?」
「子孫を残すというのは、永遠に生きるってことだ」
「でも、本人じゃないじゃない」
「単純な生き物だった頃、細胞分裂でコピーして古い身体を捨てて新しく生まれ変わったが、弱い個体になっていくばかりだった。そこで、別の個体の遺伝子のいいところを混ぜて生まれ変わろうとしたのが、性の始まりなんだ。子供は自分の新たな生まれ変わりなんだよ。だから、どんな動物も子供を守ろうとするだろう」
「イケメンの子孫がイケメンの生まれ変わりなの」
「そういうことだ。子供や孫が沢山幸せに生きているのを見られるのが、生き物にとって最高に幸せなことなんだ」
「自分は死んじゃっても?」
「逆に子孫が心配で死ねないのが不幸なんだよ。安心して死んでいける方が幸せだろう。チカコだって自分が生きているうちだけ鹿モドキと付き合うのと、死んだ先も自分の子孫が鹿モドキと暮らすのとどちらがいい?」
「そりゃ、でも、うん」
チカコは暫くイチゴをムシャムシャ食べていた。
「ねえ、あんた、ちょっと裸になってくれる?」
「何でだよ!」
「ちょっと調べたいことがあって」
「俺は実験動物じゃないぞ」
「いいじゃない、少しぐらい」
「今まで、何度も裸になったろ」
「ちゃんと調べたことないの」
「別に調べなくてもいいだろ!」
「少しぐらい協力してくれてもいいでしょ」
どうも、こいつの考えてることはわからない。
「ほら、これでいいか」
俺はTシャツを脱いだ。
「し、下も脱いでよ」
「あの、チカコさん、俺も恥ずかしいんだけど」
「じゃあ、こっち来て」
何故か、森の中に連れて行かれる。
「ここなら誰にも見られないわよ」
「いや、お前がいるだろ」
「私がいないと見れないでしょ」
「いや、しかし」
「はやくして!」
「はい」
怒鳴られて、つい脱いでしまった。
何、この羞恥プレイ。
「手で隠さないで」
「駄目、チカコさんそれ以上は許して」
「すぐに済むから」
俺は恐ろしさで縮こまっていた。
「こんなものなら、何とかなりそうだけど。イケメンの10分の1ぐらいだし」
「あの、チカコさん」
「これを入れれば子供ができるのよね」
間違ってはいないけど、女の子がそんなことを言うのは駄目なんじゃ。
チカコは全裸になった。
その途端、俺は強烈に元気になる。
「い」
「い?」
「いやー」
チカコは脱いだものを抱えて逃げ出していった。
俺のシャツと半ズボンに、パンツまで持って行ってしまった。
新潟娘たちの好奇心と、侍女たちの期待と、女官や先生たちの欲望を一身のそれも局部に集めて、邸に戻ってきたが、待っていたのはマナイとナタリーのお説教だった。
「懲りもしないで、また強姦して」
「チカコ様は泣いておられましたよ」
泣きたいのはこっちだってば。
母さんは何も変わらなかったが、何かが変だった。
もうひとりの母さんが抱きついて寝てるときに、何となく違和感を感じた。
もうひとりの母さんは、授乳中なのか、俺を抱きしめると頭がおっぱいに来るようにするが、母さんは俺の胸の中に入るようにしがみつく。
母さんより母さんの方が身体が大きいから、これは少し変だ。
「リーナさん、母さんのことなんだけど、俺が生まれた頃のこと知ってる?」
「一度目の旅の後に暫くアメリカにいて、帰ってきたときにはユウキを抱いていたわね」
「なんか変なところはなかった」
「すぐにバイオレッタの納品があって試験してたから、詳しくは覚えていないのよ。ただ、おっぱいが変だったわね」
「おっぱい?」
「ええ、ユウキにおっぱいをあげるときに哺乳瓶しか使ってるの見たことなかったわ。出が悪いし、ユウキが沢山飲むからって言ってたけど、ユウキのおっぱい好きは、その頃十分に満たされなかったせいだと思うわ」
いや、それが原因じゃないからね。
「キョウコという人は?」
「祐一のクルーよ。伶子もキョウコも祐一に夢中だったみたいだけど、伶子がユウキを産んだんだから、結局は、そういうことだったんでしょ」
「だけど、それなのにあっさりと別れちゃったなあ」
「処女再生できたからでしょ。祐一は一度目の旅の失敗で酒浸りになっていたから、駄目かと思っていたけど、伶子に励まされて2度目の旅に出たのよ。ユウキを置いて行くのはあれだったけど、もう一度やり直す気になったのは良かったのよ」
しかし、それでは母さんが不妊だったのがよくわからないのだ。
マサイで暮らしているときにお腹にケガをしたとかは考えられないし、俺を産んで不妊になってしまったのだろうか。
「ユウキ、まさか伶子のこと」
「いや、まだわからないんだ」
「駄目よ、母親の処女を狙うなんて!」
ガクッ。
いや、違うからね。
母親かどうか確かめたいだけだから。
「私がほっといたせいね。ここはミサコから貰った最新型を装着して試すしかないかしら」
「リーナさん、落ち着いて」
「私は落ち着いてるわよ。ユウキこそ母親の処女が欲しいのはわかるけど、落ち着いて考えるべきよ」
それからリーナさんは大型ディスプレイに新型下半身を映し出すと、その性能と改善点について2時間にもわたって解説するのだった。
拷問だった。
俺は手っ取り早く、母さんの髪の毛を採取することにした。
ひっこぬくのは拙いので、風呂場を磨いて排水溝に網を仕掛け、髪が引っかかるように細工した。
3日後、母さんと風呂に入るチャンスが回ってきた。
ごく自然に、いつも通りにして、母さんが上がった隙に髪を回収した。
俺と母さんだけだったから、長い髪は母さんので間違いない。
「あら、ユウキ。験担ぎ?」
「いや、別にそんなわけじゃないんだけど」
しまった。
見つかったときの言い訳ぐらいは、考えておけば良かった。
「でもねえ、ユウキ。そういうのは恋人の下の毛をお守りにするものよ」
「……」
「仕方ないわねえ。ちょっと待ってて」
母さんはそう言うと、巻きスカートに手を入れて何かを引っ張る動作をした。
「はい、大事にしてね」
母さんは短めの毛を2本と、俺の持っていた長い毛を取り替えると嬉しそうな顔をして出て行った。
「髪の毛って言ってたわよね」
リーナさんは微妙な顔つきで毛を2本受け取ると、すぐに解析を始めた。
「これは、ユウキとはまったく関わりが無いわね。何とか日本人かな、という感じよ」
「じゃあ、やっぱり母さんは」
「ちょっと待って、個人データとも照合するから」
暫く待つと、ディスプレイにヨリの顔が写された。
母さんに似ているが、別人である。
「これは、ヨリの毛じゃない。ユウキ、ふざけてるの」
「いや、確かに母さんから受け取ったんだけど」
何がどうなっているのかわからなかったが、とりあえずヨリの毛は大事に保管した。
何故か残っていた、春日大社のお守り袋に入れたのだ。
タケミカズチって、相撲の神様だっけ?
その後も、母さんのブラシについていたのはミヤビのものだったり、切ったツメはカレンのものだったり、コップの唾液は母さんではなく母さんの物だったりした。
化粧水を塗るコットンがあったので、皮膚組織が付着してないか調べて貰ったが、何故か遺伝子はヒミコのものだった。
「手品師か」
「でも、ユウキ。ここまでして、隠したいっておかしくない?」
確かにそうだ、隠せば隠すほど、母さんじゃないと言ってるようなものだ。
だが、母さんが母さんだと証明されて困るようなことはないし、母さんが母さんじゃないと証明されて困るようなこともないのである。
うーん、親父に聞くのも今更だよなあ。
その夜、いつものように母さんが一緒に寝るので、密かに伺っていたが、何も変なところはなかった。
いや、待てよ。
母さんがもし母さんじゃないとしたら、ここでこうして眠れるわけがない。
多少変だが、母さんだから許されているのだ。
ゴクリ。
俺は緊張しながら、ゆっくりと母さんのおっぱいに吸い付いた。
「あああーん、やっとね、やっとそのときがきたのね」
「母さん、俺の母さんじゃないのか!」
「ユウキ、お願い右側もして」
「母さん!」
「もう、折角盛り上がってきたのに」
「母さん、ちゃんと説明してくれ」
「うーん、仕方が無いわね。その代わり抱っこして」
何がその代わりなのかわからなかったが、俺は母さんを抱きしめた。
「初めてここに来たときは、ユウキの母親をするつもりだったわ。だって、日本の戸籍ではちゃんと母なのだから」
母さんは嬉しそうに抱かれながら話し始めた。
親父の旅には母さんとキョウコというもうひとりの女性がいた。
ふたりとも、親父を見張るために使わされたスパイだった。
母さんは利益を守るためホエールから、キョウコは利益を奪うためにアメリカからつけられたのだ。
何も知らなかった親父は二人と旅に出て、キョウコと愛し合うようになったが、旅は失敗に終わり挫折した。
親父は酒を飲み荒れるようになったが、帰りにはキョウコが妊娠していたのだ。
「ユウキは3Gの中で育った子供なのよ。だから馬鹿みたいに丈夫なの」
「我ながら、良く生き残ったなあ」
「キョウコが頑張ったんだけどね」
地球に帰り着くと、すぐにアメリカの病院で出産し、何とか無事に済んだと安心したのだが、アメリカからキョウコに『祐一暗殺指令』が出た。
祖父さんの相続人が増えるのを懸念したからだ。
キョウコは母さんには本当のことを告げると、すぐにジュリエッタ(親父の前の船だ。スクラップになったと聞いていた)に乗り込み、単身双子座方面に向かって飛んでいった。
親父は一度日本に帰り、祖父さんの資金でバイオレッタを準備した。
そのとき母さんと偽装結婚して孫を紹介し、祖父さんを喜ばせたという。
ご機嫌な祖父さんは、すぐにバイオレッタの購入資金を支払ったが、親父が慌ただしく出発するのを、理由もわからず見送ったという。
その後、親父と母さんは双子座からマサイに飛ばされ、ひどいサバイバルの日々を送っていたという。
更に、キョウコの真相を聞かされた親父は荒れ、もう探す気は無くなってしまったらしい。
母さんは頑張って支えていたのだが、殺伐とした惑星でやる気の無い夫と過ごすのが嫌になってしまったという。
そうこうするうちに、国連軍が攻めてきて、同時に俺の送った通信を受け取り、エリダヌスに逃げてきた。
実はオペレッタの光通信を一部だがキャッチできていたので、見当をつけておいたらしい。
「だけど、ここに来てあなたを見ていてびっくりしたわ。この惑星を見つけただけでも驚きだったのに、平和に支配して、それからオペレッタ1隻で国連軍を蹴散らし、ホエール軍をひれ伏させ、地球経済を手玉に取り、ホエール星系260の解放者にして英雄になり、インドからダライラマを攫い、更にアメリカもチベットもロシアも中国も頭が上がらず、農業だけでホエールの経済侵略すら許さないんだから」
「いや、俺はホエール株と地球の借金を手放しただけだからね。それも、母さんに言われたからやっただけだよ」
元アメリカ大統領と副大統領のことは内緒にしとこう。
「ユウキは凄いことをしても、凄いことをしたと思わないところが凄いのよ。ホエールで青鯨家というのは創業社長の家系で、絶対権力者なのよ。その代表を骨抜きにして、女帝といわれていたセリーヌを裸で侍らせるなんて、どんな時代の権力者だってできないことよ」
いや、裸で侍らせたりしてないからね。
「セリーヌが性奴隷なら、母さんなんかユウキの椅子ぐらいしかやらせてもらえないわ」
いや、そんな特殊な性癖は持ってないから。
「それで、母さんの望みは何なの?」
「勿論、ユウキのお嫁さん」
ぐほっ
「あら、一緒に寝てる仲なんだから当然でしょ」
「しかし、やっと母さんになれてきたのにさあ」
「あら、普通は大きくなってから、母さんのおっぱいを吸ったりしないでしょう」
げはぁ
「それに、本当のお母さんを探さないと駄目よ」
「母さんがどこにいるのか知ってるの?」
「きっと、ここからベテルギウスまでの何処かよ。下流には気配はなかったでしょう?」
そう言えば、俺は両親を探しに来たんだった。
領地経営は仕方なくというか、解放されるまで生き延びるためにしてきたんだっけ。
もう、自由に動けるんだから、探しに行かないと駄目だな。
翌日、チェコフ下院議長に連絡し相談すると、CIAとの会見をセッティングしてくれた。
CIAの長官はこの1年で5人も代わり、それでも国連情報部に売り込みをできるだけNSAよりまし、程度の組織に成り下がっていた。
まあ、切り売りできる情報がNSAよりはあったんだろう。
俺は貨物船に2万トンの金塊を積み込んで、ヴァージニア州マクリーンに乗り付けた。
CIAの長官は庭まで出てきて出迎え、色々とおべんちゃらを言っていたが、2万トンの金塊を寄付するというとぶったまげて部下たちを全員呼びつけた。
非力な事務職ばかりで、しかも斜陽しているからCIAとは思えなかったが、まあ仕方が無い。
サードがゴンザレスを蹴り出すとみんな驚いていたが、誰も顔見知りはいないようだった。
右手のやっていることを左手は知らない。
言ってることは格好いいが、単なる脳梗塞か神経障害だってそれ。組織も危うくなるでしょ。
「エリダヌスのために地球とホエールの農産物の情報を集めて欲しい。金塊はニューヨーク事務所開設と情報代だ。政府に内緒のアルバイトは得意だろう?」
長官はもみ手をしながらオフィスに迎え入れてくれ、秘書に『最高級のお茶を』と言いつけた。
庭では職員たちが懸命に金塊を運び出していたが、あれでは1週間かかっても運び出せそうになかったので、チェコフ下院議長に頼むと、すぐにノーフォークから軍隊がきて、DCのメインバンクまで護送し始めた。
長官は、10年間の最高の農産物情報を大使館に届ける契約書を幹部に作らせ、もう一人の幹部にはニューヨークの用地探しに行かせ、嬉々としながらも金塊がトラックに運び込まれていくのを気にしていた。
秘書は今月の給料の遅配が防げそうだと喜んでいた。
だが、そんなことはどうでも良かった。
「80年以上前に、キョウコという人物が日本に送られたんだが、そのファイルを見たい」
「キョウコですか。何か目的でもわかると検索しやすいのですが」
「尼川祐一関連だと思う」
「かしこまりました」
長官はすぐに節電のため止めていた電子機器をオンにするとオペレーター全員に検索するよう命令した。
チェサピーク湾沿いにはかなりの数の古いサーバーがあり、アクセスするのが50年ぶりとか言うものまであった。
1時間ほどで、1枚のプリントが出てきた。
キョウコ・オンライン
女
18歳(採用時)
父親 不明
母親 マリコ・カナザワ
カリフォルニア州サンタバーバラ出身
日本の大百合学園卒業後、帰国してラングレーで採用
半年のトレーニング後、尼川プロジェクトに起用
NASA特別訓練コースに移籍
ジュリエッタ号乗員
第一子出産後、行方不明
チーフ、ケリーの報告
ジュリエッタ号の廃棄はダミーと思われる。
キョウコが任務放棄してジュリエッタ号で逃亡した可能性が高い。
第一子は尼川祐貴で間違いないと推測されるが未確認。
逃亡先は、尼川祐一、尼川伶子が向かった先だろうが、確認は不可能である。
なお、尼川伶子はホエール開発の情報部なので、尼川プロジェクトは解散した。
キョウコ・オンラインの詳細な記録は抹消済み。
何だよ、キョウコ・オンラインって。
キョウコは電話中です、ってか。
コードネームなんだから仕方が無いが、もう少し考えろよな。
長官は『かなり古い資料なので』とおでこを拭っていたが、まあ、大体母さんが聞いたとおりなのだろう。
資料は抹消してくださいと頼むと、長官は涙ぐんで『OK、OK』などと言いながら、なれなれしく肩まで叩いてくる。
まあ、悪い人じゃないんだろう。
その後、契約書を取り交わし、免責条項250ページを全部抹消して幹部たちを仰け反らせると、金塊を指し示して肯かせサインした。
軍のアンドロイドをきりきり働かせているサードを呼んだ。
「荷物の状況はどうだ」
「積み出しは終わりましたから、いつでも出発できますよ、ボス」
「ジェームス・カークは」
「どっかに転送されたんだと思います、ボス」
「そうか、じゃあ帰ろう」
その後、ニューヨークのCIAは、農業情報のメッカになり、世界中のバイヤーやブローカーが出入りし、穀物メジャーまでが情報を買うようになって、株式会社CIAに変わり、親会社の何十倍も稼ぐようになっていく。
だが、俺は本物の母さんを探すことが最優先なので、そんな後のことまで考えてもみなかった。
もう、彼女を呼ぶしかない。
だが、彼女は変わり果てた姿だった。
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