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夢の処女惑星  作者: 菊茶
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74 株主総会

 74 株主総会




 ホエール代表である青鯨豊作氏が旗艦に乗っていたのは、地球軍との戦闘に備えてのことだった。


 親父を、地球に奪われるのを阻止したいのは本当だろう。


 ホエールは会社組織であり国家ではないので、市民というのは株式を持つ会社員という位置づけが地球での判断である。

 だから、日本人でホエール人という立場も成立している。


 ただ、宇宙は南極と同じで何処の国家も所有できないし、活動中の者は国家に縛られず協力し合うルールがいまだに取り払われていないため、260星系に広がったホエールも、開発中の月と変わらない。

 何処の国家にも属さない場所になっている。


 ワシントンDC郊外にある木造2階建てのぼろい民家が表向きのホエール本社で、毎年いい加減な額の法人税を支払っている。


 現実のホエール星系の活動は『宇宙開発』の名目で、殆ど税金を支払っていないし、地球に戻るまで誰も収入が無いかのようになっていて、実際誰も地球に帰ってこないから、宇宙に滞在中のアストロノーツと同じ扱いになっている。

 今の所、宇宙で活動して儲けを出すような人物は、ホエール以外ではいないのだから仕方がないのだ。

 祖父さんの収入も、地球での売却益になっている。


 宇宙開発とは普通、国家プロジェクトであり、個人利益が望めるものではない。

 アストロノーツの収入は、大抵が国家が支払う報酬と付随する広告収入や著作によるものや、その後の地位によるものだ。


 実際にホエールは地球の200倍の経済力を持っているが、今まで文句が出なかったのは、地球の国々が勝手に『宇宙開発』という名目でホエールと協定を結んでいたからだ。

 特に先進国ほどホエールの恩恵を受けていて、今では国家予算規模の数十倍までの借金漬けになっている。

 これは一応、借款として尼川資金から金やプラチナが渡されている。


 投資家の殆どは実はホエール市民であり、誰も地球の国家財政など気にしていないし、政治家は国家の借金が自分の責任ではないので、ホエールの投資を歓迎し、それを分配することだけが仕事になっている。


 銀行もお金持ちは金、庶民は電子マネーと区分して扱い、現物を持っていない庶民の商取引から儲かった電子マネーを、企業体幹部のために金に取り替える仕事がかなりのウエイトを占めている。

 小判と呼ばれる、純金100g貨幣が最低額で、日本円で約50万円である。

 大判は1キロで、500万円。

 その上の延べ棒は、10キロのプラチナでできている。


 電子マネーとの交換は、手数料と消費税まで取られるのだが、金持ちは大判小判に替えたがる。

 大金持ちは延べ棒であるが、約六〇〇〇万ぐらいが交換レートだ。

 電子マネーはただの数字だが、金と白金プラチナは銀行が時価で買い取ってくれるから大事な現実の金なのだ。

 暴騰や暴落は、ホエールが介入するから起こらないし、起こせない。


 そして、ホエール星系で死亡した者は行方不明扱いで、600年の相続税停止が行われている。

 100年もすれば、記録自体があやふやになってしまうからだ。


 ホエール星系で生まれた者は、地球には知らされない。

 システムができていないのだ。

 純粋なホエール市民は、そこから生まれている。


 宇宙開発中に宇宙で生まれた子供の扱いなど、アメリカやロシアでも事例がなく、法整備がなされないままなので、好き勝手にやってきている。


 ホエール人が地球に行くときは、唯一の窓口である国連が『ホエール在住証明書』を発行してくれるが、それもホエールの寄付金で成り立っているし、各国は何も言わない。

 ホエール人は金を落としてくれるからだ。

 ホエールは地球なしでも生きていけるが、地球はホエールなしでは生きていけない。

 特に、ゲートドライブが未知のテクノロジーであるために、決定的な差が埋められないのである。


 各国の政治家や成功者たちは、最終的にはホエールに移住して豊かな余生を満喫している。

 260も星系があるから、何処かしらに気に入る場所が見付かるのである。

 未開地がいくらでもあると、人は争ったりしなくなるのだ。


 老後に世田谷区ぐらいの土地を与えられたら、誰も政治闘争に戻ろうとはしない。

 アメリカ南部の成功した農場主みたいになってしまい、自分の領地の開発に忙しくて、政府のことなど忘れてしまうのだ。


 CIAの元長官とロシア軍の退役した将軍が、今年は大豆の出来が良いなどと、農夫姿でビールを飲みながらのんびり情報交換しているのである。

 息子たちが地球で熾烈な諜報戦を繰り広げているとは思えない光景である。


 家に帰れば、人間と見分けがつかないメイドや愛人が出迎えてくれて、死ぬまで世話してくれる。


 大体が実らなかった初恋の相手が含まれている。

 小学校の時の先生や、幼なじみ、アイドル、学校でナンバーワンだった美少女、溺愛する娘が15歳の頃のままとか、妻が17歳の時の姿とか、30歳の母親とか、やりたい放題である。

 勿論、地球では倫理的に許されないか、本人が存在するからできないことばかりだ。

 地球に残した、現実に存在する60を過ぎた妻や50代の娘には見せられない光景だろう。


 まあ、暗部を見てても仕方がないが、健全な部分を含めてホエール星系連合を統括している最高権力者が、この青鯨豊作ホエール10人委員会委員長なのである。


 とりあえず、青鯨氏とホワイト中将に部下を選ばせて、領地で接待することになった。

 基本的にホエール側は味方なので、そんなに警戒する必要はない。

 すべては話し合いで決着がつくはずである。

 権力とは、人を従わせたり、ねじ伏せたりするためのものであり、ほっといて欲しいだけの人間には鬱陶しいだけのものである。


 尼川家は、ほっといて欲しいだけだ。


 少女たちは帰すつもりで努力してたのだから、引き取ってもらうのに文句はない。

 後はエリダヌス星系の安全と貿易ぐらいか。


 着陸艇が4段目に到着し、ミヤビとカレンが出迎えた。

 ヨリが棒で武装して警戒しているが、こちらの武力はそれだけだ。


 相手方は、青鯨氏と秘書の男女2名に、ホワイト中将と副官に部下が15名の総勢20名だった。

 まあ、艇内には戦闘用アンドロイドが何体もいるのだろうが、こちらは武装していないし少女ばかりだから、あんまり大人げないこともできないだろう。


 ヨリを見て涙を流す中将以外は、すぐに緊張感が無くなっていった。


 やがて、ユウキ邸前に設置された歓迎会用のテーブルに20名がたどり着いた。

 農業惑星であることは、十分に伝わったはずである。


「小父様、こちらが尼川祐貴、私たちの許婚いいなづけです」


 ミヤビとカレンは名門の娘なのだから、青鯨氏を知っていてもおかしくないのだろう。

 苦笑いして握手をし、ゲストの席に着いてもらう。

 青鯨氏も苦笑いだ。


 次はグショグショの中将閣下であるが、ヨリに連れられた要介護老人のようになっていて、ヨリの手助け無くして何もできないかのようだったので、苦笑する副官と握手をして挨拶に代えた。

 部下たちにも席に着いてもらい、すぐに遅めの昼食会を始める。


 侍女たちが現れタルトワインを配り始めると、最初はギョッとしたみたいだが、すぐにだらしなくなっていった。

 トップレスの美少女たちが、きわどいミニスカートでワインを注いでまわるのだ。

 男の本能として、あちこちを見てしまうのは仕方がないだろう。


「祐貴君。ここではみんなあんな格好なのかね」

「いえ、スカートを穿いてもらうのに3年以上かかりました」

「では、以前は?」

「そうです。全裸でした」

「夢のような話ですね」


「それでは皆さん、エリダヌスへようこそ、乾杯」


 全員がタルトワインを飲んで驚いている。

 高級品でも味わえない、何とも言えない美味さがあるからだ。


「これは、何年ものですか?」

「最高で3年ものをお出ししました」


 副官が尋ねて、近くの侍女(実はギン)が応えた。


 みんな、現地人が流暢な日本語を使うので2度驚いた。


 副官はギンの美貌とおっぱいを見て、顔を赤らめた。

 結構、良い青年である。

 相手がギンでは仕方がない。

 惚れるのは構わないが、口説き落とすのは大変だぞ。


 新鮮な鮭と大根で前菜が出てきた。

 ワインとの相性は最悪に感じるが、サクラコが作っているのだから信じるしかない。

 食通なのか、青鯨氏も驚いている。

 実は俺もビックリだ。

 実に美味い。


「祐貴君、この鮭は?」

「先日、川を遡上した鮭です。年に1度か2度ほど遡上します」

「この深い味わいは何故なのだろう」

「地元の味なのでしょう」


 実は1万年ほど原始的なのです、とは言わないでおく。

 企業秘密だ。


 次はゆで卵とパンである。

 半熟のゆで卵が容器に入っていて、ちぎったパンをつけて食べるだけだが、実に豊かな味である。

 パンが原始的な素朴さなので、ゆで卵の美味さが余計に引き立つ。

 青鯨氏は、パンを持って来たクラを見るのと、ゆで卵を持ってきたロマを見るので忙しいらしい。

 クラがお尻が出るのを気にして屈む姿は、男の心にどんな影響を与えるか、クラ本人はわかってないのだが。


 何にせよ、キン、ギン、ドウ、クラ、ロマ、スス、ナミ、ナリは、全員誰かしらにポイントされている。

 複数かも?


 カズネとリリとタバサがいないのが悔やまれるくらいだ。


 だが、赤城山で見つけた3人組も、見習いになって目立っている。

 ナナとサラサが焼き餅を焼くぐらいに可愛いのだ。

 中将はヨリの世話を受けて、何でも美味いと平らげていた。


 青鯨氏の女性秘書が唯一の例外だと思ったのだが、彼女は既にマナイとラブラブに見える。

 がたいの良さそうな女性が趣味なのかもしれない。

 大丈夫なのだろうか。

 マナイは不器用だが、察しが悪い訳ではないから、まあ、大丈夫だろう。


 メインはサンヤ肉の石焼きステーキである。

 一つ一つが石のプレートで焼いてあり、肉汁を使ったオレンジソースと、アスパラと青唐辛子のソースの2種類が混ざらないようにかかっている。

 最高に近い肉である。

 ワインに良く合う。

 青鯨氏は貴公子の仮面を忘れて、がつがつ食べている。


「祐貴君。この肉は?」

「現地の猪を家畜化して育てた最高の肉です。牛がいないので、ここでは猪が最高です」

「君が指導したのかね」

「農業全般を指導しましたが、肉を美味くする方法などは俺も知識はありません。自然とこうなったのですよ。ただ、家畜化した雌猪には時々野生の雄猪を掛け合わせています。そうすると肉の味が良くなる気がします。雌は300キロにもなるのですが、雄は野生だと120キロから150キロぐらいの体格なのが不思議です」

「土地の味だとすれば、家畜を輸入しても、この味わいはできないという事だね」

「試してみたいですね。逆に牛やブタをこちらで育てたら美味しくなるでしょうか?」

「ふうむ、興味深いね」


 このイケメンは、銀行家で政治家のはずだが、農業にも興味があるのだろうか。

 それとも美食家なのだろうか。


 少し軽めのつまみが出されて、歓談の余裕を取った。

 デザートではなく、ブドウジャムとパンや、マロングラッセなどがつまめて、メープル酒が出される。

 口当たりが良いので、つい飲んでしまうが、度数は高いので酔っぱらうかも知れない。

 皆、樹脂で焼いた不思議な陶磁器にも興味を示した。


「ガラス器でも、プラスチックでも、陶磁器でもありませんね」

「ここで取れる樹脂と石灰や石英などを混ぜて焼いたものです。軽いのが一番の特徴でしょうか」


「佐藤君」

「はい、代表」


 男性秘書は、クラのスカートがもう少しひるがえらないか釘付けだったが、上司の方に何とか視線を戻した。

 かなりの意志の強さである。


「君はセラミックに詳しかったな。これはどうだ」

「はい、実はセラミックと高分子など、どちらの部門でも結合したなどという話はございません。ナノプログラム部門でも聞いたことはないでしょう」

「すると、新しい器と言うことか」

「はい、陶磁器でもガラス器でもプラスチックでもない、まったく新しい製品かと思われます」

「研究開発にはどれくらいかかるかね」

「現物があれば5年ほどです」

「しかし、これは商品化できてるぞ」

「はい、原材料が特殊なのだと思われますが、商品ですから安全性の確認だけは念入りに行わないとなりません。しかも、用途は食器だけという訳にもいかないでしょう」

「それで?」

「予想では、少なくとも業務用食器部門は大打撃です。軽くて丈夫で美しいですから、数を揃えるところでは需要は絶大なものになります。更に、ガラスメーカーやプラスチック部門、煉瓦などにも多大な影響が見込めます」


 男性秘書は事務的にそれだけ言うと、またクラのスカートに戻っていった。

 かなりの意思の強さである。


「祐貴君」

「はい」

「山師の家系は実に不愉快だな」

「俺は農民ですが」

「その農民がこれひとつで、我がホエール系列のいくつかの部門を倒産させる可能性がある」


 ホエール代表が、小皿を一つ振って見せた。


「原料を輸出しますから、研究開発して下さい」

「ふーむ、君はそれで良いのか。最低でも年間200億Gの事業になるぞ。ほかの用途も見つければ超巨大産業に育つだろう」

「構いませんよ。工業惑星にはしないつもりですから」

「やはり、ビジネスをする者にとっては不愉快だな」

「農民と比べる事自体ナンセンスかと思います」

「しかしな」

「ああ、締めの料理が来ましたよ」


 侍女たちが、ひつまぶしを運んできた。

 生麩に近い吸い物と香の物、清酒が冷や酒でついてくる。


 暫くは、侍女に釘付けである。


 あちこちで、侍女に話しかける者が続出し、場が和やかというか、何とも言えない緊張も生じているようだ。

 若い兵たちは、このまま上陸休暇が欲しいだろうな。


 青鯨氏は、新たに現れたキヌに釘付けになっている。

 キヌは130と大きく無く胸もふくらみ始めだが、手足が長く今後の期待値は非情に高い。

 温和しく優しい性格だから、誰からも好かれる。

 沖縄辺りにいそうな、清楚な美人になるだろう。


 俺はここでやっと、リータの発注者に会えたような気がした。

 キヌは色違いだが、リータに感じが似ている。

 これは交渉を決裂させる恐れがある情報だ。

 様子を見よう。

 まさか『俺が一度使いました』とも言えないだろう。

 いや、貨物リータは墜落して焼けてしまったことにしよう。

 助けられたアンドロイドは、いまある農業用とメイド用だけだったことにしようか。


 キヌは冷酒を何度も青鯨氏に注いでいた。

 その後、昼食会は徐々に宴会に変わり始めた。


 俺は青鯨氏をキヌに任せて、一度作戦本部に戻った。

 宿舎の大食堂は、ディスプレイを見つめる生徒たちで一杯だった。


「カオルコ、どうだ」

「予想通り、半分は親族血縁、地元の市民だわ」

「総会に取り込めそうか」

「半数近くは何とかいけそうよ。顔つなぎしてから、他の乗組員の上陸を促すべきだわ」

「150人か、侍女たちが大変だな」

「日にちが別だから大丈夫でしょう。一日30人なら後4日で済むわ」

「しかし、軍務中でも総会の賛否に参加できるとはね。驚きだよ」

「正式な軍隊ではないからよ。軍と称していても実際はまだ警備隊だもの」

「後はタイミングか」

「青鯨氏だけ釘付けにすれば、中将は上陸休暇を許可するでしょう。ボスが動かないのだから、警備の名目で上陸させるわよ。ヨリが説得するでしょう」

「では、酔い潰れる前に顔つなぎ作戦開始だ」

「了解よ」


 ホエール警備隊でも宇宙艦隊勤務はエリートである。

 その中にはお嬢様方の親族が一杯いるし、親族でなくてもこちらには各星系代表のお嬢様クラスがゴロゴロいるのだから、いい加減に扱うことはできない。

 地元出身の兵たちは、当然お嬢様と顔見知りであり、お嬢様に睨まれると星系内での家族が色々と不便になるから、ないがしろにはできないのだ。


 そこで、兵士たちは味方に取り込んで、総会の議決に賛同してもらう事にした。


 例え軍務中でも、市民は株主総会の決定には参加する義務があるので、賛否を明らかにするぐらいはしてくれるだろう。

 これから、お嬢様方を知り合いに合わせていくのである。


「お兄様」

「叔父様」

「佐藤さん」


 少女たちは、それぞれの知り合いに声をかけていき、知り合いのいない者を巻き込むようにして、ここまでの経緯を話し、同情を引き出し、ホエール軍の英雄的行為を褒め称え、侍女を紹介し、それからこの星に恩返しをする手伝いをして欲しいという要望まで話して味方につけていった。


 一番危ない青鯨氏には、キヌ、ナミ、ナリ、マナイ、メナイ、それに赤城山で知り合った3人の見習いまで駆使して、包囲し、ホエールでの活躍などを話させた。

 クラだけは、佐藤秘書から離さなければならなかった。

 念のためだが仕方が無い。

 女性秘書の方は、マナイとメナイのダブルで酔いつぶす。


 娘のチカコ(代表の第1夫人の娘なのだから当たり前だ)は、まだ悩んでいるようだった。


 何しろホエールに無事帰れることになったのだから、少女たちは皆、世話になったこの星に恩返しぐらいはしたいという気になっている。

 チカコだってそうだろう。

 イケメンと家族たちが、地球人に攻め込まれて殺されるなんていやなはずである。

 ただ、父の青鯨氏は、非情なビジネスマンである。

 素直にこちらの思惑には乗らないだろう。


 だが、チカコには父親との情もある。


「チカコ」

「何よ」

「お父さんに会いたいんだろう」

「そうね」

「じゃあ、会いに行こう。とりあえず敵じゃないんだから」

「でも、何だかいやな感じがするのよ」

「なら、そのいやな感じを取り払いに行こうぜ」

「でも」

「いいから、ついて来い」


 チカコを無理矢理引っ張っていく。


「代表、お待たせしました」

「お、お父さん」

「誓子。やはり無事だったな。良く顔を見せてくれ」

「おとうさーん」

「うんうん、随分と大人になったな」


 親子の対面は無事にかなった。

 チカコが何を心配しているのかはわかるが、それとこれとは別である。


「私たちを取り戻したら、お父さんはあんたを切り捨てられるわ」

「だが、それは下策だと思わないか」

「そうね。私なら全部味方にするわね。その方が楽だし早いわ」


 チカコはファーストレディーの娘なのだろう。

 普段は残念な女なのに鋭いところは随一である。

 計算しないで、何処が最良のポイントなのか見抜いてしまう。

 政治や経済で一番敵に回したくないやつだ。

 女だけの惑星を作ろうとか、スケールのデカいことを普通に考えてしまうやつなのだ。

 まあ、男の問題がからむと、残念な発想しかしないのが弱点だが、この星の鹿モドキの未来は、きっとこいつが守ってくれるだろうと思うと、俺にとっても重要人物なのである。


 キヌたち侍女は少し休憩させた。

 俺はある程度の距離を取って、クラの入れてくれた玄米茶を飲んでいた。


「でも、あいつったら爆発に時に私の耳を塞いだから、自分は気絶しちゃったのよ」

「イケメンも紹介してもらったわ。この星の馬で、頭が凄く良いのよ。一番のお友達になったわ」

「うん、この領地にはあいつが男は入れないから、安全だったわ。部族もみんな従えちゃったし」

「女だけの惑星を作ろうと思ったけど、あいつが女だけの星にしたら、男が押し寄せてくるって脅かすのよ」


「誓子、お前は祐貴君と随分仲が良いみたいだね」


「仲悪いわよ。いつも子供扱いするし、時々意地悪を言うし。でも、あいつが見えるところにいれば、安心なのよ。誰にも攫われないし、誰にも犯されないわ」



 翌日、40人の兵が降りてきて、中将と副官と10名の兵が艦隊に戻った。

 地上の指揮を任された大佐は、5名の先発要員と新規の10名を代表の警備に残し、30名に休暇を与えた。


 30名は侍女のエスコートで領地の田畑を見て回り、迎賓館に部屋を取り、商店街で休暇を楽しんだ。

 囲碁将棋道場で現地人と勝負したり、食べ物屋で色々食べたり、タルトの居酒屋で酒を飲んだりした。


 青鯨氏は朝風呂で、キヌとマナイとメナイに背中を流され、領地内を案内されて、3段目ではチカコにイケメンを紹介され、乗馬したり、弁当を食べたりしていた。

 夕食は警備兵たちと、昨日と同じサクラコの心づくしを堪能し、休暇の兵たちは迎賓館で晩餐と宴会になった。


 侍女たちは見習いもフルに使って50名以上が参加していた。

 少女たちも、知り合いの取り込みを続けていた。


 3日目には30名と大佐が戻っていったが、中将と副官が50名の兵士を連れて降りてきて、更に大変になった。

 裏方にはタルト村の夫人たちが参加してくれた。


 青鯨氏は、商店街やタルト村、国技館の見学まで行っていた。


 その3日目の夕餉の席で、カオルコは「株主総会」の開催の要請をした。


「しかし、君たちは遭難扱いなんだが」

「遭難しましたが、尼川祐貴氏に救助されました。自給自足の生活ですが、満ち足りた環境を与えてくれましたし、我々に生きる意味と数々の思い出を与えてくれました。ホエール市民として、恩返しをするのは当たり前の事です。それに、出来る事なら、我々がどんなところで、どんな生活をしていたか、両親にも見て欲しいのです。一石二鳥じゃないですか」

「45%も持っている株主はホエールでも脅威だ。代表としては見過ごせない」

「ユウキが望むのは平和です。彼はたった一人で戦闘部族を従えていき、誰一人殺さずに平和で豊かな社会を作り上げました。餓えや乳児の死亡も栄養失調も解決し、今では敵にすら尊敬されています。そんな人物がホエールに害を為すはずがありません」


「だが、地球は我々に戦争を仕掛けようとしている。それも尼川祐一氏、彼の父親を利用してなんだ」

「その地球の不満も、我々ホエール人が背負うべきもので、尼川家に背負わせるものではありません。代表もよくご存じでしょう」


「経営と秩序というのは、とても大切なものなんだよ」

「それはホエール人全員で考えましょう。叔父様は代表ですが独裁者ではないはずです。ユウキは総会で動議も投票もしません。エリダヌスの希望を挨拶で伝えるだけです。そして、出来る事なら、ホエールとエリダヌスと地球が仲良く豊かに暮らせるようにしましょう」


「しかし、私は彼が気に入らない」


「男の器として、負けを認めるような発言を為さってはいけません。叔父様はホエールの代表。彼は辺境の農民、それで良いじゃないですか」

「香子君から見て、彼はそんなに凄い男なのか」

「いいえ、ただのスケベで馬鹿な男ですよ」


「恩人に対してひどい言い方だね」


「それとこれとは別です」

「しかし、君も彼が大好きなようだ」

「ち、違います! あいつは叔父様のようなハンサムじゃありませんから私の趣味じゃありませんよ」

「じゃあ、誓子が第1夫人でも香子君は納得してくれるね」

「チカコは男嫌いですよ。あり得ません!」


「うわっはっは、こりゃ傑作だ。まさか京太郎の娘と私の娘が男を取り合う日が来るとはなあ」

「ご、誤解です!」

「わかった、わかった、祐貴君が議決権を行使しない約束だけはしてくれよ。それが守られるなら、私も京太郎がどんな顔をするか興味がある」

「意地悪な叔父様」

「はっはっは」


 結局、策を弄さなくても青鯨豊作氏は、株主総会をここで開催してくれる事になった。


 その夜、俺が風呂に入っていると、青鯨豊作氏も入ってきた。

 俺はクラとロマに世話され、青鯨氏はキヌと赤城山の見習い3人に世話されて、ゆっくりと風呂に入った。


「ここは天国だね、祐貴君」

「ただの平和な農村ですよ」

「私は君が羨ましいんだよ。冒険、新世界、美少女、美味い酒と食事。若い頃に憧れた世界を君は手にしている」

「ホエールの代表とは比べものになりませんよ」

「私は後を継いだだけなんだ。自分で手に入れたものは何もない」

「素晴らしく美しい娘はどうなんです」

「誓子は、実は香子君の従姉妹なんだよ」

「それって」

「そうだ、私が唯一恋した女性は友人に嫁いでしまい、第2夫人の娘だった妹が私の妻になってくれた。彼女はフランス系で美しかったが、風習が違いすぎて心の奥までは理解し合えなかった」


 何となく、チカコとカオルコが同じタイプだと思っていたのは間違いではなかったのか。


「代表、人というのは理解する前に愛し合えるようです。無理に理解しようとすると、逆に不仲になったりするものですよ」


 俺はクラを呼んで抱きしめた。


「クラは、俺の世界も俺の人生も何も知りません。俺もクラの世界も人生も何も知りません。でも、お互いを思いやる気持ちがあれば、一緒にいられます」


 クラはただ俺だけを見ていた。

 他に大事なものなどないかのようだ。


「代表、未練や後悔はすべて過去に属するものです。未来を思えば、大事なものは過去にあるのではないと、あなたならわかるはずです」


 キヌが何かを察して、青鯨氏に寄り添った。

 人は誰かが寄り添ってくれると、勇気が出るものだ。


「俺は、ここに来たとき、言葉の通じない相手と1本の芋を半分にして食べ合いました。その人とは上手く行きませんでしたが、他の何人かはついてきてくれるようになりました。ひとつのものを分け合って食べることは、争いをなくす象徴のような気がします。これからも俺は、そうして行くと思います」

「心を分け合うということか。敵視してたらできないことだね」


 青鯨氏は、キヌの頭をそっと撫でた。


 たった3日で、大株主というか少女たちの両親は到着した。

 エリダヌスの周囲は、ホエールの艦隊で埋め尽くされるかのようだった。


 会場は迎賓館にして、俺はユウキ邸前で挨拶し、それぞれの親たちを少女たちに案内させた。

 10人委員会の親は、娘を産んだ夫人たち以外も一緒に来ているようだった。

 親が来ない少女も、大体友達の親と知り合いであり、家族のように姉妹のように一緒に移動していた。

 ここでの経験がみんなを大人に引き上げているのか、拗ねたりする者はいなかった。


「尼川祐貴!」


 突然、カオルコのお母さんが叫んで抱きついて来た。

 両の頬にキスされてしまう。

 50歳に近いのだろうが、30前の母さんより若く見える。


「お母さん!」

「あら、香子。この人は私の許婚だったのよ」

「昔の話です!」

「あら、まだまだ可能よ。ねえ、ユウキ」

「会えて嬉しいです」

「そうでしょ、そうよね、娘に負けてないわよね」

「はい、とてもお美しいです」

「ほんと! ああ、もう少し待ってるんだったわぁ」

「お母さん、恥ずかしいからやめて」

「ユウキ様!」


 突然横から抱きつかれた。

 ほっぺにチュウされて誰だか確認できない。


「お母さん!」


 見えたのは驚愕するチカコの顔だけだった。


「誓子、この人、私の許婚よ」

「それも昔の話ですよ、叔母様」

「細かいこと気にすると、老けるわよ香子」

「ひどいですよ、叔母様」

「お母さん、恥ずかしいからやめてちょうだい!」

「あら、誓子のは男嫌いでしょ」


 母親二人に抱きつかれて、慌てている俺と、それを引き離そうとする娘二人。

 それを苦笑いしてみている青鯨豊作氏と、愕然としている淡鯨京太郎氏。

 なんだかんだ言って、結構仲が良いらしい。

 俺は元許婚と、現許婚に引き摺られて、侍女たちの困惑を更に深めていった。


 豊作さん、あなたの初恋の相手って、少し問題があるんじゃないですか。

 いや、奥さんも大分問題がありますよね。


 マスコミ関係者も随分と来ているが、俺たちにカメラを向けるような不届き者はいなかった。

 カオルコの父親である淡鯨京太郎氏は、ホエールのマスコミ王だったのである。


「やれやれ、ミヤビ、カレン、あなた達のお願いを聞いてあげようと思ったけど、こういう男は死刑にした方が世の中のためよ」


「へっ」

「ふえっ」

「ひえっ」


「豪華!」


 カオルコのお母さんがそう言った。

 きっと、ミヤビとカレンのお母さんなんだろう。

 何しろおっぱいが娘たちより大きいのだ。


 豪華さんはゆっくりと近づくと、ハンカチで俺の両頬の口紅をぬぐい去ってから、ブチュウとキスして来た。


「お母様!」

「お母様!」


「いいのよ、この男は私を30近くまで待たせたんだから。15の頃は、枕元の写真で毎晩キスしたものだわ」

「ああ、私もやったわ」

「私も毎晩してた」


「さあ、行きましょう、ユウキ」

「ちょっと、豪華、後から来てひどいわよ」

「まったく昔から勝手なんだから」

「お母様」

「お母様」

「お母さん」

「……お母さん」



 緊急株主総会は、迎賓館の大広間で開催された。

 10人委員会の親たちで30%、残り50人の星系首相夫人たちが7%、俺が48%、娘たちが2%と全部で87%もの株が揃っていた。


「87%で、この総会は成立しています。それではこの総会を要請した筆頭株主代理の尼川祐貴氏が、先にご挨拶いたします」


「操子ちゃん、格好いいわよ」


 ヤジはミサコのお母さんだ。

 男は10人委員会の10名の父親しかいない。

 こんなことなら、最初から母親会かPTAでも良かったような気がする。

 少女たちは、会場前の広場で座って聞いている。

 現地人たちも集まっているが、一定の距離のところで、タルトたちが止めているので入っては来ない。

 侍女たちが飲み物を配っているし、厨房ではサクラコの指示で食事の用意もしている。


「皆さん、遠くからエリダヌスへようこそおいで下さいました。尼川祐貴です。エリダヌス住民と尼川家を代表して御礼申し上げます」


「ユウキくーん」

「格好いいわよー」

「頑張ってー」

「抱いてー」


 まさか、酒を配っていないよな。

 真面目な話なんだが、困ったもんだ。


「私の希望は、ホエールと地球とエリダヌスが仲良く平和に協力して、安定した社会を築いていきたいと言うことです。障害になるのは、尼川資金とホエール株でしょう。実際に父、尼川祐一は命を狙われているようです。それを回避するため、エリダヌスの安全と交易をホエールの皆さんにお願いしたいのです」

「淡鯨さん」

「現実に、資金と株をどうするつもりなんだ」


 操子に指名されて、京太郎氏が発言した。


「私は、一株も一銭の資金も必要としていません。しかし、ただホエールに返上するわけにも行きません。それでは地球とホエールの戦争になるだけですから」


「戦争はいやよね」

「野蛮なのは男社会よ」


「そこで、大岡裁きではありませんが、三方一両損でいきたいと思います」


 男たち10人が驚いてみてくる。


「まず、エリダヌスですが、尼川祐一と中田中正志名義の株式48%はすべてホエール市民に委譲します。そして祖父の代からの配当金である尼川資金は、相続を放棄します」

「おおぅ」

「ええっ?」

「地球には相続税を諦めて頂きます。尼川資金もホエール株もです」

「ふぇぇ」

「はぁぁ、それじゃ戦争になるぞ」

「お静かに願います」

「そしてホエールには尼川資金の元本と運用利益のすべてを諦めて頂きます。これで三方みんな損します」

「えええ?」


 会場は暫く静かになった。

 皆、どうするべきか、どうなるのか考えているようだった。


「エリダヌスでは農業を主としますので、移民は10石の畑を開発することを義務づけます。本農とそれに相当する職業以外は選挙権はありません。そして、暫くは地球からの移民も受け付けたいと思います。貧乏ですが、豊かな生活を味わえることは保証します。ホエールも地球が衰退するのは困るでしょうし、エリダヌスが貿易相手に昇格すれば、経済も活性化するでしょう」


「青鯨豊作さん」


「我々はともかく、地球経済が破綻しますよ。地球人を難民としてエリダヌスに受け入れるのすか?」

「それとも、ホエールにか?」

「尼川祐貴くん」

「地球には尼川資金を全額委譲します。国連に頼んで窓口になってもらい、各国の借款の額に応じて公平に分配して頂きます。それ以外にもホエールからの借款が僅かに残るでしょうが、それはその後のホエールとの平和貿易で何とか努力してもらいましょう。協定を設けて関税もかけるべきです。つまり、地球はホエールから独立してもらいます」

「うへぇ」

「ほほぅ」

「その発想はなかった」

「あべこべだな」

「でも、実質はそうなるのか」


 暫く会場はざわめいたが、多くのホエール人にとって、尼川資金はホエール人のものではない『卑怯な資金』であり、地球を苦しめ続ける不浄な金に過ぎなかった。

 地球に投資し、利息は地球に再投資される。

 これは地球のホエールに対する干渉を排除し、地球を縛り付けるためのものでしかなかった。

 いつかはなくさないと、地球との戦争しか結果がでない鬼っ子なのである。


「青鯨豊作さん」

「尼川資金のことはわかりました。元々ホエールのものではありませんし、地球のものというには語弊があっただけです。今後、尼川祐介氏のような絶大な権力者が現れないならば、すべて返還しましょう」


 祖父さん、嫌われ者だったのかも?


「しかし、ホエール株は異なります。我々の市民権そのものであり、主権です。そのホエール株の分配はどうするのでしょうか。組織は株を持てませんが…… 勿論、政府もです」

「尼川祐貴くん」

「私には、ホエール人の妻が130人おります。しかし、私はエリダヌスの住民になるので、夫としての義務が果たせません。そこで、離婚して慰謝料を支払います。ホエール株は130人に均等に分配します」


「うおおおー」

「きゃー」


 130人近くの少女たちが立ち上がり、押しかけてきてもみくしゃになった。

 母親も何人かが紛れ込んでいた。


「つ、ついでにエリダヌスも独立しますっ!」


 俺の最後の発現は、誰も聞いてなかった。


「それでは総会を開催します。議長は青鯨豊作さんを指名します」


 ミサコはそう言うと、俺にというか少女の群に飛び込んできた。


 俺は驚喜する少女の群から何とか脱出し、領地に帰ってきた。

 オペレッタの話では、残りは10人の男で、今後のホエールのあり方を相談しているようだった。

 少女たちは母親たちと商店街で飲食しながら興奮しているらしい。

 大佐が20名の兵と警備しているから大丈夫だろう。


 単純計算であるが、ホエール260星系では、株1%で、2・6個の星系を所有することに等しい。

 星系首相たちは、自分の星系の住民の株を全部合わせても、260人で20%しか持っていなかったのだ。


 発言権はあっても、議決権はないに等しい。


 そこに50%近くの株が流れたのだから、各星系でも議決権が持てることになるだろう。

 130人の少女たちが自分の星系に株を持ち帰るのだ。

 これで、徐々にホエール星系は民主化が進むだろう。


 何しろ、あの10人は尼川家の株に対抗するために頑張ってきたのだから、肩の荷を降ろしたに相違ないのだ。


「母さん、俺たちの財産は無くなってしまったよ。全部嫁に取られてしまった」


 母さんは優しく抱きしめてくれた。


「財産は、畑と子供よ。あなたは大金持ちだわ」


 そう、俺には5人の妻と8人の子供たちがいた。

 それに、この星がある。

 何も失ってはいなかった。



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