71 落ち着かぬ人々
71 落ち着かぬ人々
通信プロープは成功したが、失敗だった。
確かにゲートの向こう側を映しだしたのだが、映っていたのは真っ赤に燃えるベテルギウスだった。
4キロのケーブルは、僅か2秒程度で吸い込まれて消えてしまった。
「一応、ベテルギウス経由で帰れるように、オペレッタの改造は終わっている。厚さ10mの可動式樹脂・金ナノプログラム防御層は、ベテルギウス表面でも、数時間は安全だろう」
「でも、ウラシマ効果は防げませんよね」
「それに、まだ大きすぎるわ」
「大きさの方は、以前のオペレッタでも居住区画が無事だったから、賭けになるけど可動式で何とかなると思う」
「やはり無理矢理押し広げるのですか? 得意技ですね」
「カレンは駄目よ!」
「もう、子供じゃありませんよ、お姉様」
「まだ、子供でしょう?」
「違います!」
「ほら、そう言うムキになるところが子供の証拠よ!」
「お姉様こそムキになっていませんか?」
「違うもん」
「カレンの方がピチピチですからねえ」
「何言ってんのよ! 私だってピチピチよ」
「太っただけでは?」
「何ですって!」
「話が進まんから、姉妹喧嘩はよそでやって欲しい」
「誰のせいよ、誰の」
「そうですよ、エッチなくせにへたれなんですから」
カレンの発言が冗談ならいいのだけど、実はカレンは10人委員会以上に積極的である。
姉譲りのロリ巨乳は、目のやり場が困らないほど魅力的だった。パンパンのプリプリのツンツンである。
そもそも、この姉妹は非常に目立つのだ。
外見だけなら、冷たい感じのする美人タイプが多い中で、クラスで目立つ可愛くて元気な娘みたいな雰囲気を持っていて、情が厚く熱い感じなのだ。
それでいて、フランクで敷居が高く感じない。
口は悪い部分はあるが、実際には優しい姉妹である。
姉のミヤビが1点突破型の天才であり、妹のカレンは万能の調整型である。
姉妹一緒だとこんな感じだが、ミヤビもカレンも尽くすタイプであるから、いつも感謝している。
カレンに言わせれば、姉のミヤビは父親似でがさつ。
ミヤビに言わせれば、妹のカレンは母親似で仕切り屋。
姉妹で同じ外見なのに、ベースの性格が違うところが俺にはズキリとくるのだった。内緒だが。
「まあ、それでだ。ウラシマ効果の方は、オペレッタの記録では8分か9分で45年近く飛んでしまったが、記録したタイムスタンプが信用できないから、実際にどれぐらいベテルギウスにいたのかわからない。10分か10時間か。ただし、あの頃のオペレッタでは、30分ぐらいしか耐えられなかったはずだから、実際にもその程度しかいなかったと思う」
「ホエールでも地球でも、長寿化処置や若返りの技術が進んでいますから、45年飛ばされても我々の両親は100歳前後でまだ現役だと思います。けれど、ここの星の人たちは……」
そうなのだ。
50代が高齢者だから、みんないなくなってしまって、祐馬には孫が何人もできていることだろう。
それなのに、俺たちには一瞬なのだ。
「だが、ゲートには上りと下りがあるはずだ。そうでなければ俺はここに来ていない。今回確認できたのは上りだったが、角度とか時期とかで下りにぶつかる可能性もある。可能性がある限り、5キロのケーブルを何度か試したい」
「試すだけなら、今のところ安全性に問題はないわね」
「カレンも試すだけなら問題はありません」
「それが問題発言でしょ! あなたは昔から姉のものを欲しがってばかりよ。私が先に見つけたのだから諦めなさいよ」
「後先の問題ではありません。試してみた結果、どちらが気持ちよいかでしょう?」
「あんですって!」
「そもそも、がさつなお姉様は昔から夢中になるとそればかりで、飽きたらポイじゃありませんか」
「誰ががさつよ! この猫かぶり!」
「何ですか! 猫かぶりって!」
いや、これでも仲の良い姉妹だから、ほっとこう。
6月の大接近を避けたから、ゲートは日々遠ざかっている。
オペレッタ任せにはできない距離になりつつある。
原住民が安全になっても、オペレッタは色々監視しなくてはならないから、忙しいのだ。
「宇宙に行くなら、新型ブースターを試させて貰います」
カオルコは、嬉しそうに宣言した。
次は自分の番だと張り切ってすらいる。
新型ブースターというのは、探査艇に取り付ける燃料層を発展させ、3畳弱の居住区画を設けたものだ。
宇宙での作業を、新婚旅行に変えてしまう装置だった。
その試験運転では、カオルコの同行が勝手に確定している。
今度こそ、譲る気はないのだ。
ゲートの向こうにベテルギウスを発見したときに、全生徒で話し合いを持ち、俺の人権は取り上げられてしまった。
基本的に救助待ちに傾いていた世論は、更に傾いて、『妻』や『許嫁』の既得権を破棄させ、俺を共有財産に変えてしまったのである。
全員がとりあえず子供でも育てながら待とうという、最悪の選択をしたのだった。
「俺に選ぶ権利は?」
「あると思いますか?」
「ないだろうな」
「選ばれなかった、もしくは拒否された女子がどうなると思います?」
「ショックだろうな」
「自棄になって、原住民に襲われに行くとか」
「おい!」
「儚んで自殺なんてことも」
「おい! やめてくれ」
「あら、微妙なお年頃が多いのですよ。ましてや恋する殿方が一人しかいない世界で拒否されれば、どんなことでも起こる可能性が……」
「わかったから、お手柔らかに頼むよ」
カオルコは嬉しそうな顔で物騒なことを言っていた。
現地人の妻たちはともかく、3人の許嫁をとりあえず棚上げできたから、仕切り直しと思っているのだ。
しかし、新ルールは恐ろしいものである。
最初は、商店街や3段目でのデートの権利ぐらいだったのだが、本会議の途中でミヤビが妊娠したニュースが流れたので、ルールが見直しとなり、デート、ダンスパーティー、夜の順番という恐ろしいコースができてしまった。
お相手は、抽選で決まるのだ。
「お互いが知り合う時間とかは必要じゃないかな?」
「みんな、あなたのことには詳しいと思うわ。知らないことは残りひとつよ」
これは、カオルコの意地なのかもしれない。
カオルコは、ミヤビの妊娠が発覚したときには『あの時の』と時間と場所まで特定する判断力をみせ(実は俺もそう思ったのだが)、ミヤビのすべての権利を剥奪するかのような計画を推し進めてきた。
逆算した結果、あの時よりも前に妊娠したのだったが、もう関係なかった。
一方で、ミヤビは嬉しそうにしており、騒ぎには関心を示さなかった。
今ではヨリ以上にラーマたちのところへ通っている。
事実上、妻に納まってしまったのだろう。
余裕である。
裏切り者め!
俺はカオルコが嫌いではない。
顔も美人だし、頭は良いし、身体は何処の部分でも発情できるぐらいに素敵だと思う。
だが、何処か打算的で、尻に敷こうとするところが気に入らないのだ。
尻は魅力的なのだが。
まあ、責任者としての責務を果たしているから、そうした部分は仕方がないのかもしれないが、ヨリ、ミヤビ、ミサコと少女たちに一途な気持ちをみせられると、何処か打算的な態度には少し引いてしまうのである。
クラなんか1週間もキスをしようと頑張り続けて、やっとチャンスがまわってきたのに、俺がじっと見つめると赤くなってモジモジして、最後には走って逃げ出してしまうぐらい可愛いところをみせてくれる。
しかも、3回目のキスなのにだ。
とりあえず子作りは望む者で、しかも推定16歳以上とされたが、つまりは墜落事故の時に6年生だった者から上は全員が対象である。
更に避妊を選ぶこともできる。
俺ではなく、相手がだが。
結局は、16歳未満は避妊すれば良いのだと言うことである。
これは少しおかしいだろう?
散々文句を言って18に引き上げようとしたのだが、現地人が12歳で子作りするので、無駄なあがきだった。
ちなみに、18歳ルールは、10人委員会では賛成3、棄権1で否決。
生徒総会でも、賛成3、反対100で否決されたらしい。
民主主義と言うよりは、数の暴力だった。
俺は宇宙に逃げようと画策したのだが、既に新型ブースターにより、退路は断たれていた。
更に、何処の村に逃げようと、安全な世の中なのですぐに追っ手は来る。
侍女は女神様に逆らえず、いくらでも情報は集められるから、逃げても無駄だろう。
大体、逃げても地球に帰還する可能性が減るばかりで、事態は悪化するのだ。
起死回生は、安全なゲートを発見するしかない。
ないが、そのための近道はブースターによる新婚旅行である。
どうしても、作業に助手が必要になるが、ある一定の能力が必要になるから、誰でも良いわけではない。
一番能力適性があるミヤビは、初の妊娠であり、舞い上がってもいて、とてもじゃないが宇宙には連れて行けなかった。
本人には不安はないらしく、浮き浮きしているようだった。
ヨリは少し落ち込み気味で、今更ミヤビと張り合う気はないらしい。
下級生たちには、自分だけ良い思いをして来て、申し訳ないと思っているようだ。
ヨリの考えでは、もう救助が来ているはずなのだった。
これ以上は、我が儘で不公平だと考えているようである。
ミサコは、元々自分の順番がいい加減に飛ばされていたので、更に飛ばされておろおろしている。
妊娠などはまだ考えていなかったので、これからどうすべきか悩んでいた。
その後、正式なルール改正がなされた。
午後は3人の選ばれた少女とデート。(くじ引き)
週に3回、夕食の前後にダンスパーティー。(任意参加)
一人を選んで初夜。(ラストダンスに選んだ相手)
そして、夢見る少女たちが領地に溢れ、パートナーに選ばれようと色々画策していた。
全体的に落ち着かない雰囲気が蔓延し、それは侍女たちにも伝染していった。
全員がどんな初夜を迎えるのか考えているのだから、無理もないだろう。
風呂の時間は延び、香水の匂いがあちこちから流れてきている。
クラは、イリスの後任として割り当てられたサイドルームの掃除をしながら、情緒不安定になっていた。
涙を流して落ち込んだり、だらしない顔で笑ったりしている。
事態を理解していないロマとキヌが、気味悪そうにしていた。
無口なマナイとメナイは、真面目に俺の部屋の掃除をし、特にベッドの掃除と点検は念入りにしている。
ただし、何故か裸で行っているから、見た目に騙されない方が良いだろう。
新ルール初日は、カレンと友人2名との商店街デートだった。
(くじ引きの結果だ。但し、本当の当選者は仕事をサボっていたことが発覚して繰り上げ当選だった。カオルコはルールを出汁にして、3人組体勢や、仕事とか勉強のサボりを根絶しようと画策している。流石である)
一人は技術班でずっと一緒だった顔見知りなので落ち着いたものだったが、もう一人は緊張して小さな失敗ばかりして、涙目で赤くなっていた。
これは可愛い。
だが、ひどく拙い気がする。
カレンは一応友人たちに気を遣っていたが、どうもいつもの落ち着きがなく、そわそわしている。
俺はギルポンの喫茶店で、カレンを観察し、共犯者に選ぶことにした。
どうせ、このまま夜のダンスパーティーに持ち込まれれば、この3人の中から今夜の相手を選ばなくてはならないのだ。
そして、次のデート、ダンス、初夜と続く。
週に3人なんて、嬉しいことだし、体力的にも十分に応えられるだろうが、俺の倫理観はそんなに強くはない。
少しぐらい、自棄を起こしても許してもらえるだろう。
俺の計画は、起死回生のゲート調査である。
それにはミヤビかカオルコの助力が必要だが、今はどちらも拙い。
ヨリは罪悪感を感じているので、きちんとカオルコと行ってくれと言うだろうし、ミヤビは妊娠しているので無理だ。
ミサコは能力的にも感情的にも未知数である。
その点、ミヤビの妹で、技術系のカレンなら大丈夫だろう。
まだ、ツキが残っているのかも知れない。
「カレン、俺に協力してくれ」
「えっ、私もちゃんと子作りしますよ。お姉様みたいにすぐに妊娠できるかわかりませんが、お兄様が優しくしてくれれば何度でも受け入れます」
どうやらカレンも、そのことばかり考えていたらしい。
「違うんだ。一緒に宇宙に行って欲しいんだ」
「そんな、一緒に行くなんて、カレンは初夜なんですよ。もう少し経験を積まないと無理かも知れません」
「おい、カレン。現実に帰ってきてくれ」
二人の友人は、奥でお茶に合わせるお菓子を選びながら、気持ちを落ち着けているようだ。
ギルポンの侍女と何か楽しそうにおしゃべりしているから、今がチャンスなのだ。
カレンの手をそっと掴む。
「カレン、カレン」
「お兄様ぁ、そんなに求められると、カレンは融けてしまいそうです」
「いいか、ここを出たら3段目のデートに変更してくれ。そこで、友人二人を置いて4段目から宇宙に行くぞ」
「ええっ、外でするんですか! しかも私が最後なんて…… でも最後の方が良いのでしょうか? じっくりとできますし。でも恥ずかしいです」
カレンは何も理解してくれなかったが、場所を3段目に変更することは承知してくれた。
そこまで無事に行ければ、後は攫って連れて行こう。
3人を連れて一度領地に戻ると、野次馬たちが期待の目で見ていた。
3人は当然のようにしがみついてくる。
途中で、カオルコに呼び止められた。
心臓が止まるかと思ったよ。
「商店街デートじゃなかったの? 早すぎるわ」
「何だか、人目がありすぎて落ち着かないんだ。3段目に行って池を見ながら話をする方が、ムードがあって落ち着くと思ってさ」
ここまでは、カオルコは疑ってないようだ。
俺は背中に冷や汗をかいていた。
今回の人選はくじ引きだから、陰謀が入り込む余地はないはずである。
「そうね。今後の参考にするわ。お食事デートは、緊張する下級生にお勧めなのかも知れないわね。上級生はもっとムードがある方が良いかもね。色々と考えてみましょう」
「そうしてもらえると、エスコートする側としては助かるよ」
「そう、でも人目がないからといって、羽目を外しすぎては駄目よ。本命はダンスまで取っておいてちょうだい」
「わかった。頑張ってみる」
何とかカオルコを誤魔化し、3段目を覗くような輩がいないことを確認して、多分悪事になることを決行した。
カレンの友達二人のうち、『マヤちゃん』の方が落ち着いているので、こちらから取りかかった。
草むらに押し倒し、熱烈なキスをする。
「ううっ」
マヤちゃんの抵抗は30秒ほど続いたが、その後は熱烈なキスを返してくるようになったので、ギヤを一段上げて、おっぱい攻撃を繰り出した。
大きくはないが、感度は抜群のようだった。
約5分でぐったりしたマヤちゃんを放置し、真っ赤になっている『ミーちゃん』に攻撃目標を変更した。
しかし、恥じらい動揺しているはずのミーちゃんの方が粘り、キスは受け入れられ、おっぱい攻撃もかなり楽しまれてしまった。
更にギヤを入れて、おっぱいチュウから、太股なぞりまで繰り出して、やっとミーちゃんは大人しくなった。
俺は事態を理解できていないカレンを山賊のように担ぎ上げて攫い、4段目の発着場に向かった。
カレンは、もうちょっとムードがあるのを期待していたので、少し強引な態度に落胆していたようだ。
右肩に抱えたカレンのお尻は意外と色っぽく、つい何度か触ってカレンの嬌声を引き出してしまった。
無事、探査艇にたどり着くと、カレンを後部座席に放り込み、宇宙へ旅立った。
「普通にカオルコで良かったはず」
オペレッタが感想を述べたが、俺はカオルコの言いなりになるのが悔しかったのだ。
いつかは実質第1夫人になるにしても、主導権を渡したくない男の意地だ。
勿論、色仕掛けでくれば屈してしまうかも知れない。
ヨリは素晴らしく魅力的だが、タイプが違いすぎてカオルコの魅力を撃退できない。
同タイプはチカコなのだが、チカコに手を出すのはカオルコ以上に危険だから選べない。
最も、チカコを手に入れても、カオルコの魅力に抵抗できるかはわからないのだ。
2重に危険なのかも知れない。
俺は自分の勘を信じて行動する。
アストロノーツなのだから、いくらでも協力や助力はするし協力も仰ぐが、最終判断は自分でするのだ。
結局は、自分で判断しないと後悔することになる。
そして、俺の判断は混乱し間違っていた。
カレンはミヤビに似ているが、俺には違うところの方が目についた。
カレンは鋭いくせにミヤビより天然で、思い込みも強かった。
でも、丁寧に指導してやると、素直に力を発揮するタイプである。
生意気なようで、一歩引いた部分があるのは、やはり妹としての立場と経験なのだろう。
ホエールでは姉妹で妻になるのは日常的だが半々で、どちらかというといつまでも姉に抑えられていると感じた妹は、絶対に第2夫人になったりせず余所へ嫁ぐという。
逆に姉がいるから安心みたいなタイプは、喜んで第2夫人になるという。
カレンは後者で、喜んで俺に嫁ぐというのだ。
姉に対抗するのではなく、姉と一緒がいいのだというのである。
ちょっと、印象と違っていた。
それから、無事オペレッタハウスに到着し、怖いので地上からの通信を準備に忙しいことにして一切ことわり、一晩だけカレンと新婚ごっこ気分で過ごすことした。
『お兄様』と呼ばれるのも凄く良かった。
しかし、あまりにもカレンが親しく、近い存在だったから、自然と過ごしてしまっていた。
いや、カオルコの予定通りなら、俺は場所こそ違えども同じ結果を招いていたのだ。
だが、カレンを犠牲にするのは間違いだ。
妻が3人もいるではないか。
舞い上がっていたカレンだが、暫くすると落ち着いてきて、頭の切れが戻り、更にとても優しかった。
無重力空間で、一生懸命に夕食を作ってくれた。
「お兄様、難しい顔をされていると、折角の夜が台無しになりますよ」
「カレンはこれで良かったのか」
「ええ、お兄様に選んで頂けたのです。カレンはとっても嬉しいのです。ちょっと想像と違うコースでしたが」
「すまない、緊急事態だったんだ。3人の妻から選ぶべきだったんだが、上手くいかなくてさ」
「あら、正確には妻は8人じゃないですか。人種差別はいけません」
カレンに叱られた。
「カレンは知っていたのか」
「現地の人が地球人類だと言うことですか?」
「そうだ」
「まあ、半信半疑ですが。でも、異星人でも差別する理由にはならないと思います。同じように考え、感じ、生きているのですから」
「カレンは寛容なんだな」
「言葉が通じれば良いのです。地球人でも言葉が通じない方は、同じ人類とは思えませんけれど」
「確かにそうだな」
「それで、お兄様は、妻が沢山いるのはお嫌なんですか」
「いやではないんだが、どこかで一夫一婦制を引き摺っていてさ。罪悪感みたいなものを感じるんだ」
「それは多分、結婚制度ではなく、肉体関係に対して変に責任感をお持ちだからでしょう。お兄様の世界では独身主義者は童貞なんですか」
「そう言われるとなあ」
カレンは保存食ばかりの材料で、素晴らしい夕食を作り上げた。
隣に(と言っても狭い居住区だが)座って、給仕をしてくれ、チューブのワインなんかも出してくれる。
普段から一緒に過ごしていたが、今日は凄く女の子らしく、とても魅力的だ。
「普通に恋人同士でも、なかなか結婚までには至らないものですよ」
「そうなのか」
「大体、若い男性は同年代の恋人と結婚できませんよ」
「ええっ、そうなの?」
「だって、結婚は現実の生活を背負うことなんです。普通は男性が結婚できる頃まで、同年代の女は待ってられません」
「しかし、責任はあるだろう」
「責任はお互いにあるのです。それでも若い頃に、特に10代後半には恋人がいた方が幸せですよね」
「うーん、そうだよな」
カレンはしがみついてくるが、無重力では体重を感じさせない。
じっと見つめてくる瞳が、良く知っているカレンなのに別人のように可愛い。
「お兄様が普通に地球で暮らしていたとして、結婚為さるのはおいくつでしょう」
「30までには何とか結婚したいだろうな」
「その時に相手が同級生なら、女もやはり30です。待っていられると思いますか」
「待てないかな」
「丁度、私が24から25で、30のお兄様の前に現れたらどうでしょう」
「うん、付き合えたら結婚を考えるよな」
「でも、24歳の私が、それまで恋人もできないまま暮らしているでしょうか」
「そうだよな。恋人の一人や二人はいてもおかしくないか」
「つまり、お兄様も25ぐらいで一度は恋人と別れているのです」
「ええっ、そうなるの?」
「結婚制度とはそう言うものです。一夫一婦制なら、お兄様がどんなに責任を感じても、同年代の彼女は30まで待たずに、年上の男性と結婚してしまいますでしょう」
「一夫多妻なら違うと言うのか」
「それは甲斐性の問題ですから。もし今のお兄様の年収が4000リナでしたら、カレンに結婚を申し込むこと自体が不誠実だと思いませんか」
「確かに二人が暮らして行くには最低2倍の収入が必要だよな」
「でも、恋して愛し合うなら2000リナでもできるでしょう」
「生活を背負っていない恋と、結婚は違うものだと言うんだな」
「普通、10代の恋愛なんてそんなものです。命がけなんて言っても、実際にかかっているのは自分の存在価値だけなのです」
「でもそれって、重いよなあ」
「当人にすれば重いです。失恋など経験したくないでしょうね」
「確かに。でも、生活がかかっている訳じゃない」
「それでも真剣に恋をするのです」
生活がかかっていないだけ純粋な恋とも言えるのか。
だが、子供の遊びとも言えるのだろう。
ただ、思い出としては美しく大切に残るだろう。
真剣に恋をして、それから大人になるのかも知れない。
「じゃあ、カレンは」
スッと、口に指を当てられた。
「今してる恋がいつだって本当の恋です。このまま結婚して子供を産んで、二人で生活する。それを望まずに恋をすることはありません。現実は色々なしがらみができてしまって、人は大人になっていきます。でも、今からそんな夢のない現実に向き合うのは無駄ですし、いやです。今はひたすら恋を楽しむだけで良いじゃないですか。明日の生活を気にして、目の前のご馳走が冷めていくのを眺めていても仕方がありません」
なんてことだ。こいつは本物のお嬢様だ。
そして、大物だぞ。
「やっぱり、お嬢様なんだな」
「お姉様は、少し貧乏性ですけどね」
「口喧しいけど、優しい姉だよな」
「ええ、必死にお兄様に尽くしています」
「俺は甲斐性無しだな」
「あら、カレンはホエールで出会っても、きっとお兄様を選びましたよ」
「そうかなあ」
「そう思うのが恋ですから。ただひとつしかないと思い込むのは恋するってことなのです」
「恋は盲目って奴かな」
「いいえ、恋する人しか目に入らないのです。盲目ではありません。特別なのですよ」
カレンは、自信なさそうに遠慮がちにキスして来た。
俺の罪悪感は、少しだけ薄れてきていた。
ファーストキスにも抵抗がなくなっている。
カレンの独特の雰囲気が、安心させてくれるのだろう。
「でも、お兄様は少し慎重すぎて、結果的には惨い為さりようです」
「惨いだって? 俺が?」
「ええ、領地にはお相手がお兄様しかいないので、多少はご迷惑でしょうが、もう少し受け入れる余裕が欲しいです。誰もが結婚しろとは言いませんよ。結婚や子供はずっと後でも、恋はしたいと思う者は沢山いるのです。マヤちゃんは隣でドキドキするだけで喜んでいたのにいきなり押し倒されたし、ミーちゃんは期待しすぎていましたが、やはりいきなりだったと思います。ちゃんと話をすれば協力してくれましたよ」
「それはすまなかった。カレンも攫ってきたことを許してくれると助かる」
「私は最初からお兄様に嫁ぐと決めておりましたから、少しビックリしましたが嬉しかったです。カオルコ先輩にも、お兄様のことをよろしく頼むと、お願いされていましたから覚悟していましたし」
「か、カオルコが何だって?」
「だから、今日の一件です。カオルコ先輩と打ち合わせ済みだったのですよね。カオルコ先輩もお兄様が大好きですものね。私が先で良かったのでしょうか」
うーん、何だろう。
この、してやられた感じ。
騙されたのか、誤解なのか、偶然なのか、少し落ち着かないぞ。
ここは慎重にいくべきところだ。
「いや、突然のことであまり打ち合わせができなかったんだが、カオルコは何処まで教えてくれたんだ?」
「お兄様が罪悪感を感じる前に、宇宙でゲートの調査を為さりたいだろうと言ってました。でも、お姉様は妊娠してしまいましたし、ヨリ先輩はお兄様以上に罪悪感を持っている様子なので、今回はカレンしか助手はいないのだと言ってました。まさかデートついでになるとは予想できませんでしたけど、カオルコ先輩は予想されてたのでしょうか? ビックリですねぇ。そう言えばカオルコ先輩はお兄様に責任者として選ばれたので、領地を逃げ出すわけにはいかないから、お兄様の世話をよろしくと言ってましたよ」
カオルコは俺が逃げ出すことを予想していたのか。
いや、協力してくれたのか。
「寂しそうなのでカレンが替われたら良かったのですが、カレンもお兄様が大好きでしょうと微笑まれると、とても言い出せませんでした。責任者の代理はカレンにはできませんから、せめてお兄様の助手をしっかりしようと思いました」
何だろう、カオルコの実態が崩れていく。
カオルコは協力してくれていたのか。
「もう、お兄様!」
「ああ、ごめん」
「今、目の前にいるのはカレンですから優しくして下さい」
「ごめんな」
俺はカオルコが気になったが、先送りにした。
カレンが、あまりにも聡明で優しく相性がよいのだ。
計算違いだった。
カレンが後片付けをしている間に、シャワーを浴びて寝床を作った。
無重力なので、あんまり意味はないが、ないと落ち着かないのである。
カレンがシャワーを浴びている間、オペレッタに頼んでミヤビを呼び出して貰った。
「ユウキ、カレンを大事にしなさいよ」
「いや、カレンに付き合って貰ったが、そう言う意味ではないんだ」
「新婚旅行でしょ?」
「違うんだ。俺はゲートで帰る方法を探しに来たんだよ」
「ふーん、私が妊娠したから替わりにカレンを選んだんじゃないんだ。それはそれで少し不満かも」
「ところで、カオルコは何を考えているんだ」
「何って、何のこと?」
「あんな規則を作っておきながら、俺を脱出させてくれたようなんだ」
「ああ、そのこと。カオルコは最初から新ルールには反対だったのよ。委員会でも反対票に入れてたし、総会でも反対してたわ」
「反対は許嫁の3票だけだったのでは?」
「委員会ではヨリは棄権したわ。公平性に欠けるという意見には前から悩んでいたのよ」
「じゃあ、反対したのは?」
「私とミサコとカオルコよ」
「しかし、カオルコは規則を推し進めてきたぞ。脅かされもした」
「責任者としての立場からでしょ。個人的には彼女はずっとユウキの味方よ。あなた、彼女には何にも報いてあげてないじゃない。いつも責任を押しつけたり留守番させたりして。それなのに彼女があなたを好きだと言うことも聞いてあげてないわよね」
「いや、聞いてはいるんだが」
「一度でもご褒美をあげたかしらね。労いの言葉とか」
そう言われると、カオルコが喜ぶようなことはした記憶がない。
いつも、無理難題を押しつけているだけだ。
「良く考えてみて。あなたが最初に必要としたのは誰だったの?」
「まあ、安全だからヨリだな」
「次は?」
「カオルコだな。リーダーが必要だから俺が指名した」
「それから科学技術でしょ」
「ミヤビにはお世話になりっぱなしだな」
「えへん。でもそのうち二人は妻になり、新婚旅行にも行ったし、まあ色々と特典はあったわね」
「そうなのか、それとこれとは別のもののような気がするけど」
「じゃあ、カオルコがご褒美に何を望んだの?」
「ううっ」
「恩知らず?」
「ううん」
「意地悪はしないで教えてあげるけど、カオルコは軽いツンデレなのよ。第1夫人なら考えてあげるとか、女なら直ぐにわかる発言をするのよ。あなたがちょっと大人になって頭を下げるべきなんだわ」
軽ツンデレ症状か。
確かに軽症なら、こちらが譲れば上手く行くのだろう。
まさか、チカコが重ツンデレとか言わないよな。
「しかし、なあ」
「なに、カオルコが嫌いなの?」
「いいや、だが」
「ご褒美はともかく、労いや感謝は必要だと思うわ。今日の騒ぎも抑えるのは大変だったでしょうし」
うわー、聞きたくない。
「とにかく、カオルコはあなたに尽くしてきたわ。それで何を報いて貰いたいのかは本人の問題だから私からは何も言えないけど、あなたが報いてあげるべきだとは思うわ」
どうも、カオルコが上手くイメージできない。
ただ、頑張ってきたことは認めざるを得ない。
ヨリやミヤビと同等の功績はあるだろう。
今までそのように考えていなかっただけだ。
ご褒美が初夜とか、変な世界にいるからだろう。
そう考えると、カオルコは良い女だ。
俺には勿体ないような気がする。
しかし、彼女を他の男に取られるのも勿体ないような気がするのだ。
男ってのは、基本的に未練がましいし、手に入らないと思うと欲しくなるという、どうしようも無い性質を抱えているものだ。
「お姉様!」
「カレン、誤解しないでね。ユウキはあなたをないがしろにはしてないわよ」
「ええ、誤解はしてません。色々とあったのでしょう?」
「そうね。地上では大騒ぎだったわ。カレンが攫ったなんてデマまで飛び交っていてね」
「うふふ、それは面白いです。いっそカレンがお兄様を攫ったことにしましょうか」
「やめてよね。そんなことになったら、ユウキが安心して暮らせる場所が何処にもなくなるわよ」
「暫く宇宙にいれば良いのでは?」
「1週間で、重力に逆らう体力がなくなるわよ。私はリハビリで苦しんだわ。二度とお断りね」
「そうでした。お兄様、あまり時間がありません」
カレンがくっついて来た。
「はいはい、後は若い二人に任せます」
「おい、ミヤビ」
通信は切られてしまった。
まあ、あまり長く話しているわけにもいかないのだろう。
責任は俺にあるのだが。
俺は、カレンと添い寝で一晩を乗り切った。
それでも、幸せだった。
どうやら、カレンに惚れているのは俺の方みたいだった。
72へ