07 遭遇
07 遭遇
落葉樹たちが葉を落とした。
もう冬なのだろう。
最低気温は10度に満たなくなった。
ここは温帯にかかったところだからもう少し温かいと思っていたが、夜は結構寒くなる。
惑星の酸素濃度が少し高めということであるらしい。
空気が澄んでいると、放射冷却が起こるらしい。
俺がここに来てから、3ヶ月以上過ぎていた。
感覚的には、12月である。
「んー、まあまあね」
リーナさんが石焼き芋を食ってる。
先週から胃を使えるようになったのである。
何でも、風土病や食物毒の研究をするためらしい。
微量の毒素はセンサーで検知できないし、ラボ(工作船。メディカル区画を含む)でも千分の一以下の鉱物や微量のバクテリアは検出できないから、胃の中で様子を見るとのことである。
結局、俺のためなのだ。
まあ、ツンデレモードだな。
どうやって排泄するのか気になったが、『エッチ』のひと言で片付けられてしまったので、気にしないことにした。
それより石焼き芋である。
小石を薪で熱し、その小石でサツマイモを焼く。
すると、このとおり『ホクホクの焼き芋』ができあがるのだ。
昨日、八さんが初めての収穫してきたのである。
今では2段目の草原は、殆ど畑かその予定地になり、半分は冬小麦で、残り半分に大豆、小豆、キャベツ、ネギ、タマネギ、ジャガイモ、ニンジンなどを育成中である。
林を切り開けばドンドン畑は広げられる。
樹脂石英煉瓦で囲んだハウスではイチゴ、キュウリ、トマト、ヘチマが成長中だ。(屋根は持ってきたアクリルを使いました。技術が無くてすみません)
小麦、大豆、小豆以外は地球産の種だが、今後は現地産の野菜も手に入れたい。
そういえば、先日トウモロコシを手に入れた。
甘さがなく人間が食べても美味しくないが、飼料用としては優秀らしく、春には3段目で試験栽培する。
三毛作いけるらしい。
3段目の牧場は猪4頭、鶏20羽、鹿モドキが2頭になった。
全部、熊さんと八さんが捕まえてきたものである。
俺が煉瓦を焼いている間に、色々頑張ったらしい。
鶏は風きり羽根という部分を切り取り、飛べなくしているらしい。
エサが豊富だとそのうち飛ぶことを忘れてしまうという。
鳥頭とはよく言ったものである。
この3段目には、神田川の水を流して「ため池」を作った。
風呂のオーバーフローで手抜きしようとしたのだが、リーナさんに反対されて別に用水路を作ったのだ。
2段目も横切っているので、畑の水不足は心配しないですみそうだ。
今では直径50mの池ができている。
結構、鳥の姿が見えるようになってきたから、そのうち鴨や鶴などが飛んでくるかもしれない。
神田川にいる小魚を捕まえて、池に放り込んでいるから期待できる。
ちなみに風呂のオーバーフローだが、用水路の崖のところで立体交差するようにして、2段目崖沿いを東に流している。
俺だって働いているのだ。
「お風呂の排水はユウキのトイレ用でしょ」
「まあ、そうなんだけど」
「それに温泉には重曹が含まれているから、池には使わない方がいいわよ」
「重曹って洗剤になるやつか」
「ベーキングパウダーにも使われるから少しなら毒にならないけど」
「トイレの方が嫌なんでしょ」
まあ、他人の排泄物でできた池とか嫌だよね。
焼き芋を頬張りながら、軍手で芋を並べ替える。
後3つも食べられないかな、と思いながらも薪を少し追加した。
「誰か、他に食べてくれる人がいると張り合いがあるのになあ」
四輪リヤカーに載せた石焼き芋。
ここまで拘ると誰かに見せたいと思ってしまう。
「その、誰かが現れたみたい。ユウキ非常事態よ。フル装備して神田川の橋に行って。大至急よ。実戦なの!」
「りょ、了解!」
リヤカーをその場に残して家に向かってダッシュした。
オペレッタの天井のレーザー砲が動いている。初めての本格的な緊急事態だった。
家に駆け込むとクローゼットからスキンスーツを出して着込み、ベルトにハンドレーザー、スタングレネード、サバイバルナイフを装着する。
胸ポケットにスタンガンを入れようとして考え直し、右手に持つことにする。
後は、指令用ヘルメットをかぶりブーツに履き替える。
いつもはサンダルかスニーカーなのだ。
「オペレッタ、敵は何者なんだ。虎でも出たのか」
「虎や熊ではない。現地人と思われる」
「現地人だって! 誰か住んでたのかここ。俺たちが不法占拠したのか?」
「不明。データ不足」
「敵、いや現地人の戦力は?」
「川沿いに10人。森に10人。街道沿いに非戦闘員が60人前後」
「80人とは戦えないな。ホバーを出すか」
「皆殺し?」
「そうだね。殺すのはまずいよね」
「敵の武器は、原始的な弓、槍、棍棒」
「恐竜時代か」
「石器時代。マンモスと戦える」
「や、やばいかな~」
「大丈夫。レーザーでなぎ払う」
「オペレッタさん。人殺しはまずいって」
「熊さん弓攻撃受けた。早く行って!」
結局スタンガンを持って飛び出した。
気持ち的にはアサルトライフルぐらい持っていたかったが、やっぱり人殺しはまずいだろう。
家から橋までは40m弱、建設中の2階建て食料倉庫を過ぎれば目の前だ。
橋の左右の柵は壊されていない。
橋のたもとで熊さんが仁王立ちしている。
川向こうに毛皮を着た原住民が見えた。
確かに、石器時代に見える。
武器を持って威嚇しているが迫力はない。
身長が130センチぐらいしかないのだ。
熊さんの方が2倍くらい大きく見える。
「ホビットかな?」
「江戸時代の男は140から150センチ」
石器時代の栄養じゃ大きくならないってことか。
一応スタンガンを持って熊さんと交代した。
橋の長さ5mで、原住民と対峙する。
髪も髭もボサボサ、毛皮を首から掛け腰にも纏っている。
手には棍棒か槍。
それも、木と動物の骨で作ったものだ。
棍棒に石を結わえている奴もいた。
しかし、でかい奴でも140。大体130センチぐらいしかない。
髭を付けた小学生の群れだ。
素手なら殴られても痛くなさそうだ。
スキンスーツを着てるから棍棒も槍も平気だろう。
一番でかい奴に向かって歩き出した。
威嚇の声が止まり、静かになる。
俺が目の前に来ると、そのでかい奴は少し後退し、棍棒を振り上げ『わう』と言うような声を出した。
よく見ると棍棒は動物の骨だった。
大腿骨か。マンモスにしては小さいな。
もう一歩前に出て『言葉はわかるか』と聞いてみた。
当然返事はない。
横から槍を持った奴がでかいのに、
「あんじわっ、へっ」
という感じの言葉をかけた。
「あんじわ、へ」
俺がまねして言うと、でかい奴が歯を剥き出した。
なかなか好戦的な性格のようだ。
「かかっ」
再び槍持ちが何かを言うと、でかい奴が両手持ちの棍棒で殴りかかって来た。
ゆっくりと右手で棍棒の根本を押さえ、同時に左手で相手の右腕をつかむと『ごめん』と言いながら川に放り投げた。
でかい奴は頭から回転して川に向かって飛び、お尻から着水した。
深さは1mもないから溺れることはないだろう。
左の槍持ちの奴に向かった。
そいつは、『かかっ、かかっ』と言いながら川に向かって走って行き、でかいのを助けようとしていた。
他の連中は、警戒して5mも下がっている。
川を見るとでかいのが溺れていて、槍持ちはどうしていいのかわからないようだった。
棍棒を手放さないから溺れてるのに。
このままほっとくと、流されてしまいそうだ。
ゆっくり近づくと、槍持ちを後ろに押しやり川に入って、でかい奴を持ち上げた。
猫つかみである。
そのまま川から引き上げて槍持ちの横に座らせた。
ふたりはお互いに支え合うようにして逃げていった。
残った連中も一緒に逃げていく。
「みんな本陣に逃げ込んだ」
「本陣って?」
「リンゴ園」
「ええっ、あそこ取られちゃったのか?」
リンゴ園は、北の森の中に熊さんが作ったものだ。
リンゴ育成に良さそうな場所にある別の木々を根っこごと引っこ抜き、あちこちで見つけたリンゴの樹を移設して作ったリンゴ畑である。
特別な肥料をやり、来年は美味しいリンゴがなる予定だった。
ちょうど良かったので、橋からリンゴ園経由石切り山まで大八車が通れる道を作っておいた。
国道1号線、仮称・北森街道である。
原住民などいないと思っていたから作ったのに。
「さて、どうしようか」
「暫く待てば、また来る」
そうなるよね。よし、いいこと思いついたぞ。
警備を熊さんと交代して、リーナさんの所に戻った。
しかし、リヤカーしか残ってなかった。
あちこち見回すと、家の屋根の上にレーザーライフルを持ったリーナさんの姿があった。
やれやれ心配性だな。
俺が手を振ると、リーナさんは少し恥ずかしそうだった。
リヤカーを引いてリーナさんの所へ行き、芋を追加しながら屋根から降りてくるのを待った。
薪もくべておこう。
リーナさんがハシゴを降りる姿を、マジマジと見るわけにはいかないのである。
「対話で解決するのが文明人のやり方よ」
「コブシで語るのが男のやり方なんです」
「次は、身長2mの大男がいいわね」
「すみません。嘘です」
「でも、石器時代の狩猟民族を見れるなんてラッキーかもしれないわ」
「見るだけならおもしろいんですが、関わるとなると会話が通じないのは少し困ります」
「国民学校を作って国語教育をするのね。義務化して授業料は免除ね」
「未開地では、学校に来させるのが大変らしいですよ」
「そこを何とかするのが政治家の仕事よ」
「まだ、14石の村長ですが」
「領民が増えるかもしれないでしょう。チャンスよ」
確かにそうだ。
先住民がいるのなら、これは分岐点になる。
受け入れられるか、拒否されるか。
しかし、ここは慎重に進めないとまずいだろう。
先住民があれだけとは思えない。
きっと彼方此方に部族がいるのだろう。
いきなりローマ帝国という訳にはいかないのだ。
知らないことは、こちらも教えてもらわなければならない。
それには対価が必要になるが、ある程度わからないと対価を選べない。
「次は、もう少し文明的なやり方をしようっと」
「この領地には入れないでね」
「どうして?」
領地内を見せるのも有効な手段だと思っていた。
確かに、まだ見せられないものもあるが、ある程度見せて信用を得るやり方だってあるはずだ。
「男は信用できないからよ」
「ひどくない?」
「ユウキは既に手に入れているから大丈夫なの」
「この領地のこと? 明け渡すことになるかもしれないし」
「土地ではないわ。土地だけなら私たちが引っ越してもかまわない。でも、どうしても彼らには手に入らないものが沢山あるのよ」
「文明か」
「そう絶対的なアドバンテージってやつね。見たら欲しくなるでしょう? 農耕に畜産だけでもね」
「支配者になる手段だね」
「それがゴロゴロ転がっているのよ。石器時代だから理解できないとか馬鹿にすると、どんどん利用されるわ」
「でも、それって男だけじゃないでしょ」
「男は夢を見る。それをどんなことをしてもかなえてみせると思い込む。下手にも出るし嘘もつくわ」
「謀略も策謀も罠も、目的のためなら何でも正義になるっていうエゴイズムだね。自分以外は尊い犠牲かな」
「手に入れたいという思いは、男の長所でもあるのよ。でも仕掛けられるのはごめんだわ」
「わかりました。領内は禁断の地にします。その分、多少のサービスは必要でしょ」
「食糧問題の改善ぐらいなら多少は目をつぶるわ。ただし、武器提供は駄目。鉄も駄目。領地原産以外の食料も食べる以外は駄目。塩と少量の砂糖ぐらいは許してあげる」
「簡潔で明瞭なアドバイス。ありがとうございます」
「お礼は形にしてね」
「ああ、ひとつお願いが」
「もう約束を破るの?」
「焼き芋は許して欲しいな」
リーナさんは暫く考えていたが、この場で代替案を思い付かなかったのだろう。
しぶしぶだが、許してくれた。
長丁場に備えてゆっくりとトイレに入ってから橋の前に戻った。
芋と薪を満載したリヤカーを引きながらだ。
次の使者が来るまでに、それから2時間ぐらいかかった。
予想よりも早かった。
リンゴ園まで5キロ近くある。
俺が橋の前にいたことも影響しているのだろう。
見張りや連絡など石器時代でも思い付く。
相手は馬鹿ではないのだ。
焼き芋がリーナさんに許されたのは、既に彼等に見られているからである。
今更、隠しても不信感をあおるだけなのだ。
使者は3人。大物だった。
ひとりは族長だろう。長い髭で白髪が目立つ。毛皮の上着(貫頭衣ではなく、チョッキ)まで持っている。
もうひとりは、祈祷師とか呪術師とかいうのだろうか。医者と神父を兼ねるのだから、知性的な油断のならない感じである。
残りのひとりは、お馴染みのでかい奴だ。
泳げないが優秀な軍人なのだろう。
髭もまばらで若く見えるが、戦士長と言ったところだろうか。
武器らしきものを持っているのは、こいつだけだった。
これが、親善使節なのだろう。
政治のトップ、宗教のトップ、軍のトップ、現代でも変わらないVIP3人組だ。
文明は、あまり当てにならないようだな。
何千年経っても男たちは野心家ばかりか。リーナさんには頭が下がるよ。
リヤカーを引きながら橋を渡り、警戒する3人の前でゆっくりと石焼き芋を取り出すと、掲げるようにして1本を二つに割り、半分を族長に押しつけた。
俺は笑顔を絶やさず、残った半分をフーフー冷ましながら食べ始めた。
族長は苦笑しながら左右を見ていたが、俺が食べ続けていると、仕方がないというような仕草をしてから恐る恐る一口囓った。
暫くすると、驚くような顔をして続きを食べ始めた。
それでもう一本を取りだし、目の前で二つに割り、祈祷師と戦士に半分ずつ渡した。
二人は族長が食べているのを見ているから、覚悟を決めて齧り付いた。
直ぐに驚きに変わる。
そりゃそうだろう。
こんなに美味い焼き芋は21世紀にならないと手に入らないのだ。
人間は食い物には手を抜かなかった。
まさしく二千年以上の進化を経た味なのだ。
いや、石器時代って農耕文明前だから6千年から1万年前か。
日本だから縄文時代前? 浜辺に貝塚はないな。
主導権がこちらにあるうちに動くことにした。
リヤカーを引きながら、リンゴ園に向かうのだ。
長老たちは焼き芋食いながらついてくる。
威厳を損ねるかもしれないが、リヤカーを引いた男も大して偉そうに見えないから引き分けだろう。
熊さんが橋に立っているから、領地には何も起こりようがない。
リンゴ園には順調にたどり着いた。まあ、取り巻きが徐々に増えていくというおまけがついてきたが。
驚いたのは、女子供はみんな丸裸だったことだ。
毛皮は戦士ぽい男たちしか身につけていないから、衣服ではなく防具なのだ。
おかげで変な汗をかいた。
年頃の女性だけ肌つやが違う。
こんな住環境も衣服もない生活では、年とともに肌は急激に衰える。
一定の年頃だけが艶やかに見えるのだろう。
できるだけ女性を見ないように気をつけながら、彼らの立場を見抜こうと努力した。
布はまだ発明されていない。
俺たちも探していたが麻や木綿の材料は見つけられなかった。
羊毛も無いのだろうか。
陶磁器も金属も持っていない。
本当に木と革と石だけだ。
土器は無いのだろうか。
祈祷師は瓢箪を持っていた気がする。
後は革袋か。
冬になるまで俺の領地に気づかないと言うのは、きっと北の方に狩猟に行ってたからだ。
農耕も無いのだろう。
あれば全員はいなくならない。
漁業も網や船が作れないと難しい。
ただ、女子供はひもじそうだ。
明らかに栄養が足りてない。
狩猟と採取の生活だから、今年は予定外の不猟や不作があったんだろう。
あれこれ推測しているとリンゴ園に着いた。
早速、焼き芋を転がし始めた。
この匂いだけで敵意が好奇心と期待感に変わるのが手に取るようにわかる。
年配の大人たちが、懐柔や買収が好きなのが実感できる光景だった。
好奇心旺盛な男の子たちに芋を半分にして配った。
熱いのがもどかしいかのように食いついている。
次が興味本位の戦士族の男たちだ。
これにも半分にして押しつけて回る。
族長たちが既に食ったのを知っているからか、警戒感はなかった。
男の子たちが、どれほど美味いのか吹聴しまくっているから、次々に集まってきた。
戦士見習風も来る。
まだまだ大丈夫、追加しながら焼いているのだ。
薪も、芋もまだある。
おばさんたちの集団が来た。
おばあさんや女の子を連れてくる。
一番政治や駆け引きを行わない集団だ。
フーフーする解説付きで、差別することの無いように一人ずつ手渡ししていく。
おばあさんも小さな女の子もだ。
それでも怖がるおばあさんや、隠れようとする女の子には、連れのおばさんに手渡しを頼む。
目と手先の動きだけで理解してもらえるから簡単だった。
これで年頃の女性たちも混ざってきた。
ある意味、一番危機意識がある集団である。
ジロジロ見ないようにしよう。
未婚と既婚は直ぐに区別が付いた。
こう、胸がツンと、ではなく、顔に戦化粧のような模様があるのが既婚者だ。
それとも成人式があるのだろうか。
戦士たちの化粧より質素だが美しい。
族長たちは焦れているようだが、ここは我慢してもらうしかない。
この騒ぎは一巡して、食べ盛りの男の子たちがもう一度もらいに来るまで続いた。
08へ
ここで、リポDを配ればなあ。
「リポDはオーバーテクノロジーよ」
確かに自己縛りが無くては小説にならない。しかしなあ、縛りがなかったら、学園・SF・ラブコメ・宇宙奴隷ハーレムいちゃいちゃものを書いてたのに。
書けないけど。
上の空でコンビニで買い物して、ついでにリポD3本買ってきました。
袋から出すとリポDではなく、アリVでした。
うわー、これも才能の差かー!