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夢の処女惑星  作者: 菊茶
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66 赤城山へ

 66 赤城山へ




 部屋にクラとロマが来た。

 イリスがお茶で、もてなしてくれる。


 実はイリスもサラスもここに来て妊娠していることが分かり、急遽居残り組になってしまった。


 タキの例があるから念のため調べてみたのだ。


 どうも狩猟民時代の名残なのか、一斉に妊娠して、一斉に産む傾向は健在らしい。


 少しみっともなかったが、ススに泣きついてキスの雨を降らし、すべてが片付いたら妻にすると約束までして、見習いを3人ほど都合して貰った。


「領主と言うより、結婚詐欺師?」


 それを目撃した、ギンの意見ではそうなるらしい。

 いや、別に他の人の意見は聞きたくない。


 カリモシ村の夫人たちを借りるとしても、現地人を指揮する人材が必要なのである。

 その先のことも考えると、クラとロマの二人を俺の専従にしておきたい。


 だが、クラは経験が浅すぎる。

 ロマは、侍女見習いとしても微妙であり、言葉もこれから学んでいくのである。


 サポートする者も必要だし、特にクラは部下がいた方が責任感も強くなるだろう。

 別に俺の好みだからとか、サンヤが怖いからではない。


 いや、クラとロマの成長を見守るのは、そりゃあ、とても楽しみである。

 あちこちが、色々と楽しみだ。

 膨らみ始めには、夢がいっぱい詰まっているのだ。

 主に、俺の夢なのだが。


 ラーマ、タキ、レンの時代は去り、彼女たちは夫人の生活を始めている。

 彼女たちは巫女から補佐官になり村を指導して、妻となり母となった。


 キン、ギン、ドウの時代も去り、彼女たちは官僚の生活を始めた。

 彼女たちは、新たな村の開発から貨幣経済までを支え、今は官僚機構の責任者として全体を統治しようとしている。


 領地内のことはカズネに任せているが、いずれは、スス、ナミ、ナリの時代になるのだろうか。


 この世界は、領地を中心にして、ゆっくりと自立していくのである。


 だが、これから俺がやることは、この世界とは直接には関係がない。

 下手をすれば、そのままここを出て行き、帰って来れないこともあり得るのだ。


 それでも人類文明と接触できれば、交易はすることになるだろう。

 特に繊維が輸入できれば、文化や技術が飛躍的に進歩する可能性がある。

(裸もなくなるかも?)


 基本的には、農業惑星になると思うのだが。


 ここの米も麦も一級品である。

 無農薬、有機栽培というだけではない。

 何故か、この星の作物は平均以上に味が良い。


 最初は田舎くさい野生の味だと思っていたのだが、丁寧に処理すれば、何もかもが機械化された地球産のものより高級な感じがする。

 最高級品には負けるだろうが、普通に作って普通に処理すればかなりの上級品に位置づけられると思う。


 お茶の味には無頓着な俺だが、味噌と醤油にはうるさい方だ。

 その俺が、地球に帰ったら困るぐらいには、ここの味噌や醤油と米の組み合わせは味が良いと思うのだ。


 パンも、ミルクやバターを使えれば、凄く上手くなると思う。


「クラ、これから先は何が起きるか分からない。危険もあるかもしれない。いつ戻れるかもはっきりしないが、一緒に来てくれるか」

「はい。何処までもご一緒します」

「ケガしたり、つらい思いをするかもしれないぞ」

「領主様と一緒にいられるなら、クラは死んでも構いません」


 俺はクラが死ぬようなことを看過はしないが、宇宙ではどんなことでも起こりえる。

 あそこには、絶対などない。


「ありがとう、クラ。ならば、お前は俺の専従侍女筆頭だ。見習いたちを、責任者として指導して欲しい」

「はい、頑張ります」


「ロマ、お前も来たばかりだが、一緒に来てくれるか」


 イリスが通訳する。

 ロマはまだ片言なのだ。

 普通より遅いが、能力が劣るわけではないという。

 どうやら、ロン族の方言がきついらしい。


「ロマ、ついてく」

「でも、大変なんだぞ」

「邪魔? ロマ死ぬ」

「おいおい、ロマはロン族からの預かり者だ。死なれたら困るぞ」

「ロン関係ない。ロマ、絶対に死ぬ」

「イリス、何を吹き込んだんだ」


 暫くイリスとクラが、ロマと話をする。


「どうやら、ロン族から連れてこられるときに、女として価値がなかったら死ねと言われたそうです。勿論、ロンはそんなことないと信じて言ったのでしょうが、ロマは本気です」

「ロマは、まだ女になれないのが不安なようです」

「しかし、来たばかりの侍女見習いだぞ」

「ロンには侍女とは領主様の、その、女なのです。私もそうでしたから」


「おい、クラ」


 ロンの風習は、ススから聞いている。

 女は初潮を迎えると、大抵は族長に森に連れて行かれる。

 合格すれば、結婚を許可されるらしい。


 村民法解釈とかいうものに、村長の権限の項目があり、比較対象のために部族時代の風習が幾つも載せられている。

 だが、その多くは古き風習として、村長の権限から除外されているものばかりだ。


 ナルメ族も同じで、サンヤの傘下に治まるまでは雑婚の小部族だったから、クラは初潮を迎えていれば、ナルメに処女を捧げることになっただろう。

 その後は、多分親戚であるギルポン族に嫁に出される。

 族長が大人の女として『お墨付き』を与えていることになるのだと思う。

 少女の初恋とかは、誰も考慮してくれない。

 と言うか、そんなものは厳しい世界ではつまらぬ感傷に過ぎないのだと思う。部族の将来こそが何よりも優先されてきたのだ。

 そもそも女の役割は『強い戦士』を産み育てることである。恋愛とか幸せなんかの概念はなかったのだ。

 いや、男にも恋愛など殆どない。族長が女を割り振るのだ。

 珍しいのは他部族からの略奪くらいだろうが、それすら部族に新たな血を入れることに意味があるからだ。


 だがクラは、幸いにしてと言うべきか、不幸にしてと言うべきか、初潮前に俺の所に寄越されることになったのである。

 侍女制度ができたからだ。

 侍女は農民の行儀見習いということが建前である。

 族長のお試しとは異なるが、侍女資格を得て嫁になることは、ある意味で大人の女になったという意味である。


 しかし、文化が過渡期であり新旧が混在しているから、クラは当然、初潮を迎えれば引き継いだ俺が森に連れて行くと思っても仕方がない。

 だが、そこはそれ、ズルイの少女たちを引き取ったときから続く、侍女教育があるだろう。

 別に、侍女は領主の女などという教育はしていない。


 していないはずだが、していないよね。


 だが、ロマはロンの娘だ。

 ロン族は雑婚の小部族ではなく一夫多妻制だから、まさか父親が相手をするわけではないだろう。

 でも、どうするつもりだったのだろうか?


「領主様は妻だけが女なのですよね。すぐに子作りしないので不思議に思いました。他に女の価値などないから、実はクラも駄目なら死ぬことを考えましたよ」


「ええっ、クラまでそんな風に思ってたの? 侍女教育はどうしたんだ」


「はい、すぐに違うんだと気づきました。領主様が女に求めているものが違うんです。技術を身につける。仕事を覚える。能力を発揮して役に立つ。子を産むだけで、男の言いなりに生きてきた女には考えられない事ばかりでした。クラは領主様に料理を褒めて頂いたので、それに助けられました。 ……それに、初潮前に気付いたからです ……でもぅ、お手つきは名誉ですよね」


 最後の方は、声が小さくなってしまったが。


 イリスがロマに通訳している。

 ロマが首を振る。

 真っ赤になり立ち上がると、スカートを脱ぐ。


「ロマを味わう。褒める? 死ぬ?」


 どうやら「料理を味わって褒めた」が、クラを味わったになっているらしい。


「微妙にロン族の言葉が違うようです」


 イリスが詳しく説明するが、ロマは変なスイッチが入ったのか聞き入れない。

 流石は、あの二人の娘なのか?


「ロマは、その、女に、大人になっているのか聞いてくれ」


 イリスとクラが色々と尋ねると、少し萎んできた。

 どうやら身体はでかいが、まだのようである。


「ロマ、役立たない?」


 涙を流して、縋り付いてきた。

 優しく頭を撫でてやる。

 最近は、誰でも言葉が通じるし、通訳ができるから忘れていたが、言葉が通じない頃はひたすらボディランゲージだった。

 レンやキン、ギン、ドウでも、頭を撫でて安心させることが多かった。

 カズネやリリなど、キスの方が先だった。

 それで、彼女たちなりの居場所と思えたのだろう。

 あの変な儀式も一役かってたのか?


「イリス、儀式の時に何を感じた?」

「不思議な事をする、ですか。恥ずかしいのに意味が分からないのです。その後、確認だと勝手に思いました。お手つきの予約ですか。ですが、1ヶ月たっても順番が回ってこないので同僚と話をしたら、予約は自分たちだけじゃないと分かって少しがっかりしました。カリスが朝のキスをしたと自慢してきたときには絶望しましたよ。まだ、次の儀式に通らないと駄目なのかと」


「侍女辞書にはこう書かれてあります」


 クラが引き継いだ。

 侍女辞書って、まだ未完成だろ。


「儀式は、領主様への忠誠、お手つきの承諾。2度以上お風呂を共にした者は、キスで応えよ。領主様が再び洗ってくれる者は女官への道が開くだろう。おっぱい、お尻に触られた者は更に良し。膝枕や添い寝を実行すべし、と」


 ドウの奴、いい加減な事を書きやがって。


「クラは何度もお風呂を共にしたのですが、洗って頂けないので、思い切ってキスしちゃいました」

「クラ。あなた領主様のお気に入りを良いことにそんな大胆なことをしたのですか」

「いえ、その後、2度目の身体洗いをして頂きました」


 キスは陶磁器のお礼で、身体洗いはクラがしてくれってねだったんだよねえ。

 少し、変わってない?


「そうですか、ならば仕方ありませんね。でも、領主様の階段覗きはまだでしょう。私は迎賓館で2度も経験したのですよ」


 それって自慢になるの?

 俺には恥なんだけど。


「流石はイリス様、やはり妻になられる方は違います。確か侍女辞書にはこうあります。風呂上がりの階段はスカートを外し、領主様が妻候補を選ぶための覗きに備えよ。2度、3度と覗かれたならば、妻への道が開かれん」


 ちくしょう、ドウの奴。

 しかし、あいつ良く知ってるなあ。

 流石は元専従か。

 お陰で、何故風呂上がりに裸なのか納得できたぞ。


「でも、その後、おっぱいもお尻も触ってもらえなかったので、泣く泣くニタ村へ行きました」

「お手つきの名誉を背負って村へ行くべし、ですか。私もまだ触って頂けません。専従にはして頂きましたが、これでは妻ではなく、女官コースでしょうか」

「でも、キスはしたのでしょう。諦める前に添い寝を試しなさい。これは、侍女辞書ではなく、妻と女官の境界に書かれてあります」


 何、それ?

 本当にそんなこと書かれているの? 

 ていうか、二人ともロマを忘れてない?

 ついでに、俺のことも忘れているよね?


「それが怖くて、怖くて。一度イリス様の部屋に行こうとしたのですが、キン様とドウ様が丁度ミヤビ様に追い返されるところで、とても恐ろしくてクラには無理だと思いました」

「そうねえ、キンでも夕食前に予約に来るし、ドウでも事前に1週間の状況を見極めて分析してから現れるから、クラも毎日予約状況は把握した方が良いわね。それでもミヤビ様がいつ割り込んでくるかは分からないのだけど」

「添い寝で命がけなんて、クラにはまだ無理です。キスだって難しいんですよ」


「あら、キスは簡単なのよ。朝早ければ、領主様は誰だか分からずに過ごしているから、必ずキスできるわ」

「でも、それは、あれですよね」

「ああ、妻と女官の境界、キス編3節のカズネの経験談ね。毎朝キスを行う者は忘れ去られる。それは挨拶のキスだからよ」


「他のキスもあるんですか」

「クラはまだ唇だけのキスなの?」

「他に知りません。それしか教えてもらえませんでした」


「場所とやり方で16種類確認されているわ。侍女辞書はドウが書いているから、その辺りは詳しくないのよ。妻と女官の境界も、基本的には未経験者たちの『失敗談』に近いしね。でも、妻たち秘伝の『妻事記』には詳しく書いてあるの。レン伝なんか、私でもやってないことも出てくるから驚きよ」

「読みたいです」

「秘伝だから、妻しか読めないのよ。その替わりに良いことを伝授するわ。キスをするときに少し口を開けておくの」

「ええっ、そんなことできるでしょうか」

「そうすればね、領主様の方も……」


 おーい、俺たちのこと忘れてるだろう。

 おーい。駄目そうだ。夢中になっている。

 仕方がない。

 終わるまで、ロマで遊んでよう。


 俺はロマを指でツンツンして、ロマがいやんいやんするのを楽しんだ。

 暫くすると、部屋にキンとドウが来ていて、右筆たちに何かを記録させている。


 翌日には、ツンツン編が載せられた改訂版の『侍女辞書』が出回り、ドウは経験者を募っていたが、現れなかった。

 ロマの身分がまだわからないので、『妻と女官の境界』は改訂されなかったようである。



 イケメンがカリモシ村の東の草原に新たな集落を作る決心をしたらしく、ヒミコと一緒に箱馬車を引いてくれた。

 途中、カマウ村には、鹿モドキの群が一つできていて、合流してきた。

 カマウは運送業のカリモシ支店をキンから認可されていたが、カズネによって、鹿モドキの謝礼用の芋とトウモロコシの畑をカリモシ村付近に作ることは却下されていた。

 色々と苦情らしきものを遠回しに言ってきたが、俺はカズネの判断を指示した。


 陸運のカリモシ支店はカリモシにも利益があるが、カリモシ村の勢力範囲にカマウの飛び地ができるのは良くない。

 むしろ、農産物をカリモシ村から仕入れて、カリモシに役に立つ所を見せた方が喜ばれると説明した。

 イタモシ村やギルポン村もそうした委託方式を採った方が上手くいくはずだと説明すると、逆に喜ばれた。

 自分で開拓するより早いし、楽だからである。


 カマウ村はリヤカー引きの仕事があるので、難民の受け入れ率が一番高い。


 北のニタ村、中央のカリモシ村、西のギルポン村辺りから、小部族というよりも、大家族という方が良いぐらいの難民が流れてきて、男がリヤカー引きをしながら、女たちはユウキ領やタルト村での仕事を探すか、農業の勉強をする。


 最初は1石で、畑の手伝いをする女が多い。

 言葉も教えてもらえるからだ。


 娘は、侍女見習い試験を受けに来る。


 そのリヤカー引きたちも、少しずつ定住しており、カマウ村の人口が一番多くなっているが、畑はまだ狭く、芋が主流である。


 それだけに、カマウは陸運業で失敗したくないのだろう。


 だが、欲張るより、各村に協力して貰った方が逆に仕事量も増えるはずである。

 生産と輸送の両方をまかなうには、各村もまだまだ人手が足りない。

 生産拠点の方が多い状態なのだから、カマウが輸送を引き受けた方が双方に利益があるだろう。

 無理してまで飛び地に畑を作る必要はないのだ。


 逆にカリモシこそ、ここに産品の販売所を作るべきなのだが、今はまだ内緒だ。


 ギンの報告を受けたキンか、肉屋を開くサンヤか、意外とセンスがあるタルトか、誰が先に支店を設けるか見物ではある。


 村民200に難民100ぐらいの、貧しいが人口が多いカマウ村だが、畑の手伝いが休暇の時は、もっと人数は増える。

 難民たちが新しい故郷にしているのだ。

 誰が商売に目をつけても、おかしくはないだろう。



 移動には、ヨリとハインナがカートにいて、移住組全員を乗せて移動しているが、俺は珍しくイケメンの引く箱馬車の中である。


 侍女筆頭クラ。(ナルメ族長推薦)

 侍女見習いロマ。(ロン族長推薦)

 侍女見習いマナイ。(ズルイ難民)

 侍女見習いメナイ。(ズルイ難民)

 侍女見習いキヌ。(ギルポン難民)


 同乗するこの5人が、会話の勉強をしている。

 3人は、いきなり領主専従になったから、まだ動揺しているようだ。


 キヌは良く覚えている。

 クラの同期で難民枠だ。

 当時は痩せて薄汚れていたが、今は大分血色が良い。

 ぺったんこはそのままだが、命名の時に名前が『巨乳』だったから良く覚えているのだ。

 俺命名ルールによりキヌになったのである。


 マナイとメナイのことは、全然覚えていない。

 ズルイに追われた難民だから、きっとドウの部下のサナイの親戚だろう。

 サナイはズルイに捕まり、マナイとメナイは逃げきれたのだと思う。

 まあ、過去はともかく、現状では俺の専従だ。


『いきなりでしたから、出来は期待しないで下さい』


 ススがそう言っていたから、新人のキヌはともかく、マナイとメナイは侍女試験落第組だろう。

 言葉は結構まともだから、読み書きが駄目で、次こそと思っていたときに『そろばん』が追加され駄目だったクチだ。

 がたいは結構良いし、農業と料理はできるのだろう。

 それも駄目なら見習いにもなれないからだ。

 まあ、ススは、第2夫人ぽいのを寄越さない配慮はしてくれたわけだ。


 色っぽいのをぞろぞろ連れて赤城山に行ったら……。


 いやあ、ぞっとする。


 それこそ、物見遊山に見えるだろう。

 いや、きっとヨリとミヤビに追っ払われて終わりだろうな。


 やがてラシ村に入った。

 旅人用の休憩所ができており、お茶(笹や柿の葉)や飲み物が有り、芋の食事やパンが食べられる。


 勿論、名物の鰻丼もある。

(地元の人間は、ラシ丼と呼ぶらしい)


 リヤカー引きや、各村に仕入れや売り込みにいく者たちが結構集まっている。

 ラシ村の男たちは、畑と泥炭掘りに出ていて留守だったが、侍女や夫人たちが出迎えてくれ、女神様の行列が来ると仰天して、リヤカー引きたちを追い立てて席を作ってくれた。


「全員、鰻丼ね」


 ミヤビが勝手に注文するが、みんな目が輝いているからそれで良いのだろう。

 驚いたことに、奥に座敷席がある。


 ラシ村の侍女に尋ねたら、鰻丼が高いので目の毒と言うことで、座敷席を設けたそうだ。

 本当は高級感も出したいのだろう。

 村長クラスが来れば、いやでも散財しなくてはならない。


 50リナもする鰻丼を食べたら、リヤカー引きたちは赤字である。

 日当12から15リナが普通だから、5日間ただ働きになってしまう。

 普通は2リナの芋パンか、1リナの芋の茹でたので我慢するはずである。

 大豆のスープに茹で芋と鶏の照り焼き、季節によっては塩鮭がついてくる『芋定食』が5リナの贅沢品である。

 しかし、領主がケチるわけにはいかない。

 お金を落とすことが経済のために必要なのだ。


 女神たちを全員座敷に押し込み、俺は侍女と土間のテーブル席に着いた。


 店員の夫人に茶筒を渡して、お茶を淹れて貰う。

 ギルポンが摘んだお茶からより分けた、等級の低い部分をくず茶として緑茶にして貰い、玄米茶を作ってみたのだ。


 茶を強く煎らなければかなり上級の飲み物になり、ギルポンでは焙じ茶や番茶の研究も始めているようだ。


 やがて、玄米茶が配られると、現地人以外は懐かしさを満喫したようだ。

 専従侍女たちは驚いている。

 いつも側にいたクラですら初めてなのだから、他の連中は香ばしい香りにうっとりとしている。


 更に鰻丼が来ると、もう夢中である。


 リヤカー引きたちは、みんな逃げ出してしまった。


 確かに目の毒どころか『そんな殺生な』という感じである。

 お土産用の鰻ビンですら、4人前で30リナだから、高級過ぎるだろう。

 まあ、焼きたては美味いからなあ。

 侍女たちも夢中で食べている。


 クラは俺の側にいすぎて経済観念がないし、ロマはまだ貨幣の価値も良くわからない。

 それでも、鰻丼が頻繁に食べられないことは理解しているようで、大喜びだ。


 他の3人などは、初めて食べるのかも知れない。


 マナイとメナイは、箸を上手に使って食べていた。

 見習いとは言え、1年以上は経っているのだろう。

 クラも少し危うげだが、及第点である。

 ロマとキヌは最初からスプーン使用だったが、これは仕方がないだろう。

 むしろ、箸の文化が広がっている事の方が驚きかもしれない。



 新年の畑の開発時期だから、忙しいラシに会わないまま出発し、夕方には赤城山に到着した。

 カリモシに譲った麓の畑には、少女たちばかりが働いていた。


 全員が裸だったが、それほど薄汚れた感じはしなかった。


「あれはどういう事だ。カリモシ」

「ユウキ様の畑なので、難民たちに手伝いをさせている。男たちはリヤカー引きをして、村民になって迎えに来る。それまで生きていけるようにした」

「そうか、良いことをしてるんだな。しかし、将来はみんなカマウ村の住民になってしまうんじゃないのか」

「それが、カリモシ村で開拓を始める奴が多い。カマウで金を貯めて戻ってくる」


 ヨリたちには赤城山の宿舎に先に行って貰い、俺は専従侍女を連れて畑を見て回った。


「毎朝、うちの侍女を指導に当たらせている。風呂はフェスタの時の父ジャケの宿泊所を借りた」


 いつも自慢げに話すのがカリモシらしい。


 クラに、同じ年くらいの手伝いを呼ばせて、話を聞いてみた。


「カリモシ村長のお陰で、飢えずに済んでいるそうです。畑仕事ができるようになったものから、新たな開拓にまわっていくそうですね。彼女は孤児なので、来年には侍女見習い試験を受けたいそうです」


 どうやらカリモシは意図せずに親切にして、自分の村民と開拓地を増やしているようだった。

 少女たちは血色が良く、薄汚れていない。


 まあ、その方が目のやり場には困るのだが、同じ痛々しさでも、ドロドロよりも、肌つやが色っぽい方が良いのかもしれない。

 スカートが手に入るほど、畑の手伝いは恵まれてはいない。

 だが、仕事がなくて飢えるよりは恵まれている。

 少女たちは、自分たちが幸運であると思っているのだ。

 笑顔に嘘はなさそうだった。


 親がいない少女も、見た感じでは母親がいる少女たちと変わらないから、本当に幸運なのだろう。


 畑の少女たちは、例外なくクラたち専従の侍女を、畏怖だか憧憬だかを混じらせて見ている。


 実際にはクラは侍女試験に受かったばかりの新人で、実務はまだまだドウやキンの部下には及ばない。

 ロマは、まだ言葉もしゃべれない。

 マナイやメナイは、ススに言わせれば出来が悪いそうだ。


 それでも、領主の専従というだけでエリートだと思われる。

 これは責任感を養う、良いチャンスでもある。


「侍女見習い試験のために、料理を勉強したいものは手伝いに来るように伝えてくれ。アキたち料理班から直に教えてもらえるぞ」


 クラは料理は得意だから落ち込むことはないだろうが、4人の部下を教育する責任もあるから頑張ってくれるだろう。


 俺たちは正面の100段の階段を上って、無事赤城山に到着した。


 明日からは、少しばかり忙しくなり、侍女たちを構ってやれないだろうな。



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