61 見習い選抜
61 見習い選抜
1リナは、小麦粉50グラムだから地球でならば10円ぐらいだろうか。
小麦の交換レートは固定してあるので、小麦一石、200キロは4000リナである。
しかし、地球ではパンは安かったのだ。
あんパン1個は、どうしても3リナになってしまう。
日本のパン業界が、安い小麦を仕入れて努力しているからだろう。
固定相場では、どうにもならない。
年間4000リナの収入だと、一日に11リナぐらいしか使えない。
あんパン4個で12リナだから足が出てしまうのだ。
日本なら、年収200万円でも一日5000円である。
あんパンが1日50個は買える。
年収200万円は、エリダヌスと比べれば、単純に考えても12・5倍である。
物価(食料だが)が高く、年収が少ないと言えるだろうが、やっと食べられるようになってきたところだから、4000リナ稼げれば、ここではなんとか普通に生きていけるだろう。
まあ、あんパンは、手作りしかできないのも、高い理由かも知れない。
「あんパンは高級品です。安いくらいです」
「毎日、ひとつくらい食べられる収入があることに感謝していますよ」
1枚400リナのスカートを掛けながら、実は大金持ちのナナとサラサがそんなことを言う。
サラサは二人目の子供がお腹にいて、目立ってきているので、腹巻きのようなスカートを穿いている。
ナナは意地悪く、また裸だ。
ナナ&サラサ本店は、天井や壁に樹脂ガラス煉瓦を薄くしたものを格子状にはめ込んであるので明るい店内になっている。
ナナが裸でお願いしてきたので、特別に俺が焼いたものだ。ちくしょうめ。
だが、俺の店でもあるので、結果的には文句も言えない。
「毎日が芋だった頃の私たちは、年収1500リナぐらいの生活でしたよ。ユウキ様の小麦の差し入れでどうにか生活出来たのです」
芋は一時暴落し、俺を通じてタルトが買い支え、1石2000リナに戻している。
まだ農民の大半が芋で生活しているから、安くなるとみんなが困るのだ。
芋だけは何とか売りに出せるからだ。
余剰生産の可能なものは、まだ芋ぐらいなのである。
芋を作り、芋を売り、芋で食いつなぐ農民が大半だから、芋は安くなる。
今のところ、一番重要であるが、一番買い手がつかない商品である。
そう言いながらスカート1枚400リナはないだろうと思うのだが、これも値を下げると、毛皮に関係する人間たちが食えなくなってしまうのである。
値を下げると、毛皮を捕りに行く人間がいなくなり、更に値が上がってしまうのだ。
だから、儲け無しでもこれくらいの値になってしまう。
お陰で侍女見習いの給与が、4000リナプラス夏冬各1着分のスカート代2枚の4800リナになっている。
当然、侍女の給料は高くなり1万リナである。(プラススカート4枚だし)
家族がいる小作農民以上の所得がないと、侍女たちの格が維持できないのだ。
「それで、塩売りたちはどうなりました?」
「もう聞きつけたのか。早いな」
実は、未亡人たちに塩と醤油、油の移動販売を許可した。
これらは銀行でも売らないことにした。
直接売ってしまったら、彼女たちの収入源をなくすことになるからだ。
ところが、一夫多妻制に移行しつつあったギルポン村で、塩売りが売春までは行かないが、酌婦まがいなことをし始めたらしい。
むしろ、売春だったら、強引にギルポン村に嫁入りさせることができて良いくらいである。
キンは、予想もしていなかった事態に責任を感じ、代官をやめるとか言い出す始末だ。
塩売りイコール売春婦などとなったら、真面目に商売している未亡人が困るのだ。
サンヤに頼んで10人ほど派遣してもらい、当事者を捕まえてきてもらった。
連行されてきたのは25歳ぐらいの塩売りと、20歳前の油売り、3人の少年と、真っ青な顔のギルポン族長だった。
少年たちは最初に塩売りに酒を飲ませてくれとせがまれて、酒を飲ます替わりにスカートを脱がしたらしい。
塩売りは嬉々として従ったそうだ。
そんなことで酒が飲めるなら安いもんだと言うわけだろう。
その後、油売りが来たので同じ事を少年たちからせがんだが、油売りは怖くて嫌々従ったらしい。
女性の感覚は、人それぞれである。
最も、少年たちがそんなことをした背景には、ギルポン族の羽振りが良くなって酒が簡単に手に入るようになったことと、少年たちのお気に入りの娘が、ギルポン族長の嫁になってしまった事があった。
以前なら、自分にもチャンスが巡ってくるはずだったが、一夫多妻制になれば人妻である。
どうやら幼なじみと言ったところなのだろう。
蒼い顔のギルポン自身が一緒にいるわけだ。
だが、キンの怒りと追求は、犯人の供述を鵜呑みにするような所では終わらなかった。
塩売りは酔って森に行っていたし、油売りは強引に森に連れて行かれていた。
少年の一人は主犯格の弟で、くっついていただけだから、ほぼ無罪だったが、まあ共犯ではある。
塩売りと油売りに、少年を夫にするかと尋ねると、するというので、移動販売の認可は取り消し、ギルポン預かりとした。
夫となる少年二人はニタ村で小麦10石の刑とし、共犯の少年はサンヤで1年間訓練兵とした。
キンは俺の名前で各村長宛に布告を出した。
今後、販売や輸送に従事するものに危害を加えた場合、その村との取引は停止する。
危害を加えた者の畑の認可は取り消す。
これで各村長は掟を徹底するだろう。
取引停止でも食ってはいけるが、塩、醤油、油に泥炭は手に入らないし、他の村の産品を取引出来なくなる。
ギルポン村は領地とのお茶の取引で何とかやっているので、キンに睨まれたら、族長は辞職か追放である。
サンヤから独立するのもまだ先なのに、サンヤに吸収される方が早くなってしまうだろう。
まあ、今回は何も知らなかったので、被害者とも言える。
ついてきただけの責任感はあるから、タルトを呼んでもてなしてもらった。
「他の未亡人たちは、真面目に頑張っているようだ。仕入れを見ればわかるから、侍女に監視させている。そのうち売り子の宿泊施設が充実してくれば、飲食もできるようになる。暫くの辛抱だろう」
「どれくらい儲かるんですか」
「真面目にやれば、最低でも年に6000リナは稼げるだろう」
「私もやろうかしら」
「ナナは未亡人じゃないだろ」
「でも、あっちこっち旅ができるのも、楽しいかも」
「あら、じゃあユウキ様に連れて行ってもらいましょうよ。何でも最近は、毎回違う女を連れて旅に出ているらしいから、私たちの順番があっても良いはずよ」
「やめてくれ。人妻と旅に出たなんて知られたら、俺がキンに追放されてしまう」
逃げるようにして、ナナ&サラサ本店を抜け出した。
目抜き通りには、キンが許可した店が作られつつある。
靴屋、八百屋、肉屋、酒屋、パン屋、飲食店などである。
カマウは廉価のリヤカーの販売はやめてしまった。
独立する運送業が出てくるからだ。
その替わり、村の運送を引き受ける店を各村に作っていく事を計画していて、キンの認可待ちである。
国道2号線『東西街道』は、東はパルタ村からイタモシ村までを残すだけになった。
先日、ススたちを連れてパルタ村まで行ってきたが、カマウ村から120キロ先の、ブドウの丘がある良い場所だった。
岩場が少し多く開発は大変だろうが、俺が見たところでは、石垣イチゴを栽培すればかなりの収獲が期待できそうだ。
安定したら、割り振ってみようか。
迎賓館に行くと、大広間には見習いが20人集まり、そろばんの勉強をしていた。
教えている侍女も、領地で女神様にそろばんを教えてもらっている者たちだった。
ただ、それを外から眺めている観客が女ばかりで凄い熱気であった。
侍女見習い受験者である。
みんな裸で、幼い感じの娘には母親が付き添いで来ているし、既婚者にしか見えない年齢の者もいた。
年齢制限を取り払ったので、第2夫人や第3夫人でも侍女になりたがる者がいる。
資格を取って夫と再婚するのだ。
勿論、離婚も視野に入れているしたたかさも持っているけれど。
ただ、一部を除いて、みんな貧しい階級の出ではある。
夫が働き者ばかりとは限らないし、侍女見習いに出せる娘がいるとは限らない。
ススが懐に飛び込んできた。
最近、女になったらしく、ベタベタはするのだが以前より子供っぽさがなくなり、色気が出てきたように思える。
多分、気のせいだろうが。
ナミとナリは、まだ真面目にそろばんをしている。
ススは、今先生をしている侍女より成績が良いので、俺の側にいることを優先しても、文句は来ない。
領主付きの侍女は、他の侍女と格が違うらしい。
基本的に俺の意志を伝えるので、誰も無視できないのだ。
筆頭のキンの下に、ギン、ドウ、サラスの補佐がいて、その下の専門の侍女が格上で、右筆、銀行務め、迎賓館の侍女、見習いたちという順番である。
だが、ススは俺の意志を伝えるから、上司であるキンですら無視できない。
まあ、キンはススたちを可愛がってるし、ススたちもキンになついているから、今の所変なことにはなっていないが、ギンとドウの部下などは複雑な気分らしい。
サラスは俺の妻だから別格で、その部下たちもラーマから引き継がれた関係上、何となく拘りがない。
ユウキ邸の厨房勤務だから、他の侍女とは違うのだろう。
しかし、俺がいないときは、ススたちはキンの部下にしておかないと、おかしな事になりそうだ。
さて、見習いの試験が始まった。
俺も見るのは初めてである。
ススたちと広間の奥に座って眺める。
取り仕切るのはすぐそばのキンで、ドウが補佐として侍女を動かしている。
最初は、村長推薦者だった。
これは本当に行儀見習いで、皆美しく健康そうで、聡明な感じがする。
全員が注目する中、最初の一人が俺の目の前まで来て、頭を下げてからスカートを脱いで全裸になった。
「ご、ごほっ」
「領主様。大丈夫ですか」
ススとナミとナリが心配する。
「いや、ちょっとビックリしただけだ」
本当は凄く興奮するが正しいのだが、言えない。
キンが出身の村の事など幾つか質問をしてから、ドウと部下を呼ぶ。
俺に見習い候補の、簡単な知識を持たせるための質問だった。
村長推薦だから面識を持たせたのだろう。
声をかけるのは合格してからいくらでもあるし、侍女になってからでも遅くはないそうだ。
だが、村長たちからは、補佐や妻候補として送り出されている者たちなのだろう。
見目麗しい少女である。
反応するのは男の性ってものだ。
キンもススも、面白くないと思っているが、有能な侍女が欲しいのも事実である。
ドウの部下たちが、目や歯や掌や股間を覗いて調べたりして、健康チェックをする。(このために裸になるのだ。決して俺のためではない)
その後は、文字の読み書きや簡単な計算ができるかなどを調べて、2次審査である食材や料理の知識を調べるため、厨房にまわされる。
これは、選ばれるのは間違いない。
村長が使えない人物を推薦するわけがないのだ。
すぐに次の候補者が現れ、全裸になった。
ロリ巨乳である。
俺は一回りしてみてくれ、と言いたいのを我慢した。
ススは思い詰めた顔で俺をじっと見ていて、そのススをキンがさりげなく見る。
ススの反応で俺の好みがわかるかのようだった。
タルトの推薦は、流石にキンに遠慮してか、いなかったが、カリモシ、サンヤ、ニタの推薦者は凄かった。
現在ではなく、将来美人になるだろう少女ばかりなのだ。
さすがに長年女を見ていることはある。
二、三人お持ち帰りしても良いだろうか。
段々、俺にしがみつくススの腕に力が入り、顔も険しくなってきたので、馬鹿げた妄想を振り払う。
俺は、さりげなくススの頭を撫でて落ち着かせる。
ススは赤い顔をして、少し涙目で恥じらった。
しかし、ナルメの推薦者が来て、また険しくなった。
褐色の肌がツヤツヤで、黒髪も美しい。
年もススとそう変わらず、おっぱいが成長期を感じさせた。
ナルメが何を考えたのか良くわかる。
ススを見て、思い付いたのだろう。
だが、俺を気にするのではなく、ススを気にするべきだったのだ。
見ろ、スカートを脱ぐときにつねられたではないか。
村長推薦はそれで終わり、俺はナミに冷たい紅茶を頼んだ。
ススは『聞きたいことがあります』という顔をしていたが、我慢しているようだった。
一応、公式な場だからだろう。
次は自薦であるが、自作農や小作農の子女である。
だが、スカート率は下がり、3割ぐらいだろうか。
まだ、芋ばかりで生活していたり、家族が多くて畑が足りない家の子供だ。
明らかに栄養が足りていない子も見かけられる。
それでも、一生懸命に俺に気に入られようと頑張って裸を魅力的に見せている。
村では『器量よし』と言われているに違いない。
だが、残念ながら、合否を決めるのは俺ではないのだ。
いや、キンはススの反応をチェックしている。
ひょっとしたら、俺の反応も選考基準に含まれているのか?
健康チェックが終わると、言葉がどれくらい使えるかでわけられ、その後は畑の作業などの経験値を聞かれる。
この時に、年齢が高いのに農業経験や知識が乏しいと、かなりの確率で出来が悪いと判別されてしまう。
芋農家でも村での共同作業は多いから、そこに参加していないのは何かしら理由があるからだ。
その理由などは考慮されない。
あくまでも経験値が大事だからだ。
読み書きはともかく、言葉がしゃべれないのはハンデにはしないことにしているから、農業の経験値、特に収穫時などの経験が高い者が優先されていく。
最後は難民みたいな候補者で、各村で農民志願者として受け付けた家族や、母や子供だけ、または子供だけの者たちである。
第2夫人や第3夫人もここに入る。
家族関係がはっきりしないからだ。
子供がいる者は未亡人枠であり、侍女候補に入れずに売り子として移動販売にまわされる。
夫がいれば、侍女にはなれない。
侍女は嫁入り前の修行、行儀見習いが建前だからだ。
必要があれば、指示された村に嫁がなくてはならないのである。
人妻は無理だ。
領地が縁切り寺になってしまう。
だが、戦化粧をしていた時代ではないから、既婚か未婚かはわからないし、年齢制限は撤廃してあるから、人生をやり直すと言われればどんなに既婚ぽくても断れないし、選考でマイナスにもできない。
例え50代の未婚の女性でも建前上は受け入れる。
本人が、侍女見習いの立場に耐えられるのならいいのだ。
早速、第2夫人ぽいのが現れて頭を下げる。
最初から裸しかいない枠だから、スカートを持っていても穿いては来ない。
しかし、多少日焼けがあるからわかってしまう。
流石に色気は、少女たちの比ではない。
だが、色気で採用するわけではないのだ。
キンが形式的に質問して、ドウたちがチェックする。
おい、あんまり脚を開かせるなよ。
使える人材ならドンドン使う。
侍女は忙しく、大変だからだ。
特に、銀行業と商品取引、小売りまで始めてしまったから、読み書きそろばんが必要である。
行儀見習いとして嫁に行かせる建前が、独身主義になって欲しいほど、使える人材が必要になってきた。
ギルポンやナルメにも侍女を派遣したいし、銀行の頭取と徴税官も欲しい。
その後、次々に現れる、この幼い栄養不良気味の少女たちの中から、キンたちやナナたちのような者が現れて欲しいのだ。
農業惑星でも、経済の管理は大変なもんだ。
やがて、お昼の休憩になり、試験で作られた料理で昼食にする。
パンが配られて、候補者たちも一緒に昼食だが、この後は不合格者から帰される。
比較的裕福な者は次の試験という選択肢があるが、難民には畑の手伝いしか職はない。
畑の手伝いは、食事は与えられるが、給料は僅かである。
以前から1石だけの決まりなので、1年間で食べると推定されている144キロ(一日400グラム)を引いた差の56キロ分である、1120リナしかもらえない。
それでも、贅沢だと言われているのだが、厳しい生活になる。
特に未亡人の母親がいても、母には職はないし、夫を見つけることも難しい。
塩売りになる手もあるが、今度は娘が手伝いでついていかなくてはならない。
娘だけ畑の手伝いでは、帰るところがなくなってしまうのだ。
しかし、行商に連れて行くとなると畑の手伝いができずに、娘に経験値が入らない。
結局、母娘二人でもう一度、侍女見習いの試験までは領地の畑の手伝いをすることになり、2度目の試験まで待つことになる。
その方が、読み書きの勉強ができるようになり、合格する確率が高くなる。
サンヤもタマウもイタモシも、ここで手伝いをし、それでも贅沢だった。
何しろ、外では飢えが待っていたのだ。
食べられるだけで贅沢だったろう。
まあ、だからこそ、非情にも不合格者を出せるのである。
飢えて死ぬしかない者を、不合格にできる者など、領内にはいないのである。
「この玉子焼きは美味いな」
つい考えずに言ってしまった。
キンがすぐに作った者を調べさせると、例のナルメの少女だった。
気を遣ったのか、ドウの部下が連れて来て、床に座らせ平伏させる。
「ナルメで一番と呼ばれた『クゥラァ』です」
同郷のナリがそう説明する。
何が一番なのか聞いてはいけないのだろう。
ススはもう涙目だ。
完全にライバル認定している。
「何か、お声をかけてあげて下さい」
大人のキンが、変な間を打ち破るように言う。
「クラか。この玉子焼きは見事であった」
俺は緊張して、更に間違いを犯した。
見習いになる前に『命名』してしまったのだ。
広間にさざ波のように衝撃が走り抜ける。
儀式前に命名するのはいけないわけじゃないが、名誉称号として扱われる。
女では、ラーマとタキしかいないのだ。
後は俺の娘たちか。
手伝いでも、見習いでも、立場が確定して領内に入れば、ただの命名なのだが、立場が確定していない者は、気に入ったから命名することになってしまう。
男でも凄い名誉なのだから、女では大変だ。
「お名前を頂きました。お礼を」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
やばい。
クラは、ラーマタイプだ。
悪意がなく無邪気で一途だ。
瞳にうれし涙が盛り上がっている。
ススがライバル視するようなタイプではない。
いや、だからこそライバルか。
俺は混乱しながらも、お尻を振って去っていくクラをしっかりと見ていて、ススに脚をつねられ続けた。
「きゃははは、何そのローカルルール」
泣きながら俺を叩くススの姿を見て、何かあったの、と尋ねてきたミヤビに一部始終を説明して笑われた所である。
「笑い事じゃないんだ。侍女見習いが、一気に妻候補になってしまったんだよ。あちこちで噂になって、既にタルトには嫌みを言われているんだ」
「試験中だったし、迎賓館の事だからとすれば良いじゃない」
「そう言う決まりを作ってからなら大丈夫だったんだが、遡ることはできそうもない」
「法の遡及適用ですね。確かに無謀でしょう。恥の上塗りになることは確かです。女の名誉称号廃止など、更にひどいことになるでしょう」
ミサコが保証してくれた。
「本人のいないところで命名した例ならあるんだが、今回は直に話している最中だったし、本人に直接呼びかけたからどうしようも無いみたいだ」
叔母シャケ、母シャケみたいなのは直接じゃないし、名を聞いてでもないから大分割引されている。
ほかは、領内に入り、立場を確定してからだから、殆ど大丈夫だ。
男は領内に入れないから自然と名誉称号になるが、それでも村長クラスしか直に命名された者はいないのだ。
タルトの紹介でセバスに命名したが、これは凄いことらしい。
セバスが若ければどこかの村長に、という声が上がっただろう。
タルト家の執事というのも、凄い役職なんだがな。
「でも、怒っているのはススだけで、他は歓迎なんでしょ。ならススを先に妻にすれば解決じゃない」
ススは突然飛び上がり、『妻』と言いながら夢見るような顔をしていた。
暫くは、現実に戻ってきそうもない。
俺は小声でミヤビに言った。
「おい、ミヤビ。簡単に言うけどな、政治的に拙いんだよ。カズネとリリがいるから、キンだってまだどうにもならないんだぞ。イリスが子供を我慢していること知ってるだろう」
「ラーマ、タキ、レン、カズネ、リリ、キン、ギン、ドウ、サラス、イリス。この順でしょ、知ってるわよ。でも、勝手に飛ばしたのはユウキでしょ」
「へえ、10人委員会の現地番みたいですね」
「そうねえ、ミヤビ、ヨリコ、ミサコ、サクラコ、カオルコ、カナコ、リンコ、アキコ、チカコ、カレンかしら」
「ひどいわ。どうしてミヤビが一番で私が3番なの! しかも妹が入ってるし」
「やった順?」
「早い者勝ちじゃないって言ってたの、ミヤビでしょ」
「そうだけど、でも私一番だったからさ」
「ミヤビがしつこくして飛ばしただけです。一番は私ですよー」
「飛ばしたんじゃないわ。選んだのよ」
「そうは思いません!」
「そうなのよ」
「違います」
やれやれ、あっちもこっちもか。
人間って、順番が好きだよな。
「あんたが言うなー」
「あなたが言わないで!」
翌朝、シャワーを浴びていると、サラスが新人を紹介してくれた。
「今日から厨房に入ります侍女見習いのクラです。よろしくお願いしますね」
クラは、ナナ&サラサの新作スカートを着けて、素晴らしい笑顔を振りまいていた。
見習いが補佐の部下になるのは異例の抜擢だった。ドウの意地悪かも知れない。
カズネとアンが笑顔で挨拶して、風呂から出て行った。
すぐにススたちが来て、最初の儀式が始まったが、命名はないし、髪も綺麗だし、身体も磨き上げられていたので、やることは股洗いしかなかった。(それも必要ないかも)
涙目のクラを優しくと洗ってやると、ススが飛び出して行ってしまった。
ススの情緒不安定が増していった。
62へ