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夢の処女惑星  作者: 菊茶
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05 領地視察

 05 領地視察




 3段目の草原は、所々にブナ林があり、クヌギ・カシ・ナラなんかも点在していたが、何と言っても栗の木の林を見つけたのは大収穫だった。


「これ、栗だよね。あのイガイガは間違いないよね」


 俺の大はしゃぎを横目で見ながら、リーナさんは仕方がないなと言う顔をしている。


「毒性が無いかサンプルを持って帰るわ。直ぐに食べたり拾い食いをしないように」

「心外だなあ、俺だってそれくらいの分別はあるよ」

「はいはい」


 リーナさんは、めんどくさそうに言うが、俺は単純に喜んで木を揺すりイガを落とそうとする。

 まだ時期が早いのか、落ちてこない。


「まだ収穫期には早いか。色も青い感じだし。悔しいなあ」

「近場だから暫く待ちましょう。いくつか地面に落ち始めたら甘くなると思うわ」


「美味かったら、マロングラッセを作ろう」

「それより、ここ一帯は家畜を飼うのに適してるわよ」

「そうなの?」

「この青々とした草は牛などの牧草になるし、ドングリがたくさん落ちてるから豚も飼えるわ。鶏なんかも放し飼いにするといいわよ」


「それは凄い、大牧場だね」


「崖と岩場で逃げられないし、肉食獣のような外敵もある程度防げわ。あと、馬や羊、山羊もいいかも。二千や三千は飼えそうね」

「大牧場主かあ、西部開拓時代みたい」

「実際、私たちには開拓時代ね。岩場の清水を集めて池を作っておけば、放し飼いで手を抜けそうよ。アヒルが手に入れば池で増やせるし、少し大きな池にすれば鴨なんかもやってくるかも知れない」


「夢がふくらむなあ」

「そのためには、家畜を見つけること。鶏がいれば肉だけでなく卵も採れるし、牛や山羊なら牛乳や乳製品も期待できるわ」


「その鶏なんだけど、鶏って家畜になる前は飛べたんだよね。いくら捕まえても逃げちゃうんじゃないかな」

「飛べない鳥もいるわよ。ダチョウとかキウイとかペンギンとか」

「さすがにペンギンは食べられないんじゃない」

「まあ、無理して食べることはないけど、可愛いし」


 リーナさんはちょっと横向いて目をそらしている。

 知性体は失言するのだ。

 アンドロイドだと、NPCみたいに答えなかったり『回答不能』と返したりするのだが、知性体は『つい』言ってしまうのだ。

 口論したり、得意になったり、まあ感情的になるということだ。

 追求するのはやめよう。逆襲されるし。


「豚とかも、猪を家畜として改良していったんだよね」

「さ、最初は何でも野生動物よ。豚も乳牛も鶏も。犬や猫も飼い慣らされた結果できた種なのよ」


 リーナさんは少し持ち直したようだ。

 見逃すのが、武士の情けというものである。


「犬がいたらいいな。飼ってるのが楽しそう」

「まあ、狼がいるから、犬に近い種も見つかるかもね。かなり広範囲を探すことになるけど」

「大陸まで探しに行けってこと?」

「多様性という意味ではこの『日本列島』はかなりの悪条件でしょうね。環境が異なり地形が異なったほうが種の多様化は進みやすいのよ。熱帯、北極圏、砂漠、高山、内陸部、沿岸部、湖沼地帯など極端に環境が異なれば、当然繁殖している種は……… ユウキ、あれを見て!」


 リーナさんは突然、奥の森を指さした。

 そこには、白っぽい花を咲かせた樹が、一本だけ混ざって見えている。


「あの、花を咲かせた樹のこと? 確かに一本だけ咲いてるけど」

「あれはリンゴよ」

「ええ、リンゴだって」


 俺はリンゴの樹に向かってダッシュした。

 樹の下まで来ると、確かに甘酸っぱいような匂いがする。


「やったー、リンゴが毎日食えるぞー」


 実は、船内食には飽き飽きしているのだ。

 栄養は間違いないし、味も歯ごたえも匂いもそれらしくできているが、何処か人工的で、美味しくない。

 何を食べても、缶詰か一度冷凍したものを解凍してるような味がする。


 現実的なのは、緑茶、紅茶、コーヒー、ココアの飲み物だけで、これは本物をきちんと使っているから当たり前だった。


 18キロ缶を何個も積んできたのである。


 一方、オレンジ、グレープ、グレープフルーツ、イチゴなどの各ジュースは還元型で、地球と味が同じものを飲んでいるのだが、本物のフレッシュジュースには及ばない。

 これは桃と桃缶ぐらい味が違うのである。

 ましてや現実の果物なんて、この1年間食べてない。


 俺は、リーンゴ~リーンゴ~早くなれリーンゴ~、などと即興の歌を歌いながらリンゴの樹の周りを傘を突き上げる振り付けで踊りながら回った。


 一種の幼児退行である。


 リーナさんは、その姿をあきれた顔をして見ながら言いにくそうに、言いにくいことを言った。


「残念ね」


 確かに、今の俺の姿は残念かもしれないが、リンゴが食えるのならばどんな評価も甘んじて受けよう。

 何しろリンゴ様にかじりついたときのあの何とも言えない感覚は、何とも言えないのである。


「残念ね」


 リーナさんは同じことを繰り返したが、俺の頭の中はシャキシャキシャックリのリンゴしかなく、何も聞いていなかった。


 即興リンゴ歌から知っている歌を歌い踊り続けた。


 途中からロシア語らしき歌になったが、これは祖父さんの仲間が宴会するときにロシア系のクルーが歌っているのを聞きかじりで覚えていただけで、それっぽく聞こえるというだけだ。

 当時は軍歌だと思っていたのだが、そんなには間違っていないらしい。


 やがて踊り疲れて樹を抱きしめて跪くと、『パチ、パチ、パチ』とリーナさんが呆れ気味に拍手してくれた。


「何だよー。嬉しかったからいいじゃん」

「でも、ユウキ。このあたりは温帯と亜熱帯との境目よ。リンゴは普通亜寒帯の果物だから、こんな暖かな場所で手入れもしていなければ、パサパサのボソボソ、おまけに甘さも足りない代物に違いないわ」

「この星ならではの亜熱帯リンゴかも知れないでしょ?」


 折角の喜びに釘を刺されて、涙目で反論する。


「まあ、秋になればわかるわよ。あまり期待しすぎないことね」


 少しふてくされながら林の奥に向かった。

 方向で言えば東側になる。

 やがて東京湾の南側の丘に出る。

 北側に東京湾、南側に湘南が見える。

 半島の付け根にいるのだ。


 3段目からの景色だが、海抜では30mぐらいに感じる。

 本拠地の1段目よりも高い感じだ。

 草原や林で起伏がゆったりとしているから、実際の高さがわからなくなるのだろう。

 東京湾の南側は砂浜と岩場が半々ぐらいに見える。

 実際には岩場と岩場の間を砂が埋めていって、そうなったのだろう。


 ボートを造ったらあの辺が基地になりそうだった。

 それとも、うまく仕切って、養殖場にするか。



 3段目の東の端から4段目に降りた。

 この辺の段差は今までで一番大きく、平均8mぐらいあった。

 捕食動物の進入が、なくなる高さである。


 ワイヤーフックを大きな木にくるりと回し、電子カラビナでロックすると、リーナさんにひと言『失礼』と断りを入れて右手で抱き上げた。

 その右手でワイヤーを伸ばしながら左手でリーナさんの両足を持ち上げ『お姫様抱っこ』しながら左手でもワイヤーを確保した。

 そのまま、ワイヤーを滑らせ過ぎないよう、ゆっくりと降りる。

 両足を崖で踏ん張り、右手と左手を上下にワイヤーに固定して、その中にリーナさんを固定しながら滑り降りた。

 地面に着くと、リーナさんを離してから電子カラビナを解除してワイヤーを回収する。

 サバイバル訓練で叩き込まれたせいか、何の問題もなかった。


「………」


 リーナさんは何も言わず俯いて、何となくモジモジしているようだったが、あまり気にせず4段目の踏破を始めた。

 そこは殆ど松の林で、大型のサバイバルナイフで邪魔になる枝を払いながら進む。

 この松も樹液が多い。


 松と雑木と草原以外何もなかったせいか、西の岩山にたどり着くまでの5kmぐらいを、1時間ちょいで踏破できた。

 おしゃべりなリーナさんがおしゃべりしないのは珍しいことではなく、考えが煮詰まったときや深く考える必要があるときはこんな感じなので、黙って後を着いてくるうちはそのままでいいと思った。

 どちらにせよ、枝を払いながら進むのは、おしゃべりしながらできないし。


 5段目、6段目は、緩やかな段差で草原と白樺ぐらいしか目立ったところはないので、まっすぐに南の湘南海岸へ出た。


 西の岩山以外は、ずっと続く白い砂浜で遠浅の美しい海岸だった。

 巨大なプライベートビーチである。

 左手にうっすらと見える横須賀山まで、湾曲しながらずっと続いている。

 リュックからレジャーシートを取り出し、砂浜に広げた。時刻は午後2時過ぎだった。


「リーナさん、遅くなったけどお昼にしよう」


 朝詰めてきたサンドイッチと、紅茶を入れた水筒と、水の水筒と、グレープジュースの水筒を取り出した。


 リーナさんは食料は必要ないが、水分は必要なのだ。


 何でも、人間に近い皮膚を保持するには水分と少しの糖分が必要になるらしい。

 最近では、ジュースやココア、ミルクまでOKである。


 一人で飯を食うのも味気ないから、大歓迎だった。


 早速サンドイッチにかぶりつき、紅茶を飲んだ。

 うーん、アイスティーにすべきだった。


 晩夏の太平洋は凪いでいるがとても雄大だった。

 潮風も思ったほど生臭くなく、おとなしい雰囲気のあるこの惑星らしく思えた。


「でも、ここって地球より自転が早いんだよな。風が荒くなっても不思議じゃないのに」

「その代わり、直径が僅かに小さいの。惑星表面の速度は地球より少しだけ小さくなるわ」


 リーナさんは横座りして水を飲んでいた。帽子で顔を隠していて表情は見えないけど、自分の世界から帰ってきたようだ。

 ブーツは脱いでいて小さな足がみえる。

 薄桃色のペディキュアを塗ったかのように見える爪が、人間らしく見せようとするリーナさんのこだわりのようだ。


 学者タイプのリーナさんは、本当は個々の人間には興味がない。

 政治とか経済とか歴史とか、科学や文化や芸術には興味を示すが、個人との付き合いは殆ど興味がない。

 知的財産だけで、人間自体には興味がないのかもしれない。

 まあ、個々人は『馬鹿』にしか見えないのが、人間の特徴らしい。


 言い方は悪いが、リーナさんにとって個々の人間は猿やカボチャに過ぎない。

 個体を識別する必要がないのだ。


 全体としての社会や文化は楽しいが、個人の付き合いがおもしろいとは思えないらしい。

 人間なら研究所に引きこもるタイプである。

 しかし、リーナさんは、俺だけは特別扱いする。


 昔、俺がものごころついた頃、リーナさんのおっぱいは形だけで触ると皮膚の下はプラスチックのような感触だった。

 手先や足先も、マネキンのようで人間らしくはなかった。

 子供の俺が不思議そうな顔をするたびに、リーナさんは人間らしく変化していった。

 手足には爪ができ、胸やお尻も柔らかくなり、青や金だった髪は優しい栗色に定着し、ほっぺがふくらんだり赤くなるようになった。

 外見も年齢不詳のアンドロイドから、17歳ぐらいの少女に変化した。


 人間なら重たい愛とでも呼ぶべきものかも知れない。


 しかし、両親も兄弟も親戚もろくにいない俺にとって、リーナさんはリーナさんという特別な存在なのだ。

 母であり姉であり幼なじみであり、妹であり恋人であり師でもある。


 命がけの宇宙探査に、何の疑問もなく付き合ってくれる。

 こんな存在を何と呼べばいいのか俺にはまだわからないが、敬意と感謝だけは忘れたことはない。


「俺、リーナさんがとっても大切なんだ…… だから」

「だから? 駄目、ちょ、ちょっと待って…… 私、身体の準備がまだ……」


 そこは、心の準備の間違いじゃありませんか。

 違うけど。


「いや、そうじゃなくてさ」

「ユウキ、あの、ちょっと…… 私、お花摘みに行ってくるー」


 リーナさんは草原に向けて駆け出して行ってしまった。


 いつの間に、そんな機能まで付けていたんだろう。


 でも、それって知性体として、進化じゃなくて退化してるんじゃないですか。

 不便になってますよねー。

 あーあ、仕方がないか。

 この1時間ばかし変だったからな。


 サンドイッチの合成ハムを抜き取ると、波打ち際に向かった。

 ヘルメットのバイザーを引き出す。


「オペレッタ、水面の反射を取り除き、水中が見えるようにできるか」

「可能。これぐらいだけど」


 バイザーを通した水面下が見える。


 合成ハムをちぎって投げ入れた。

 興味を引かれて小魚が集まってくる。

 ピラニアみたいなのはいないようだ。

 もう少し投げ入れる。


 少し、魚影が濃いようだ。段々と大きめの魚が見えるようになる。

 魚には詳しくないが、アジやサバっぽいやつもいる。

 イワシもいっぱいだ。

 模様は少し派手かな。熱帯魚ほどではないが。


 スタンガンを取り出し、範囲を1mに合わせる。

 目標は3m先。

 軽い衝撃が波間に広がると、魚が5匹浮かび上がった。


 イワシとアジだ。

 暫く観察し、どう猛なやつが寄ってこないか警戒する。


 暫くたっても変化はなさそうだった。小魚も何もなかったかのように戻ってくる。


 少し海に入り、獲物をビニール袋に入れる。

 大きめのアジとイワシを2尾取ったところで、残りは少し大型の魚に奪われる。

 30センチ以上あるやつが、イワシを咥えて逃げやがった。やはり生存競争は厳しいのだ。

 何となくおっとりした星なので、逆に安心する。

 生存競争も進化の基本であるからだ。


 シートに戻ると、リーナさんが恥ずかしそうに座って待っていた。

 きっと、海に入る俺を見て心配したんだと思う。


「あの、ユウキ、さっきはその……」

「リーナさん!」

「は、はい」

「こんなに遠くまで付き合ってくれて、ありがとう」


 遠くにとは今日の探索だけでなく、宇宙探査全体にという意味だ。


「どういたしまして。これからもずっと一緒にいるから」


 リーナさんの笑顔を見て、手を取り波打ち際まで引っ張っていった。

 そこで水を掛け合ったり追いかけっこをした後、砂浜を掘り起こし、アサリやらハマグリやら変なカニやらを見つけて笑いあった。


 オペレッタも空気を読んだのか、チャチャを入れなかった。


 一応、満潮時の砂浜もつかんだし、塩田の予定地もちゃんと調べてきた。

 遠浅なので時間を違えると海水の引き込みが大変だとわかった。



 帰りは途中から雨になったが、スキンスーツなので問題にならなかった。

 リーナさんにはビニールのポンチョを着せてあげた。

 彼女はどんどん少女らしくなり、時々俺のほうが年上のような感じがした。


 リーナさんが途中から変だったのは、俺に抱っこされたときにお尻が気になったからだという。


 前から少し大きいと気にしていたのだが、走力を落とさずにサイズダウンが上手くできなかったらしい。


 何しろ時速60キロで走るんだからなあ。


 ポンチョの上からリーナさんのお尻付近をまじまじと見て、『あと10センチぐらい大きい方が』というと、リーナさんは『べぇー』しながら逃げていった。

 足の速さではかなわないが、雨の中転ばれても困るので追いかけていった。


 途中3m以上の段差もひらりと飛んでいくリーナさんに呆れながらも真面目に追い続けていたら、暗くなる少し前に帰り着くことができた。


 これも計算されていたのかと、へたり込みながら考えていた。




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