49 女革命(後編)
49 女革命(後編)
宴会は宿舎が先になった。
ラーマと、タキとレンだけ連れて行く。
乾杯は、何故かワインだったが、今日はお祝いなので何も言わなかった。
何故かみんなベビードール姿だったが、それも何も言わなかった。
主役は勿論ラーマで、皆からお祝いを言われて恐縮していたが、ココアとカスタードクリームのショートケーキには驚いていた。
「不思議な味ですが、とても美味しいです」
アキとサクラコは飛び跳ねて喜んだ。
普段からラーマと交流があったので、喜ばせたかったのだろう。
やがて、キン、ギン、ドウが呼びに来て、迎賓館に御簾馬車で向かった。
迎賓館前には大勢の人が群がっていた。
サンヤが180人、タマウが80人、イタモシが200人、モリトが40人、タルト村が50人ぐらいか、侍女たちが35人だから、今の領内には600人ぐらいいる。
一割は乳飲み子だから凄いことになっている。
性別では女が多いので、400人ぐらいは女の集団と言うことになる。
これは定住化を望む前兆でもある。
大広間に腰を据えると、幹部たちの挨拶があった。
最年長のタマウがきて、
「ユウキ様、ラーマ様おめでとうございます」
と、片言だが頭を下げると、それで流れは決まってしまった。
次に、スルト。
次が、サンヤとマリブ。
次が、モリト。
最後がイタモシだった。
俺はラーマたちを立たせて、皆にお礼を言い、十分に食べてくれと言うと、大宴会が始まった。
タルト村の連中はスタッフで、侍女たちと一緒にもてなす側だった。
代行のカズネは、ラーマに尋ねたいのを堪えて何とか指示していた。
現在、カズネの上司は雛壇の雛状態だから、最高位がカズネなのだ。
キン、ギン、ドウの3人も部下である。
ラーマは流石に何も食べられなかったが、ずっと微笑んでいた。
タキとレンは、自分たちの時もこうなるのかと、出費を気にして蒼くなっていた。
本番は無事に産まれてからなのだが、今はみんなの祝いたいという気持ちに感謝しよう。
領民たちのためにも、明日から頑張って問題を処理しなければならないと思い直した。
しかし、ラーマの懐妊が、事態を大きく動かすとは思ってもいなかった。
翌々日、今後の事を打ち合わせるため、タキとレン、キン、ギン、ドウを連れて、四阿でタルト、サンヤ、ニタの3人と打ち合わせをしていた。
「モリトが壊滅状態だから、リンゴ園のまわりに5区開発して、当面そこで自活を目指してもらう。タルトは村長として監督してくれ」
「今年は25区か、手が回らないから芋ばかりになるぞ」
「とりあえず、経験値が欲しい。春から3ヶ月で芋を収穫し、その後は半分は冬小麦に調整し、残り半分は大豆や野菜とまわす。ブドウと梅モドキ、栗なども全員で収獲してくれ。鮭の遡上が早ければ一息つけるだろう」
「鮭がない場合はどうするんだ」
「小麦を出そう。秋にはこちらの収獲がある」
「女神様が沢山いて、困らないのか」
「女神様たちは米がお好きですので、大丈夫でしょう」
「タキ様がそう言うなら大丈夫か」
「何だよ、タルト。俺よりタキの事を信用するのか」
「当たり前だ。タキ様には1年間指導して頂いた実績がある。ユウキ様は女神様の使いで、殆ど追われていたじゃないか」
確かに、去年の6月からタルト村どころではなかった。
130人を預かると言うのは簡単なことではない。
「しかし、タキ様やレン様も続いてご懐妊となったら、少し不安だ」
「タルト村長、それはまだ……」
「少し、気が早い……」
タキとレンが赤くなって恥じらい始めた。これは珍しい光景だぞ。
タキとレンの恥じらう姿に見とれていると、北森街道を女たちがぞろぞろ歩いてきた。
領内の手伝いに来たのだろうと気にせすにいると、何だか人数が多いし、特にイタモシ族らしき女が目立つ。
レンに、イタモシのローテーションを尋ねようとすると、タキとレンがキン、ギン、ドウを連れて立ちはだかった。
裸ではないが、はだかった。
「何やら、ユウキ様に話がありそうですが、直訴は禁じられていないとは言え、こうして大人数で押しかけてくるのは『強訴』と言って、犯罪ですよ」
レンが何やら啖呵を切っているのを、ギンが翻訳してくれる。
俺にも、直訴を禁じて欲しい。
しかし、次々と裸の女たちが続き、300人ぐらいにふくれあがる。
乳飲み子を連れた者や若い女が多い。
侍女は誰もいない。
サンヤの女やタマウの女たちもいる。
男なら蹴散らせるが、女は苦手だ。
暴力は使えないし、口ではかなわないし、レンに任せてしまおうか。
「代表者か、責任者はいるのですか。その者を残して解散しなさい」
一人の若い女が現れた。
カカの長女、イタモシの妻である。
名前は『カラ』と言った。
タキとレンに平伏する。
昨日タマウたちがやったからだろう。
あれは儀式みたいなもんなんだがな。
「ここにいるすべての女を代表して、ユウキ様にお願いがあります」
「だから、強訴はやめて解散しなさい」
レンもタキも一歩も引かない。
困った。
サンヤは頭を掻いている。
ニタは物色か。
緊張感のない奴らだ。
一歩間違えば、反乱なんだぞ。
まあ、女たちだから武装蜂起にはならないだろうが。
困っていると、領内から声がした。
女たちが驚いて平伏していく。
領内から橋を渡って、一人の少女が歩いてくる。
「なっ!」
俺はビックリして声を失った。
白に近い銀髪、血管が透けるような赤味の真っ白な肌、膨らみかけの胸、女になりきらないが扇情的な下半身、そして淡くはっきりとしたブルーの瞳。
身長こそ150前後で、この星の人間ではないのが直ぐに解るが、とてもアンドロイドとは思えない生気と、禍々しいまでの妖艶さが振りまかれている。
爺たちが溺れる、眩しいまでの生命力の象徴だ。
流石に60年の技術の進歩は凄まじい。
これなら100歳を越える爺さんでも、EDにはならないだろう。
治療薬ではなく、麻薬のたぐいだが。
隠して輸出してたのではなく、隠さざるを得なかったのだ。
こんなのを普通に運べやしない。
タルトは目がハートになり、ニタは涎を垂らしている。
サンヤでさえゴクリと喉を鳴らす。
俺たちは揃って股間を押さえている。
男なら仕方がないと言うか、正常な状態と言える。
「ユウキ、話を聞いてあげるくらい構わないでしょう」
澄んだ声は、男の心を平静ではいられなくする。
「くそっ、リーナさん。それは拙いって言ったよね」
「あら、私たちはリータよ。オペレッタと感覚共有で手を打ったわ。よろしく、ユーキ」
一人称で複数形って皇帝か。
確かに女神様は皇帝より偉いのか。
「せめて、裸は何とかしてよ。それじゃあ話をするどころじゃない」
「押し倒したい? やりまくる」
「うっ」
理屈では無いのだ。
何か強烈なフェロモンみたいなものが発散されている。
医療用センサーがあれば必ず反応するだろう。
合法的なものなのかはわからない。
しかもまだ、制御されていないのだろう。女たちでさえ振り回されている。
この星の女たちは、初めて欲情するという経験をしていることだろう。
賭けてもいい、今ならここにいる大抵の女は俺を拒絶しない。
むしろ俺の方が危ない。
タキとレンは、俺との激しい夜を思い出しているに違いない。
顔が上気している。
リーナさんは、オペレッタは、いやリータは、真っ白の革の巻きスカートを取り出すと、ゆっくりと装着し、淡いブルーのヒモを結んでいく。
白いスカートのせいで、肌がほんのり色づいているのがわかってしまう。
本当に効果的だ。
「そのフェロモン放射みたいのも止めて欲しい」
「あら、自動で入るみたいね。でも少量よ。飽きが来ないように調整されてるわ。ユーキ用にとっとく」
少し楽になったような気がするが、逆に生殺しである。
男なら出して楽になりたいという感覚はわかってもらえるだろうか。
「タキ、レン、今夜は譲ってもらうわよ。実験、実験」
「は、はい」
「わ、わかりました」
リータがお尻を振りながら戻っていくと、俺は膝をついた。
タルトたちは汗を拭い、タキとレンはポーとしている。
直訴に来た女たちも、ボーっと上気して座り込んでいる。
あれでも、彼女たちは心配して来たのだろう。
機械知性体は、肉体的ダメージに無頓着なところがあるのだ。
結果的には、命がけの直訴が情欲に打ち消されて、とろんとした感じになっているから、助けてもらった事にはなる。
確かに性は仲良くするためのものだ。
問題も起こすが、基本的には男女が仲良く過ごすのに、都合がいいのである。
兵器として使えるとは思わなかったが。
領地から『すてきー』、『きゃー』、『溶けちゃう』だのと言った声が聞こえるが、無視しとこう。
仕切り直しの交渉をと思ったが、後ろのキン、ギン、ドウがモジモジしている。
内ももに光るものを見つけて愕然とした。
処女でも駄目なら、タキとレンも駄目だろう。
「タキ、おい、タキ」
「はい、ユウキ」
顔が赤く染まり、俺を強く刺激する。
いや、今は駄目だ。
我慢しろ、俺。
「レンとこいつらを連れて、領内でコーヒーを淹れてきてくれ。濃い奴を頼む」
「は、はい」
タキがレンを立ち上がらせ、キン、ギン、ドウの3人も連れて行く。
みんなギクシャクしているが、見ないようにした。
洗い流して始末すれば、コーヒーを淹れる間にはシャッキリしてくれるだろう。
まったく、男も女もお構いなしなんて誰がどう得するんだ。
「タルト、ラシとカマウを連れて来てくれ」
「何だって」
「ラシとカマウだ」
「ああそうか、わかった」
あれでは駄目かな。第3夫人と森に行きそうだ。
まあ、ラシが今回の隠し球だ。
女を守ってくれれば独身主義を貫いても構わない。
女たちは暫くほっといても大丈夫だろう。
裸で、しかも発情した姿で立ち上がられても困るだけだ。
濃厚な女のニオイが漂ってくるかのようだった。
サンヤは何とか堪えているが、ニタは駄目だ。惚けている。
俺は冷めた紅茶を飲みながら、熱いコーヒーが来るのを辛抱強く待つことになった。
女たちの要求は、『農民になりたい』の一言で表せる。
だが、この世界では女の身分は夫か親により決められる。
それも、今までは狩猟民しか選択肢がなかった。
今は、狩猟民と農民があり、農民も分けてみれば自作と小作があり、小作も開発の手伝いと畑の手伝いがある。
女の身分も狩猟民を除けば、自作農の妻、小作の妻、畑の手伝いがあり、別に侍女見習い、侍女、補佐職がある。
そこに領主の妻という、ラーマの例が加わったのである。
実は、女たちは俺がラーマたちと暮らすようになっても、子供が出来ないので、神様と子を為すことは無いのかと考えていた。
俺は神ではないのだが、この際は関係ない。
ところが、資材船が打ち上げられて、女たちは少し焦っていた。
俺が空に帰るのではないかという噂が立ったからである。
俺がいなくとも農家は増えるだろうが、彼女たちはそうは考えなかった。
村はもう出来ず、自分たちは狩猟民に戻るしかない。
選ばれた少数の者だけが農民となるのである。
それは、侍女や侍女見習いまでだろう。
手伝いでは駄目なのだと思った。
運命を呪い始めた頃、ラーマが懐妊した。
これで、安心と思った者がいたが、逆に侍女への道、俺の子供を授かる道があると考えた者も出てきた。
勿論、ラーマを連れて空に帰ると言い出す者までいた。
ラーマの懐妊で色々と混乱はあったが、女たちを覚醒させてしまった。
女たちにとって破滅のシナリオは2つあった。
未婚の者は、侍女見習いになれないこと。
既婚の者は、夫が狩猟民として出発すること。
未婚者が一気に農民の妻になるのは、農民の夫に妻として選ばれるしかなく、選ばれるためには最低でも侍女見習いにならなければならない。
既婚者は、夫が農民にならなければならない。
俺は畑での経験を積めば大丈夫と思っていたが、女たちにすれば、手伝いだったのと侍女だったのでは大違いなのだった。
侍女は、畑仕事を仕切ることが出来、言葉を話せ、料理が出来、食品加工技術も持っている。
風呂に入って美しくもなれる。
補佐になれば、食糧備蓄の差配や畑の開発計画、人の配置まで出来るのだ。
村長より偉い女がいるのである。
タルトの考えた行儀見習いが、思った以上に効果が及んだのだろう。
しかも、不公平があった。
破滅したスルト族はタルト村の開発に加わり、経営破綻しているタマウはカリモシ村やニタ村に派遣され、残りは侍女見習いや手伝いとして残れる。
逆に景気の良いサンヤは狩猟民として扱われ、手伝いは出来ても農民になるチャンスはまわってこない。
立て直し可能のイタモシも、狩猟民しか道がない。
「特に、狩猟民を続けたい夫を持つものは、希望すら持てないのです」
タキの通訳で、カカの長女カラはそう言った。
イタモシは見所のある若者で、農民を希望している。
しかし、族長として部族の者に責任があるから、そんな態度は表さない。
少しずつ農民を出して行こうと考えているのだ。
思えば、タキと仲が良かったこの娘と、タキの運命の違いはどれだけだろう。
戦士長の長女として、新部族長の妻になり子まで為した娘カラ。
しかし、部族は斜陽していて抜け出せない。
頑張っても鮭が遡上しなければ飢えるだけである。
オマケに父親は犯罪者であり、障害者にもなって、カリモシ村で軟禁されている。
一方のタキは、部族から追放されたも同然だったのに、部族より遥かに経済力のある村長すら指示する補佐官から、今では皇妃とも言える立場である。
実際、イタモシで見所のある奴を、開発の小作に抜擢したのはタキである。
「どうしても農民になりたくない夫はどうなるんだ?」
「そうした夫についていく女は3割、説得を続ける女は3割、残りは離婚しても農民を選びたいと言ってます」
「タマウとカカの犯罪者を見たろう。あいつらは絶対に農民にはなりたがってないぞ」
「犯罪者はもう離縁でも仕方がないと思います。しかし、農民になりたくても、その枠が限られていてなれない者もいるのです」
「1年間は芋ばかりの生活になるぞ。それはタルト村で開発する者と一緒だ」
「ユウキ!」
タキが通訳する前に驚く。
「最初は乳飲み子がいる者を優先的に村に配置する。サンヤ、橋と街道警備で30人出してくれ。妻たちはラシ村で預かる。部族も街道沿いで暮らせば、4交代は出来るだろう」
「子供が産まれた30人をまわしましょう。酒ぐらいはつけて下さいよ」
「ああ、きつい奴を作ってるからまわしてやろう」
「よかった。内心では妻たちが出て行くのではと心配してました」
「ラシ、例の泥炭村の開発を頼む。イタモシから10人引き抜いてくれ。常時サンヤが10人は滞在するから、訓練も続けて欲しい」
「泥炭の運搬もさせていいのか」
「掘って乾燥させるだけなら、女も使っていい。運搬は男だけになるが、サンヤの警備と上手く配分してくれ。泥炭は小麦や大豆と交換するから、当初は芋だけ作ればいいぞ」
「わかった、やってみる」
「ニタ、侍女を5人選んだ。息子たちと引き合わせてくれ。それから、タマウの犯罪者の妻たちはニタ村の預かりとする。橋の工事で夫たちが更正したらニタ村の開発にまわそう。だから25人は暫く芋の栽培に使ってくれ、お前の妻にしたりするなよ」
「私は侍女がいいですねえ」
「息子たちの嫁だぞ」
「でも、私の方がいいと言うかも知れません」
確かに髪を切り、髭を剃ったら結構イケメンである。
息子たちもいい男になりそうだ。
「砂金の調達も頼む。酒や小麦と交換しよう」
「運搬する者がいませんが」
「カマウが輸送してくれる。街道を定期的に往復することになるから、メープルやモモも手に入るぞ」
「では、栗とリンゴのいいのを送ります」
タキたちは女たちに通訳を続けている。
とりあえず、小さな子供がいる一番の不平分子は何とかなりそうだ。
侍女枠も15名空くから、見習いを20名募集する。
カリモシ村にも10名ぐらいは推薦できるから、夫を説得するように言うと選から漏れそうな女たちも目の色を変えた。
ニタ村とカリモシ村の間にも新たな村を開発するから1年は待ってくれと言うと、もう不満はないようだった。
我慢だけが彼女たちの人生だったから、希望が持てるだけで気持ちが変わるのだろう。
しかし、この結果、女たちの意識は農民にシフトチェンジした。
戦士の妻になりたがる者はいなくなるだろう。
それは、女たちによる社会改革であり、革命と呼ぶべきものだった。
「さあ、ユウキ。ユーキ、実験」
俺は一晩中獣のように求めて、朝まで眠りもしなかった。
「凄いわ、センサーが点ではなく面になるだけでこんなにいいなんて。ユーキ、ユーキ、もうお腹いっぱい」
「リーナさん、オペレッタ、これは愛じゃないと思う」
「そうね、けだものが犯し合っているみたいだわ。ユーキ、けだもの、凄い」
「だから、もう使わないで欲しい」
「そうね、私の目的は子供を産むことだし、データもいっぱい取れたから。データ再生、子供産む」
「じゃあ」
「でも、ラーマが妊娠して、ユウキがヨリに襲いかかったりするときの防犯用に使えるかも、電気で出されるよりいいでしょ。電気もいい」
「しないからね」
リータが出て行くと、タキとレンが現れて、部屋中の掃除を始めた。
「こんなニオイが染みついたら堪りません」
「ニオイだけで妊娠しそうでございます」
「すまん」
「そう思うなら、お風呂に入ってきて下さい」
「キスしたくないユウキなど、初めてでございます」
風呂に向かう途中、ラーマが笑顔で寄ってきたが、目の前で『うっ』と吐きそうになり、食堂に消えた。
つわりなのか、俺のニオイが原因なのか、両方か。
リータとの一晩より、ラーマとのキスの方が大事に思えた。
性欲は満たされても、心は満たされていなかった。
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