47 宝の山
47 宝の山
ミサコは完璧な二日酔いで、午前中は戦力にならなかった。
「昨夜のこと? 良く覚えていません」
真っ赤な顔をして動揺してるから、はっきりとは覚えていない程度だろう。
武士の情けか、ヨリは何も言わなかった。
俺も知らない振りをする。
「3杯も飲むから」
ミヤビだけは怒っていたが、彼女も2杯飲んでグーグー寝ていたらしい。
最後の宝の山を見つけたのは俺だった。
3両目のエアロックが大きいことに気付いたのだ。
4両目までにかなり隙間がある。
詳しく調べてみると、エアロックに見せかけた隠し部屋だった。
電源がなく、電子式の守りはみんな機能停止しているので、非常用のハンドルを回すだけで開けられた。
どんなに凄いものが隠されているのだろうと期待すると、10歳前後の少女が寝かされていただけだった。
勿論、人間ではない。
貨物に人間を積むわけがないのだから、アンドロイドだろう。
サラサラの銀髪。
膨らみかけの胸。
真っ白な肌。
目を閉じていてもこれだけ美しいのだから、起きたらとんでもない事になりそうだ。
「完璧なドールね。受注生産品、限定版ってやつ」
「女の子が欲しかった家の人が頼んだ娘の替わりかもしれないだろう」
「この年齢設定で、こんな禍々しいような色気を持たせるなんて目的はひとつですよ。エロ爺の注文ね。ユウキさんの年齢では、毒にしかならないわねえ」
ミヤビが両脚を少しだけ広げさせる。
「おい」
「ふん、完璧に作り込まれているわね。まったく男ってのはしょうがないわ。ユウキさんもこんなのが好きなのかな」
「俺は違うぞ」
「抱いてみたい?」
「遠慮する」
「私で我慢する?」
「我慢じゃないぞ。ミヤビの方が可愛いだろ」
「嘘でも嬉しいわ」
「嘘じゃないぞ」
「そう、でも私たちに良いこともあるわ」
「何だよ。信じてないな」
「ちょっと、待ってて。いたずらしたら駄目ですよ」
「し、しないぞ」
「どうだか」
ミヤビは外に出て行った。
アンドロイドの脚が広がったままなんですけど、ミヤビさん。
俺は冷や汗をかきながら、短いが長い時間を待つことになった。
やがて、ミサコとヨリを連れてくると、二人は一瞬フリーズし、その後俺を非難するような目で見た。
違うんだ。脚を開いたのはミヤビさんです。
「これは私たちではなく、ユウキさんのお宝でしょう」
「ちょっと、いやですね」
「違うわよ。我々にとってのお宝はオプションの方よ」
ミヤビはそう言うと、近くの衣装ケースぽいやつを引き出した。
中には高級ランジェリーの山があった。
「うわあー」
少女たちは新品のパンツに群がった。
確かに、ジャージすらもう継ぎ当てが目立つような状態である。
詳しく聞いてはいないが、下着類は壊滅しているだろう。
「ヨリには小さいかしら」
「穿けるのもありますよ、多分」
「ブラは無理ねえ」
「工夫しますよ」
「ねえ、今穿いてもいい?」
「130人で分けたら、あっという間に無くなるわよ。ここは第1発見者の特典と言うことで先に選ぶわよ」
「きゃあ、これ可愛い」
俺は既に外に出ていた。見張りが暫く必要だろう。
女の買い物は、長いのが相場である。
「ユウキ、アンドロイドは必ず持ち帰ってきて」
「あれは教育上良くない気がするけど」
「私が使うのよ」
「あれはやばいよ、リーナさん」
「何言ってるの、60年の技術をうめられるのよ。絶対に欲しいわ」
ハインツの改造の時は考えもしなかったが、あの少女が切り刻まれるのはぞっとする。
とはいえ、頭脳が優秀だからリーナさんが使うとか言い出されても困る。
「彼女は自我とか意識は無いのかな」
「新品だからデフォルト状態でしょうね。自我というのは経験値と記憶が作り上げるものよ。どうせ、プログラムの大半は性知識よ。そのままの方が可哀想じゃない。どうして男は見た目に騙されるのかしら」
「遺伝子に書き込まれている。可愛いものを守れと」
「じゃあ、オペレッタちゃんは、ピンクのひらひらをつけて飛べば、ユウキが守ってくれるわ」
「透ける素材にして、おっぱいが見えるようにする」
「おっぱいなんてないだろ」
「改造する」
「するなよ、怖いから」
「空飛ぶおっぱいになる」
「想像したくない」
しかし、置き去りにも出来ないのだ。
あのまま目覚めないとはいえ、部族の連中が見つけたらどうなるのか、想像もつかない。
目覚めないまま、解体されてパーツにするしかないのか。
まったく、女の子の姿をしているだけで、もう男は駄目だ。
確かに遺伝子に書かれているのかも知れない。
3人の少女はジャージのポケットをふくらまして部屋中を漁っていた。
気持ちはわかるが、どうせ持って帰るのである。
「布はすべて持ち帰る。物色してないで箱詰めしてくれ。いつまで経っても帰れないぞ」
「はーい」
赤くなるから、やはり年齢どおりの少女たちなのだ。
俺はきちんと守るべき命を見極めるべきだ。
一見平和に見えても、サバイバル状態であることを忘れてはならない。
「ヨリ、悪いが彼女に何か着せてくれ。そのまま持って行くわけにもいかない」
ヨリは何でも命令どおり動くわけではない。
不都合は意見するし、合理的ではないと思えば、見直しを求める。
だが、これは判断に困ったろう。
「置いてはいけないんだ」
「わかりました」
すぐに着せてくれた。
とはいえ、下着しかないのである。
ドレスっぽいものも皆ネグリジェの仲間だ。
パンツに長めのシュミーズと言うのだろうか、ロングスリップを着せると何とかなった。
抱っこしてカーゴのひとつに運ぶ途中、矢が彼女の胸に刺さった。
「敵襲!」
これで、ヨリとオペレッタには伝わる。
彼女を抱いたまま走り、棒を取りに行くと途中で棍棒と槍が降ってくる。
スキンスーツが軽減してくれたが、脚を引っかけられて、転びそうになる。
何とか立て直して、八角棒の所へたどり着くと、目の前にカカがいた。
カカはにやりとし、手の中のハンドスタンガンを発射した。
馬鹿な!
俺はヘルメットのお陰で気絶しなかったが、全身が動かなかった。
カカの棍棒をもろに食らう。
両膝をついたときに、カカが少女を引き抜いた。
腕が逆らい、ねじられる。
もう一発棍棒を食らう。
顔に衝撃が走るが、まだ、全身が動かない。
少女を奪われた。
これは駄目かと思ったとき、カカの右足に八角棒が打ち込まれ、ひっくり返った。
ヨリは左足でカカのアゴを蹴り上げると、そのまま他の連中に襲いかかった。
二人、三人、四人と情け容赦なく打ち倒していく。
3人がかりの槍持ちを打ち払い、突きで無力化していく。
怒りに燃える瞳は、美しく、恐ろしかった。
残りが3人ぐらいになったとき、カリモシの援軍が到着した。
イケメンが飛び込んで、3人をはね飛ばした。
そこで、俺の記憶は途切れた。
気付いたとき、鼻とアゴがもの凄く痛かった。
左肩も痛む。
ヨリが手当をしていて、それで鼻が痛いのだ。
ミヤビとミサコが涙を流して見つめている。
「ふぁふぁは」
カカは、と聞いたつもりが、話せてない。
痛みが強くなりアゴを動かせない。
「左耳は聞こえますか。聞こえたら、目で合図して下さい」
ヨリに目を送る。
「鼻とアゴを痛めました。耳は少し血が出ていますが、ヘルメット越しなので大丈夫でしょう。肩は外傷はありませんが、ひねったと思われます。奥歯が一本折れて、唇を切っています。舌は大丈夫でしょうか」
俺は目を送った。
「念のため、アゴを固定したいのですが、鼻が腫れて出血が止まってないので、呼吸が出来なくなります。暫くは固定しません。動かさないようにして下さい。眠れないほど痛むときは救急キットから、麻酔を打ちます」
俺は右上を見て否定した。
「喋らず大人しくして下さい。鼻の出血が治まれば、少しは楽になると思います。それまでは動けませんよ」
俺は目を送った。
「敵はカリモシ村長が引き受けてくれました。カカという敵の首領は、右膝を折っていますので重症です。逃げられないでしょう。それから……」
続きは、ミヤビが泣きながら話す。
「スタンガンは、チカコがタマウ族に襲われたときになくしたものでした。今までバッテリーが残ってたんですね。一撃だけしか使えませんでしたが」
そうか、チカコの時のか。
あの時も気絶して、後があやふやになってたっけ。
「だから、安心して良いですよ。これ以上ビックリ兵器が出てくることはないでしょう。ただ、タマウの戦士とカカという奴が繋がっていたのですね。そうでなければ、チカコのスタンガンを持っているわけがありません。チカコを襲わせたのも、そのカカでしょうね」
確かにあの時もオペレッタの哨戒を突破され、今回も引っかからなかった。
カカは、捕らわれているときに何かを思い付いたのだろう。
それにしても、タマウの遊び人たちは、カカの仲間だったのか。
あいつら、俺が襲われるのを迎賓館で遊びながら待っていやがった。
情報を流していたのだろうな。
しかし、仮に俺を殺してからどうするつもりだったんだろう。
タルトやコラノ、父ジャケと子ジャケ、ラシとサンヤの兵隊、どれもかなわないじゃないか。
暗殺計画でもあったのだろうか。
カカは俺に復讐できればいいのだろう。
女神を奪うか、ラーマを攫えれば、それで目的は達成できる。
タマウの戦士の嫌がらせなのか。
気に入らないから、カカに味方しているのか。
証拠がないと思っているのだろうか。
それなら無理矢理カカを連れて行くか。
ミヤビの手を取り、掌に文字を書く。
「り、い、な、リーナさんに、た、ま、う、タマウの戦士を、け、い、か、警戒するように伝えるのね。ヨリが伝えられるわね」
「はい」
「み、さ、こね。ミサコ!」
ミサコが膝歩きで寄ってくる。まだ泣いている。
こいつだけは、部族を見るのは初めてだったのだ。
話には聞いていただろうが、自分が襲われるとは考えて無かっただろう。
右の掌に『ケガはないか』と書く。
「はい、でもユウキさんが殴られて……」
また、泣き始めるので、『今度は俺が世話になる』と書き込んだ。
「はい、私がお世話します」
少しだけ、気合いが入ったようだった。
『頼むぞ、委員長。イケメンを呼んでくれ』と書き込むとビックリしたようだ。
しかし、すぐにイケメンを連れてくる。
イケメンはぎょろりと俺を眺めると、首を垂れてきた。
俺の状態に責任を感じている。
俺は鼻面に手を置き『動けるようになるまで、暫く付き合ってくれ』と伝えると、『ヒンヒン』といって、ヒミコと息子たちの所へ行った。
それから二日間は熱と痛みで朦朧として過ごした。
ミサコはずっと看病してくれて、ヨリは寝ずに警備をしている。
ミヤビはカリモシ村が届けてくれる食材でみんなの食事を作ってくれている。
元侍女たちも順番で見舞いに来てくれる。
イケメンたちも、さりげなく囲んで守ってくれているようだった。
三日目に痛みを我慢しながらサツマイモのポタージュを飲み込むと、少しだけ力が戻ってきたような気がした。
鼻血は止まったが、顔の腫れがまだひどいらしい。
アゴを動かすのもまだ禁止だ。
だが、とりあえずカリモシ村への移動を決めた。
警備する、ヨリの体力が心配だからだ。
カート(ミヤビが言うにはトラクター)に3台のカーゴ(これもドリーが正しいらしい)を連結して、1台目のカーゴに俺とミサコが乗り、ヨリに運転してもらう。
ミヤビは土木車両に2台のカーゴをつけて、荷物満載で動かす。
イケメンたちはフォーメーションを入れ替え、1台目をイケメンと次男、2台目をヒミコと息子がひいて出発した。
4キロぐらいだが、俺は痛みがぶり返しつらかった。
ミサコが冷やしてくれるのだが、ランジェリーを割いて作った手ぬぐいだった。
申し訳ないやら情けないやらだったが、痛みがひどいのを我慢するだけで限界だった。
俺はカリモシが提供してくれた一部屋でもう一日寝込んだ。
ミサコにもスタンガンを渡して、警戒を頼み、ヨリを強引に休ませた。
表でミヤビが最初の旅の様子をミサコに話すのを聞きながら、ヨリの隣で一日寝ていた。
ヨリが無理するので、痛みは我慢した。
4日目、俺はヨリとミヤビの診察を受けて、骨折は鼻骨だけという結果に安心すると、鎮痛剤で痛みを一時的に吹き飛ばして、カカと対面した。
カカは右膝を複雑骨折していて、放置すれば死ぬかも知れない状況だった。
俺の時代でも、2度は手術しないと戻らないほどのケガだった。
ヨリとミヤビに頼んで、添え木を作り、痛み止めの注射をしてからカカの脚をまっすぐにして固定した。
ギブスはないので、ランジェリーを割いて包帯にし、止血剤を塗ると抗生物質を無理矢理飲ませた。
死ぬことはないだろうが、脚は戻らないだろう。
何とか歩けるか、杖が必要になる。
カリモシは家畜用リヤカーにカカ以外の9人の囚人を乗せていて、それは囚人護送車というより、奴隷運搬車に見えた。
現地では、二人ぐらいが逃げたらしい。
帰りに食糧を満載して返す約束で、村人3人がリヤカーを引いた。
カリモシは『ワインが欲しい』と言っていたから、いっぱい送ろう。
だが、メープルで強烈な酒を造れることは知らないのだろう。
タルト村で実験させて、カリモシに作らせよう。
特産品になるだろう。
俺たち機械化連隊は一日で領地に帰ってきた。
カリモシ村のリヤカーも、3人が上手く交代しながらついてきた。
ログハウスの前まで来ると、牢屋が出来ていた。
格子の中には、タマウの遊び人たちが入れられていた。
タルトが駆けつけてきた。
「いやあ、凄い顔になったな」
「どういう事なんだ」
俺が痛みを堪えて尋ねると、タルトは俺の重症に気付いたようで、慌てて説明した。
タマウの遊び人たちを見張っていると、ある晩一斉に動き出し、侍女を攫って逃げようとした。
そこで、タルト村の精鋭部隊と、サンヤの部隊で全員捕まえたとのことだった。
侍女たちにケガはなく、全員無事だと聞いて安心した。
「革のロープでは長時間拘束できないので、父ジャケが家畜用に作っていた檻で牢屋を作った」
ついでに、カリモシ村から連れて来た罪人どもも、一緒に牢屋にぶち込んだ。
カリモシ村の連中を迎賓館でもてなすようタルトに頼んで、俺たちは領地に帰り着いた。
出迎えた、ラーマとタキとレンは、俺を見て涙を流した。
ヨリが初めて苦痛の表情を見せて、ラーマに謝った。
「自分の油断でこんな事に、申し訳ありません」
「いいえ、ユウキを助けて下さりありがとうございました」
ラーマとヨリが抱き合って泣いているのを見て、俺の認識がいかに甘かったか痛感した。
心配かけたのだ。
タキもヨリにしがみついてお礼を言っている。
レンは涙を拭うと、
「ミサコ様、ミヤビ様、お疲れ様でした。こちらでくつろいで下さいませ」
そう言って二人を連れて行く。
チカコが俺を見て『凄い顔』と笑うと、ミサコとミヤビは恐ろしい目でチカコを睨み付けた。
「何よ。何なのよ」
間接的にだが、俺を痛めつけたのはチカコのスタンガンだと言うことを、チカコは知らないのだから仕方がない。
上手くしゃべれないので、そのままリーナラボへ行き、検査と歯の再生治療を受けた。
夜、タキが来た。
「治るまで禁止ですよ」
「うん」
「キスも出来ないなんて」
「うん」
「最近、ユウキが左のおっぱいばかり強くするから、片側だけ赤くなって恥ずかしかったんですよ。やっと目立たなくなりました」
「うん」
「治ったら、両方赤くして下さいね」
タキはうつぶせになると、お尻を触らせてくれた。
それからタキは、タルト村の開発が20区にもなる話を始めた。
小作が5家、スルトが6家、タマウが5家、サンヤが4家の話。
将来、全部が3区開発できたら600石になる話。
その頃は、ここで産まれた子供が100人になりそうな話。
俺はタキのお尻を撫でながら子守歌替わりに聞いて、眠ってしまった。
夢の中でタキは楽しそうに微笑みながら、1万人に増えた子供たちにパンを配り続けていた。
暫くしてから、領内は色っぽいベビードールを身につけた連中が目立つようになった。
下に穿いているパンツも、妖しい雰囲気のものばかりで、朝のお茶の時間も、そんな格好で乱入してくるようになった奴がいた。
「ミヤビ、紅茶が沢山手に入っただろ。こっちに飲みに来る必要はないじゃないか。しかもそんな格好で」
「折角、服が手に入ったんだから着たいし、見せたいじゃない」
「それは服ではなく、下着だ」
「ここでは、これが立派な服なんです。他にないんだから。ねえ、ミサコ」
「ちょっと、短すぎるんですが」
ミサコまでがベビードール姿で現れた。
俺はアゴは良くなってきたが、代わりに頭痛に襲われるようになった。
「ジャージは革の継ぎ当てで補修中なんです。暫くは皆この格好になるんですよ。ショーツがあるだけ助かりました」
「皆って、まさか警備班もそんな格好で」
俺はヨリのベビードール姿を想像したが、想像できなかった。
このようなときは、想像力がある方が良いのか、ない方が良いのか。
「警備班よりもっと気にした方がいい人がいるわよ」
「何だって」
「ほら」
ラーマがスケスケのベビードールで入ってきた。パンツは勿論ない。
レンがやはりスケスケのベビードールで入って来る。勿論パンツはない。
タキが入って来ると、俺は何と言っていいのかわからなかった。
パンツがあるべき部分まで、布が届いていないのだ。それなのにパンツはない。
「ミヤビ様、これでよろしいのでしょうか。洋服などというものは着たことはないので」
「良いんじゃないかしら。ユウキさんも喜んでいるみたいだしぃ」
騙されるなよ、みんな。
それは洋服ではないんだ!
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