41 北森街道
41 北森街道
宿舎の建設でひたすら忙しかった7月は、事件らしい事件は起こらなかった。
勿論、領地内は別である。
毎日が事件だらけで、その度に呼び出されては建設工事に遅れが出るのだ。
契約解消になることはないが、監督官庁、特に10人委員会から苦情を受けるのは俺なんだぞ。
「甘えてばかりで申し訳ありません」(カオルコ)
「今度、何でも言いつけて下さいね」(ミサコ)
「マッサージいたしましょう」(ヨリ)
「添い寝しますから」(カナ)
「お風呂で、お背中流しますね」(リン)
「右と左、どちらのおっぱいにします」(ミヤビ)
「かき氷、大盛りにしました」(アキ)
「……恥ずかしい、です」(サクラコ)
「ないけど、おっぱい揉む?」(ルミコ)
「イケメンの方がいい男ね」(チカコ)
一部変な奴もいるが、みんな優しくて困るのだ。
レンが吹雪のような目で見てるから、滅多な気は起こらないが、夜にまで工事を行うと、迎賓館に寝泊まりしている関係で、タキ、ラーマ、レンと侍女見習いたちを待たすことになってしまう。
現地人は皆早起きなので、やはり夜も早く寝るのだ。
「今日は、4年生たちが面白い遊びをしていたのでございます」
迎賓館のVIPルーム(8畳)で、寝る準備をしているとレンがそんなことを言い出した。
夏だから、4人でごろ寝である。
裸だけど、夜だから何も見えないし大丈夫。
「どんな遊びだったの」
「第1夫人ごっこ、とか言う遊びでございます」
もう、俺は聞きたくなかったが、タキもラーマも聞きたがり、俺は寝たふりも出来ずに付き合わされた。
「最初はおやつのサツマイモの真ん中を誰が食べるかでもめていただけだったのですが、誰かが第1夫人が最初に食べられるとか言い出して、その後は誰が第1夫人かでもめて、自分が思う第1夫人候補をまねしだしたんでございます」
あいつら、子供だと思って仕事を軽くしてやってるのに、体力が余ってるんなら、スイカの収穫をさせるか。
「概ね、ヨリ様派とカオルコ様派に別れ、ミヤビ様派が第3夫人にと納得しかけた時に、タケコ様が『何よ、この野蛮人』とチカコ様のまねをされて、すべてがひっくり返ってしまったのでございます」
タケコは元気なのか。
喘息は大人になると治ると聞いたが、大丈夫なのか。
「その後、ユウキ様役の子が選ばれて、見事第1夫人になったチカコ様役の子と抱き合うのですが、ユウキ様役の子が『残念なおっぱいは嫌だ』と申して突っぱねると、それを目撃されたチカコ様が飛び出して行かれました」
ああ、いきなり現れて材木で殴られたっけ。
理由が今わかったけど。
「それからは、チカコ様はヨリ様に負け、ヨリ様はカオルコ様に負け、カオルコ様はチカコ様に負けるという、ジャンケンみたいな状態で鬼ごっこを始めて、領主館は大騒ぎでございました。最後はカオルコ様が収拾に乗り出して、『第1夫人は私です』と宣言するオマケまでございました」
「うーん、カオルコ様は立派だけど、私はミヤビ様が好きかな」
「いいえ、ヨリ様です。立派と言うなら、あの方以外いないでしょう」
「何言ってんです。ユウキ様は最初からチカコ様が気になって仕方がないのでございますよね」
「俺は力仕事で疲れているんだよ。いい加減に寝ようよ」
「ご主人様、一つだけ聞かせて下さい」
「何かな」
「ラーマも残念なのでしょうか」
何を言っても言い訳がましいので、ラーマを抱きしめて寝た。
タキもレンも空気を読んで、何も言わなかった。
翌日はタルトに呼び出された。
四阿に行くと、カリモシとコラノの親子もいた。
「実は、メープル村の件なんだが」
そう言えば、タルトに人選を頼んでいたっけ。
タマウの戦士だけじゃ信用できないからな。
「カリモシが村長をやりたいそうだ」
「正気か!」
「いや、そう言われるのはわかっていたんだが、カリモシはこのところ真面目に仕事をしている。段々と俺たちのやることが理解出来てきたんだ」
「新しい孫たちも影響したようだ」
へえ、レンの時とは違うというのか。
「孫に誇れるような仕事をしたい、そう言っている」
コラノが通訳してくれる。
部族長としてのカリモシは、有名人である。
一代で成功した社長みたいな人物だろう。
ラシの手柄もあるが、ラシを起用したのはカリモシである。
俺に変な気を起こさなければ、語り継がれるような存在になったかも知れない。
それが今では罪人として懲役を受けている。
トリノやサラサたちには隠せなくても、これから成長する新しい孫たちには知られたくないだろう。
まあ、狩猟民をやめる決心をしただけでも評価できるのだろうか。
しかし、簡単に信用していては領主は務まらない。
「明日、実験をする。タルトは焼き芋のリヤカーを返却しろ」
「焼き芋をカリモシに作らせるのか」
「全然違う。まあ明日になればわかるだろう。カリモシとコラノはタマウ族から部下を集めておくように。10人から15人かな」
領内に戻り、4輪のリヤカーをすべて焼き芋カーに改造する。
薪を燃やす上は銅板を敷き、昔作った煉瓦で囲んでいく。
タルトの焼き芋カーも改造する。
底に穴を作り、竹の筒を差し込む。穴はシャッター式に開閉できるようにして、竹ホースの一部にオーバーテクノロジーだが、自由に曲がる金属の編み込みホースをちょっぴりと使う。
焼き芋カーと言うより給水車みたいに見える。
容量も大きくした。
5台作ると、4段目に行き樹脂で満タンにする。
トン単位の重さになったので、帰りは熊さんに手伝ってもらった。
翌日、ログハウス前に集まって実験を開始した。
薪で樹脂を煮込み、熱くなったところに石灰を混ぜてへらでかき混ぜると、竹ホースで道路に撒いていく。
簡易舗装である。
熱い樹脂は土に染みこまずに表面を覆っていった。
草などは簡単に焼けて溶け込み、液状の樹脂は凹凸をなめらかにしていく。
ゼリー状だったものが、3時間程度でゴム状に変わった。
もう少し固まれば、馬車が通っても大丈夫だろう、と思っていたら、熊さんが300キロはありそうな石に鉄板を巻き付けたローラーを押してきて、道路を平らにしてしまった。
樹脂舗装ごと潰して、なめらかな表面にしてしまう。
それで、熊さんに先に地面を平らにしておくように頼むと、更に効率は良くなった。
平らな分、樹脂の使用量が下がるのだ。
その日、4キロぐらいだろうと思っていた道路舗装は、10キロ近く伸びて、終了した。
迎賓館にカリモシたちを集めて、今後の計画を話した。
話すのは、タルトとコラノだが、カリモシと部下たちにも聞かせなければならない。
当事者だからだ。
通訳は元カリモシの第8夫人で、今は迎賓館で侍女見習いをしている少女に頼んだ。
他の20人は興味深そうに見ているが、タマウ族の相手をしてもらう。
「まず、湿地帯までの100キロを舗装する。草原はそのままでもいいが、森の中は舗装しないと直ぐに道が無くなってしまう。木を抜いてある今がチャンスだ。予想では50キロには届かないはずだ」
「しかし、大変な作業だぞ」
「だが、メープル村を成功させるためには、道路を造ってしまった方が早い。舗装道路があれば迷わないし効率が良くなる。湿地帯から荷車は急げば3日でこれるだろう。将来はメープルを運んでもらい、こちらは小麦や芋類と交換する」
メープルは砂糖代わりだけでなく、ザラメや強烈な酒や焼酎も造れる。
男も女も大喜びするはずである。
タルト村の人間は、まだメープルの凄さがわかっていないのだ。
「それに、湿地帯では泥炭が取れる」
「泥炭?」
「泥炭とは何だ」
「乾かすだけで炭よりも良く燃える燃料だ。そこに人を配置して、泥炭を運ばせたい」
その次は、ニタ村の金になるが、まだそこまでは明かすことはないだろう。
将来は、ニタ村か泥炭地で金属産業が興るだろうが、暫くは領内で研究開発を行わなければ、森の木をすべて伐採するような環境破壊が起きかねない。
俺は工業惑星を望んでいない。
農業惑星こそがこの星の存在価値になるだろう。
人類の移住者は、農民に限定するつもりだ。
工業製品など、地球などから輸入すればすむ。
環境を破壊してまで文明を求める必要は無い。
最新の工場は外にいくらでも見つけられるだろう。
棲み分けをすれば、参入する必要は無いのだ。
「カリモシはやりたいと言っている。村が孤立するよりつながりがあった方が安心だろう」
「そうか、そうだな。湿地帯まで道路が出来たら、みんなで泥炭を見に行こう。いい場所があったら、そこにも村を作ればいい」
タルトとコラノは納得し、カリモシは安心している。
カリモシの部下として参加しているカマウは驚いているようだった。
タルト村に来てからは、奇跡の連続のような体験をしていて、少しでも知識を得たいと頑張っている親父である。
体力よりも知識や知恵を重視するのが、族長の役目とは言え、もともと自信があったのだろう。
体力馬鹿の戦士たちに対抗するために頑張ってきたのかもしれない。
しかし、ここでは何から何までやり方が違う。
勉強は一からやり直しに近い。
ただし、迎賓館の美しい侍女たちを妻に出来るのは、戦士ではなく農民だろうと言うのはわかってきているのだ。
タマウ族にはいない、別の種族のように清潔な女たちと暮らしているのは、皆農民なのだ。
飢えることなく、清潔で、家と畑を持ち、新しい知識と能力のある美しい妻を持っている。
カリモシが新しい村を作るという情報を仕入れて参加してきたのだから、族長になるのではなく、農民になるチャンスだと思っているに違いない。
若い息子たちに、侍女のような妻を迎えたいのだろう。
更に新しい村が出来ると聞いて、驚かないわけがない。
まあ、タルトの戦略にのせられているのだが、悪いことではないので、頑張ってもらおう。
能力があれば、泥炭村を任せるかも知れない。
その後は、細かいが重要な打ち合わせをした。
大まかな地図は用意できる。
後は、カリモシの族長時代のセンスが助けになるだろう。
食糧は週に一回補給しに箱馬車を戻し、樹脂と石灰はタルト村と協力して用意する事が決められた。
毎日ログハウス前に樹脂の壺が集められる。
石灰は時々補給することで大丈夫だろう。
舗装道路を戻ってくるのは、かなり楽になるはずである。
まずは、100キロの国道がいつ頃までに完成するかが楽しみだった。
領地に戻ると、ミヤビがローラーの使い勝手はどうだったか聞いてきた。
重たかったが、重心をずらしてあるので、ブランコを漕ぐときのように振ると、動かせる工夫がしてあった。
ミヤビが熊さんに教えたのだ。
「ありがとう。流石は学者の娘だな。十一次元とかも理解出来るのか」
「そこまでは無理かな。まだ中1なんですよ。やっと積分が理解出来るくらいだし。でも、将来は理解出来るようになりたいけど」
「積分って何だかまだ習ってないぞ」
「地球では高校の2学年ぐらいで習うはずです」
「そうか、知らなくても当然か」
「アストロノーツは知っているはずですが」
「いやあ、親の七光りで資格もらったからさ。宇宙船には知性体がいて全部計算してくれるし」
「たまには勉強教えましょうか」
「まあ、宿舎が出来て、余裕も出来たら頼むよ」
「それは勉強したくないと断っているのと同じですよ」
「あはは、忙しいから今度また」
「もう!」
ミヤビのおっぱいが上下に揺れたが、俺は良く見ずに逃げ出した。
次の夜、俺たちが迎賓館に帰るとき、呼び止められた。
「ユウキ様。お久しぶりですぅ」
「お前、ひょっとしてハインツか」
150ぐらいの身長にボーイの服を着ているが、茶色の髪が長く、胸やお尻が大きくなっている。
声も女の声だ。
暗いので顔ははっきりしない。
「そうですね。ハインツではあるけれどぉ、ハインツではありません。生まれ変わって、ハインナとでも申しましょうかぁ」
俺は何だか頭痛がしてきた。
「それで、プログラムはどのような作業向きにしたんだ」
「料理や給仕などの人の世話が出来ますぅ。警備も一通り出来るはずですぅ。農業は知識が入ってますが、作業経験がぁありません。あ、後は、ユウキ様の夜伽ぐらいでしょうか」
俺は飛び上がった。
幸い、周囲のタキやレン、ラーマや見習いたちは夜伽の意味を知らないようだった。
「し、しかし、そんな機能があるなら、リーナさんがとっくに装備してるはずだが」
「地球の標準型でぇ、リーナ様は気に入らないそうですぅ。感覚入力系統が殆ど無くて、地球では『マグロ』と呼ばれている型だそうですぅ」
確かに反応がないのはつまらないだろう。
いや、そうじゃない。
そのつまらないものを装備したリーナさんの狙いは何だ。
単なる嫌がらせか。
俺の忍耐を試すものなのか。
「それでですねぇ、制服としてこれを渡されたのですが」
ハインツ、いやハインナは、革の巻スカートを広げた。
拙い、こんなところで着替えられたら困る。
リーナさんと議論するのも今は駄目だ。
「と、とりあえず、今日の所は迎賓館に来い。どうするか調べてからだ」
「わかりました。早速ぅ、夜伽ですねぇ」
「ち、違うぞ」
俺はハインナも連れて迎賓館に帰り、タキにお願いして、ハインナの身体を調べてもらうよう頼む。
「ユウキ様が直接調べればいいんじゃないですか?」
「いや、一応女みたいに作られているから、拙いだろう」
「それで、どんなことを調べればいいのでしょうか」
うーん、人選を間違えたか。
けれど、レンだと徹底的に調べそうだし、ラーマはきっと泣きながら報告に来るだろう。
カオルコかミヤビなら空気を読んでくれそうだが、後でからかわれるだろう。
ヨリはあっけらかんとしすぎていて、問題なしと言うに決まっている。
「とにかく、スカートで問題がないかだな」
「スカートは私たちと同じですよ。何か問題があるのですか」
そうなのだ。
スカートに問題があるのではなく、裸に問題があるのだ。
みんな裸でいたから、スカートで随分とマシに思えるのだが、本当は違うのだ。
ジャージ姿の地球人がいるから、比較対象があることになる。
すると、やっぱり駄目なんじゃないかと思うのだが、布が手に入らないから、どうしようも無い。
革のチョッキが必要なのだろうか。
今はとりあえず、ハインナだ。
ボーイの衣装でいろと言えば済むのだが、着替えがないから洗っている間に、裸かスカート姿になるだろう。
その時におかしくないかを調べてもらいたいのだが、スカート姿や裸がおかしいというのは、タキたちには理解出来ないだろう。
デフォが裸なのだから。
「とにかく、見た目がどれくらい人間に近いのか調べて教えてくれ。前は熊さんと変わらないような金属人間だったから、どれだけ変わったのか知りたいんだ」
タキは不思議そうな顔をして、ランタンを持って隣の部屋に向かった。
俺はこそこそと外に出ると、リーナさんを呼び出した。
「実験よ。ユウキが使えばデータが取れるの」
「使いません」
「そうなの。我慢できるのかしら」
「我慢します」
「やっぱり我慢してるんじゃない」
「でも、あんなのひどすぎるって」
「アンドロイドは役に立つのが喜びなのよ。それにユウキに構われるのが喜びと設定しておいたわ。ユウキ好みになるように」
「なんてことを」
「構ってあげないと大変よ」
「ええっ?」
「一日一回は、キスしないと落ち込むの」
「ええっ?」
「抱きしめてあげると治るわ」
「ええっ?」
「一緒に寝てあげると一日ご機嫌なの」
「えええっ!」
「おっぱいを揉むと恥ずかしがるし、お尻を触ると赤くなって、エッチとか言うのよ」
「ひええっ」
「大丈夫、経験のない処女設定だから、自分からしたがることはないわ。多分べたべたもしてこない。きちんとリードしてあげて、心の準備が出来たら受け入れるようになってるのよ」
「いきなり夜伽とか言ってたよ」
「そう、まだ学習機能がすかすか状態なのよ。意味が良くわかってないのね。恥ずかしがるようになれば、正常に学習効果が出ていることになるわ。でも目標はユウキに毎日抱いてもらう事だから、きっとそれまで楽しそうにおしゃべりすると思うわ」
「それって、他の女の子にも話したりするの?」
「勿論よ」
それは拙い。
「タキー」
「ユウキ様ひどいです」
タキは裸のハインナと一緒にいた。
いやタキも裸だ。
二人ともランタンに照らされて陰影が出来、もの凄く可愛く見える。
レンが冷たい目で、ラーマが涙の盛り上がった目で見てくる。
やはり裸で、以下同文。
「この子、毎日ユウキ様と一緒に寝るんだと言ってます」
「……」
うん、説明できない。
「今日は初めてのキスだとか」(タキ)
「最後まで行ったらどうしようか心配してます」(ラーマ)
「今日、女になるとか言ってるでございます」(レン)
「いや、ハインナはアンドロイドだからさ」
「アンドロイドだと、キッスして頂けないのですか」
ハインナは胸と股間を恥ずかしそうに、いや効果的に隠しながら、モジモジと上目遣いで見つめてくる。
「いや、あの、その…… 」
俺は少し挙動不審になった。
ハインナのデザインは、原型がヨリだ。
さりげなくしてあるが、俺にはわかる。
リーナさんの意地の悪さか、オペレッタの面白がりか。
「お前、ややこしくなるから、黙ってスカートを穿いていろ」
「はぁい、ユウキ様」
命令されるのが嬉しいのか、にこにこしながらスカートを穿いている。
「素直です」(ラーマ)
「可愛いです」(タキ)
「不潔でございます」(レン)
「おっぱいも大きいし」(ラーマ)
「お尻も柔らかいですよ」(タキ)
「不潔でございます」(レン)
宿舎の建設が大分進んで、冬小麦の収穫も皆が一度経験した頃、一大イベントが待っていた。
「ユウキさんのご協力をお願いします」
代表のカオルコが頭を下げるのは、10人委員会からの正式要請になるのだろう。
「それで、みんな水着は持っているの?」
「いいえ」
多分、俺は地球に帰れば死刑だろう。
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