04 着陸
04 着陸
すったもんだあって、リーナさんが男の子二人に女の子ひとり、オペレッタが男の子ひとりに女の子二人ってことで決着がついたらしく(隅っこでおとなしくしてました)、俺はようやく話を先に進められそうだ。
「で、この星の状態はどうなんだ」
リーナさんとオペレッタはリンクで情報共有していて、新たな情報は更新されるたびに知ることが出来るので、俺みたいに口頭で尋ねる必要がない。
ただ、報告は主にオペレッタの役目で、リーナさんは推論とか予想とか議論とかが主な役割らしく、どちらともなく質問しても問題は起きない。
知性体には、どちらが上という感覚はあまりないらしい。
「完全地球型。似すぎて気持ち悪い」
「へえ、村長の惑星とか、神様はどんだけ地球が好きなんだって感じだな」
「ここに来られたのが奇跡みたいなものだから、これくらい当たり前よ」
リーナさんは、本当に奇跡だと思っているようだ。
「実は委員会の策謀とか」
「そう考えたら楽なのは確かね。でも、ベテルギウスはともかく、ゲートが出来たのは最近のことよ。理論が20年前だとしても、300光年や600光年離れた場所の詳細なんて、わからない筈よ」
「実は、ベテルギウスまでゲートがあったとか」
「近くにゲートがあるぐらいなら、態々ベテルギウスまで学びにいく必要は無いでしょ」
「そりゃそうか」
「ただ……… あっ」
リーナさんは、突然コンソールの領域を一部自分の使用領域に変えて、ネックチェーンに見える端末を差し込むと、何かを検索しだした。
こうなると、なかなか帰ってこないのをよく知っているので、オペレッタと今後の打ち合わせをするしかない。
「オペレッタ、地上に何か脅威はないか」
ひとつは天候や気候の問題である。
台風や大雨、熱波や干ばつ、夏と冬が厳しすぎるとか、昼と夜の温度差が高すぎるとか、風や波が強く海辺や山が危険地域ということもある。
「四季が僅かに緩い。後はデータが足りない。現在の北半球は晩夏」
「磁気異常や放射線、太陽からの紫外線は?」
「安定期の恒星なので大きな変化はない。地磁気も地球並みでバラツキはない」
「火山や地震の兆候は?」
「簡単な地熱測定を完了。危険地域を除けば問題ない」
「なんだか、できすぎの気がするなあ」
「気持ち悪いくらい地球に似ていると言った」
「一日が23時間と45分で、1年が364日? こんだけ恵まれてると、地上に恐ろしい生物が待ってそうだな」
「酸素濃度が僅かに高い。植物はきっと豊富」
「じゃあ、名前は惑星フローラにしようか」
「月並み」
「野獣がうようよしてたら、惑星オペレッタ」
「嫌」
「恐ろしい細菌やウイルスがいたら、惑星リーナ」
「怒られる」
「今日中に準備して、明日降りよう」
「先に探査機。いきなりは危険」
「いいよ。みんなで降りれば何とかなるって」
どうせ修理に2年以上かかるのだ。
これは、冒険を楽しんだ方が得である。
「本船以外は、順次降ろしていくから」
「修理も地上で?」
「工作船の病院区画も地上で必要になる。資材も全部持って行こう。居住区も着陸船では狭いし、別荘が必要になるかも知れないから、資材は沢山あった方が良い。地球以外でのサバイバルなんて、全力でいかないと駄目だろ」
「わたしなら何度か往復できる」
「オペレッタの耐久力が下がりすぎるよ。戻るときは、地球に帰るときでいいんじゃないかな。それとも、本船が危ないようなことがある?」
オペレッタは、本船と着陸船に同じメインフレームを搭載している。
双子というか、二人でひとりというか、右目と左目みたいなもので、見え方が違っても両方同じオペレッタである。
仮に片方が壊れても、何も問題は起きない。
3重のリンクが組まれていて常時情報共有している。
これは、リーナさんとのリンクと比べようもない強靱さである。
こうしたシステムによりオペレッタは見かけ上眠ることがないが、実は1日に2時間程度交代で休んでいる。
あと、本船には外部記憶装置が設置されていて、それと接続しているのは本船のオペレッタのみになるが、リンクがあるから、距離のタイムラグ以外に不自由はない。
こうして物事を決めていくときの俺は、リーナさんに言わせると『ちょっとひと味』違うらしい。
俺自身、入れこまなければそれなりに決断力はあると思う。
何しろ、中学の3年間はサバイバル術に重点を置いて訓練してきたのだ。
結局、俺は祖父さんの孫で両親の息子だった。
まだ、誰も来たことがない処女地、いや処女惑星に憧れていたのである。
ここは、予定よりも20倍も遠くにあるのだが、だからこそ『処女惑星』に違いない。
日本列島は、北にロシア大陸、西に中国大陸を望む半弓状の島である。
境目は海峡と言うには大きすぎる隙間があって、いくつかの島々が連なっているが、何が棲んでいても、陸伝いにはなかなか渡ってこれないだろう。
これは危険な生物が押し寄せてこない絶好の条件である。
北海道や九州や四国となる部分は、みな本州に繋がっていて、あえて言うなら『ごっつい三日月』が一番近い形かも知れない。
その日本列島の真ん中に関東平野があった。
これは説明が難しいが、日本人なら誰でもそう呼ぶことと思う。
最もここは処女惑星で、俺が見つけて俺しかいないのだから、俺がどう呼ぼうと俺の勝手ではあるのだけれど、多分誰でも『関東平野』と呼ぶであろう地形なのだ。
もちろん違和感もある。
何にでも難癖付けるのが好きな人なら、富士山はないし、東京湾は東向きだし、湘南(というか由比ヶ浜もだけど、俺命名ということで)は九十九里みたいだし、江ノ島(は無いが)沖にはボルネオ島がある、と言うだろう。
その関東平野の南の端が一等地だったので、ここを本拠地とした。
最も自分のものだって主張しても、大した面積は確保できない。
人間ひとりのテリトリーのなんと狭いことか。
世田谷区丸ごとやるから管理しろって言われてできる人がいるだろうか。
飲料水が確保できて、海にも山にも近く遠くまで見渡せるが守りに堅いような場所だった。
北側を隅田川が遮り、東は東京湾、南は下りの草原の先に湘南海岸があり、西は300から700メートルの山や岩山が塞いでいる。
その外側には、1000から2000m近い山が更に続いている。
フィヨルドがないと生きていけないとか、アルプス山脈がないと立ち上がれないとか、特殊な性癖がない限り、ここは非常に立地がいい。
「マンハッタンが無いわね」
「パリ。買い物」
うるせえ。俺は日本人だ。
清水が湧く岩場近くで、しかも岩場からきれいな小川(神田川と仮に呼ぶ)が流れている南側の、草原と林の中にオペレッタを着陸させた。
問題がなければ工作船や資材船も着陸させる。
本船だけは静止軌道で監視任務を割り当てる。
ようやく出番が来た作業ロボットの熊さんと、開拓用アンドロイドの八さん(はっつぁん)を同行させ、作業を開始した。
この二人は、宇宙ではあまり役に立たない。
熊さんは土木建築、八さんは職人なのだ。
力があるから、見張りや護衛としても使えないことはないが専用ほどではない。
まあ、猛獣ぐらいなら平気だろう。
対人攻撃はかなりのレベルで制限が加えられている。
上位者の命令でも、相手を捕まえて動けないようにするぐらいだ。
異星人には、どう対処するのかは不明だが。
とりあえず、今日は木樵と大工に設定だ。
二人を連れ神田川北側の森に入り、杉であろう樹から切り始める。
3mぐらいの丸太を次々に造り、両先端をとがらせて杭を作っていく。
これを神田川沿いに打ち付け、番線で繋げ、センサーを取り付けて進入者を防ぐつもりだ。
強敵なら電撃も仕掛けられる。
二人が丸太杭300本を2時間と少しで作り上げると、その間暇で、松を傷つけ樹液が流れるのを眺めていた俺にも仕事ができた。
丸太運びである。
「しまった。大八車を先に作るんだった」
八さんに相談すると、車輪と車軸は乾燥させたりまっすぐにしたり曲げたりと時間をかけなければできないらしく、直ぐには無理とのこと。
泣く泣く丸太運びを始めると、今度は神田川を越えられないことがわかった。
小川は浅く澄んでいるが、流れがあり、川幅は3m。
河川敷を合わせれば、土手から向こうの土手まで5mはある。
丸太は、熊さんは両腕に8本、八さんでさえ4本持てるのに、俺は1本がやっとである。
何しろ、道がなく足場が悪いのだ。
更に小川とはいえ、1本づつ持ってザブザブ越えるのはかなりつらい。
他の二人も、脚部の消耗品や交換部品に負担がかかりそうだ。
仕方ない、丸木橋を作ろう。
近くのでかい樹を選んで、熊さんに切っておくよう言い、神田川北側土手沿いを岩場から歩いて、橋に良さそうな場所を探す。
途中、向かいの林の隙間からオペレッタの姿が見える場所を見つけ、マークしておく。
危険かもしれないからだ。
やがてオペレッタの位置から50mぐらい下流に、良さそうな場所を見つけた。
八さんを呼び、ここに丸木橋を作るよう言うと、八さんは、『大八車を通すんなら丸木はまじいや』と江戸の職人みたいな言い方をし、本格的な太鼓橋(あのアーチ型のやつかな)から吊り橋まで色々並べ立て、両国橋の見事な造りまで語り始めたので、とにかく丸木を簡単に加工して馬車でも通れるようにしろ、と言うと『合点承知ノ助』とか言いながら、熊さんに指示して丸太を三枚に下ろし始めた。
俺が感心して見ていると『若旦那。手が空いているなら丸太運びをしておくんなさい』とか言われて追っ払われ、丸太運びに戻った。
熊さんに道を作るよう指示して、俺がヒーヒー言いながら丸太を運んでいると、戻るたびに森に道ができ、丸太は橋に変わっていった。
幅4mの土の道路と、丸太だと分かるが表面は平らで板も張ってあり、乗り上げる段差もついていない橋である。
両端には丸太の出っ張りが残されていて、橋から転落し難いようにできているが、八さんのやることだ、半分実用、半分はデザインだろう。
丸木らしく仕上げたのだ。
口は悪いが腕は確かってやつである。
樹で作った釘を、トントンと打ち付けているのには少し驚いた。
いよっ、大棟梁と呼びたい。
橋ができ、丸太運びを終えると夕方近くなっていた。
昼飯・休憩抜きでの重労働である。
熊さんは俺の指示でまだくい打ちをしているけど、俺はもう無理だ。
八さんにオペレッタの周りを小屋で囲む設計を頼んで、オペレッタの所に戻る。
すると、リーナさんがライフルを持って哨戒していた。
「何事」
「念のためよ」
(ああ、男が疲れて帰ってきたときに迎えてくれる女性の笑顔って、こんなに癒されるんだ)
などと感じ入ってしまった。
しかし、女性にあまり心配させるのは良くない。
オペレッタを眺めている八さんに、日が落ちたら熊さんに哨戒任務をするよう伝言を頼み、リーナさんとともにオペレッタに戻った。
翌日、リーナさんとオペレッタと一緒に、拠点防衛と護身について話し合った。
八さんと熊さんは木樵と大工の任務を続行してもらうが、念のため八さんにはスタンガンを渡しといた。
リーナさん曰く『八さんは虎でも大丈夫、熊さんは恐竜でも大丈夫』とのことだが、パーツに換えがない部分があるし、消耗はできるだけ避けないと後が怖いので大事を取ることにした。
今後、何年間彼らを必要とするか分からないからだ。
「昨日一日で、鷹か鷲が2羽、猪が1頭、鹿の仲間が2種類、兎、蜂などを見かけたわ。蚊やハエ、蜘蛛に蟻なんかも気をつけないと。川は見てないけど何がいるか分からないし、昨晩は狼の遠吠えも聞こえたのよ」
小川には、小魚の群れが平和に泳いでいたけどね。
「天井にレーザー砲を展開。狼以上の脅威は威嚇後、排除する。虎や象でも問題にならない」
なんだか女性陣のほうが、おっかないな。
「でもさ、何となくのんびりとした雰囲気なんだよな。気候も穏やかだし」
「甘いわ、ユウキ。安全が確認されるまで、最低でもスキンスーツと指令ヘルメットは着用すること」
「えー、まだ夏だから暑いよ」
ヘルメットは網状なので風が通るが、スキンスーツは全身をぴったり覆ってしまうのだ。
「武器もハンドレーザー、スタンガン、ナイフは装備すること。鷹と猪、それに狼対策よ。それに害虫がいても安全だわ」
「賛成」
2対1で、決まってしまった。
ちなみに武器関係は、オペレッタのレーザー砲が最大火力である。
本船にはもっと強力なのを2門備えているが、これはメテオやデブリ対策である。
この星に月は2つあるが、どちらも貧弱で、月明かりとは言えなかった。
他にはレーザーライフル3丁、ハンドレーザー4丁、射程50mのエリアスタンガンが3個、ハンドスタンガン12個、サバイバルナイフが色々と8種24本、狩猟用ボウガンが大小2組、スタングレネードが20個ある。
非常時用に、6連装グレネードランチャー1丁とアサルトライフル2丁、ピストル1丁、信号弾に照明弾がある。
祖父さんが使ったものだが、手入れはしてあるので現役だ。
装備としてパワースーツ1着、スキンスーツ1着、ダイバー装備一式、指揮ヘルメット3個、それに防弾チョッキが3着ある。あと祖父さんの日本刀も持ってきた。
大砲が発明されていない文化圏なら、勝てないまでも逃げ切るぐらいの装備はある。
だが、個人戦闘用として威力はあっても、集団戦、特に訓練された軍隊相手では戦いにはならない。
そういえば居住船には4輪ホバーバギーがあり、レーザーとグレネードを搭載しているから、十字軍ぐらいの文化なら蹴散らせるかもしれない。
一時的なものになるだろうが、最後は逃げるしかないだろうな。
でもなあ、何処か牧歌的な雰囲気の世界なんだよな。
大陸には大型動物ぐらいいるだろうけど、日本には精々ヒグマぐらいしかいそうにないよな。
まあ、ヒグマと戦うならナイフやスタンガンじゃ心許ないか。
ため息つきながらスキンスーツを着て、ベルトにお気に入りのサバイバルナイフ、ハンドレーザー、スタングレネードを1個装着し、胸ポケットにスタンガンを入れ、網状のヘルメットをかぶった。
「テスト。ちゃんと見える?」
「見える」
「見えるわ」
リンクを確認すると、外で待っているリーナさんと合流した。
今日は二人で領地を見回ることに決めたのだ。
ヘルメットがあるから3人か。
設置用防御センサーを幾つか持って行く。
オペレッタとリンクして、電撃が放てる。
侵入口に設置しておくのだ。
リーナさんは麦わら帽子に白のワンピースだった。
完全にピクニック気分である。
可愛いけどさ。
「俺には危険だって言ってたくせに」
「いいのよ私は。ユウキが守ってくれるから」
「でも、ちょっと軽装過ぎない?」
「大丈夫、虫除けベルトしてるから」
まあ、女の子は虫が嫌いだよな。
しかし、ベルトを見ると腰の所にちゃんとハンドレーザーが着いていた。
少し安心した。
どうしても、一人ではカバーしきれない状況というのもあるからだ。
狼の群れとかだな。
「それにいざとなったら……」
「いざとなったら?」
「私、時速60キロで走れるから逃げ切れる」
俺を見捨てるってことですか。
西の岩山の裾から南下し、クヌギ・カシ・ナラ・カシワなどの同族の混成林を抜けると、なだらかな斜面から草原地帯に変わった。
ここから2段目と呼ぶ。
ここは、単一の草からなる草原ではなかった。
低い草を踏みながら、高めの草の群生に近寄っていくと驚いた。
「リーナさん、これ小麦だよ。見た目は凄く似てるし、もう収穫期になりそうだ」
「この感じだと、自然なのに二期作が混ざってるわね。連作障害が起こらないのかしら」
「きっとこれが原因だよ。ほら、大豆っぽいよ」
「後で八さんに見てもらいましょ。開拓なしでも、きっと100石以上の村が作れそうよ」
八さんには農民モードがある。
農民を馬鹿にしてはいけない。
昔はお百姓さんと尊敬され、豪農、地主、豪族までがそう呼ばれることを誇りにしていたのだ。
文字どおり百の仕事をこなせるお百姓さんであるから農民モードなのである。
農耕生活を切り開く、トップエリートなのだ。
宇宙では役に立たないが、地面があれば最強だ。どんな荒れ地でも開発してしまう。
八さんは、米、麦の栽培や大豆や小豆などの豆類、雑穀、果物、野菜の栽培、牛、豚、鶏、馬などの家畜の世話から繁殖、堆肥などの肥料作り、用水管理、養蜂、チーズやバター、味噌や醤油、酒やワインなどの酒、蒸留酒、魚の干物やソーセージなどの燻製肉まで作れるのだ。
「パン焼き釜とか作れるのかな」
「石臼が先よ」
「酵母は?」
「工作船にひと通りそろってるわ。酵母だけじゃなく、乳酸菌なんかもね」
「なんか夢が広がるなあ。目指せ、一万石の大名ってとこか」
「関東平野なんだから800万石でしょ」
「そんなに凄いの?」
「関八州で将軍家の直領はそれぐらいだったはず。全部なら1200か1500万石か」
「目指すは将軍家か」
「まあ、村長より偉そうね」
「親父が見たら、うらやましがるかな」
「私は正室になるわ」
「はあ?」
「だって将軍家なら大奥が必要でしょ」
「必要かなあ」
「二代将軍の母はやっぱり正室よ」
「わたしは側室」
すかさずオペレッタが割り込んできた。
ていうか、常に監視ってここまでやるのか。
「ええ? 側室でいいのオペレッタ」
「正室は規則でがんじがらめ。自由な側室がいい」
「そうなんだ」
「そう。それで歌舞伎役者を呼んで大宴会するの」
「なんか、似たような事件があったような気がするぞ」
「側室の子を次の将軍に」
「陰謀を企んでるー!」
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