39 10人委員会
39 10人委員会
3日間の強行軍を行うと、隅田川が見えた。
タルトとコラノがリヤカーに猪と鶏をしめて持ってきてくれたので、最後の晩は肉料理の大盤振る舞いになった。
父ジャケとラシが後から来て、豆乳とブドウジュースを持ってきてくれた。
逞しいオヤジたちが来てくれて俺は楽になったはずが、チカコが騒いで張り付いてくるので、あまり楽にはならなかった。
タルトとコラノをタマウとカマウに合わせて、今後の打ち合わせをさせた。
大量の肉料理を前にして、タマウ族に不満があるわけが無かった。
少女たちも肉料理を食べ、今朝焼いたパンと豆乳にブドウジュースまで、きちんと堪能したようだった。
強行軍と料理班に参加したタキとレンは、流石に疲れたのか二人で毛布にくるまって寝てしまった。
今日はタルトとコラノ、父ジャケとラシが警戒してくれるというので、ヨリとカナとリン、その部下たちを先に寝かした。
全体を一回りして、警備をタルトたちに引き継ぐと、チカコとトイレを済ませて寝床に入った。
何故かカオルコとミヤビが両隣に来て、チカコはミヤビの背中で寝ることになった。
「ミヤビ、寝ている間に犯されるかも知れないわよ」
「私はそれを期待しているわ」
「頭おかしいんじゃない」
「おかしいのはチカコの方なんですが」
また、チカコが変なことを言ってるとか思いながら眠り始めると、カオルコがしがみついてきて、仕方がないから腕で抱いてやると、反対側からミヤビが抱きついてくるので、両腕で二人を抱きながら眠った。
朝にはタキとレンに変わっていたから、夢だったのかも知れない。
隅田川は夏の渇水期前で、水深が鮭漁の頃よりあるから、馬車で渡ることになった。
連結はしないで1台に10人以上を乗せて、熊さんが主力、俺と八さんがサポートとなって渡って行く。
一応警備部隊から渡り、勝手の良かった馬車を戻して何往復化すると、とりあえず全員が渡り終えた。
先に渡り終えた者たちは、熱心に国技館を見学していた。
残ったタマウ族の事はタルトに任せて、俺は八さんと128名の小中学生を連れて、懐かしいユウキ領に帰り着いた。
途中、タルト村の者や迎賓館勤務の女たちが出迎えてくれたが、すべては後回しである。
神田川の橋を渡り領地内に入ると、ミサコとタケコが出迎えてくれた。
カオルコたちと4年生たちが再会を喜んでいると、ラーマが来て抱きついた。
「ただいま、ラーマ」
「お帰りなさい、ご主人様」
俺がいつもより長く深くキスすると、ラーマは少し驚いたようだった。
しかし、ラーマは直ぐにキン、ギン、ドウの3人に押しのけられ、それからはキスの嵐だった。
カズネやタバサやリリがいて、ラーマの見習いから、タキの見習いまでが加わりちょっと歓迎が熱烈すぎた。
アンとチカコが押し流されていた。
レンとレンの見習いが動いて事態を収拾させると、俺は部屋に入り、リーナさんと対面した。
「ただいま、リーナさん」
「お帰りなさい、ユウキ。しかし、これで選択肢の一つは消えてしまったわね」
「何、選択肢って」
「自力で地球に帰ることでしょ」
「ああ、そうか。130人は連れて行けないもんなあ」
「残るは救助だけ」
「ずっと、ここにいるっていうのもありかも」
「あり得ないわね。ミサコに聞いたけど、彼女たちはホエール社の最高幹部の娘たちよ。ゲート運用も随分と進化したらしいし、救助の確率が高くなったわ」
「どれくらい頑張ればいいのかな」
「最大で5年ぐらいでしょうね。300光年なんて、そんなものらしいわ」
「オペレッタの救難信号は?」
「地球だけでなく、くじら座方面にも送っているわ。ブルートレインの乗客130人を保護していることも含めてね」
「なら、救助が来るまで生きていればいいのか」
「簡単じゃないわよ。130人も食べさせていくのは」
「ああ、そうだ。お客は何とかするけど、リーナさんにお願いがあるんだ」
「アンドロイドね」
「そう。セルターは医療用で使えるけど、ミサコの専用なんだ」
「ミサコの治療は後2ヶ月ほどだから、それまでは弄くらないわよ」
「そうか。そうだね。でも、ボーイのハインツはゲートトレイン社の所属らしいからいいよね」
「熊さんの負荷が大きかったから、まずは熊さんから、次に八さんの定期点検をして、それからね」
「逃げ出さないかな」
「点検を受けてからと言っておくわ。点検後は従順になるでしょ」
「じゃあ、仮住居の設定をして、風呂にでも入れたら幹部会を開くけど、リーナさんは」
「パス。熊さんを点検するわ」
「何か言っとくことは?」
「領内から出ないこと。着陸船、工作船、資材船には立ち入り禁止。自活させること。その3つね、とりあえず」
「良く言いきかせておきます」
「出来ればいいんだけど」
ため息つくリーナさんを置いて、俺は再び外に出ると、まだあれこれ話している連中を整列させ、仮の宿に案内した。
第一食糧倉庫の2階は以前、見習いたちが住み暮らしたことがあるので、15名3組と指揮官3人の48人を入れた。
ヨリとカナとリンが立候補してくれた。
一番環境が悪くなるからだ。
でも、警備隊の部下たちと一緒になるらしい。
旧ユウキ邸15畳には6年生の15人が入った。
指揮官はいないが、ミヤビの妹だと言うカレンを班長にする。
ユウキ邸の2階の7部屋に最下級生40人と、介添えでサクラとアキが入った。
6畳間6人だが、勘弁してもらう。
残り25人だが、食堂は使うので俺の部屋を空け、そこで暫く生活してもらう。
本来の住人である俺たち4人は、暫くは迎賓館から通うことになる。
その後は自由時間とし、風呂も順番に入るようにカオルコに指示してもらった。
ラーマとタキに見習いを連れて迎賓館にタマウ族の指導に行ってもらい、ついでに食糧の備蓄と、今後の消費計画を考えてもらう事にした。
レンには見習いを連れて風呂や食堂を見張らせ、おかしな事が起きないように頼んだ。
ヨリを呼び出してレーザーライフルを回収し、改めて警備部隊には幹部が持っていたスタンガンと薙刀で警備するよう頼んだ。
それで一息ついて、八さんと宿舎建設の縄張りを始めていると、直ぐに問題が起きた。
土足と、シャンプーとバスタオルだった。
風呂は外からも入れるが、ユウキ邸の俺の部屋の後ろから渡り廊下があるので、全員がユウキ邸の玄関から出入りするから、直ぐにレンのご注進が来た。
確かに、玄関から渡り廊下までドロドロになっている。
レンと見習たちに掃除を頼み、八さんに下駄箱とお風呂サンダルを注文したら、次はシャンプーが直ぐになくなるという報告が来た。
今日ぐらいは仕方がないが、明日から130人が消費すると思うと背中がぞっとする。
俺が悩んでいるとチカコが裸のまま渡り廊下に飛び出してきて、私用のバスタオルを出せと噛みついてきた。
ミヤビとカオルコが出てきて宥めるが、相手はチカコである。
渡り廊下でもめる裸の少女3人を眺めていると、ミサコが現れ、10人で話し合いをしましょうと提案してきた。
俺はその提案に縋るしかなかった。
いちいち出張っていたら、宿舎建設が始まらないのだ。
10人の引率だった中学生を食堂に集めて会合を開いた。
しかし、要は俺の持つ物資の把握だった。
「タオルは」
「ハンドタオルが100枚、バスタオルは40ぐらいだ」
「シャンプーやリンスは」
「容器に入っているのは2ダース程度、後は輸送容器に1トンずつ在庫があるが、とうてい足りそうもない」
「石けんは150コ入りが200ある」
これだけは十分な量だろう。無駄遣いは出来ないだろうが。
「歯ブラシと歯磨き粉は」
「歯ブラシは50本、歯磨き粉はチューブの奴が200か300ぐらいか」
「櫛やブラシ、ドライヤーは」
「櫛は竹で作ってる。アールのついた櫛が現地では好評だな。ブラシは20本。ドライヤーは充電式が3台かな」
チカコが自分に興味があることばかり聞いてくる。
「どうやら私たちは緩やかに文明から遠ざかるようです」
カオルコがため息をついた。
「何でもっと用意しなかったのよ」
チカコが怒るが、誰も仕方がないと思っているようだ。一人分なのだから。
「優先順位をつけて欲しい。それから対処を考えたい。何しろ寝る場所をこれから作るんだからな。食糧生産も手を抜いたらアウトだし、領地の問題も人任せにばかりできないんだ」
「部分的なものは、この10人で考えましょう。ユウキさんはこれから忙しくなるのですから。我が儘は言えません」
ミサコが発言すると、皆黙った。
「衣食住のうち、提供できるのは食と住だけだ。衣は今のところ絶望的だ」
「現地人も毛皮しか着てませんね」
「ああ、綿や麻、絹や羊毛の気配はない。アクリルで糸ぐらいは作れるが、布にしたらあっという間に無くなるだろう。竹は繊維質が強くて寄り合わない。猪の毛も同じ事だった」
「毛布や布団も絶望的ですね。マットや畳、スポンジやコルクはどうですか」
「今のところ、筵か麦わらしか布団には使えないと思う。西の部族に情報収集を頼んであるがあまり期待は出来ない。樹脂は畳床ぐらいにはできるが、茣蓙はかなり手間がかかるだろう。樹脂シートをそのまま使った方が早いくらいだ。その樹脂も、ゴムみたいに簡単にスポンジ化が出来ていないから、マットレスはまだ無理なんだ」
工作船であれば、大体のものは作れるが、大量生産は出来ない。
実験用ぐらいの量だけだ。
今のところ樹脂と塩やカルシウムは相性が良くて、溶け込んでしまい、多孔質にはならない。
アルコールは揮発してくれるのだが、硬くなるばかりだった。
「そうですか。それで、我々がご協力できることはありますか」
「基本的には自分たちの事は自分たちでやって欲しい。食事作り、畑と家畜の世話、警備、消耗品の作成、子供たちの管理と教育か。最初はこちらから手伝いを出すが、覚えたら野菜の生産計画なども一緒に考えて欲しい。特に地球産のものはまだ実験してないものも多い。花やハーブ、香辛料関係、特に唐辛子やコショウなどもこれからなんだ。砂糖大根やわさびなんかもだ。それから収穫期には総力戦になるから協力して欲しい」
「では、我々も班に分けてそれぞれが分担しましょう。今日から我々10人が代表として責任を持ちます。ユウキさんに何かを相談するのは、この委員会として行うこと。それぞれが勝手に交渉していては、ユウキさんの時間が無くなるばかりです。いいですか」
誰も文句は言わない。流石は委員長だ。
「では、委員長はカオルコ、あなたにやってもらいます」
「えっ、ミサコでいいじゃない」
「私は、こんな身体で皆さんに苦労を背負わせてしまいましたから適任ではありません。治療とリハビリを終えたらあなた方の下で働きたいと思います。それに、実際この十日以上の日々を指揮してきたのはカオルコでしょう。私よりも皆の適正がわかってると思いますよ」
カオルコは暫くミサコを見ていたが、仕方がないと感じたのだろう。
「では、私から要望を言います。まず、料理班ですがアキコを班長、サクラコを副長にします。きつい仕事ですから6年生からも一人か二人副長を集めてください。一度の食事に20人程度は使って下さい。ローテーションして、全員が仕事を覚えるようにして下さい」
「わかりました」
「ヨリコには引き続き警備班を率いて頂きます。副長はカナとリン。部下は今まで鍛えた部下6人を専従とし、他の仕事は免除します。勿論、警備スケジュール等はユウキさんと打ち合わせるように」
「了解」
「ミヤビは生活必需品の調達をお願いします。あまり無い物ねだりはせずに、その頭を使って工夫して下さい。作業要員はその都度集めるように」
「わかりました」
「ルミコは農作業要員を監督すること。これは警備班以外が全員ローテーションに入ります。特に健康状態や体力を監視して下さい」
「はーい」
「チカコは家畜の世話をお願いします。部下はルミコと上手く分けて使って下さい」
「私は家畜の世話なんて出来ないわよ」
「あなたは家で馬の世話をしていたでしょう。その知識を使わなくてどうするんですか」
「わかったわよ、作業は部下にやらせるから」
「危険がないように指導して下さい」
一応分担は決まったのか。
「ミサコは私と一緒に下級生の生活と健康の管理、セルターにも協力してもらいます。また、回復するまでユウキさんの連絡係にします。直訴などがないように注意して下さい」
「わかりました」
「では、ユウキさん、全体的に急ぐことから決めて下さい。それぞれの分担は少し経験を積んで、またその時に話しましょう」
全体的な話か。
「まず、宿舎の設計なんだが、基本4人部屋で2段ベッドでいいか」
「布団もないのに2段ベッドでは下のものが困ります」
うーん、そうか。ワラが落ちてくるのは嫌だな。
「そうなると部屋は寝るだけのスペースになるぞ。ワラ布団じゃ押し入れに出し入れするのも大変だしな」
「全員が集められる大食堂を作れますか。朝晩の食事だけは点呼と連絡を兼ねて全員を揃えたいのですが」
一人半畳でも80畳ぐらいは必要か。
迎賓館で100畳を作ったから何とかなるだろう。
調理場は煉瓦造りだが、居住区は暫く木造のままだな。
「あまり広いのを期待されると困るが、何とか全員が座れる広さは造れると思う」
「それなら、食事以外の時は多目的スペースとして活用できます。各部屋は広くなくても構いません」
よし、これで宿舎の基礎に入れる。
「後は、領地からは絶対に出ないことと、宇宙船区画は立ち入り禁止になることかな」
「窓のない建物ですね。3つありますね」
「ああ、あの3つだけは入らないでくれ。領地の防衛のために必要だと思ってくれればいい」
「わかりました。徹底しましょう。他には?」
「畑や家畜がいる区画で作業してもらう事になるが、野生動物も迷い込んでくる可能性があるし、5段目には狼が住んでいる。団体行動と警備班の付き添いは徹底して欲しい。一人で行くとかは、なしだ」
「5段目ですか」
「ああ、明日にでも見学会を開こう」
「そうですね。どんなものか見てみないと今後の計画も立てられません。明日の朝食後に全員で見学会を行うことにします。警備班の活動以外はそれからでいいでしょうか」
「そうだな。あれこれ言うより見た方が早い。明日の朝食とお昼はこちらで用意しておこう」
「では、明日の見学会後、各班の編成を行います」
翌日の朝食は、赤米のご飯に、目玉焼き、納豆、鮭ビン、キャベツの味噌汁と豪華版だった。
ラーマとタキのグループが作ってくれたが、食堂が頑張っても40人だったので、2回にして、倉庫と旧ユウキ邸のものはその場での食事となった。
暫くは、食事の場所と時間も張り出す必要がありそうだった。
昼食は鮭バーガーとポテトフライに決め、リヤカーに食材を積んである。
氷水と冷やした豆乳に、還元型のオレンジジュースも積んだ。
早速ヨリと部下二人、カナと部下二人、リンと部下二人は、警備訓練になっていた。
メンテを終えた熊さんが荷物は引いてくれて、八さんは家畜の安全のため、3段目に先に行ってもらっている。
ハインツは何も知らずにリーナさんのメンテナンスを受けている。
多分、今までの記憶はどこかに保存されて、新たな人格として起動することになるだろう。
全員の点呼を取ると、2段目に向けて出発した。
俺の後ろにはキン、ギン、ドウがついていて、チカコが挙動不審になっている。
2段目に行くから俺かヨリにくっついていたいのだろうが、ヨリは最後尾である。
暫く、我慢してもらおう。
2段目は一面の小麦畑である。
手前に10石1町の畑が2列に20町並んで見える。
奥には更に10町の大豆や小豆、芋類や野菜類の畑があり、更に奥には試験的に始めた田んぼがあるのだ。
今年はササニシキが食べられることだろう。
だが、少女たちは異様な形状のランビキと足湯が気になるみたいだ。
「蒸留器ね。バラ水を作れるわ」
突然、思いがけない意見を、それもチカコから聞くとは思わなかった。
「お前、あれが何だかわかるのか」
「馬鹿にしないで。私の成績はトップクラスよ」
思わずカオルコを見ると『うんうん』と嫌そうに頷いている。
きっと、事実ではあるが納得はできないのだろう。
俺も同級生なら納得しないかも知れない。
だが、ランビキを知らなかった俺が驚いたのは、その使い方の方だった。
「バラ水って香水みたいなものだよな」
「ローズオイルまでは高級すぎてもったいないけど、バラを精製して、香り成分だけ濃縮できるのよ。ラベンダーなんかもそうして香り成分を取るわ」
「野薔薇やハマナスではどうだ」
「香りの種類を混ぜないようにすれば、いいものが出来るわよ。調香は難しいから」
うわー、生まれて初めてこいつを尊敬した。
いや、まだ会ってから2週間ぐらいだけど、嫌みと残念以外見たことがなかった。
「ユウキ様。新たな知識に興味を引かれるのはわかりますが、今は領地案内に集中すべきときですよ」
タキに咎められた。
キンに腕を取られ、ギンに押される。
カオルコまで子供たちを進め始めてしまった。
俺は、チカコに後でじっくりと話を聞こうと頭の中に書き込んだ。
40へ