38 タキと再会
38 タキと再会
泥炭地の樹木は、熊さんが片手で引っこ抜けるので、作業は大幅に短縮できた。
2日はかかるところ、1日と少しで森を抜けられそうだ。
チカコは俺にくっついて離れなかったが、現地で眠るのは嫌だというので一度歩いて戻ったのだが、俺が現場に戻ると聞いてまたくっついて来た。
「折角送り届けてやったのに、何で戻るんだよ」
「一人は怖いからいやなの」
「みんな一緒にいるから大丈夫だろ」
「部族の男たちが解放されてたわ。私を攫おうとした連中よ。怖いわ」
タマウの女たちは、女神様の指導と庇護を受けることになり、領内に連れて行くことになった。
男たちも療養出来ると言うことで、ついてくることになった。
縛られていた戦士たちも解放され、女たちに手当を受けていた。
勿論、今後女神様に逆らったりすれば、大変な目に遭うことは了解済みだ。
馬車の壁の外側にタマウ族の女たちが陣取り、男たちはその外側で寝起きする事になっていた。
ヨリとカナとリンが俺がいない間の警備を請け負ってくれたので、俺と熊さんは作業に専念できたのである。
しかし、木を抜くのは熊さんがやってくれるとは言え、木を運んだり、穴を埋めたりする作業は俺がするので、当然夜には疲れて眠くなる。
それでチカコが問題になるのだ。
「この材木は崩れないようにしたから大丈夫だ。お前はここで寝ろ」
「あんたはどうすんのよ」
「もう少し作業して、疲れたらこの入り口あたりで寝てるから安心しろ」
「いやよ」
「何でだよ」
「怖いから、側にいてちょうだい」
「しかし、作業を進めたいんだが」
「じゃあ、私も寝ないわ」
俺は暫く勝手にさせることにして作業を続けていると、丸太に座ったままチカコは船を漕ぎ始めた。
当然、俺の作業領域は先に進んでいく。
時々、俺が振動カッターで重たい丸太を切る音が響くから、気づいたチカコは涙目で走ってくる。
そんなことを何度か繰り返すと、俺の目にはチカコの体力が限界に近いのが見えてきた。
俺も別に意地悪をしたいわけではないのだ。
「よし、今夜はこの辺にしておこう」
熊さんに任せて、再び寝床を作る。
ポットから紅茶を出し、チカコにも渡す。
メープルを入れると、疲れた身体に染みこんでくるようだった。
「本当は風呂に入れれば最高なんだが」
「あんた、混浴してるって本当なの?」
別に混浴じゃあないんだがなあ。
「風呂の外でも裸の女たちが、風呂に入るときだけ恥ずかしがるわけないだろう」
「だから一緒に入るわけ?」
「まあ、普通に入ってるつもりだ」
「お、犯したりしないの……」
「人種差別はしてないつもりだ。それにここの習慣では、そう言うことは森の中でやるんだそうだ」
「もも、森って、ここも森よね」
「安心しろ、最初は立会人がついていくことになっているから」
「立会人と一緒に犯すの!」
「立会人は女だ。通常親か親族だな。しかも二人必要らしい」
「親の目の前で犯すの?」
「だから、結婚してからなら、犯すとは言わないだろ」
「私は結婚しても、いやよ」
「それは結婚自体が嫌なのと同じじゃないか」
「何で男はあんな事をしたがるの?」
「子供が欲しいからじゃないか」
俺は不毛な話し合いに適当に答えながら、寝る準備をした。
「オペレッタ、八さんの現在地は?」
「領地から60キロ地点。朝には到着予定」
「森を抜けると小川が何本もあるから、丸木橋かなにかを用意しておくよう指示してくれ。こちらが抜けるのは夕方ぐらいになりそうだ」
「了解」
「カオルコとヨリの様子はどうだ」
「何もない、安全」
「ありがとう、オペレッタ」
「どういたしまして」
ヘルメットで全部見えているとはいえ、寝る前に連絡するのは義務であり礼儀でもある。
当たり前だが、怠るとオペレッタもリーナさんもひどく怒る。
「さて、寝るぞ」
「待って、その前に、その」
「はいはい」
「仕方がないでしょ」
「はいはい」
チカコを草の丈が高い所に連れて行く。
トイレだ。
これまで試行錯誤があったが、隣で手を繋いでそっぽ向いていればいいことになっている。
攫われたショックで一番怖いらしいのだ。
俺がするときもついてきて見ている。
もう、慣れてきた。
ヨリとカナとリンのお陰だろう。
警備班は、恥ずかしいなんて言ってられないからな。
寝床に戻るとお互いの間に丸太を一本はさむ。
誰もいないからその代わりだ。
これまでは大抵ヨリだったか。
「顔は見えるようにして」
「これくらいか」
丸太を少し下げて顔が見えるようにする。
「ねえ、女だけの星って作れると思う?」
「無人島でいいんじゃないか」
「駄目よ、生活が不便でしょ。買い物も出来ないじゃない」
「大きなお屋敷でも買って、女以外、中に入れないでもいいんじゃないか」
「外に男がいるのはいや」
「しかしなあ」
「何よ」
「女だけの星って逆にやばいだろ」
「どうして?」
「だって、女しかいない星なんて、行きたがるのは大抵男だと思うぞ」
「ああっ」
チカコは今日一日妄想してた理想郷が潰えて、ポロポロ涙を零した。
やっぱり馬鹿なのかと思いながらも、可哀想は可哀想だ。
「俺の領地は男子禁制だから、行けば参考になるだろう」
「あんたがいるじゃない」
「俺はお前にちょっかい出したりしないぞ」
「嘘よ、気を抜けば絶対に襲いかかってくるわ」
「お前、俺を何だと思ってるんだ」
一日中世話を焼いてもこれだ。
精神の大事な部分が削られるような思いだ。
俺の忍耐は無限ではない。
だが、理想郷を打ち砕いてしまったのも悪かったのかも知れない。
あのまま、妄想に浸らせておけば良かったのだろう。
何か代わりになることを考えるようにすればいいのか。
待てよ。
「確かに、領地には俺がいる。だが、俺ひとりだけだ」
「あんたがいなくなればいいのよ」
「いや、それでは女だけの星と同じで、男どもの興味を引くだけだ」
「じゃあ、どうすればいいのよ」
「俺がいれば、外の男は入ってこれないだろ」
「あんたが追っ払ってくれればね」
「そうなれば、領内でお前を犯す可能性があるのは俺だけだ」
「やっぱり犯すんじゃない」
「いや、今のは言葉の綾だ。とにかく、お前が注意すべきは相手は俺だけになるだろ。俺に隙を見せない限り安全じゃないか。女友達をしっかりつくって一緒にいれば大丈夫だろ」
チカコは騙されているんじゃないかという顔をしている。
いくらでも考えろ。
残念ながら俺は暇人じゃない。
明日も、朝から重労働が待っているんだ。
「ユウキ様」
「うーん、レンかあ。もう少し寝かせてくれ」
「ユウキ様、ひどいでございます」
「何がだよー」
「他の女と森で過ごすなど、妻を呼び出すべきでございましょう」
丸太の向こうにチカコが寝ていた。
レンは、早起きなのだ。
「何だかわからないけど、夜遅くまで重労働していたから眠いんだよ」
「夜遅くまで森で女を木にしがみつかせて、何をしていたのでございます」
「木じゃなくて材木だよ」
「森の中なら同じ事にございます」
レンに叩かれた。
「ちょっとー、朝からうるさいわよ、そこ」
「原因はあなたでしょう。チカコ」
「カオルコ、ミヤビまで何してんのよ」
「あなたがユウキさんと二人で夜を過ごしたと言うから、心配して見に来たんでしょう?」
「カオルコが心配したのはユウキさんの方でしょ」
「ミヤビ、余計なことは言わないこと」
「はいはい」
「大丈夫よ。私があの野蛮人を見張ってれば何も起こらないことを発見したから」
「?」
「?」
寝起きの俺にも理解出来ない。
レンは不機嫌だが、おしぼりを渡してくれて、朝食の用意もしてくれる。
「ユウキさん。このところ私、頑張りましたよね」
「ああ、急にリーダーを押しつけて悪かったな。凄く上手くやってくれて嬉しいよ」
「ではご褒美を下さい」
カオルコはそう言うと、頭を突き出してきた。
撫でて欲しいのだろう。
おっかなビックリ撫でてやると、エヘヘと嬉しそうだ。
何か、性格が変わってないかと、ミヤビを見ると、ミヤビは手でごめんなさいをしている。
ああ、カオルコにも俺の素性がばれたのか。
「私もヨリコに追いつけますよね」
カオルコが変なことを言い出すと、ミヤビが割り込んできた。
「私が最初に発見したんですよ、カオルコ」
「ええ、でも早い者勝ちじゃないでしょ」
「そうですけど、納得できません」
「このままじゃ、ヨリコのひとり勝ちです。いいんですか」
「ヨリは財産目当てではなさそうですよ」
「勝てば、財産もついてくるんです。考えてご覧なさい。もし救助が明日にでも来れば、チカコ以外は権力闘争で負けてしまうでしょう」
「第2夫人という手もあるのではないですか?」
「あなたはそれでもいいでしょう。でも、第1夫人は扱いが違いますよ。チカコの母親を考えてご覧なさい。どの国のファーストレディも頭が上がらないじゃないですか。フランス人なのに日本の首相夫人が頭を下げに来るんですよ。ただの総支配人の妻という肩書きだけなのに」
「お忍びでアメリカの大統領夫人も来てましたね」
「ホエール星系の260からの代表など、近寄るのも大変そうでした。それに、あの我が儘なチカコを我慢しなくても良くなるんですよ」
「確かに。我々のレベルではそれが一番わかりやすいですねえ。しかし、救助が来なければ捕らぬ狸もいいとこですよ」
「我々の捜索だけなら5年は覚悟しなければなりませんが、先月ゲート母艦が5艦隊も双子座に向かったという噂があります」
「流石はマスコミ関係ですねえ。それではいよいよ独立を決めたんですか」
「少なくとも委員会はそのつもりでしょう。父親か息子かどちらかを手に入れれば、地球はただの一星系に落ちるんです」
「おい、朝飯が出来たぞ。食べないのか」
赤米のご飯にジャガイモの味噌汁だけだが、いっぱいある。
腹一杯食べて熊さんを手伝わないと、今日中に森を抜けられない。
八さんは既に到着して、橋を造っているはずだ。
チカコは今朝は爽快らしく、隣でご飯にシャケフレークをかけてぱくついている。
残念な頭が治ったみたいだ。
俺の左右にカオルコとミヤビが座ると、レンとチカコがムッとする。
「レン、おかわり」
ご飯と味噌汁を3杯ずつ食べると、暫く食休みをして、それから水筒とシャベルを持ってチカコと手を繋いで草むらに入る。
お互いに水筒をやりとりしてシャベルで埋め戻すと帰ってくる。
朝のトイレである。
カオルコとミヤビは仰天している。
「あなた達、いつも二人でトイレに行くの?」
「だって、一人じゃ怖いじゃない」
カオルコは頭痛がするかのように、こめかみを揉む。
ミヤビはつぶやいた。
「ヨリなんかより強敵すぎるわ」
「ヨリも時々一緒だぞ」
二人は天を仰いだ。
熊さんが夜のうちに大分稼いだので、昼過ぎには森を抜けた。
湿地帯から流れてくる水は、何十という小川になって分かれたり合流したりしているが、皆小さく浅い流れだから無理すれば徒歩でも渡れそうだった。
八さんは両側に杭を打った遊歩道のような橋を作っていた。
馬車が通れる幅が十分にある。
タキが、未完成の橋から飛び降り走ってきた。
「ユウキ様」
涙を流して抱きついてくる。
俺も久しぶりなので、何だか嬉しかった。
見つめ合ってキスをする。
「誰よ、その女は」
そう言えばチカコはいつも側にいるんだった。
「タキと申します。ユウキ様の妻です」
「妻? あんたもこの男に犯されたの」
「犯される? 何でしょうか」
また、残念な頭に戻ってしまったのか。
今日は普通で、いい感じだったのになあ。
「聞かないでくれ。それより食糧は持ってきてくれたか」
「パンは焼いたのを持ってきましたが、良かったでしょうか。トーストにすればまだ十分に美味しいと思います」
「新鮮な野菜は?」
「トマトとキュウリは沢山ありますよ。レタスは湯がいた方がいいと思いますが」
「無視しないでよ」
「お前がいきなり変なことを聞くからだ」
「だって、気になるんだもの」
「お前が安全ならいいんだろ」
「そうだけど」
「なら、安全だからお前も少しは仕事をしろ」
「仕事なんてしたことないわ」
「なら、邪魔はするな。側で黙って見ていろ」
「何よ、野蛮人のくせに」
チカコは少し離れたところでめそめそ泣き出した。
「いいのでしょうか」
「ああ、今はそれどころじゃない。今日中にみんな渡らせて、3日後には領地に戻りたい」
一回の食事だけで250食だ。
料理班がいなければ食事だけで一日潰れてしまい、先に進めない。
子供たちも移動がないと、暇で何し出すかわからない。
「タキ、飲み水が確保できるところは近くになかったか」
「ここでは駄目なんですか」
タキは目の前に流れる小川を見ながら言った。
確かに綺麗に見えるが、湿地帯のオーバーフローだ。
何が混ざっているかわからない。
「歩いて1時間ほどの所に丘から流れる小川がありました。部族が何日も暮らすような場所だから大丈夫だと思います」
「よし、橋が出来たら、そこに行ってみよう」
今は地球よりも領地が恋しかった。
橋は熊さんが杭を打ち始めると、もの凄く速く出来ていった。
「若旦那は、10センチ角、3mの木材をお願いしやす」
八さんの指示で角材ばかり作ると、それを組み合わせてドンドン出来ていく。
板は熊さんが供給している。
タキはやることがないから、チカコを慰めているようだ。
レンですら我慢していたのだから、タキが我慢できないわけ無いだろう。
任せておくことにした。
橋の完成が見えた頃、ヘルメットでカオルコとヨリに連絡を取る。
「カオルコ、ヨリ、移動の準備はどうだ」
「最後の点呼を取りました。準備完了です」
「周辺に異常はありません。馬車も繋げています」
「熊さんが行くから、みんなは馬車の前、部族は後ろで進んできてくれ。迷子は出すなよ」
「わかりました」
「了解です」
八さんは橋の仕上げがあるので残し、熊さんはみんなの迎えに行かせた。
「タキ。先に行こう。今日の宿泊地を決めておきたい」
「はい、ユウキ様」
「私も一緒に行くわ」
使い残しの角材の細いのや、竹の先端の細いのをまとめて縛り、皮の帯で担ぐと八さんの作った林の中の馬車道を抜けて最初の丘を越えた。
丘の頂上に背中に担いだ角材の一本を目印に立てると、南の眺望を堪能した。
大きな草原と所々の森や林、池がある場所、いくつかの丘。
大体、隅田川まで70キロの位置である。
「タキ、水場はどの丘だ」
「右の一番小高い林の見えるところです」
「よし」
コースを決めると、丈の高い草をなぎ払い、岩などで通りづらい場所は目で見て迂回できるようにし、目標の棒や竹を立てながら、丘まで進んだ。
後から来る者たちには、どう通ったかが一目瞭然だろう。
6キロぐらい進んだところで、今日の目的地だ。
確かに丘の上からのせせらぎがある。
小砂利の川岸があるが、小川と言うにも小さい感じだ。
浅いし、大人なら2歩で渡れるから、馬車に影響はないだろう。
宿泊地は、確かに部族が拠点に出来そうな場所だった。
草地を囲んで林と崖と小川があり、焚き火をしたであろう石で囲んだサークルがいくつかあった。
部族がいたのは随分と前の時期だろう。
かなり古い感じがする。
オペレッタにスキャンしてもらい、小川の上流を探索する。
チカコがついて来たがったが、タキと二人で焚き火の準備をさせた。
200mぐらいしか離れないので、不満ながらも納得してもらえた。
タキも何故チカコが俺から離れないのかを理解していたので、任せることが出来た。
小川の源流は、丘の中腹の湧き水だった。
土が削られ、岩や石が囲んでいる。
これなら安全だろう。
戻る途中で、シャベルで小さな水たまりを作り、竹パイプで宿泊地側の崖に水を落とす仕掛けを作った。
夏だから、水浴びでも大丈夫だろう。
シャワー代わりになる。
早速、タキとシャワーだ。
石けんは馬車の中だったので無かったが、久しぶりに浴びる水は気持ちが良かった。
「あんまり見ないでよ」
チカコがそんなことを言いながらシャワーを浴びに来た。
気にしたら負けなので、俺はタキの頭をゴシゴシして遊んだ。
身長はチカコの方がでかいが、おっぱいはタキの方が大きい。
やっぱりタキの方が年上なのだろう。
身体が小さいとつい子供に見てしまうが、部族なら結婚して子供がいてもおかしくない。
俺はこの時に、タキとレンとラーマの3人を正式に妻にしようと思った。
異星人と結婚できるのかとか、子供が出来るのかとかはもう問題ではない。
俺には彼女たちを手放すことが出来ないのだと強く感じたからだ。
地球に帰るときも3人は絶対に連れて行く。
俺は迷わないぞ。
タキを抱き寄せてキスすると、タキも何かを感じ取ったのか、いつもとどこかが違うキスになった。
チカコが何か喚いていたが、二人とも気にしなかった。
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