37 女神の役割
37 女神の役割
「ユウキ様、ユウキ様」
「ああ、レンか。ひどい夢を見ていたよ」
「どんな夢でございます」
「俺の世界の女の子が空から沢山現れて、みんな助けないといけないんだ」
「ユウキ様の世界の娘とは、皆美しいんでございましょうね」
「ああ、綺麗な娘ばかりだったよ」
起き上がろうとすると頭ごと止められた。
どうやら、レンの膝枕で寝ているらしい。
「暫く、このままおやすみになって下さいませ」
濡れたタオルを、目の上から掛けられる。
火照った頭に気持ちよく感じる。
「どんな娘がおりました?」
「ああ、夢の話か。そうだなヨリという頼りになる娘がいて、和風美人って言うのか、着物とかが似合いそうな清楚な感じなのに、とても強いんだ」
「他には?」
「ヨリの友達二人も凛々しくて頼りがいがあったな。カナとリンって言うんだけど、強いのに優しくてさ」
「ユウキ様は強い女がお好きなのですか」
「そんなことないぞ。カオルコとミヤビって頭が良くて笑顔がすてきなお嬢様もいたし、アキともう一人は名前が思い出せないが、控え目で尽くしてくれそうな娘もいた」
「良い方ばかりでございますね」
「ああ、みんな美人だったなあ。性格もそれぞれ個性的で魅力的だった」
「性格も良い方ばかりなのでございますか」
「うーん、一人意地の悪い奴がいたけど、心に傷でも持っていたのかも。いつも噛みついてきたのは、男に抵抗があったんじゃないかな」
「男嫌いじゃ魅力的ではございませんね」
「それが、リーナさんみたいな凄い美人なんだよな。おっぱいは残念だったけど」
「やはり、おっぱいが気になりますか」
「ああ、ヨリのおっぱいなんかナナよりも大きくて……」
周囲から、何となく子供たちの遊んでいるような気配がする。
人が大勢いるのだ。
俺はガバッと起き上がり、あたりを見回した。
そこにはヨリとカナとリン、カオルコとミヤビとアキ、チカコとルミコもいた。後ろで小さくなっている少女は名前を聞いてない温和しい娘だ。
ヨリとチカコは、真っ赤になって両手で胸を隠している。
皆、裸ではなくジャージ姿に戻っていた。
「レン!」
「ユウキ様は寝起きにはひどく正直な方でございますから、この機会にと思いまして」
「レン」
「レンは食事の用意がございます。後は美人の皆様とお過ごしくださいませ」
「おい、レン」
残された俺たちは、ひどく居心地が悪かった。
ルミコだけは、大笑いしている。
レンは、ちょっぴり怒っているのかもしれない。
戦士たちは皆、熊さんにロープで縛り付けられていた。
弓隊を合わせて30人。
逃げた者もいるかも知れないが、部族からこれだけの人数がいなくなると、部族の食糧調達が難しくなる。
無理矢理パンとスープを食わせながら、今後の対策を考えていた。
レンとヨリが食わせるのを手伝ってくれたが、チカコは文句を言いながら手伝いもせず、離れてもくれなかった。
勝手に復讐とかされても困るので、側にいた方が良いのだろう。
「何でこんな野蛮人たちに、貴重な食べ物を分けてやるのよ」
「捕虜を虐待するのは、国際法で禁止されているんだ」
「野蛮人に国際法が適用されるのかしら」
「適用しない方が野蛮人だろ」
「野蛮人同士だったわね、ふん」
「俺は野蛮人じゃないぞ。これでも地球人だ」
「地球人は野蛮人よ」
「お前たちだって地球出身じゃないのか」
「男は皆野蛮人なの」
「紳士的な男だっていると思うぞ」
「見たことないわね。絶滅したんじゃない?」
「何だか、お前はリーナさんと気が合うかも知れないな」
「誰よ、リーナって、あなたの女?」
「うちの領地にいる機械知性体だよ。何でも男には野心があるからと、領地を男子禁制にしたんだ」
「その意見には賛成するわ。野心じゃなくて野蛮の間違いだけど」
「二人は随分と仲良しになったのですね」
ヨリが怖そうな顔で話しかけてくる。
「前から仲良しでございましょう?」
レンが何かを言っている。
「仲良くないわ。この野蛮人の趣味は大きな胸だってヨリコも聞いていたでしょ。野蛮人が仲良くするんだったらあなたの方よ。残念な私じゃなくて」
「そうだと嬉しいのですが」
「私も、残念なのでしょうか」
拙い、結構拘っているみたいだ。
「よし、捕虜の見張りは熊さんに任せて、俺たちは寝よう」
「誤魔化したわね」
「誤魔化しました」
「誤魔化してございます」
俺は聞こえないふりして、ハインツとセルターに見張り場所を指示した。
馬車3台で半円形に囲み、森と馬車の間に子供たちを入れた。
馬車の間にハインツとセルターを配置し、森側にはヨリとカナとリン、中央の馬車の内側に俺とレンが眠り、外側に熊さんが立って、捕虜を見張っている。
チカコはレンの隣に来た。
俺とくっつくのは嫌だが、離れるのも嫌というポジションである。
翌日、東の部族が現れた。
事故現場にいち早く到着していた部族なので、見覚えがあった。
交渉団は老人と新米ぽい戦士見習いで10人。
そのうちの3人が近づいてくる。
女と子供たちはかなり距離があるところに集まっている。
小さな子供を入れても100から120人の部族である。
女が増えたサンヤの方が大きい部族だろう。
馬車から少し離れた開けた場所で話し合いをする。
ヨリが途中で警戒と支援をしてくれる。
族長は、『タァャーミャィゥゥ』という名前なので『タマウ』に決めた。
タマウはスルトよりも高齢に見えたので、座らせると、レンに紅茶を淹れさせた。
砂糖の代わりに煮詰めたメープルを出すと、代表の3人は驚いていた。
タマウの両脇は、祈祷師と息子だろう。
「あなたは神ではないのか?」
タマウの質問はそれが最初だった。
説明しても次の質問が来るだけなので、面倒だし答えずに質問した。
「何故、女神様を攫おうとしたのか」
「若い者たちを押さえられなかった」
レンに今まで女神様に逆らった部族長がどうなったかを説明させた。
スルトは、引退。
カリモシは、懲役。
サンヤは、反省し協力したので豊かになり、ズルイは解散し、族長は禁固刑である。
ラシが小作として働き、カラヌシがサンヤの戦士見習いになっていることなどを、レンは滔々と説明していく。
ズルイとカリモシとラシのことは良く知っているみたいで、非常に驚いたようである。
「わしが責任を取って引退する」
「引退しても、後釜はあの中の者なんだろう」
「出来れば、このカマウに任せたい」
隣の息子らしき人物を推薦してくる。
息子と言っても30代後半の親父である。
戦士タイプではなく、ひ弱な文官といった感じだ。
さぞかし戦士たちになめられていたことだろう。
まあ、遅かれ早かれ、戦士長か誰かが独立して、部族を我がものにしたことだろう。
「だが、そうしても、戦士たちは暫く使い物にならないぞ」
戦士たちの鎖骨か足首は、骨折またはヒビが入っている。
一ヶ月は狩りは出来ない。
追いかけてこない様にそうしたのだから仕方がないのだが。
このまま赦しても、事故現場に現れたもう一つの部族に吸収されるか、若い女ばかり攫われるだろう。
そうでなくとも獲物が捕れない。
タマウもカマウもうなだれているだけで、良い知恵はわかないらしい。
「女たちの代表と話したい」
3人とも仰天した。
女が、何かを決めることなどあり得ないからだ。
「女神様は、女としか話さないし会われない。女たちが女神様の庇護を受けると言うなら、ついでに部族全体を庇護しても良い。嫌なら女たちだけでも連れて行くかも知れないぞ。どうせ部族の男たちには守れないんだ」
「少し考えさせてくれ」
代表団は非常に答えを渋ってから、一度部族の所に戻った。
こちらも準備に取りかかろう。
幹部を全員招集し、現在の状況を説明した。
「最悪の場合、女たちを全部攫っていくんですか?」
呆れたようなカオルコ。
「攫うんじゃない。移住させるんだ」
「でも、養っていけるんでしょうか。我々もいるんですよ」
「小麦と芋類で300石は取れるから大丈夫だ。大豆も取れるし、今年は稲作が上手くいけば40石にはなるだろう。ただ、労働力が足りないから、女たちだけでも連れて行ければ更に収獲が上がると思う」
「農奴じゃないの!」
野蛮人となじるチカコが、野蛮人の女たちをかばうような発言をする。
原住民でも女は野蛮人に含まれないのか。
「農奴ではないよ。開拓の手伝いは4割、農作業の手伝いは1石、つまり1年間の食事は保証することになっている。それで農業を覚えてもらい、自作農を育てる。育ったら来年はメープル山に村をひとつ作ろうと思う。収穫が少ない分はメープルシロップを輸出してもらう」
ヨリが嬉しそうな顔をする。
メープルの発見者だし、事故現場に近いところに村が出来るのが嬉しいのだろう。
きっと、モモとメープルの産地となる。
ヨリ村とかにしたいくらいだよ。
ヨリが察して微笑んでくれた。
ああ、いいなあ、こういう瞬間。
「私たちに手伝わせたいことがあるんでしょ。ロリコン」
チカコに邪魔された。
「おほん、一つ目は女たちに料理を教えて欲しい」
「料理専従班をひとつ作りましょう。アキコとサクラコ、下級生を何人か入れて班を作って」
カオルコが指示すると、アキともう一人の温和しい少女が連れ立って下級生の所に向かった。
「二つ目は、警備隊も増やして欲しい。戦士があれだから大丈夫だと思うが、威嚇になるぐらいの戦力が欲しい」
「カナコとリンコは、薙刀部でしたね。運動能力の高い下級生を教育して下さい」
カナとリンが、『よっしゃ』などと言いながら歩いて行く。
昨夜から警備の見直しを話していたから、めぼしい人材は見当をつけていたのだろう。
6年生や5年生でも、この星の戦士より身長が高いから、威嚇なら大丈夫だろう。
「三つ目は、竹材料からコップやスープカップ、木板から皿を作って欲しいんだ。見本は君たちに渡した分を参考にしてくれ」
「日用品作りですね。では、私が」
「いや、カオルコとヨリにはレンをつけるから、女神役を頼みたい。タマウ族の女の代表と交渉してくれ。部族に残ると攫われるか、飢えるかしか残っていないんだ。何としても説得して欲しい」
「交渉は、ユウキさんが為さるものだと思ってましたが」
「いや、女相手の交渉は得意じゃないんだよ」
カオルコは、チカコとヨリの顔を見てから、
「へえ、得意なのかと思ってました」
などと、意地悪く言った。
「ではミヤビとチカ、ではなくルミコは日用品の製作班を作って下さい」
「あたしは、不器用だよ」
「知ってます。あなたは器用な下級生を選んで監督してくれればいいのです」
「そうか、やってみる」
ルミコはそう言うと、苦笑するミヤビを連れて行ってしまった。
「じゃあ、レン。カオルコとヨリに部族の女たちの実態と、俺たちの領地の事を教えてやってくれ。タルト村のことや迎賓館のこともだ」
「お任せ下さいませ」
余ったチカコはカオルコに文句を言おうとしていたが、俺がさっさと歩き始めると慌ててついてきた。
今のところ、俺かヨリが側にいないと怖いらしい。
「あんたはこれからどうすんのよ」
「まずは武器制作だな」
熊さんと近くの木々を見て回り、やはり樫が一番良いと熊さんが進めるので、それを板状にしてもらい木炭でデザインを描く。
薙刀の刃の部分は小さくした。
石突きの部分を少し太めにする。
すっぽ抜けないようにだ。
全体で150センチになった。
俺はいたずらを思い付いて、革袋から砂金を取り出し、ハンマーで延ばした。
近くの松から樹液を取り、それを薙刀の刃の部分に薄く塗りつけてから金箔を張り付ける。
できあがりは、何となく刃物っぽくなった。
3本できあがった頃、カナとリンが新しい部下たちを連れて見に来たので、試してもらう。
二人は凄い気合いで薙刀の演舞を披露して、近くで縛られている戦士たちを引きつらせた。
やがて、部下たちにも配り素振りを始めさせる。
「ユウキ様、凄く良いですこれ」
「金の薙刀なんて驚きました。でも軽くていいです」
「まあ、金箔なんだ。脅しにはなるかと思って」
「いや、かなり怖いですよ。金箔だとは思えない感じです」
「じゃあ、ちょっと実戦訓練してみようか」
俺はいつもの棒を構えて、二人と対峙する。
カナとリンは少し離れてから薙刀を構え『キエー』と声を出す。
正直かなり怖い。
有段者の貫禄がある。
しかし、考える間もなくカナの薙刀が上段から振られ、リンの横薙ぎが来る。
躱せない。
逆に飛び込んでカナの振り下ろしを避け、棒でリンの横薙ぎを受け止める。
そのまま走り抜けると、後ろをカナの薙刀が走るのが感じられた。
下からの切り上げである。
剣道の猛者たちが泣きを入れる、『浦波』というワザだった。
足を止めたらやられていた。
「上手く避けましたね、ユウキ様」
「まったくです」
「おわっ」
振り向くと、直ぐに突きを入れられた。
タルトやコラノでも、ここでアウトだろう。
俺は何とか同時に弾くと走って逃げた。
後ろでブンブン音がするから、二人の足もかなり速い。
ボーとしていたチカコを捕まえ、後ろに隠れる。
「なっ、なっ」
「女を盾にするとは!」
「卑怯ですよ、ユウキ様!」
「だって、君たち本気なんだもん」
「当たり前です!」
「殺す気でやらなければ武器を持つ意味がありません」
「なっ、なっ」
「いや、これ訓練だからね」
「降参ですか」
「降参ですね」
「はい、降参します」
俺は棒を横に放り投げた。
カナもリンも暫く睨んでいたが、やがて踵を返し、部下たちの素振りに戻っていった。
戦士たちは震えている。
「あんた、そんなんで私を守れるの!」
チカコに怒鳴られた。
「すみません。頑張ります」
棒を拾って、トボトボと熊さんの所へ行き、今度は竹の切り出しに取りかかった。
太めの竹は節のところで切り、スープカップにしていき、節と節の間は二つか三つに切り、簡易のお皿にする。
細めの竹はコップにして、残りはスプーンやフォークにし、後には木蓋をはめて水筒やコップにもする。
仕上げの口当たりの部分を、ルミコとミヤビの班にやってもらう。
スプーンやフォークも先端だけを加工し、柄を削る必要は無い。
使えれば良いのである。
それでも100人を超える人数だから大変だ。
しかし、力仕事ではないからか、班の人数が多い。
そっと、向こうを見ると、既に女たちとの話し合いは始まっているようだ。
族長たちが遠くから不安そうに見ているが、近づけない。
最初にヨリが追い返したからだろう。
そう打ち合わせてあった。
ヨリはレーザーライフルを肩にかけ、俺の八角棒を持って仁王立ちしている。
170センチの体格は、戦の女神として語られるだろう。
レンがパンの耳を炙ったものに、コップに入ったメープルをつけさせて食べさせている。
料理班が、直ぐに対応してくれた結果だろう。
アキとサクラには感謝だな。
交渉は、かなり有利になりそうだ。
メープル村も人気が出そうだな。
「そんなに女の裸が見たいの」
「ええっ?」
「随分と熱心に見てるじゃない」
「違うぞ、交渉の様子が気になっただけだ」
「いいのよ、今更言い訳しなくても。気に入るのはいた?」
「だから、違うって」
相変わらず、嫌みな女だ。
俺にくっついて来るなら可愛げがあってもいいだろうに。
何かこいつに出来る仕事はないのか。
「お前は何か得意なことはないのか」
「そうねえ、乗馬かな」
役にたたねえな。
「この星にも馬に似た動物はいるぞ。鹿に似た顔をしているけど」
「それじゃ、馬鹿ね」
それが『ツボ』だったのか、チカコは大笑いを始めてしまった。
周囲がみんなフリーズして注目してくる。
馬車の影から料理班まで覗いてくる。
カオルコに睨まれた。
俺は目と手で謝り、チカコを引っ張って竹加工を続けている熊さんの所へ戻るが、チカコの笑いが止まらないので、ミヤビたちにも謝って熊さんも連れて、森の中に入っていく。
ようやく治まったチカコは、俺の手を引きはがした。
「どさくさに紛れて、何処に連れ込んでるのよ。この変態!」
「いや、次の仕事だ。お前が恥ずかしいことをするからだろ。散々馬鹿笑いしたくせに」
「仕方がないじゃない。それより仕事って何よ」
急に不安そうにする。
「この森に馬車道を通すんだ。領地に帰るためにな」
「何だか怖いのよ。また、攫われるような気がするの」
「戻っても良いぞ。俺たちは仕事だが、お前が付き合う必要は無い」
「いやよ。一人になるのは怖いわ」
「直ぐそこにみんないるじゃないか。安心しろよ」
「でも、私は守ってもらいたいの」
「俺は変態らしいから、ついてくると危険かも」
「何するの」
「さあ、何をしようか」
「まさか!」
「そのまさかかも」
「いや、怖いのよ。本当に怖いの」
涙目になっている。
確かに一度攫われているし、トラウマも持っている様だ。
「冗談だよ。別に何もしないぞ。お前はまだ中1だろ。世間では子供じゃないか。何でそんなに怖がるんだ」
「む、昔一度、誘拐されたの。お金が目当てのくせに変態だったわ」
「わかった。それ以上は言うな」
「どうして?」
「言っても、お前は楽にならないだろ」
「そ、そうね」
「そうだ。それに俺は誘拐犯じゃない」
「でも男だわ」
「残念ながらな。でも良かったよ」
「何が良かったのよ! 人ごとだと思って」
「いや、だってお前、信じてた男に裏切られたわけじゃないんだろ。誘拐犯は知り合いだったのか」
「見たこともない男だったわ」
「なら、良いんだ」
「良くないわよ!」
怒っているが、泣いてはいない。少しはよくなったか。
「けれど、知らない奴を警戒するのは普通のことだろ。警戒しない方がおかしい」
「そうね、私は恐がりだけど、壊れてるわけじゃないわ。どの医者も保証してくれたわ」
「なら、そのままきちんと警戒しろ。出来れば、自分を守れる強さを身につけた方が良いな」
「守れる強さ?」
「男の一人や二人、ぶっ飛ばせるだけの強さだな」
「そんな無理よ、怖くて」
「無理なんて言ってたら一生怖いままだぞ」
「いいのよ、私は一生処女のまま子供も作らずに生きていくの」
変態に誘拐されたのに処女なのか。
お金が目的だからか。
「それで良いなら別に構わないが。ただなあ」
「何よ」
「お前は俺を信用できないんだろ」
「当たり前よ、男だもの」
「信用できない男に守ってくれって、間違ってないか」
「……」
「警護用アンドロイドでも持つか、それとも男のいない星でも探すか」
「それよ! 男のいない星を作ればいいんだわ」
「お前、ほんとは馬鹿だろ」
「何よ、何処が馬鹿だっていうの。男がいないなら安心じゃない。きっと移住したい女もいっぱいいると思うわ」
チカコはすっかり男のいない星にとりつかれてしまった。鼻歌まで歌っている。
トラウマを抱えていると言うよりは、思い込みが激しいだけなのかも知れない。
ほっとこう。
「熊さん、こっちのラインの方が高低差が少ないと思うんだがどうかな」
「もう少し、木が少ないラインが早いと思いマス」
「あの辺は木が少ないって言うか、小さくないか」
「そうデスネ」
熊さんと見に行く。
「ねえ、待ってよー」
チカコは自分の考えに夢中で機嫌がいい。
それでも離れないのは長年の習慣なのだろう。
「これは、泥炭地デス」
「これが、泥炭?」
ひょろひょろの木がまばらに生えている。
湿地帯の側だから泥炭があっても不思議ではないが、こんなに乾いている泥炭なんて想像してなかった。
沼の底を浚わないと出てこない、みたいなイメージかな。
少し掘り出して、火を付けてみる。
完全に乾いているわけではないから、なかなか火がつかない。
やがて燻りだし、少し燃えていく。
煙は少ない、質がいいみたいだ。
乾かすだけで使えるなら、炭よりも楽だ。
ここは領地から100キロ、街道を整備すれば2日か3日で運べるようになるかも知れない。
更に100キロ行けばメープル村、そこから200キロがニタ村の砂金。
北森街道を整備するか。
いっそのこと、泥炭で蒸気機関車とか。
いや、鉄がまだだった。
ピンクゴールドの機関車なんて、リーナさんじゃないが、悪夢のようだ。
とりあえず、常識が勝ったようで、俺は泥炭地に道を通すことに決め、熊さんと上機嫌なチカコを連れて、皆の所に戻ることにした。
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