33 レンとの夜
33 レンとの夜
新たなる砂金のサンプルを求めて沢登りを始めたところで、レンの悲鳴が聞こえた。
「棍棒を持った男が3人」
オペレッタからの詳細報告を聞きながら、走って戻る。
危害が加えられるようなら、電撃で攻撃するから大丈夫だが、レンはちょっと不安定だ。
これ以上は、負担をかけたくなかった。
人選を間違えたか。
いやいや、二人きりでいても『本当にえっちなこと』にならないように、レンを連れて来たのだ。
タキは今日の俺的には最有力候補だし、キン、ギン、ドウの3人は例の件以来、女の武器を使おうと修練しているし、体感時間では18歳前半の俺の欲求も段々エスカレートしているしで、ラーマを連れて来たら何しに来たのかわからなくなる自信があるくらいだ。
ここは、やはり、レンしかいなかったのだ。
おお、レンが髭親父にスカートを引っ張られている。
「レン」
「ユウキ様!」
俺は、棍棒を構える髭親父にショルダータックルをかました。
髭親父は吹っ飛び、5mぐらい先でバウンドするとゴロゴロ草地を転がっていった。
付き添いの二人は息子だろうか、まだ若い。
唖然とした顔で親父を見ていたが、直ぐに助けにいった。
「ユウキ様、旅はもう嫌でございます。レンは帰りとうございます」
「ごめんよ、レン。嫌な思いばかりさせて」
俺が舞い上がっているのか、レンに運がないのか、今日はレンにとっての厄日に違いない。
いや、原因は全部俺か。
「そう思うなら、レンを守って下さいませ! レンをちゃんと見て子供扱いしないで下さいませ!」
どゆこと?
「いつもいつも、レンだけ子供扱いでございますよ。今日だってタキがクルリと回っただけで、ユウキ様はずっとタキに夢中で、レンを見てもくれません。だから、我慢して大人として振る舞おうと頑張っているのに、何だってこんな事ばかり私に、私だけ、レンはとてもつろうございます! レンだって、立派な女なのでございますわ」
赤い顔して怒ったり泣いたり悲しんだり、何だか忙しかったが、言いたいことは少し理解出来た。
しかも、この感情を持て余す感じは、去年のタキに似ている。
自分の存在を小さく感じたりする情緒不安定な所は、同じなのかも知れない。
ホバーの脇に取り付けてあった、八角棒を取り出すと、復讐心に燃える棍棒3人組と向き合った。
飛び込んでくる最初の髭親父の棍棒を、下から合わせて左に弾き飛ばす。
そのまま一回転して、左の奴に棒の前側を突きこむ。
同時に飛び込んできた右側の奴の棍棒を、後ろ側で弾くと右の回し蹴りで吹っ飛ばす。
更に、起き上がってきた髭親父の棍棒が振り下ろされる度に、棒の先で右側に弾くと、髭親父はたたらを踏む。
何度か繰り返しながら、レンに叫ぶ。
「俺もまだ子供だぞ、レン。去年の俺よりも大人になったつもりだが、来年の俺からすれば子供だよ。レンだって同じさ」
「それは、そうでございましょうが」
「俺のいたところでは、思春期とか青春とか言ってなあ」
髭親父の小手に入れて、棍棒を落とさせる。
レンの所に戻り、レンの目を見る。
「大人と呼ぶには恥ずかしいし、子供と呼ばれると腹立たしい。そんな時期をそう呼ぶんだ」
「青春でございますか?」
「ああ、そうだ。そしてその時期は色々あることが一番楽しい時期なんだよ。大人になって威張ってみたり、子供になって甘えてみたり、泣いたり喜んだりしてな」
再び棍棒を振り上げる髭親父に、左から小手を入れる。
棍棒が再び地面に落ちる。
「少しずつ大人になっていく自分をちゃんと見ていないと、一番楽しい時期を見逃してしまうぞ」
「そうでございましょうか?」
「ああ、そうだ」
それから三度、棍棒を持つ手を打たれた髭親父は、跪いて泣き始めた。
降参したらしい。
息子らしき連中も加わった。
「では、そちらの青春しているお客人たちに、レンが夕食を振る舞うことにいたしましょう」
「いや、お客人じゃあないと思うけどな」
「猪泥棒だろうと人攫いだろうと、夕食時は皆で食べるのがユウキ様のやり方でございます。今はレンしか女がおりませんので、私がユウキ流を守るしかございません」
「そんなところは、随分と大人だよな、レン」
「少しは大人の部分も無くては困りますでございましょう。では、ユウキ様。暫くこちらでお客様のお相手を為さっていて下さいまし」
レンが簡易コンロで何やら作り始めたので、仕方なく髭親父たちを座らせ、紅茶を出してやった。
角砂糖を入れてやると、再び泣き崩れた。
息子らしい若者二人も恐縮している。
そんなに悪い奴らじゃないのだろう。
レンも迷惑そうにしていたが、怯えてはいなかったからな。
やがて、レンの手料理が振る舞われると、3人の男たちは、驚いたり、泣いたり、叫んだりと随分忙しかった。
「この時期に鮭が食べられるのが、珍しいのでございます」
鮭フレークと大豆のスープである。
領内では『またか』と言われるくらいに普通の食事だが、塩鮭ですら春まで持つかどうかの保存性だから、一般には初夏には食べられないだろう。
トーストに蜂蜜をぬったものは、理解を超えているのだろう。
ひたすら美味いを繰り返しているらしい。
大盤振る舞いに満足したのか、髭親父が何かを言う。
「レンを嫁に欲しいそうでございます」
「そりゃあ、駄目だな」
「どうしてでございますか?」
レンはすました顔で俺の隣で正座して、夕食を食べている。
給仕で忙しかったからだ。
「だって、レンは俺の」
「俺の?」
「可愛い」
「可愛い?」
「大切な」
「大切な?」
くそう、どうしても言わせる気だな。
「俺の、つ、つ、妻だからだー」
レンはクスクス笑うと立ち上がり、髭親父に啖呵を切った。(多分)
滔々とまくし立てるレンは、やがて美しい語り部となり、内容はわからないが、多分『ズルイとの戦い』を演じているのだと思う。
途中に『ズルイ』と『サンヤ』と『ユウキ』が混じるからだ。
『カリモシ』もあったと思う。
髭親父は驚いた顔で聞いていると、途中で更に驚き、やがて感動から気落ちする所まで行って、肩を落としてトボトボと離れていき、焚き火を用意して息子たちと寝てしまった。
「ユウキ様の妻と納得してございます」
「何だか、凄く話が大げさじゃなかったか」
「全然、足りませんわ」
後片付けをして、ホバーを警戒モードにセットする。
一応、光音のスタングレネードにしておくが、ホバーのランチャーには、TNT火薬の2倍以上の高性能爆弾が4個あり、コンクリート要塞などは吹き飛ばせる。
ナパームも4個あり、戦国時代の小田原城など1週間は燃え続けるだろう。
一応、消火弾もあるが。
最大はプラズマ弾であるが、これらは武器ではなく、惑星開発の装備として許可が下りたものである。
祖父さんの時代は何でもありだったと言うことだろう。
レーザー砲も付いているが、野生動物用と言うことになっている。
まあ、すべてオーバーテクノロジー過ぎて使えない。
この惑星では、電撃だけでも十分すぎるのだ。
祖父さんや親父はどんな星のどんな時代を想定していたのだろう。
ホバーではプロペラの戦闘機には勝てないだろう。
2、3機撃墜できても、撃たれたら防御がないホバーはおしまいだ。
やはり、文明相手ではなく、猛獣相手だったのだろう。
シュラフの脇に棒を置き、ランタンをセットすると、ヘルメットを一応警戒のために頭の側に置いておく。
後はオペレッタが全部引き受けてくれるから、見張る必要は無い。
レンと歯を磨いてからシュラフに入る。
レンは、スカートを脱ぐと枕元にたたんでからシュラフに入ってきた。
腕枕して寝る気でいたので、抱き寄せようとすると、スッとレンが上に乗り、両手で俺の顔をはさんで来た。
「レン、何を」
「おやすみのキスでございます」
チュ、チュ、チュと軽く3回すると、レンは微笑んだ。
良かった。前回と同じで軽い唇だけのキスだ。
「今のはキン、ギン、ドウの代わりでございます。次はタバサとリリの分」
そう言うと、軽く2回。
「次は、アンとカズネの分」
ベロチューに変わった。
予定していたボーダーラインを、レンがあっさりと踏み越えていく。
「アンはそんなキスしないぞ」
「そうでございましたか。しかし、本人の希望もございます」
更に軽く2回。
「これはサラサとナナの分でございます」
「あの二人はもう夫人枠だろ」
「夫人がキスしてはならない、などという掟はございませんよ」
「でも、ラーマとカズネがそう言ってたような気がするぞ」
「あれはリーナ様がそうボヤいていたのを言いふらしただけでございます。本当はしたいけれども、自分たちが参加すると他の夫人たちも参加したがるので我慢しているだけなのでございます。二人の優しさなのでございますよ。嬉しいでございますか」
「サラサはそんなタイプに思えないけどなあ」
熱い視線を寄越したナナはともかく、サラサは最初から子ジャケの世話をしていたし、結婚も望んでいたような気がする。
「ユウキ様が鈍感なのでございますよ。あの二人は長女だから我慢することが身についてしまい、我が儘をちゃんと我が儘として分けて置けるのでございます。まあ、サラサは身分不相応と最初から割り切っていたでございましょうが、それでも人攫いから助けられてユウキ様にときめいてしまうのは、アンやカズネと同じでございましょう」
「そうかなー」
「それよりも、次はラーマとタキの分でございます」
これまでにないほどの濃厚なキスに俺はかなり反応してしまう。
ドキドキものである。
何故レンはこんなに上手く出来るのだろうか。
レンは息継ぎを2回ほど入れると、
「やはり、カズネの言う通り、キスとは良いものでございますね。子作りよりも大事にしたい気持ちがわかるような気がするでございます」
などと言いながら、しがみついている。
カズネが教えたのか。
シュラフに潜っているから顔は見えないのだが、俺の心臓が飛び跳ねているのは、レンにわかってしまうだろう。
こんな予定ではなかったはずだが、頭も心もレンが子供だと言うことを納得してくれない。
本当は、抱っこしてジタバタするのを楽しみにしていたのだ。
いたずら心を起こした自分が悪いのだが。
「レン。今更なんだが、俺の世界では女の子のキスは大事なものらしい」
「本当に今更でございますね。その大事なものを広めておきながら、どうしたいのでございます? 女も嫌ならしませんわ。ユウキ様も、不潔な女とキス出来ませんでございましょう?」
「そうだけどさ。でもやはり限度というか、お互いの気持ちというか。年齢というのか」
「男たちが衛生的になれば変わるかも知れませんが、今のところ毛皮のニオイがしない相手はユウキ様だけでございます。それにレンはユウキ様の妻でございます。いけないことはございませんでしょう?」
レンはじっと俺を見つめながら話しているのだろう。
心を映し出されているかのようで、少し恥ずかしい。
「年がどうのとお考えなら、嫁に行く方が問題ですわ。それとも子供は人を好きにならないとでもお考えでしょうか。子供にだって豊かな感情はありますし、子供なりの好きがございます。レンの年の好きが認められないのは、この年の子供の感情を認めないのと同じ事でございます。来年には来年の好きがあるかも知れませんが、今は今の好きがあってもよろしいのではございませんか。それも青春でございましょう」
「しかしなあ、何でこんな事になっちゃったのか」
「今まで散々しておいて卑怯でございます。レンだけ仲間はずれにするのでございますか。それとも、明日からはレンだけという掟を作るでございますか?」
そんなことをしたら、今よりひどいことになるだろう。
リーナさんに殺されるかも知れない。
勿論、俺だけだが。
「それに、大事にする意味はございません。この世界では、親や族長の決めた相手と添い遂げるのが愛に近いものでございます。婚姻前に好きになったりいたしませんわ。私もカリモシがユウキ様に差し出した者。好きも嫌いもございませんでしょう。ユウキ様に気に入られ、添い遂げれば良いのでございます」
「じゃあ、レンは俺が好きじゃないのか」
「言葉の綾でございますよ。私はユウキ様が今では大好きでございます。でも、例え大嫌いでもきちんと添い遂げて見せましょう」
「俺の世界では、好きな相手と結婚して、嫌になったら離婚したりするんだけど」
「そんなのは女の我が儘でございますよ。添い遂げることが女の生き様でございます」
「しかし、段々嫌になったり、他に好きな男が出来たら難しいだろう」
「嫌になるのは我が儘でございます。添い遂げられないのは女として恥でございます。ましてや他の男になど最低の女でございます。男に愛される価値はございません。毒ハマグリでも食べれば良いのです。そもそも相手が嫌だなど言えぬのが婚姻。例え後で嫌になっても、それは自分は悪くないと駄々をこねる子供のような行為で、不平不満を相手に押しつけ、責任は自分にもあると考えない身勝手なものに過ぎませんわ。他部族に攫われたり、死別したものに比べればどれほど幸せか」
確かに攫われてきたズルイの女たちは、嬉々としてサンヤに嫁いでいたよな。
あれでも正式な婚姻だから、嬉しいのだろう。
「さあ、ユウキ様。最後は自分の妻に優しくおやすみのキスをして下さいませ。レンは今宵から少しずつ、女に、大人になるのでございますから」
涼やかな落ち着いた声、滑るような肌、甘い唇。
背筋にしびれるような感覚が流れる。
顔が見えないから余計に官能的だ。
いたずらするつもりが、主導権を握られたままだ。
俺がへたれなのか、レンが凄いのか。
いや、小さいから子供だと決めつけてる俺が間違っていたのかも知れない。
きっと去年のタキも13歳か14歳で、今年は14歳から15歳ぐらいになるのだろう。
部族社会ではきっと今年は嫁に行っているはずだ。
頭の中で、タキがクルリと回る。
ああ、そうだな。子供には見えない。
可愛らしいではなく、愛しいのだ。
レンも出会ったときはあんなに小さかったのに、もうすぐ2年近くになるのか。
だから、きっとレンも13か14なんだろう。
身長130超えは、日本で言うなら170センチ超えの女の子と一緒だ。
ラーマですら128で、大きい方なのだから、きっとそうだ。
二人とも花が開く前に知恵が伸びてしまうから紛らわしいのだろう。
栄養が足りなかったせいなのだろうか。
それに、13歳から14歳の女の子って、みんな初恋の真っ最中のような感じじゃなかったか。
今更、拒めるわけがないが、これで良いのか、ブレーキはかけられるのだろうかと悩んでいると、ヘルメットが緊急呼び出し音を出し始めた。
助かったか、残念か。
「オペレッタ、何事?」
「ユーキ、カカが脱走」
「何だって? 電撃が効かなかったのか? 被害は?」
「タルトが宴会してたのよ」
リーナさんが話し始めた。
ノイズはないが、タイムラグがある。
「夕方から、タルト村の全員で迎賓館に集まって宴会をしてたらしいわ。ナナとサラサの懐妊のお祝い」
ちょっと、ドキッとしたのは言わないでおこう。
「その帰りに大勢が酔っぱらってログハウス前でカカ相手に何やらくだを巻いていたのよ。その隙にカカが逃げ出したんだけど、妊婦やら赤ん坊やらがいて、電撃を使えなかったの」
「そりゃ、上手くやられたもんだ」
「ズルイも逃げ出そうとしたけど、そちらはコラノが押さえたわ」
「被害はないんだね」
「怪我人はいないわ。タルトは落ち込んでいるらしいけど」
「ラーマは?」
「宴会には参加しないで領内にいたから、無事よ」
「暫くは領内に足止めだね。何が起こるかわからないし」
「ラーマが一番わかっているわ。怯えてはいないけど、タキが側に付いているわ」
「まあ、カカが攻めてくるとは考えられないけど、何か嫌がらせぐらいは考えてるかもしれないな」
「今のところ、何処のセンサーにも引っかからないわ。勿論、隅田川にも現れる気配はないわね」
そこまで馬鹿じゃないだろう。
何度か逃げ出したのは予行演習だったのか。
その後、諦めた振りをしていたのか。
「もう、悪さをしないなら、逃がしても良いんだけど。どうせ、何の役にも立たないんだから、世話するのも面倒だしなあ」
「そう、上手くはいかないわよ。直ぐには無理でも何か悪巧みをするに決まってるわ。しつこい男は何処でも嫌われるものだけれど、本人に自覚がないからしつこいのよね。流石にラーマに同情するわ」
「まあ、他部族の情報が入るようになれば、対策は出来るかも知れないから、今後は知り合いに頼むことにするよ」
「カリモシ、いや、今はイタモシ族かしら、それとサンヤは協力してくれるでしょ。スルトはどうなっている事やら」
「きっとモリト族として現れるよ。パルタとスルトが先に来てくれると良いんだけど、タルトが気にしてるからなあ」
スルトはタルトの伯父さんであり、タルトはパルタの伯父さんみたいなものだ。
仲良くできるだろう。
「それで、ユウキ。砂金の調査は終わりそうなの」
「明日は源流を調べてみる。それからこちらに面白い人がいるから、砂金取りをしてもらおうと思ってるんだ。運搬はサンヤに頼むか、定期的にタルト村から人を派遣するかだな。将来は、船で利根川を下って東京湾に持ってこれると良いかな」
「レンは大丈夫なの」
「帰りたいって愚図ってたけど、今は落ち着いていると思う。明日は元気になるといいなあ」
「帰ってきたら、ユウキに変なことされなかったか調べるから」
「へ、変なことはしてないよ」
「エッチなこと以外でしょ?」
「そんなこともしてないよ」
「エッチな人の言うことは信用できないわ。1CCでも出してたら、全部抜いてやるんだから」
リーナさんとのやりとりは、この恐ろしい宣言で終わった。
シュラフに戻ると、レンは幸せそうな顔で眠っていた。
美しく、幼く、穏やかな顔だったので、何だか嬉しくなった。
疲れたのと、目一杯背伸びしてたのと、情緒不安定かな。
明日のために、起こさないよう気を遣って眠る事にした。
逃げ出したカカは、穏やかには暮らせないものだろうか。
世界はこんなにも広いのに、などと考えているうちに俺も眠ってしまったようだった。
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