32 金の川
32 金の川
朝食が終わるとタキとレンとラーマは迎賓館に出勤し、俺は出勤してきたキン、ギン、ドウの3人と農作業をする日々が続いていた。
今日は2段目で田んぼの草取りである。
「お前たち、勉強はしないのか。手伝いは午後からでも良いんだぞ」
「私たちの勉強は、領主様の為さることを直に学ぶことです」(キン)
「領主様の侍女見習いなんですから、領主様のお側にいたいです」(ギン)
「領主様と一緒に、です」(ドウ)
3人とも麦わら帽子に、肘手前までの樹脂手袋、太股の上部までの樹脂長靴姿だ。
ゴムではないので伸び縮みしないから、手先、足先、に少し遊びを作り、付け根をぴったりさせて、泥が入って来ないようにしてある。
着けるときは上部半分を裏返して手足を入れ、裏返った残りを返しながら持ち上げると、ぴったり装着できる。
試行錯誤を繰り返し、実用化したものである。
八さんのジカタビは、わら靴なので、田んぼにはきついのだ。
琥珀色の長手袋に、琥珀色のロングブーツを履いているように見えるのは品が良いが、後は裸だから実に色っぽくて困る。
特に太股のところでちょっと締め付けてるような感じが、太股を強調してたまらない。
更に草取りではお尻を上げたまま作業するので、様子を見ると裸のお尻しか見えない。
伸びてきた稲の間から、3つのお尻が見え隠れする様子は、男子高校生の心臓とかに非常に良くない影響を与える。
ちなみに、ラーマのお尻を100点とすれば、90点はあるだろう。
3つで270点だ。
100点を我慢するのだって大変なのに、270点を我慢しろってひどくないか。
見習いのうちはスカートは駄目なんだそうだ。
だけど、正式採用する前に嫁に出すんだよなあ。
去年、サラサは秋に結婚したんだよな。
この3人はカリモシではサラサの後輩にあたるから、今年は結婚してもおかしくないのか。
実際、栄養状態が良いせいもあって、背も伸び女らしく柔らかそうな色っぽさを振りまいている。
ショートボブが金銀銅に輝き、とても豪華だ。
傍から見れば、3人の愛人としか見えないだろう。
爆発させられるかもしれない。
お昼に、足湯で泥を洗い流し、昼食のサンドイッチを食べながら聞いてみた。
「今年の嫁候補は、お前たちが一番最初になりそうだが、カリモシかサンヤのどちらが良い?」
3人はお互いを見てから、サンドイッチをバスケットに戻す。
「カリモシなんか嫌いです」
「サンヤはもっと嫌いです」
「両方、いや」
「そうなるとスルトか。しかしなあ、去年から全然姿を現さないんだ。あそこは」
俺はカップの紅茶をズズッとすすった。
「そうだ、カリモシ、サンヤ、スルトに一人ずつ嫁ぐのはどうだ。バラバラになって寂しいだろうが、早くここに定住できるように夫に農業の良さを教えてやってくれれば…… 」
3人はスッと立ち上がると、スタスタ歩いてきて、キンが左肩をギンが右肩を、ドウが紅茶のカップを持ち、俺を後ろに倒す。
キンの右膝枕。
ギンの左膝枕。
ドウの馬乗りが完成する。
「あ、ああのこれはどういう……」
「タキ様が、領主様はおっぱいがお好きと」
「ラーマ様が、領主様は膝枕がお好きと」
「レン様は、お尻と」
キンが乗り出すようにして胸を強調すると、ギンは俺の頭を抱えてスリスリして、ドウは腰の上でお尻を押しつけてくる。
3人とも赤い顔をして、左右前からサラウンドのように声をかけてくる。
「私たちでは」
「領主様のお気に」
「入るよね」
拙いぞ、これは神様のご褒美か悪魔の罠か。
「領主様、これから森に行きましょう。立会人が二人いることですし」
「そうね、それがいいわ。立会人が二人もいるし」
「二人とも立会人ね」
「ももも、森は拙い、森は拙いって」
「何を仰るのですか。こういう事は早いほうが良いのです」
「そうですね。早いところ契ってしまった方が」
「契る、契る」
「だから、森に行くのは、拙いんだって」
3人は引き摺るように押し出すように、3段目との境へ連れて行こうとする。
「森に行くのでございますか。ユウキ様」
空中に、吹雪が舞ったかのようだった。
全員が、凍りついたように動きを止め、首だけが回る。
そこに笑顔のレンが、同じようなショートヘアをした侍女見習いを5人後ろに立たせて立っていた。
とても美しい笑顔で、とても恐ろしかった。
レンはシートに正座すると、来い来いと手招きする。
俺は覚悟を決めて、レンの前に正座する。
キン、ギン、ドウの3人は、いつの間にか揃って頭を下げている。
レンは、自分の膝を示し、来い来いを繰り返す。
俺は怖いので言いなりにすると、レンの膝枕に寝そべることになった。
「それで、あなた方はどうしてユウキ様を森に連れて行こうとしたのです?」
レンが3人に尋ねる。
レンは、俺以外にはございますは使わない。
左手で俺の頭を撫で回している。
右手は頬だ。
「領主様が私にカリモシに嫁げと」
「私にはサンヤに嫁げと」
「私はスルトに」
「だからと言って、森に連れて行こうとするのは許されません。あなた方はユウキ様の気持ちを汲むのがお仕事でしょう」
そうだ、レン。もっと言ってやれー。
「はい、心得違いをしていました」
「申し訳ありません」
「ごめんなさい」
「では3人とも早く食事を済ませてしまいなさい」
「はい」
レンの方が年下なのに、凄い迫力である。
「で、ユウキ様は3人の気持ちを汲んで言ったのでございますか。カリモシに嫁げなどと」
「えっ、いや、でもタルトとそう言う約束で、リーナさんが全員嫁に出すって」
「ユウキ様、リーナ様の口車に乗ったら、私やタキやラーマまでカリモシやサンヤに嫁に行かされるでございます」
「ええっ、でもさ、約束したんだよ」
「良く思い出して下さいませ。タルト村長はセバスの孫を、嫁を出すための補佐官として使ってくれないか、と申したはずでございます」
「ああ、そう言えば補佐官にって言ってたな」
「そうでございます。その後リーナ様が引っくるめて嫁にするとか仰ったのでございましょう」
「そうだね。その後は、確かにリーナさんとしか話をしてない」
「おかしいとは思わないのでございますか? ズルイの女たちは何処にも行く当てがないのでございましょうが、この3人はタルト村の者でございます。嫁に出すなら村長が考えてくれる事でございましょう」
そう言われると、その通りに思える。
俺が馬鹿なのか。
リーナさんの口が上手いのか。
しかし、レンは良くわかるな。
頭良いんだなこいつ。
とても、あのカリモシの孫とは思えない。
それにしても、嫁に出すための修行をさせるだけではなく、それを教える補佐官か。
確かに嫁に出したらタルトに呆れられるな。
危ないところだった。
種芋を食っちまってどうするんだ。
そんな感じで言われるんだろうな。
イモ親父だからな。
「レン、ありがとう。危うく間違えるところだった」
「何でもないことでございます。それより、森に行く前には、ちゃんとレンの事を思い出して下さいませ」
レンは俺の頭を膝から落とした。
ゴチッ、ぎゃん。
「あなた方も女なら、力ずくではなく、ちゃんと女としてユウキ様を落としてごらんなさい」
3人に向かってそう言うと、レンはお尻を振りながら去っていった。
やっぱり、怒ってたんだ。
しかし、何か用事があって来たんじゃないのか。
その内容を知るのは、夜にリーナさんをキスの刑に処してから二日後だった。
「これは、砂金だよ。初めて見るけど大きいもんだな」
レンに渡されたものを見て驚いた。
親指の先ほどの大きさがあるのだ。
「北西の山に流れる川から沢山取れるそうでございます。綺麗なだけで、何のお役に立つとも言えませんが、ユウキ様が珍しいものをお探しと聞きつけて、見習いの一人が持ってきたのでございます」
この砂金一粒でわかることもあれば、わからないこともある。
何しろ、山師と呼ばれた祖父さんの孫だからな。
「リーナさん、ちょっと行って見てくるよ」
「あなたねえ。まるで近所の駄菓子屋に行くかのように言わないでちょうだい」
俺の部屋には、リーナさんとタキもいる。
ラーマだけは、タルト村へ指導に行って留守だ。
「だけど、やっと金属の手がかりを掴んだんだ。拾い集めるだけで高純度金属なんて、砂鉄を除けば金ぐらいしかないし」
「高純度じゃない方が良いのよ。鉄は固いだけじゃなく、軽いから良いの」
「金の斧じゃ、重くて使えないか」
「純金じゃ、柔らかすぎると思うわ。馬車の車軸にはならないでしょ」
「サバイバルの教官に金のナイフを持っている人がいたけど」
「金メッキに決まってるわ。曲がって使えないナイフなんて、持ってるだけ無駄でしょ。飾りなら、ダイアモンドのナイフにすれば良かったのよ。折れない限り硬さは折り紙付きなんだから」
ナイフが削り出せるダイアモンドって凄いよね。大英博物館か英国王室の宝になりそう。
マハラジャかアラブの石油王かな。
人工のダイアモンドなら作れるのか。
いや、カーボンファイバー製のナイフで十分じゃないか。
「金属は重要だよ。比重が重くたって、混ぜものを入れれば少しは軽くなるし硬くもなる。鍬は無理でも、備中鍬だっけ、あれなら行けそうだし、金箔にして腐食しない容器も作れるし、電線にも使える」
「まさか青銅器以前にホワイトゴールドやピンクゴールドを使うんじゃ無いでしょうね。黄金器時代なんて悪夢だわ。それに金の一番の用途は貨幣よ」
「物々交換もこれからなのに貨幣経済はまだ無理だよ。それに金が一番必要なのはオペレッタだよ」
「そう? ああ、そうよね、外装被膜だわ。真空より樹脂をはさんだ方がより効果的かも、それならベテルギウスでも…… 」
久々の『ツボ』のようだ。
もう、自分の世界に入ってしまった。
ぶつぶつ言いながら部屋を出て行くリーナさんを、タキとレンが不思議そうに見送る。
いくら勉強してきても、金属、貨幣、宇宙船と話が続けばさっぱりだろう。
まだ、フライパンを落とすと割れると思っているのだ。
「タキ、二、三日の間、領主代行を頼む」
「その、砂金とかがある川に行くんですね」
「ああ、それでレン、一緒に来てくれ」
「えっ?」
「えっ?」
「その、金の川で誰かに会った時に必要だろ。巫女が」
「承知いたしました。カズネに教師代行を頼むことにするでございます」
レンは出て行った。
だが、タキがフリーズしたままである。
「おい、タキ。仕事の方よろしく頼むぞ」
「あ、あの、レンと二人だけで三日間も過ごすのですか?」
「二人だけじゃないぞ。ここでいつもオペレッタと繋がっている」
俺が頭を指すと、タキは不安そうに見つめる。
今はヘルメットは被っていないが、出るときは被る。
「あ、あの、ユウキ様」
「何だよ、変だぞタキ」
「何かこの辺がモヤモヤするんです」
随分とふくらんできた胸の間に手を置く。
最近、忙しいからあまりじっくりと観察する機会がなかったが、身長も更に伸びて140近いし、胸はラーマに負けていない気がする。
体型も顔も仕草もドンドン女らしくなって来た。
「あのですね、レンとキスしたことなど、ありませんよね」
「レンはまだ子供だろ」
俺は惚けることにした。
明言は避けるべきものなのだ。
「なら、大丈夫でしょうか」
一体、何の心配をしてるんだよ。
変なことにならないうちに準備を進めよう。
クローゼットを開けて、リュックを出す。
タキはまだ俺の様子を窺っているが、俺は真面目に装備の点検を行う。
オペレッタが何か言いたそうな気配があるが、気にすれば何か言うだろう。
無視して作業だ。
砂金ならザルも必要だ。
スコップもあった方が良いな。
シュラフは、二人用を持って行こう。
ひとり用2つより楽しい、いや、きっと安全だしな。
タキは徐にスカートを外すと、俺の目の前でくるりと一周まわった。
「ユウキ様。何かあったら妻を思い出して下さいね。チュ」
タキはスカートを持ち、笑顔を一つ見せると出て行った。
正直に言おう。
心臓を貫かれるというのは、こういう事だろう。
砂金探しを中止して、タキと一緒に過ごしたいと思った。
ホバーにレンを乗せて東京湾から太平洋に飛び出し、北へ進路を取った。
途中で見かけるいくつかの小さな島は、皆無人島のようだった。
実は、頭の中はタキの一回転が無限に再生していて、何も考えていない。
童貞男子高校生とは、とても悲しくて、つらいものなのである。
200キロ北上したところで、レンのゴーグルを外し、キャノピーを引き出す。
怖がってはいないようだ。
不機嫌そうにしてはいるが。
「レン、ちょっと速度を上げるが、我慢してくれよ」
「だ、大丈夫でございます。レンは子供ではございません」
まあ、ここからはキャノピー内で過ごすから、今までよりは寒くないだろう。
「オペレッタ、赤城山(俺命名)までに部族の気配はあるか」
「赤城山北側、荒川沿いに1部族が移動中」
「よし、目標上空まで高度6000で行く」
「了解」
キャノピーを閉じると2Gの加速が来た。
久しぶりの感覚である。
プラズマエンジンは速度が速いほど効率が良い。
逆に低速度は苦手だ。
そのためプロペラが必要になる。
高度6000まで上がると、後は滑空飛行と同じだった。
「オペレッタ。一番南の山に小川が見える。あの辺にしよう」
「了解」
赤城山は関東平野の真ん中にあり、直ぐ北側を荒川が流れている。
領地から200キロほどの距離であり、関東平野北部の山々までも200キロぐらいの位置にある。
標高800mぐらいだが、周囲には300から500mの山がいくつかあった。
その南の山の小川沿いに進んで、適当な場所に降ろす。
ホバーに水を補給するためだ。
関東平野のど真ん中に、水を補給する場所があるのはありがたかった。
さっそく、ホースを出して小川に入れる。
ホバーは勝手に水素を触媒で分離して、燃料にしていく。
30分もあれば十分だろう。
「しかし、ここの関東平野は広すぎるな」
「大体16万平方キロ。日本の関東平野の10倍」
「そんなにでかいのか。この世界の日本は大国だな」
「プレイリー、パンパ、ウクライナに比べれば小さい方」
確かにアメリカでステーキというと500gぐらいはある。
日本では200gでも大きい方だ。
平均摂取カロリーが全然違う。
うわさ話だが、太平洋戦争時代に、ゴボウを使ったけんちん汁は日本兵にはご馳走だったが、捕虜に食べさせたら、戦後に捕虜を虐待したとかで処刑されたそうだ。
木の根っこを食べさせた罪とか、あくまで噂だけど、あり得そうな話だ。
草地にシートを広げ、へろへろのレンをホバーから取り出し、シートに寝かせる。
ポットを出し、コンロに火を付けてソーセージをボイルしシャケドッグを作る。
レンは背中を向けたまま寝ている。
コーヒーに角砂糖を二つ入れ合成ミルクも入れてかき混ぜると、レンの前に座る。
「レン、コーヒー入れたから飲んでみろ。少しは気分が良くなると思うぞ」
「レンは子供ではございません。大丈夫……」
「おい、レン」
レンは一粒涙を流すと、ガバッと起き上がり、俺にしがみついてきた。
「怖かった、怖かった、怖かった。あーん」
初めて見る、レンの泣き顔だった。
俺はかなり反省した。
タキの姿の連続再生で、レンを思いやってやれなかったからだ。
(レンはまだ小さい女の子なんだぞ)
俺は自分を叱りつけると、レンが泣き止むまで抱きしめていた。
周囲の林にはモモの実が撓わに実っていたが、今はレンに申し訳ないので、回復するまでは我慢しよう。
午後の飛行は、前部座席にレンと向かい合わせで乗ることになった。
ひとり用だからかなり狭いが、レンが回復せず、しがみついているので、何とか収まってしまう。
だが、レンは俺の上に跨っているのだから、スカートなんかずり上がっているのではないか。
狭いから下まで見えないので、確認は出来ないのだが想像は出来る。
操縦はオペレッタがやってくれるので、座って指示するだけだから問題はないが、レンがいつもと違うので戸惑ってしまう。
30分で北西の山々に着いた。
金の川は、小川と言うよりは沢に近い。
ホバーの側にレンを休ませ、防御をオペレッタに頼むと、俺は早速、川で砂金取りを始めた。
ザルで川底の砂を浚うと、一回で3粒ほどの砂金が取れる。
「ゴールドラッシュ前ってこんな状態なのか?」
通常金の比重が大きいので、川底の下の方に沈んでしまう。
だが、上の方にもこれだけあると言うことは、まだ、供給され続けていると言うことだ。
凄いぞ。
少し上流に向かう。
沢は谷間になり、やがて5mぐらいの滝に出た。
最初は普通の滝に見えたが、コケの生えた小石が実は金だとわかると驚いた。
滝壺を調べると河原の小石みたいなのが、半分以上金である。
念のため、一つをハンマーで叩いてみる。
きちんと潰れる。
純度が高い証拠だ。
「オペレッタ、見えるか」
「見てる」
「河原の石ころが全部金だぞ。本当なら大金持ちだ」
「ユーキは最初から大金持ち。遺産を相続してないだけ」
「でも、自分で稼いだ金はひと味違うぞ」
「見た感じでは14から18金。ピンクゴールドが大半。錫、亜鉛、ニッケルが必要」
金は、ここでは金属として利用するしかない。
軽く、または硬くするには、合金とするしかないだろう。
「少しぐらいは、気分に浸らしてくれてもいいじゃないか」
「無駄」
やれやれ、知性体には黄金の価値はわからないらしい。
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