03 急転直下
03 急転直下
俺とリーナさんは、居住区から操縦席に移った。
コンソールには、この星系の主星といくつかの惑星が簡易位置表示されていた。
巨大ガス惑星(木星型)が3、地球型が2、水星型が2である。
現在は、1G減速を行っているが、船体の速度はかなり速い。
惑星軌道面に対して、30度近い俯角があるので衝突は起こらないが、減速を怠ると目標を飛び越えて苦労するだろう。
次第に一番近いガス惑星が大きく見えるようになってきている。
幸いにも、地球型の2つの惑星は恒星のこちら側にあった。
「オペレッタ。地球型の2つを拡大できるか」
「了解」
コンソールの表示が2つに絞られ、目標が拡大されていく。
右が第3惑星、左が第2惑星である。
「うーん、どちらにも雲と海があるように見えるけど」
俺はリーナさんに尋ねる。
オペレッタには船の安全に集中してもらわなければ危険だからだ。
「右は海ではなく氷ね。極にはドライアイスの山が見えるわ」
「火星みたいな環境かな」
「火星よりも大きいけど、軌道的には火星に近いわね。大きいから火山活動が続いているみたい」
「電波信号、光信号、確認できない」
これは予想の範囲だ。
惑星軌道に両親の船があれば、何とか救難信号を出せるはずだ。
うまくすれば地球にも届いただろう。
だが、絶望視するのはまだ早い。
船には着陸船があり、地上に降りていれば生きている可能性があるのだ。
「第2惑星に情報を絞ろう。オペレッタ、第2惑星をさらってくれ」
「了解」
コンソールに第2惑星だけが拡大される。
まだ距離があるので分解能は悪いが、雲の間から陸や海が見える。
北半球に南北アメリカ大陸を横にしたような地形がある。
「凄いな。山脈がはっきり見えるってことは、あの平地は森かジャングルだろう」
「少なくとも電気文明の兆候も都市文明の兆候も見られないわ。陰の部分に、明るいところも見えない。極冠は北極のようね。色の配分が、北から南への変化があるから植物で間違いないわ。一部には、紅葉らしき部分もあるわ」
「後は、大気組成と大気圧か」
「酸素24・5%、窒素74%、二酸化炭素0・6%、後は希ガスと水素が少々ってとこね。海面気圧は1気圧弱。酸素が若干多い以外、殆ど地球とかわらないわ」
「そんな偶然あるんだねえ」
「植物型惑星は酸素が豊富よ。でも酸素濃度が上がると火事が起こり易くなるから、徐々に下がると言われているわ。結果的にはある一定の範囲内に納まると言われているのよ」
「動物ってのは寄生体みたいだね。惑星環境は植物が作ってる」
「動物や人間が生きていくのに必要なものは、水と塩以外はすべて植物が提供しているのよ。酸素とタンパク質、脂肪に糖分、リン。間違いなく寄生体ね」
共生体とは言えないのだろうか。
「よし、では第2惑星軌道上に目標設定」
「………」
「オペレッタ、目標を」
「異常!」
船内にアラームが鳴る。
何も異常は確認できない。
わけがわからん。
俺は訓練どおり気密服を着ながらヘルメットと予備酸素タンクを探した。
疑問は、後回しにすることで生き延びることが結構あるからだ。
リーナさんは、操縦席に沈み込むような対ショック姿勢を取りつつある。
「オペレッタ! 異常は何だ!」
俺は理不尽さを感じながら、どこかで両親と同じ事態に巻き込まれたのではないかという後悔をしていた。
どうにかヘルメットを持って操縦席に座ると、目の前のコンソール表示が突然変わる。
真っ赤な炎に飲み込まれたかのようだ。
激しい横Gが襲ってくる。推進剤が爆発を起こしたのだろうか?
「姿勢制御を最優先! 安全コースを選択!」
船が回転を始め、コンソールの炎もぶれる。
一瞬輪郭が見えた。多分、赤色巨星だ。
距離がわからないが至近に感じる。さっきとは別の恒星だった。
わけがわからん! 脱出可能なのか?
「多分、ゲートを通ったんだわ」
隣からリーナさんの声が聞こえる。
冷静なので頼もしい。
だが、こんな所にゲートがあるわけがないじゃないか。どこだかわからないけど。
「補助動力起動。パワー上げる」
オペレッタは正常のようだ。ありがたい。
「重力に無理に逆らうな。スイングバイで重力を振り切れ!」
赤色巨星の縁を睨みながら、俺は叫んだ。
冷静でいられないのが、自分でもよく分かる。
「恒星が脈動してる! コース安定は無理」
船内温度が10度から一気に40度になった。
ドッと汗が噴き出す。
コンソールに映し出された恒星の縁がふくらむ。
まるで爆発したかのような速度だ。
一緒に吹き飛ばされるのか!
俺が覚悟したとき、膨張は急速に収縮へと変わった。引き潮のようなGが来る。
振動から、船体が悲鳴をあげているのが分かるような気がする。
「重力不安定。コース設定は不可能。スイングバイ軌道は膨張時の恒星表面内」
冷静な死刑宣告のように聞こえる。
しかし、何か方法を考えなければ確実に死ぬ。
「赤道方向を選択しろ、オペレッタ」
「了解」
何か策があったわけではない。
単純に赤道方向に恒星の回転による遠心力が加わるため、Gが少なくなるのではと思えたからだった。
「補助エンジン3基をブースターにして多段ロケット方式に設定できるか」
「時間がかかる。できるかも」
船内温度は60度を超えた。
感覚的には30分は持たないだろうと思う。
両親はこれを経験し、乗り越えたのだろうか。
脳が勝手にマルチタスク状態になっている。
目の前のことに集中しながら勝手に余計なことを考えている。
これが走馬燈か。
横を向きリーナさんの姿を確認する。
リーナさんは俺をじっと見ていた。
コンソールの赤がリーナさんの髪や瞳に映り込み、燃えているかのようだった。
「ユウキ、表面にゲートが見えるはずよ。見逃さないで」
この人は巫女か、それとも女神か。
そんなバカなと思いながら、何も打つ手がないのも確かだ。
船内温度は80度を超えている。
リーナさんがおかしいのか、俺がおかしいのか、どちらにせよこの現況があり得ないことなのだ。
ならば馬鹿げたことに賭けてみるのもひとつか。
俺は無いものがあるかのように恒星表面を睨み付けた。
収縮していたそれは、また爆発するように膨張していた。赤道面では更に顕著である。
まるで太陽が一瞬で地球軌道までふくらむような馬鹿げた膨張である。
自分の方が突っ込んでいるような錯覚さえ感じる。
これは膨張速度が光速を越えていることを意味する。
しかし、引き波も光速を越えるのはどういう理屈なのだろう。
もうどうでもいい。今は表面上にある何かしらを探そう。
「ユーキ、あれ」
オペレッタの冷静な声を確認するまでもなく、俺はそれを見つけていた。
引き潮のような収縮と重力に取り残されるように、真っ黒な円形の穴が出現していた。
大きさは比較できるものが無いのでよくわからないが、星のひとつぐらいは飲み込めそうな気がする。
それが引き潮とともに取り残され徐々に小さくなる。
チャンスはこれっきりだろう。
船内温度は110度に達した。
汗が蒸発し、素肌が燃えてるように見える。
「最大速度で、あの穴に突っ込むぞ」
リーナさんもオペレッタも反対しない。
後は、穴が無くなる前にたどり着けるかどうかだけだ。
その後は、生きてるか死んでるかどちらかだろう。
まったく、宇宙は静かだった。
コンソールには星々が煌めいている。
やがて、コンソールがゆっくりと動いていき、太陽を映し出した。
見慣れた色、見慣れた大きさだった。
まるで、俺の1年間の冒険がチャラになったように感じる。
何しろ近くには地球があるのだ。
「帰ってきたのか?」
「落ち着いてユウキ、あれは地球じゃないわ」
「ええ、だって日本列島が見えるよ。北はロシア大陸で、西には中国大陸だってあるじゃん」
リーナさんは俺の横に立つと、ゆっくりと頬をなでてきた。
「地球にはロシア大陸なんて無いのよ、もちろん中国大陸もね」
リーナさんが言うことを、よく飲み込めない。
「さっきの赤い太陽覚えているでしょ。あれは体感時間10分にも満たない出来事だったの」
「正確には8分と57秒」
オペレッタが追認する。
俺の体感では30分くらいだけど、俺が間違っているのだろう。
「その間に、船を操り、脱出方法を考え、ゲートを見つけ、飛び込んだの。そして、こうして無事にいる。まったく奇跡というほかないわね」
リーナさんはゆっくりと離れ、そしてコップ一杯の水を運んできた。
「さあ、ゆっくりと飲んで」
コクコクと水を飲んだ。
火照った身体には何よりのものだった。
水が記憶にも染みこんでくるようだった。
リーナさんが母親の頃に戻ったみたいに思える。
いや、リーナさんはずっと母親じゃなかったっけ。
今は、妻になったんだっけな。あれは祖父さんの葬式の時だったかな。親父たちは現れずにって。
「そうだ。ここは村長の王国!」
リーナさんは焦る俺の膝に座ると、両腕を首に回してきた。
「まったく、30分も目を開けて口も開けたまま気を失っていたんだから。私が人工呼吸しなかったら目を覚まさなかったかもしれないわ」
「それは嘘」
オペレッタの軽い突っ込みが入った。
「とにかく、私たちは無事よ。ここがどこかはわからないけれど」
リーナさんは『ここ』と言うときに、チョンチョンとコンソールを指さした。
「それでも、村長の惑星でゲートに入った。あの忌ま忌ましい赤い星でゲートを見つけた。焼け死なずに飛び込めた。こうして居住可能な惑星に出られた。これだけで今日の分の奇跡はおしまいでいいでしょ。今後生きていくとか、両親を見つけるとか、地球に帰るとかは次の奇跡に期待しましょう」
確かに、一応危機は去ったと考えたい。
「また、ゲートに捕まるなんて可能性は?」
「絶対にないとは言えないわ」
「では?」
「ううん、それこそ奇跡が必要だと思う。しかも、それを既に2度も使ったんだから、生きている間にもう一回は無理でしょうね」
「あれは本当にゲートだったの?」
「正確には天然物だからはっきりとはわからないわ」
「天然物?」
「そう、自然現象」
「じゃあ、委員会は?」
「そうね。天然物と人工物じゃ、天然物が先にあることになるわね」
「オペレッタの意見は?」
「90%の確率で、あの星はベテルギウス。委員会が何かしら知っていたと言うのに、そう、全財産賭けてもいい」
何で奴らは、俺や両親に何も警告せずに許可したんだ。
両親の時はまだ知らなかったとしても、俺に知らせずに行かせて、どんな得があったんだろう。
モルモット扱いだったのだろうか。
駄目だ、頭が煮えてきた。
色々ありすぎたせいだろう。
知性体でもあるが、生命体である俺には食事と休息が必要だ。
「とりあえずオペレッタ」
「はい」
「現在位置の確認と惑星の調査をお願いできるか」
「一日ほしい」
「ついでに安全も、まあ一応注意しておいてくれ」
「了解」
命はあった。
危機も去ったと思いたい。
一日は無理でも暫く休憩するとしよう。
翌日、と言うより24時間後、食事を取り、十分な睡眠を取り、シャワーを浴びて着替え、朝食を取り終えた俺は、昨日とは別人になったような気分がした。
疲れないし、軽く浅い眠りですむリーナさんも今日は寝坊しているようだ。
正確には眠りではなく思索とデータ整理なのだが、うつらうつらしている感じなので眠りに見える。
ともかく、現状確認が最優先である。
「おはよう、オペレッタ」
オペレッタは別の意味で眠らない。
「おはよう、ユーキ」
「今までで分かったことをすべて教えて欲しい」
「本船の被害、補助エンジン2基が完全に溶融。燃料タンクも2基が修理不可能。1基が損壊3割。完全修理には材料があっても2年以上かかる」
俺はハーと大きくため息をついた。
「それじゃ地球に帰れない?」
「無理すれば補助エンジンとメインエンジンのみで帰ることは可能。ただし、光速に達するまで何年かかるか不明」
「たどり着いたら、もう爺さんになってるとか。本当に浦島太郎か」
「そこまではいかない。少年とか青年とかは呼べない年齢。エリスが喜ぶ、かも」
エリスとは、祖父さんの仲間の孫のひとりでアメリカ人である。
年がひとつ違いのせいか、結構話をした仲だった。
出発前に一応連絡しておいたのだが30年の別れをどう表現すればいいか分からなかった。
二度と会えない訳じゃないが、俺が17歳で向こうは48歳となれば何とも言い難い。
「良かった。あなたの子供を産まないですむ人生になったわ。ふんっ」
という、素っ気ない返事が届いていたが気にしないことにした。
リーナさんは『ツンデレめ』とか言ってたが、ごたごたしていたので他人の人生までは考える余裕がなかった。
一度も会ったことがない両親の生死が判らない状況では、気が回らなくても仕方がないだろう。
どうせ金持ちのアメリカ娘の人生だ。
決まりどおり結婚離婚を何度も繰り返し、おもしろおかしく生きていることだろう。
「ユーキ、赤ちゃんならわたしが何とか頑張る」
「別に頑張らなくてもいいぞ」
「ユーキ、ツンデレ」
「違うぞ。それより、ここが何処か分かったのか」
「ツンデレ、ツンデレ」
「オペレッタさん」
「ここはエリダヌス座の端のほうの名もなき恒星系。ベテルギウスから560光年、地球からは310光年」
コンソールに地球から見た星図が現れ、オリオン座の下の方の一画に、円形のサークルがポイントされている。
「さ、三百じゅうだって! 何かの間違いじゃないのか」
「殆ど正確。ただし距離だけで時間まではわからない」
「ど、どういうこと?」
「二度に渡るゲート通過で、時間もずれた可能性がある」
うーん、納得できない。
一体何が起こってこうなったのか。
1年かけて双子座付近に行き、一瞬で600光年先のベテルギウスに飛んで死にかけたあげく、10分弱の死闘を経てエリダヌス座だって、納得できるほうがおかしいのではないか。
「今から直ぐに帰れるとして、地球に着くと310年後になってるのか」
「ズレが無ければ、正確には出発してから約325年後」
「325年て、どんだけだよ」
「江戸時代に例えれば、徳川家康が幕府を開いてから明治を過ぎ大正デモクラシーぐらい?」
駄目だ、全然実感がわかない。
「エリスの15代後ぐらいの子孫が迎えてくれる。感動の再会」
「そんなのまったくの他人と同じじゃん」
「エリスは他人じゃなかった?」
「そこ、絡むとこじゃねえ」
「ひょっとしたらユーキの子孫? 楽しみ」
「わくわくするな。俺に子孫なんかいねえ!」
いつの間にか、リーナさんが起きて来ていることに気づかなかった。
「まだ8時前よ。朝から何をそんなにはしゃいでいるの」
「別にはしゃいでねえ」
まずい。リーナさんに突っ込んでしまった。
「何よ。エリスと子供を作っておきながら」
「作ってません」
「本当?」
「本当です」
「絶対に?」
「絶対にです」
リーナさんはにっこり笑うと、俺の膝に座り首に抱きついてきた。
「じゃあ、私と作りましょ」
「リーナさん、確かこれから子宮を作るって言ってましたよね」
「そんな細かいことは気にしないの」
リーナさんは耳元で囁く。
俺は、耳元が弱いのだろうか。
男はみんなそうなのか。
「わたしもユーキの赤ちゃん作る」
「オペレッタ!」
また、このパターンか。
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