22 小エピソード
22 小エピソード
タルト領にかまけていても、仕事はいくらでも出てくる。
八さんが、ゾウの頭みたいなものを焼いて欲しいと言ってきた。
「これは、一種のランビキですよ。若旦那」
ランビキが何だかわからなかったが、アルコールも造れると聞いて早速作ってみた。
巨大なものなので4つのパーツを一つずつ作っていく。
完成したので、組み立てて、材料を入れるのだが、これはサツマイモを細かく擂ったものだった。
凄い量を作らされ、更に麹で発酵させる。
この時点で、女性陣から相当苦情が起きたが、八さんの実験だからと言うことで我慢してもらった。
俺だったら、我慢してもらえないんだろうな。
出来た原料をやっとランビキに入れ、炭で炊くと蒸気が噴き出し、僅かずつだが甕に芋焼酎ができあがっていく。
俺と八さんはハイタッチして喜んだが、あたり一面に漂う臭気に再び女性陣から苦情が来て、ランビキは2段目に島流しの刑に処された。
俺たちは2段目の神田用水を利用して、ランビキの効率化を図った。
竹パイプで冷却用の箱に蒸気を通し、箱を用水で冷却できるようにすると、効率はかなり上がった。
「これで、焼酎からアルコールも造れやすね」
八さんは喜んだが、一日中炭を使うので炭焼き量は増え、1段目との往復も大変だった。
「大体75度付近の温度を保たないと上手くはいきやせんねえ。炭も馬鹿にならねえ」
「お湯で温めるんじゃ駄目かな」
「そのお湯も炭で沸かすんなら同じことでやすよ」
「いや、95度の温泉があそこから取れるんだよ」
「さすがは若旦那!」
俺たちは早速温泉の湧き出る岩場に2つ目の穴を空けた。
風呂場より少なめで良いというので小さめにし、竹パイプで2段目までの配管を作り上げる。
お湯が熱いので砂岩で水槽を作り、ランビキの水槽と繋げると上手い具合の温度になったが、焼き物のランビキの熱伝導が悪い為、下の段は薄い鉄板に換えた。
これで24時間焼酎造りが可能となった。
しかし、廃湯が問題だった。
用水に流すと温度が上がりすぎて3段目の池に環境問題が起こりそうだった。
そこで、大理石の足湯温泉を作った。
深さ30、幅120、長さ3mである。
これは畑仕事をするもの全員に賞賛された。
俺と八さんは調子に乗って、更に足場の廃湯を使ってデカい貯水池を作り、板敷きで塞ぐとその上で堆肥を作った。
冬場には堆肥が温められて発酵が良くなるのだ。
だが、また女性陣から臭気の苦情が来た。
「臭くて、足湯が使えない」
最もだった。
俺と八さんは、堆肥小屋を建て、5mもある煙突まで作らなければならなかった。
イケメンと出会った。
イケメンはスルトのイケメンではない。鹿モドキである。
領内の3段目に2頭いるのだが、両方雌らしく平和に暮らしている。
体重は200キロを超えているだろうが温和しく利口な動物だ。
頭に二股の丸い角があり鹿顔なので鹿モドキと呼んでいるが、実際には小型の馬に近い。
大理石の調達と新たな水源調査を兼ねて、西の山付近を探査しているとき、巨大な鹿モドキに出会った。
これがイケメンである。
体重が300キロを超え、角も一回りでかい。
非常に気が立っているらしく、攻撃してこなかったものの、先には行かせてくれない。
暫くにらみ合いのような拮抗状態が続いたが、先の方からうめき声のようなものが聞こえる。
イケメンは一度林に消えたが直ぐに戻ってきた。
その時、何とも困ったような顔に見えた。
苦悩に近いかも知れない。
「何かあったのか。力になるぞ」
俺は通じないのがわかっていても、そう言わざるを得なかった。
イケメンは暫く苦悩し、ブルブル首を振って歩いて行く。
俺が立ち止まっていると、ブルブル言って見つめる。
俺が歩き始めると案内するかのように様子を見ながら先を行く。
待ってたのは、雌だった。
難産のようだ。
俺は八さんに繋げてもらい指示を仰いだ。
「出ている片足をもどす以外ありやせん」
八さんの結論はそれだった。
このままだと子供が死に、母親も体力が尽きて死ぬだろうと言うのだ。
ただし、もどすときに相当痛いらしい。
母親の覚悟次第だと言う。
俺が見るとイケメンは何も言わない。
俺は雌の首を撫で『覚悟してくれ』と言うと雌はじっと見てから目を閉じた。
涙が一滴流れた。
やがて目を開け決心が付いたかのように俺を見る。
しかし、緊張して身体に力が入りすぎていると失敗する。
首筋を撫でながら『はー、はー』とリズムを作ると雌の呼吸も少し長くなってきた。
ポケットからミントキャンディをひとつ取り出すと口に放り込んだ。
嬉しそうだが涙目は隠せていなかった。
後ろに回り、子供の足関節の位置取りを確認して力を入れながらゆっくりもどした。
雌は気丈にも耐えた。
その後は普通以上に楽に出産し、子供は1時間もすると走れるようになった。
それからイケメンは俺を背中に乗せると疾風のごとく走り、30分以上走っただろうか、草原に入った。
そこに一頭の若い雄がいてイケメンを見つけると喜んで近寄り、その後走って群れの方へ。
イケメンはゆっくりと群に近づき、群もイケメンに近づいて来た。
背中の俺は外野だった。
自分ではメンバーのつもりだから補欠ぐらいか。
群のボスは年だがイケメン以上に威厳があった。
額に雷模様があるのでカミナリと呼ぶ。
若い雄はカミナリの息子のようだ。
似た模様がある。
『キヒヒ』とイケメン。
『ブルブル』とカミナリ。
暫しの静寂の後『キヒヒーン』とイケメン。
雌が5頭も現れた。
イケメンは雌5頭をを連れて群を離れた。
引き留めようとするカミナリの息子。
叱りつけるカミナリ。
立ち去るイケメン。
こいつらの関係は何なのかは次回のお楽しみ。(本当は知らない)
途中でヒミコ(他の雌を見ているうちにそう思った)と、子供に合流する。
一頭ずつ雌を確認するヒミコ。
やがて、付いてきなさいと言うかのように引き連れてイケメンに合流する。
「あいつら、全部妊娠してるだろ」
「キヒヒ」
イケメンは笑ったように見えた。
この時にイケメンと名付け、今はイケメンと8頭の妻たちは、6頭の子供と3段目や4段目で暮らしている。
トウモロコシが気に入ったようだ。
湘南で海水浴をした。
連日35度を超える暑さで、少し休もうというアイデアからだった。
旅行というのは安全上考えられないし、行けたとしても旅館とかのサービス施設が皆無だから、疲れるだけだろう。
そこで、湘南で海水浴という話になった。
リーナさんが参加を表明したのは驚きだった。
領主館からは俺とタキとレンとラーマ。
領民からナナとリリ、アンとルルネ、カズネとタバサが参加した。
レンとラーマ、アンとルルネは、どうも日焼けしてはいけない体質に思えるので、特別に日焼け止めクリームを用意した。
更に天幕、すだれ(八さん作)、樹脂シート、小型ゴムボート、コンロに鉄板などを用意し、クーラーボックスには飲み物だけでなく、食材などが大量に積みこまれた。
大荷物をヒーヒー言いながら引いて先に出発すると、途中で塩の壺を抱えた八さんが追い抜いていった。
「近頃は、塩の出来が良いんで。お先に、若旦那」
少しは手伝ってくれても良いのに…… いや、今日はお休みするって断ってあったんだっけ。
苦労して到着すると、180度白い砂浜のプライベートビーチである。
遠浅で水も透き通っている。
こんなところで、美少女たちと一日中…… お約束みたいな展開だぞ。ムフフフ。
多分、誰が見てもまともではない気味の悪い顔をしながら、お姫様たちを迎える準備をした。
毎日毎日裸を見て過ごしているのに、まだ裸が見たいのかと仰る方がおられるかも知れませんが、
イエース、イッツ別腹。
なのである。
日常と非日常では見え方も異なることだろう。
天幕を組み立て、すだれを下げて樹脂シートを敷いていく。
食材と飲み物を配備して、コンロや鉄板も配置する。
その後は、センサーの設置にかかる。
海は未知の世界である。どんな凶悪な生物が潜んでいるのか想像できない。
だが、あまりに凶悪なのがいれば、魚たちが優雅に暮らしているわけないので、あんまり心配しすぎてもいけない。
まあ、用心は必要である。毒ハマグリなんてのもいるくらいだから、毒持ちの水棲生物ぐらいいてもおかしくない。
水深1mぐらいの所に2箇所センサーを仕掛け、念のためにオペレッタにエリアスタンを撃ってもらう。
「どうかな、オペレッタ」
「夏場はエサが少ないのか、回遊魚は見あたらない。危険はほぼ無し。安全」
「でかいのとか、奇妙なのは」
「ユーキだけ」
俺はでかいかも知れんが、奇妙じゃないだろ。
おっと、お姫様たちが到着したぞ。
ムフフ。お出迎え、お出迎え。
熊さんが引いてきたのは、御簾で囲まれたような豪華な4輪馬車だった。
熊さんは階段を設置してから御簾を上げる。
うおっ、いきなりリーナさんだ。もの凄くきわどい水着を着ている。
「何よ」
「いえ、かなりきわどいかと」
「他の連中ほど、露出は多くないのよ」
リーナさんは、ため息をつきながら、モンローウォークで天幕に向かった。
この星の女たちより大きなお尻を振っているが、ヒップラインが以前よりも高い位置にあるような気がする。
下半身の研究は続けているようだ。
「こほん」
「ああ、タキ」
御簾をくぐるタキは、サンダル以外は何も着けていない。
しかし、タキの目は俺とリーナさんのお尻の間を往復するだけだった。
「リーナ様は、身体も大きいですから仕方がないです」
タキもため息つきながら天幕へ。ちょっぴりお尻を振れてるかな。
「……」
「やあ、レン。暑い中大変だったな」
「……」
吹雪のような目で一瞥して、歩いて行ってしまった。
やはりサンダルしか着けてない。
お尻を振るセンスは、タキより上だった。
「ご主人様…… 」
何故、涙目なの?
「海が広すぎて怖いです」
「大丈夫、絶対に危険なことはないから」
「守って下さいますか?」
「ああ、今までだってラーマを見捨てたことなんか無いだろ」
「そうですね。頑張ってみます。チュ」
顔を赤くして後ずさってから走って行ってしまった。
何だってあの人はいつも少女なんだろう。
「ユウキ様」
カズネとリリ、アンとタバサが俺を囲んでいた。
みんな赤くなってモジモジしているので想像がついた。
「やあ、みんな良く来てくれたね」
俺はひとりひとり頭を撫でて誤魔化すことにした。
4人とも嬉しそうだが残念そうに歩いて行った。
途中、アンはナナからルルネを受け取って行く。
残ったナナが馬車の影に隠れる。
「ユウキ様」
「何か困ったこと? 海が苦手なのかナナも」
俺が笑いながら俯いている顔を覗き込むと、
「チュ」
「ナナ!」
「私は子供扱いされませんよ」
べーして、走って行った。
揺れるおっぱいを見るべきか、振れるお尻を見るべきか。
俺は少し混乱していた。
その後、ラーマとレンの全身に日焼け止めクリームを塗るという青春には過酷な状況に陥ると、タキやカズネも参戦して、アンが涙目でつかまって来た後、ナナやリリ、タバサまでが順番待ちをして、結局、怒り狂うリーナさんにもクリームを塗ると言う苦行が待っていた。
そして、みんなが浜辺でビーチボールや浮き輪で遊んでいる間も、バーベキュー作りや、冷たい飲み物配りを言いつけられた。
見張り役は熊さんがやっていた。
遊べたのは、ゴムボートの漕ぎ手として、ひとりずつ沖まで見せに行ったことだけだったが、、裸の女の子と差し向かいでボートに乗るのもかなりの苦行だった。
途中、塩鮭ラーメンを作って出すと、全員が美味さに驚いてくれた。
調子に乗って作った味噌ソース焼きそばは、不味いと評判になった。
美味いのに!
タルトは芋の収穫で気をよくして、俺の話なんか聞いちゃあくれなかった。
「冬まで寝かせておくのはもったいない。秋の収穫が終わったらで良いだろう」
「芋の二期作はまだ実験してないんだよ。小麦は時間がかかる分、主食としての価値が芋よりも高いし、芋ばかりあっても、家畜のエサになるだけだぞ」
「乗ってきた所なんだ。3区で小麦を作るから、好きに遣らしてくれ。俺は芋を作りたいんだ」
乗ってきたんじゃない。
調子こいてるだけだ。
しかし、やる気をそぐのも良くないし。
「芋を獲ったら、冬小麦の準備をさせるぞ。死ぬほど忙しくなっても後悔するなよ」
まあ、芋があるうちは、飢えることは無いだろうが、本当に芋だけで暮らせるのかね。
家族は不満だと思うぞ。
これならリーナさんの大豆案の方がマシだった気がするが、このサル親父は、大豆や豆乳のスープが不満らしい。
サツマイモのポタージュで焼き芋を食って喜んでいるのはお前だけだ。
しかし、秋風が少し混ざるようになると、タルトが少ししおれてきた。
「何だよ、収穫が良さそうなのに、疲れてるのか」
「それなんだがなあ、ユウキ様」
最近は娘たちの教育が実ってきたせいか、俺が領主で、もの凄く偉いのだと実感してきたらしい。
まあ、俺は別に偉くはないのだが、女神様が後ろにいると言うことで、偉くないといけないんだそうだ。
「もっと、色々なパンを作れるようになりたい」(ナナ)
「お芋、飽きた」(リリ)
「コラノ家やシャケ家のことも考えないと」(第1夫人)
「小麦いただくばかりで、ラーマ様に申し訳ない」(第2夫人)
「イモ親父」(長男)
家族の評価が下がるばかりだそうだ。
「お腹いっぱい食べられるんだ。贅沢」(コラノ)
「芋は猪が良く育つ」(父ジャケ)
しかし、タルトは落ち込むばかりだ。
責任感が悪い方に転がることもある。
「よし、明日は領内全員で狩りに行くぞ」
ビックリした顔の3人。
また変なことをするんだ、というタキの顔。
翌日、大八車を熊さん。
リヤカー3台を3人の親父。
俺は巫女とメイドを連れて先導。
全員が背中にでかい竹カゴを背負っている。
領民19人(一人は幼児)、領主とお付きで4人。
全部で23人に熊さんで狩りに行く。
大八車には圧搾機が乗っていて、熊さん以外は重くて引けないのだ。
実は狩りと言っても、ブドウ狩りなのである。
前にヒミコが隠れて難産していたところが、ブドウ林なのだ。
オペレッタに確認してもらって『豊作』とお墨付きもいただいた。
ヒミコが寝ていた場所の草をかき分けると、一面ブドウ色だった。
「ヒャッハー」
俺が変な声を上げて突撃すると全員が後に続いた。
俺は背中のカゴをいっぱいにして戻り、桶にあけるとまた取りに行き、を5回も繰り返すが、その間、タルトとコラノは2回しか回れなかった。
とりあえずお昼にしようとラーマにコンロでブドウジャムを作ってもらう。
俺はその、お手伝いをする。皮むきである。
タルトは、このブドウは2種類混じっていると指摘し、コラノや夫人たちとより分けている。
パンを出し、切り分けると準備完了。
まずは熊さんに圧搾機で樽に絞ってもらう。
綺麗なブドウジュースだ。
みんなでブドウジュースとブドウジャムのパンを食べまくる。
口の周りが赤くなったり、手先が紫になったりしているが、ご愛敬だ。
みんなお互いを指さして笑いあってる。
休憩が終わると再びブドウ狩りだ。
妊婦が多いので無理はさせなかったが、それでもかなりの収穫になった。
桶の一つに半分ぐらいブドウを入れ、ワインの儀式をする。
ブドウ踏みだ。
「最初は処女が踏むと、いいワインが出来る」
妊婦たちは赤くなって一歩下がった。
ここは当然、巫女の仕事だろう。
「タキ、レン。始めてくれ」
タキとレンは俺にスカートを渡し、足を洗ってから桶に入った。
最初は気味悪そうだったが、慣れてくると楽しそうだった。
俺は手を叩きながら『ハイ、ハイ』とリズムをとると、コラノと妻や娘たちが歌を入れてきた。
次はラーマに遣らせた。
遠慮していたが構わない。
顔を上気させて踊るラーマは、少女のようだった。
コラノ家の娘、タルト家の娘、最後は子ジャケのおばさんまで踊って、みんなを楽しませた。
ワインを仕込んだ樽は重くて、リヤカーを引いて戻るのは大変だったが、タルトが逞しい姿を見せて、家族の評価を少し戻したようだった。
いつかはイモ親父ではなく、ワイン親父になることだろう。
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