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夢の処女惑星  作者: 菊茶
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21 タキの覚醒

 21 タキの覚醒




 タキは、カカのタルト領襲撃の日から勉強時間以外は俺にくっついて行動し、俺の日々の行動を理解ようになると、逆に猛勉強するようになった。


(儀式の間も変だったのはこのせいだ)


 部族は夜が明けると活動を開始し、暗くなると寝てしまう。

 タキも夕食後は照明があっても、あまり夜更かしはしたことがなかった。

 レンもラーマも似たようなものだ。


 しかし、俺に始終くっついているようになると、昼間の農作業だけではなく、夜間にも仕事をこなしていることに気づくようになった。


 壺、陶器、煉瓦、炭作り。

 竹パイプや樹脂作り。

 石灰の粉化や石英の取り出し。

 アルコール作りや貯蔵。

 豆乳や小麦粉や味噌作り。

 食糧貯蔵庫の点検、領内の設備の点検、警備の確認。

 水周りの確認と修理。

 風呂に入って休んでから、熊さんと八さんの報告と翌日のスケジュール。

 リーナさんとオペレッタとの領内経営の打ち合わせ。


 今まで理解も出来ず見過ごしていたことが少しずつ理解出来るようになると、オペレッタを専属教師にしたかのように、俺を中心にしたこの奇妙な領地を理解するよう努め、夜も俺がやること話すことすべてに注意を向けるようになった。

 八さんや熊さんとも話している。


 3ヶ月も躓き転びながらも付いてきて、ついに夜の打ち合わせでリーナさんがタキの意見を聞くようにまでなった。


「タキ、タルト領のサツマイモの収穫後の土地、大豆を植えてみようと思うのだけど、どうかしら」


 タルト領では芋の収穫が終わったところだ。

 初めての収穫とあって、タルトもコラノもシャケ親子も家族たちも全員感激していた。

 あの喜びは作った者の特権だと思う。


「大豆も良いですが、秋までに土壌調整をして、小麦に切り替えた方が良いと思います」


 この僅かの間に、頭の中で農業のシミュレーションをこなすようになっている。


「理由は何?」


「はい、大豆は他の畑でも育成中で、在庫が増えすぎます。一方の小麦は、今年は一期分しか予定されていません。残りはすべてこちらの持ち出しです。予想では合計で20石です。来年の春小麦の予測が立たないなら、空いたところで冬小麦を作り、小麦の在庫を増やすべきです」


「ユウキ、小麦の需要はどうなの」


「タルトは芋に拘ってるけど、実際に消費してるのは小麦の方が多いね。やはり芋ばかりの生活なんて見通しが甘いと思うよ。第2区は実験の為、ジャガイモ、タマネギ、大豆、ニンジンが2反ずつ。残りはスイカとキャベツにしちゃったから、冬小麦には間に合うと思うけど不安は残る。大豆も余って鶏や猪のエサになるばかりじゃ悲しいし。タルトも秋に小麦の収穫があれば、今度は小麦に拘るようになると思う。第3区はまだ開墾始めたばかりだし、冬小麦に間に合うかどうか」


 第3区というのは本当は来年開発する予定だった区画で、シャケの川親子が合流したので急遽推し進めた畑である。

 労働力をタルト一人で計算していた頃は第1区10石の開発計画だったが、コラノとシャケの川親子が加わり、単純な労働力は4倍、実質は腹一杯食えば力が出る親子シャケのお陰で5倍以上の開発力になった結果、3区で30石の開発である。

 まあ、3区はシャケ親子が放火して、焼き畑状態になったのも、ケガの功名ということで利用しているのだが。

 来年は、平均で2毛作なら60石になる収穫量だ。


「実験する価値はありそうね。ではタキの言う通り秋までに土壌の調整をし、冬小麦にしましょう。ユウキ、タルトにはちゃんと説明してね。じゃあ、今日はおしまい。お疲れ様でした」

「ありがとうございました」とタキ。

「また、明日」とオペレッタ。

「ふえー、終わった」


 ベッドでひっくり返る。


「ユウキ様」


 タキが横から抱きついてきた。

 俺の胸で泣いている。


「どうした、タキ」

「私、怖かった。本当に怖かった」

「何が怖かったんだ。わかるように言ってくれよ」

「私、女神様に意見を…… 私なんかが……」

「びっくりしたけど、立派だったじゃないか。怖がる所なんかどこにもなかったぞ」

「本当ですか」


 タキは頭を上げ、俺を見つめる。

 嘘かも知れないと不安そうだ。


「いや、立派な意見だった。俺より優秀な領主になれるよ」


 背中を撫でながら、真面目な感想を言う。

 自慢じゃないが俺は考えるより突っ走る方が得意だ。

 タキみたいに一生懸命勉強して、必死に頭使って考えるなんて向いていない。


「ユウキ様。私、馬鹿な子供でした」


 タキは涙を拭うとぺたんと横に座り直した。

 何となく真面目に聞かなくちゃと思い、俺も正面に座り直す。


「私は何も知らなかったと言うか、何も理解出来ていなかったんです。毎日、ユウキ様のそばにいて、美味しいものを食べ、お風呂に入り、言葉を習い、服やサンダルを身につけ、部屋までもらっていながら、ただユウキ様のそばにいれば良いんだと思ってました。だから、ユウキ様が他の女に興味を持つとそれだけで泣いたり逃げ出したり、まったく子供でした」


 タキは遠くを見るように微笑んだ。


「タルト領に、カカが攻めて来た時のこと覚えてますか」

「追っ払ってから、みんなで宴会したよな」

「あの日は馬鹿で子供だった私の、最後の幸せな日でした」


 楽しい日々は、これからもいっぱいあるさ。


「あの日、いじけた私にユウキ様は『一緒にいてくれ』と優しく言ってくれました。その後、タルト領でいきなり猪を何頭も捕まえて、族長や勇敢な戦士しか食べられないような良い肉をみんなに配って、みんなをお腹いっぱいにしてくれました。しかも次の肉まで用意してあるんですから」


 母猪のことね。あれは食べてないけどね。


「ユウキ様は凄い族長になれる。そして女になった私が妻として、これからユウキ様の変なところを少しずつ直して、どこにも負けない強い部族を作れば良いんだ、そう思っていたのです」


  俺の変な所ってどこだろう。思い当たりすぎて怖い。


「それから毎日、ユウキ様のそばで妻の勤めを果たそうと張り切ってついて回りました。しかし、そのうちにここのすべてをユウキ様が作り出しているのに気づいたんです。今までも見ていたのに、何も感じない自分に気づいたと言うのでしょうか。これは戦士たちがたまたま狩りが上手くいった時に、ポンと出された肉とは違うものだ。ユウキ様が毎日毎日朝から夜遅くまで働いて生み出したもので、狩りみたいな偶然のものではない。そう気が付いたんです」


 まあ、狩猟民族にとって食べ物は見つけたり、捕ったりするもので、生み出したり育てたりって考えないよね。


「それは恐ろしいものでした。自分が目にして食べているものの意味がわかっていなかったんですから。ユウキ様が、目の前で焼いたり煮たりしているのに気づいていないのです。それこそ神様が毎朝目の前に食べ物をポンと置いていくような錯覚だったんです」


 魔法のようだってやつだよね。

 難しいことは全部魔法で解決。

 水が必要なら水魔法、火が必要なら火魔法。

 うん簡単で良いね。

 食事魔法とかあればいいのに。

 スルト族全員の前でポンと100食分出したり、実は給食のおばちゃんはみんな魔法使いだったり。

 保食神か。月夜見尊に殺されるのか。


「それまでは、大豆の絞りかすや畑で出来たキャベツの葉を猪に与えて、何でこの人は自分の力で山に入って捕って来ないんだろうとか、イチゴを食べて、こんなものを見つけてくるなんてどれだけ山を探したんだろうとか思っていて、今考えるとどれだけ馬鹿なのか呆れてしまいます。猪や鶏がいっぱいいるのを見て、強い戦士なんだと思うんですよ。泣きたくなります」


 タルトが猪を作るって言ったらびっくりしてたよな。

 芋を作るで理解したあいつが凄いのか。


「ところが目の前の出来事をよく見ていれば、見えている世界が違うことに気が付いたんです。小麦が取れた後に大豆が生えてくる。卵を毎日取っても肉にして食べても鶏がいなくならない。イチゴやキュウリが冬に実を付ける。すべてが偶然ではあり得ない世界が目の前にあるんです。これは世界が変わっていくような恐ろしい体験でした。女神オペレッタに縋ったときの私は、この世界で溺れかけていたと思います」


 こいつ本当に12歳なのか。

 13歳か14歳かも知れないけど、それでも中学生だ。

 天才じゃないか。

 いや、リーナさんが得難い人材だとか言ってたんだから天才かも知れないけど。


「それで、オペレッタは何て言ったんだ」


 ちゃんと教えたんだよな。『偶然』とか『神の力』とか嘘を言うからな知性体は。


「すべての生き物は子供を生む。ユウキはそれを手伝っているだけ、でした」


 ぶっちゃけて言えばそうだけどさ。

 それでわかるのタキさん。


「それからはひたすら勉強でした。生き物が子供を生むのは誰でも知っています。それを手伝うと言うのがどういうことなのかがわからなかったからです。毎日ユウキ様のやっていることを見て、理由を考えました。わからないときはオペレッタ様に尋ねて、そしてまた見て考えて尋ねてを毎日繰り返し、やっとユウキ様が働いている理由が見えてくるようになったのです」


「楽しい毎日じゃないか。羨ましいくらいだよ」

「意地悪です」


「わからないことがわかるようになるって苦しいけど嬉しいものじゃないか?」

「それがわかるまでは苦しいだけなんですよ。八さんにどうしてその卵は取らないのかと聞いたら『いい鶏の卵だから』と答えられて、『いい鶏の卵の方が美味しいのじゃないか』と尋ねて笑われたり、イチゴの卵はどうやって取るのかって尋ねて笑われたり。真剣に悩んだんですから」

「それは見てみたかった」


 笑いながらそういうと、ポカポカ叩かれた。


「それでもわかってくると、ここが子供を産み育てている所だって納得できるようになりました。小麦が小麦の子供を産むよう、猪が猪の子供を産むよう、ユウキ様が毎日働いてこうした場所にしたんだと思うと、ユウキ様の優しさがいっぱいに満ちているように感じました。何て素晴らしい所なんだろうと。これならユウキ様が小麦や大豆に話しかけたり、猪の母親に『頑張ったな』とか言う気持ちも理解出来ます」


「前は変なやつだと思ってた?」

「出会った時から変な人だと」

「ひどい奴だな。翌日ジャムトーストにかぶりついて涙を流して感激してたくせに」

「そうですね。毎日驚いてばかりでした。でも、ユウキ様のやっていることを理解したと思った自分はまだ間違っていたんです」


「どういうこと?」


「ある日、タルト領でタルトとコラノを相手に、芋の葉を説明しているユウキ様の通訳をしているときに気づきました。タルトもコラノもここに来てから狩りに行っていないと。芋や小麦だけでは困るだろうとか考えて、鶏舎を見るといつの間にか増えています。ここもユウキ様と同じように狩りに行かなくても良くなってきているのかと思い、何だか女神様の領地だけ特別じゃなくなるのは嫌だな、とか考えていました。でも、そのうちに恐ろしいことを思い付いたんです」


 それは何となくわかるよ。畑をドンドン作るとどうなるかだよね。

 でも、俺は黙って話を聞くことにした。


「その日の夜、私はオペレッタ様から1区は10石と説明を受けました。1石というのは一回の収穫で一人が1年間生きていける食べ物を作れる単位なのですね」


 小麦の壺は12キロ入りだ。

 パン一斤400gを一日の最低量とすれば、一壺は1ヶ月のパンの量になる。

 1年ならば144キロになる。

 1石3俵180キロの小麦が収獲できればパンを144キロ食べ、残りの36キロ分を肉や野菜と交換できれば生きていけると言うことだ。


 まあ実際にはそう上手くは行かない。

 そこで二毛作とかの手を使う。

 芋や大豆で補うんだよね。野菜も必要だし。


 ただし、タルト領の畑は一反が20×50mだから実際に芋一石は220~240キロになっている。

 初の収獲としては良い数字である。


 これはメートル法の誤差ではなく、1石は重さではなく体積の単位だからだ。


 どうせ、芋とかは目分量になるので今のところ問題にはならない。

 豊作や凶作の時に変なことになっても困るからだ。


 畑は1反1石で測り、日常は1・8Lが一升である。

 収穫量は毎回変わっても、生きるための食糧は変わらないから、当分は目安としてこれでいく。


 12キロの小麦は一升マスで13杯と半分入れて一壺にしている。

 これだと一石162升になるが、小麦が軽いせいだ。

 マスは、みんな八さんに作ってもらっているから正確である。

 マスに入らないものは目分量でいいのである。


「まあ、何とか死なないって程度のものだけどね」


「でも、あそこには3区できかけていて、来年には6区になる予定です。タルト家は6人、コラノ家は9人、シャケ家が4人で19人です。30石が二毛作で60石とすれば来年は120石です。19人しかいないのに120人が生きていけることになります。スルト族が全部来ても生きていけるんですよ」


 最低のしかも数字上での話だ。

 労働力は考えてないし、豊作や凶作もある。

 だからこそ面白いのかも知れない。


「畑の数で何人生きられるかわかるなんて! カリモシだってスルトだって、川に鮭を見つけられなければ、部族の半分は春まで生きられないのに。それが6区か9区の畑でで生きていけるなんて、何と凄い話でしょうか」


 タキは泣き始めた。

 飢えやひもじさを体験した者だけがわかる理不尽さがあるのだろう。

 怒りではなく悲しみなのだ。

 タキを抱き寄せ、背中を寄りかからせた。


 窓の外には星が見える。


 時々明るく見えるのは、八さんが炭を焼いているのだろう。


 タキのお腹に両手を回すと、タキは自分の腕を重ね合わせてくれた。

 タキの身長はかなり伸び132ぐらいになっている。

 タルトより2センチは高い。

 胸ももう男の子と誤魔化すのは難しい。


「タキが考えたのはそこで終わりじゃないよね。芋より小麦の方が保存性は高いから、いっぱい貯蔵できるし」

「来年6区なら次は9区、その次はって考えて、オペレッタ様に尋ねたんです。タルト領を隅田川まで全部畑にしたらどれくらいの人が生きていけるのか」


「少なくても1万人?」


「知ってましたね。それってどんなに凄いことかわかりますか。私の知っている限りでも3つの川で9部族。全部で2000人には足りないでしょう。その人たちが全部来て畑を作れば、誰も狩りをしないで、一年中歩き回らず、木の実や草も取らず、争わず、鮭が来なくても死なずに生きていける世界を作れるんですよ」


「鮭は捕るけどね」


「倉庫にあんなにいっぱいあるじゃないですか。瓶に入ってる分だけでも私が一生かけても食べきれないほどありますよ」

「新しく捕ったら、前のはみんなで食べるんだよ。そうすれば来年鮭が来なくても安心だろ」

「ああっ…… やっぱり、ユウキ様は凄いです。私が死ぬほど考えたことより、ずっと考えてる」

「来年には、追い抜かれて馬鹿にされそうだけどな」

「そんなことありません」


 タキはくるっと振り向くと俺の首に手を回す。


「タキは妻としてずっとユウキ様を尊敬して付いて行きます」

「つ、妻?」

「ラーマもレンも自分を妻だと思っていますが、タキはユウキ様と同じように考え行動できる妻になります」

「そ、そうなの」

「そうなのです。だからキスして下さい」

「ナンデ、ソウナルノデショウカ」

「もう、私の初めてなのに!」


 怒っていらっしゃるのでしょうか。

 俺が衝撃の展開に焦っていると、タキがキスしてきた。

 この世界にはないはずの、ベロチューだった。

 咳払いらしき声が聞こえたような気がした。



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