02 目的地
02 目的地
「何がアダムとイブだ」
俺は居住区で、筋肉痛と闘いながらぼやいた。
オペレッタは改造されて、今では2G船である。
片道1年間のうち、2Gでないのは加速と減速を入れ替える中間地点の一週間程の間だけだ。
1年間毎日筋肉痛ってどんだけだよ。
両親は3Gに耐えたのだろう。きっと筋肉バカにちがいない。
帰りは1Gで帰るぞ。
ちなみに両親は行方不明だった。
14・57光年先に行ったのだから、15年もあれば通信波は届くはずである。今まで例外はない。
となればだ、何かしらの事故が起きたことは間違いない。
死んでしまったのなら仕方がない。
彼らもアストロノーツなのだから、宇宙での事故がどうなるかは他人に言われんでも、いや息子に言われんでも十分承知しているし覚悟もあるに違いない。
でも、生きていたら……
そう、行った先が『生存可能な惑星』なのだ。
生存可能ならば生存しているかもしれない、というのが一番重要な問題なのだった。
もちろん生き延びて順調に王様家業を勤しんでいる可能性もある。
王子や王女がスクスクと育ってたり。
その場合、放っておいてもそのうちに助けが来るとか考えているはずだ。
事実、俺がここまで来ている。
それくらいはわかっているのだ。周囲の迷惑を考えなければだが。
その時は、王の頭のひとつでも叩いてやろう。
ただ、厳しいながらも助けを待ち必死に生き延びている可能性もある。
それが一番堪える。
何故なら早く行けば助けられたのに、というシチュエーションは人の心をへし折るからだ。
どうせ死んでいると考えても、確認できなければ絵空事である。
それでも、俺が行くほかにも色々と選択肢はあったのだ。
一つ目は、祖父。
オペレッタの所有者である祖父が行くことは、俺には止められない。
しかし、これは唐突に無くなった。
『ちょっくらオペレッタと飛んでくるぜ』と意気軒昂に見えた祖父だったが、直前に脳梗塞を起こし帰らぬ人となった。
とても2Gで飛べる身体ではなかったのだが、主治医や看護士までいたのに誰も予想していなかったのだから、どうしようもない。
両親よりも先に祖父の葬儀を行ったのは常識的に当たり前のことなのだろう。
俺は喪主となり、リーナさんは喪主の母から妻へとクラスチェンジしていたが気づかぬふりをした。
オペレッタが着陸船で葬儀に現れたのは、ちょっと非常識というより災害級だったが、俺は嬉しかった。
しかし、祖父の死で一つ目の選択肢はなくなり、祖父の財産を正式に引き継ぐべき息子は、宇宙空間で行方不明という困った事態になった。
二つ目は、委員会がゲートドライブの運用を始めたことだった。
ゲートドライブはワープの一種で、ゲートとゲートの間をショートカットできる魔法のようなシステムである。
これを理解できる人は頭の中に十一次元という変な世界を描ける人で、今のところ3人しか存在しないらしい。
しかし、作れて使えれば理屈はいらないのが文明人だから、早速運用が始まった。
委員会は銀河の3方向にゲートドライブを設置するとしたが、その設置方向に『双子座』か『一角獣座』が入れば両親を助けられる可能性が高かった。
何しろゲートの最大距離は2パーセク、約7光年という。
2組あれば、14光年の距離を、乗り換えの何日かを費やすだけですんでしまう。
ちなみに相対性理論がどうのという学者もいるが、この宇宙の物理法則は『因果律』に触れなければ大体許されるらしい。
原因と結果の間にプラスの時間経過があれば可能なのだ。
因果律が破れるというのは、原因よりも結果が先に存在することで、これはどこかで時間を遡ることになる。
しかし、ゲートを使っても時間を遡ることはない。
船しかない時代にジェット機を使うようなもので、物理法則は破れないとのことである。
まあ、理屈はさておきゲートドライブが設置されれば、両親の所に赴くのに15年弱かかるところを1年に短縮できる。
俺の体感時間は1年も15年も同じになるが、両親にしてみればたった1年で16歳の俺に出会うことになる。
これは既に起きてしまった『ウラシマ効果』が、チャラにならないというだけで、少しもおかしなことではない。
しかし、最初のゲートが設置されたのは、『ペガスス座』、『くじら座』、『へびつかい座』の3方向で、目的地とかなりのズレがあるため、俺にはゲートの恩恵は殆ど受けられなかった。
委員会はベテルギウスが怖かったのだ。噂だがな。
ベテルギウスはオリオン座にある赤い巨星である。
昔はオリオン座のアルファ星(一番明るい星)だったが、ずっと収縮を続ける変光星であり、現在は2等星まで落ちてしまった。
これは超新星爆発の前触れであると信じられていて否定する材料は殆ど無い。
ただ、いつ爆発するのかは誰にも予想はつかない。
来年か千年後か、星の寿命を考えれば些細な誤差であるから予想は難しい。
まあ、爆発が恐ろしいのは理解できる。
ブラックホールやクェーサーが現れない限り、宇宙で一番可能性が高い災厄である。
人類史に残る超新星爆発は、カニ星雲中央に残滓があるカニパルサーが爆発したときのことだ。
中世暗黒時代が始まる頃で、昼間でも星が輝いたとか、太陽が二つになったとかの文献が世界中に残っているらしい。
現代でも、カニ星雲近傍には居住可能な惑星は存在しない、と言い切る学者がいるくらいだ。
何でも地球型惑星は爆発で吹き飛ぶか、軌道をずらされ恒星や巨大惑星に衝突してしまう、という根拠はないが想像できる説ではある。
ベテルギウスも爆発すれば、地球では月ぐらいの明るさに見えるだろうと言われている。
元々は太陽と比較すると、木星軌道ぐらいの大きさがあった星の爆発である。
何が起きても不思議はない。
だから、委員会はオリオン座とその周囲を候補から外したのだ。
俺は祖父の資金力と伝手を使って、委員会に『双子座』か『一角獣座』を採用するように働きかけてもらったのだが、上手くいかなかった。
最後の1つは、『へびつかい』に決まったのだ。
補足すると、俺が働きかけてもらったのは両親が行方不明になる前である。
こんな最悪の状況を読んでいたわけではないが、どう転んでも得すると考えたのだ。
結果的に2つ目の選択肢も没になった。
3つ目は、助けに行かないで様子を見るというものだったが、俺の心が折れそうだったので当然ボツ。
結局、他の選択肢はなくなり俺はこうして宇宙に来ている。
「ベテルギウスは600光年も離れているのに、そんなに怖いかな」
「違うわよ。600光年離れているところに態々近づくのが怖いのよ」
どうやら、オペレッタとの口論を終えたようである。俺は柔軟体操を続けている。
「リーナさん。でも、爆発は千年先かも知れないんだよ。距離も合わせれば1600年先のこと。そんなに怯える必要は無いんじゃないかな」
「無理しないのも政治のうちよ」
「まあ、そうなんだけど、くじら座がOKならさあ」
「それは、祐介の責任でもあるわね」
「祖父さんの? どういうこと?」
リーナさんは『ふふん』と笑うと柔軟を続ける俺の背中にピトっと張り付いた。
耳のそばで囁く。
これはきつい。
精神が破壊されてしまう。
「くじら座が儲かるってこと」
「でも、たったひとつの惑星だよ。掘り尽くしたら終わりだろうに、うっ」
リーナさんは両腕で抱きつき、俺の背中に膨らみを押しつけてくる。
これはまずい。
思春期男子では、いや童貞男には、いや男なら誰でも理性を失いかねない。
「分からないの?」
「ええと、鉱山惑星、酸素不足は解決済み、300万人もの労働者に200万人の移住者、豊富な資金と、何でも出来そうな気がする」
本格的に俺を弄くり始めたリーナさんの攻撃に頭を溶かされ、考えが纏まらない。
新型おっぱいに成功したんだな。そのためにベッドに潜り込んでいたんだ。
俺も変な方には頭が回るらしい。
「まだ分からないの?」
「リーナさんのせいでしょ、ちょっとやめてください」
「答えが出るまで駄目。許してあげない」
「えーと、独立? じゃあ革命?」
「頭悪いわね。企業はどうやって利潤を生み出すの」
「えーと、商品開発? 合理化? 再投資? ああっ拡大再生産だあ」
「ピンポーン、大正解~♪」
20万トンタンカーで金やプラチナを運んで来るというのは、地球経済にとって札束でぶん殴られるぐらいの効果がある。
架空のマネーゲームで遊んでいるおっさんたちは、みんな現物で吹っ飛ばされている。
金やプラチナの現物を持っている方が強いので、価値は下がらない。
電子マネーが約束手形に成り下がったので、頭を抱える金持ちの方が多いのだ。
それでも、片道10年かかり、プラズマ推進の燃料もガス惑星に無尽蔵に存在するとはいえ、普通、経費は莫大だ。
しかし、ゲートドライブのランニングコストは不明だが、2組あれば1月程度で地球に運べるとなれば利益ももの凄いことになるだろう。
だが、企業体の利潤追求というのは底なしなのだ。
その程度で夢のように思える高校生とは次元が違うのだろう。
彼らはこう考えたのだ。
『ゲートドライブはくじら座まで設置するのではない。くじら座から設置するのだ』
彼らの資金力からすれば、これほどの再投資先はないだろう。
そして彼らとは、くじら座で儲けた企業であり、その出先機関である『委員会』のことなのだ。
「実感はないけど、地球ではあれから15年が過ぎてるのか。今頃何処まで伸びているんだろう」
「試算してみたけど、3本で各500光年。延べで言えば1500光年が最低のラインね」
俺は殆ど絶句した。俺がこれだけ苦労して、たかだか15光年である。それが1500光年?
1500光年には幾つの恒星系、幾つの惑星があるのだろう。
そして、この宇宙の大きさである。
この銀河系だけでも10万光年と予想されている。
G船なら、片道1000年の地球時間を費やしてもたった1%しか踏破できない。
往復するなら、イエス・キリストが生まれた頃に出発しないと現代に間に合わない時間である。
いつの間にか俺の前側に抱きつくリーナさんの深い蒼碧の瞳に、宇宙の深淵を見つけたような気がした。
じっと見つめ合いながら、俺は宇宙に思いをはせていた。
少しづつリーナさんの顔が近づいて来ても、その瞳の中の宇宙に夢中で、何も考えられなかった。
いったい人類は何処まで行くのだろうか?
「何処までやるの?」
オペレッタの咎める声で我に返りびっくりした。
「きゃあ」
気がつけばリーナさんを突き飛ばしていた。
狭い船内であるから直ぐに壁に突き当たる。一応、緩衝材があるので大事には至らない。
しかし、セーラー服のスカートが広がっていた。
柔らかそうな太股と、見覚えがあるピンクの布がよく見える。
俺は宇宙の深淵から回帰し、生命の神秘へと至った。
などと哲学的に表現しても現実は甘くはなかった。
「ユウキ!」
「ユーキ!」
女性もどき二人によるお説教が始まった。
パンツ一枚でベッドに入り込むのはOKなのに、スカートの中を見られるのはNGという女性心理は、永遠に理解できないものなのだろう。
とはいえ、そんな話題を続けるわけにもいかない。
「1500光年なんて話を聞いたら、親父たちの夢だった『植民星の王様』が何となく『村長』程度に思えて泣けてくるよ」
実際、両親が成功して健在なら、未来の王国造りに精出していることだろう。
「優良物件であれば需要はいくらでもあるわ。むしろ地球の下層階級の人たちが大幅に減少することの方が大変でしょう。ゲートドライブが安価に使用できれば、地球上に難民なんていなくなるでしょうね」
「支配階級や特権階級は嫌がるだろうな。でもそんな奴らはどうでもいいけど、消費者がいなくなると企業は大変だよな。人口流失は経済的に深刻な問題だろうね」
「しばらくは問題にならないと思うわ。ゲートドライブが出来ても、宇宙旅行に費用がかかることは同じだから。あくまでも安価に使用可能になることが前提よ」
リーナさんはこうした話をするのが大好きである。自称『知性体』は伊達ではない。
「それって国家や企業がうまく費用設定するということ?」
「費用設定には貿易する側が反対するでしょうね。そして貿易する側のほうがゲートに対する支配力が強いと思う。しかも、金やプラチナを運んだタンカーが帰りに食料や日用品を運ぶ時代も短いものになるでしょう」
「自給自足が可能になってるということ?」
「それが普通よね」
「でも、帰りの船に人を乗せることになるんだよね」
俺が悩んでいるときリーナさんはとても嬉しそうな顔をする。
意地が悪いわけではない。
一緒に物事を考えるという行為が知性体の大好物なのである。
俺が幼稚園児並みの知能でもかまわない。一緒に考えるのが純粋に嬉しいのだ。
しかも、知性体はリーナさんだけではない。
「ユーキが社長さんだったら支店に行かせるのは部長? それとも課長?」
オペレッタが口を挟んだ。
リーナさんはおもしろそうな顔をしているから、別に不愉快ではないのだろう。
「課長だろうなあ」
「事務職と技術職なら?」
「当然、技術職だよ」
「大学卒業予定者とアフリカ難民なら?」
「ええっ?」
「ファミレスと中華料理店なら?」
「うーん、それなんか意味あるの」
リーナさんは可笑しそうに見ている。
「じゃあ、日本人とインド人?」
「個人の資質を確かめないと答えられないんじゃない」
「じゃ、ヨーロッパのニート1万人とアフリカ難民1万人?」
そうか、俺の答えじゃなく、社長の答えという意味なんだな。
「つまり、親父の移民国家はお人好しか理想主義ってところか。企業なら経営効率か利潤のひと言で人事は決まっていくもんなあ。貢献度って尺度があれば人選なんて難しくないか。ある意味、人口流出は起こらないね。技術者不足は招くかも知れないけど」
「それも、ゲートドライブがあれば出張扱いかもしれないでしょ?」
リーナさんが笑いながら言う。
「企業は移民なんて欲しがらないか」
「まあ、生産職と消費者は必要だけど」
「国連が頑張っても、アフリカ難民を受け入れる国がないわけだ。親父みたいな理想主義者のバカは国連に売り込むかな?」
「それで、子供をいっぱい作りたい中国人が1億人ほど移民してきたら?」
リーナさんは大笑いし、オペレッタは引き気味である。
しかし確かにそうだ。ある意味不自由な生活を強いられていると言うことは、迫害と程度の差があるだけだ。
ルールが嫌ならルールのないところへ、というのは理想論であり、社会というのはルールが必ず存在する。
「1億人の中国人が制限なしに子供を作れたら、社会保障制度が出来る前に革命が起きて、王様はギロチンか」
俺はリーナさんの笑いの原因に思いをはせて、中国の政治家って本当は凄い人たちなのかも知れないと考えていた。
「村長の息子」
オペレッタが口調を変えて言った。
「村が見えてきた」
もちろん、村とは俺の両親の目的地である惑星のことである。
これを見つけるために、2Gを1Gに落としていたのだ。
「さて、やっと俺の冒険が始まるか」
俺は格好つけて言い放ったが、実際の冒険は想像を絶する形で始まるのであった。
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