19 カカ来襲
19 カカ来襲
ラーマが部屋に入ってきた。
「タキの様子は」
「何と言うのでしょう。心が思い通りにならない?」
「情緒不安定って言うんだ。思春期に多いんだけど、大人に変わるというのかな」
「タキは女になったんです。けれど、普通の女は、ご主人様のような方がそばにいることはないんです」
「どういうこと」
「普通は知らない誰かを思うだけで、自分が女であることを少しずつ受け入れていくのです。しかし、タキには目の前に大きな存在があって、女になった途端世界が変わって見えるのに、そのまま受け入れなくてはなりません。幸せなことかも知れませんが」
「俺が怖いの?」
「自分の小ささに絶望してるんでしょう。今までは子供だったから、大好きと言えたし、抱きつくことも平気でした。でも、今は出来ない。出来ていた自分が信じられないでしょうね」
「何かしてあげられることは」
「自分で受け止めて慣れるしかないんですが」
「あまり長くかかると、ちょっと困るかな。レンを連れ回してばかりだと彼女の体力が心配だし」
「ご主人様が困るというのは、タキにも大事なことなんですから、それを言ってもらえますか」
「そんなんで良いの?」
「自分がご主人様の為に出来ることがあるというのは大きな支えになると思いますよ」
ラーマには確信があるようだった。
「俺が支えてもらってばかりの駄目人間なんだよ」
「そんなことは絶対にありません」
「いや、周りに優秀な人材ばかりって結構肩身が狭いもんなんだよね。ラーマにも、料理の腕でもセンスでも負けてるし」
「ご主人様は、あのカカすら倒して下さいました。カリモシ族もかないません。なのに誰よりもお優しい。何故、ご自分を駄目人間なんて呼ぶんですか。悲しいです」
ああ、涙が盛り上がってる。
俺、この人の涙を見ると世界を滅ぼしても守りたくなっちゃうんだよね。
変な脳内物質?
カカ、いないのかカカ。一発殴らせろ。
「ユウキ。カカが襲撃してきたわ」
冗談だよね。
「タルト領に火を付けて回ってるわ。タルトとコラノは夫人たちを守るので精一杯よ」
天井からリーナさんの声が聞こえる。
幻聴か?
「ラーマ、ユウキに気合いを入れてあげて」
「はい」
ラーマがキスしてきた。
「ち、違うわよ。ほっぺたを」
ほっぺにチュウー!
「だ、だ、だから、違うの! ユウキ!」
「ははは、はい!」
「はは、一回よ」
「はっ」
俺は近くにあった角材を一本手に取ると飛び出した。
熊さんが駆けてきて、門の守りに入った。
橋を渡り、煙が見える方角の森に走り込んだ。
いつもは北森街道からリンゴ街道という大外を回っていくが、タルト領の水源は神田川側から入れば直ぐ近くだ。
事実、1分ほどで燃えている森の端が見えた。
飛び込むと、第1区の畑だった。
シャケの川親子が松明で火を付けている。
何を燃やせばいいのか、わかってないようだった。
二段突き。
シャケの川親子は悶絶。
今日から俺を豹子頭林冲と呼んでくれ。
あれ、よく考えないで飛び出してきたからパンツとお風呂サンダルだ。
手に角材一つ。
石器時代じゃなく木器時代じゃないか、これ。
まあ良い。
変な脳内物質が出ている俺は無敵だ。
ラーマがキスしてきたんだぞ。
どこだ、カカ。尋常じゃないが尋常に勝負しろ。
おっ、顔に変な化粧の戦士が3人も現れた。
卑怯者め。こっちは一人で武器も持ってないのに。
(角材は武器じゃないです。建築資材です。ゲバ棒? そんな古い話、ボク知らない)
とりあえず、真ん中に突きー。
右に払ってクビー。
下側も使ってアゴー。
これで5人。
さすが王進に習った棒術。
あれ、王進の弟子は九紋竜史進だっけ。
林冲の先生って誰だっけなあ。
しかし、戦士のくせに弱いなこいつら。
武術とかトレーニングの概念がまったくないよね。
棍棒を振り下ろすしか、ワザがないし。
宮本武蔵がいたら世界征服できちゃうよ。
あの人ひとりで修行してたんでしょ。
ああ、タルトの家が燃えちゃった。
一生懸命作ってたのに。
走ってカカを探す。
盗賊が3人現れた。
それぞれコラノの第3夫人、長女、次女を抱えている。
趣味がいいじゃねえか。気に入ったぜ。
ぶちのめしてやる。
ドサドサドサと言うほど彼女たちは重くないが、3人は女を落として槍を構える。
左から突きだしてくるのを下からはね飛ばし、鎖骨。
真ん中から突きかかってくるのを叩いて、鎖骨。
右から、オッと投げて来やがった。
投げ槍って良くないと思うの、鎖骨。
ははは、衝撃で息が出来まい。
とりあえず、3人の盗賊の足の指を踏んで、悲鳴があがるのを確認する。
効果は3つ。
一つ目は、呼吸の再開。
二つ目は、女の子に悪さをする気が起きない。
三つ目は、仲間が気にする。
いたぞ、カカ。
フリーズしてやがる。
足下の槍を二つともつかんで遠投。
途中で二つに分かれてカカの両脇の木に突き刺さる。
悪運が残ってるようだ。
ちょっと、飛びすぎて焦ったね。
おっ、弓が飛んできた。
あぶねえな。
仲間に突き刺さる所だったぞ。
角材に刺さった矢を確認する。
2センチ先だったらやばかった。
カカが逃げ出した。
畜生、お風呂サンダルじゃ追いつけない。
何処かに、弓を持った仲間もいるしな。
今日はここまでにしといてやる。
まあ、女性の安否確認が先だ。
第3夫人は泣いているから大丈夫だろう。
長女は次女を抱いている。
次女は、意識がないのか。
呼吸を確認し、脈を調べる。
うーん、腕が細くてわからない。多分、怖くて気絶したのだろう。
おしっこも怖いと漏れるしね。
大丈夫、気絶してるから恥ずかしくない。
抱っこして、残りの二人に付いてくるよう言ってみる。
何となく理解出来たのだろう。二人で手を繋いで歩き出した。
ほんの200mで、ログハウスが見えてきた。
男の姿が3人。いや、子供を入れると4人か。
コラノが駆けてくる。
そうか! タルトの娘たちは二人ともうちにいるんだもんな。
だから、タルト家は誰も攫われなかったのか。
何故か、タルト第1夫人がコラノの赤ちゃんを抱いている。
第2夫人は、コラノの三女を抱きしめている。
タルトは夫人たちを守り切り、コラノは二人の夫人で精一杯だったんだな。
第3夫人と長女をコラノに任せて、次女をログハウスに寝かせる。
呼吸が安定しているから大丈夫だろう。
ログハウスに火が付くと思ってるから立て籠もれなかったのか。
樹脂を塗ってあるから燃えないんだけどな。
女子供はログハウスに押し込み戸を閉める。
タルトを右側、コラノを左側に立たせ、少年を真ん中にする。
角材を少年に持たせて仁王立ちさせると、遠くからなら角材が見えるから大丈夫だろう。
言葉が通じないから無理矢理だったけど、勘弁してもらおう。
そのままにして、領地まで走る。
カラコロするが気にしない。
女たちが入り口付近でもめている。
リーナさんが一番の問題児になってる。
熊さんとラーマが、つかんで離さないみたいだ。
そうそう、女神様は外に出たら駄目なの。
リーナ法第2条です。
リーナさんと目が合う。
ああっ走って逃げた。
カカか、あんたは!
全員家に戻し、フル装備してソーラーバッテリー2個と電撃センサーを持って、ダイニングに行くとタキを呼ぶ。
「付いてきてくれ」
「私では、ユウキ様のお役に立てません」
まだ、引きずっているのか。
「いや、タキ。お前が必要なんだ。力を貸してくれ」
でも、わたし、とか言ってるので、ギュッと抱きしめた。
少しジタバタしていたが大人しくなった。
「タキは俺が嫌いか」
「そ、そんなことは…… 」
「俺はタキが好きだ。タキが俺とこの世界を繋いでくれたんだ。ここにいるみんなは、タキが繋いでくれたからここにいるんだぞ」
「わ、私は、何もしていません」
「ずっと側にいてくれたじゃないか」
「……でも」
「これからも、ずっと側にいてくれないか?」
「良いのでしょうか?」
「頼むよ」
タキは、二粒の涙を流すと俺に抱きついた。
タキを抱っこしたまま、頭にソーラーバッテリーを2個も乗せてログハウスに戻ると、タルトが仰天していた。
タキを降ろすとログハウスの上にソーラーを設置し、センサーでオペレッタとのリンクを確認する。
「これで大丈夫だ。例えカリモシの戦士が全員で攻めてきても撃退できる」
コラノは懐疑的だったがタルトが説明すると少し安心したようだった。
オペレッタ砲は、使いたくは無いんだけどね。
「川のシャケのようになる」
とかタルトは説明してたかな。
「タルト、一緒に土地を確認に行くぞ」
「しかし」
「家族は無事だ。次は土地だろ」
俺がタキと歩き始めると、覚悟したのか後ろを付いてくる。
「何故、カカが襲撃してきたんだ」
「多分だが、コラノを付けてきたんだと思う」
「目的は女か」
「部族を大きくできるからな」
「土地に火を付けたのは、俺に対する撹乱か」
「俺がまだコラノの所にいたから助かった。俺やコラノも出かけていたら……」
「土地開発、嫌になったか?」
「逆にやる気が出てきた。成功させて、カカの部族をみんな引き抜いてやる」
やはり、商人に向いている気がする。
殺してやるとか言わないしな。
来年にはタルト商店の前に戦士たちや妻たちが、芋を買いに集まっているような気がする。
3人の盗賊は姿を消していた。
ログハウスのセンサーに引っかからないのは、カカが逃げた方角に向かったからだろう。
鎖骨を骨折し、足を引き摺って大変だろうな。
第1区の、変な化粧の戦士も消えていた。
森の火も消えている。
八さんだな。
しかし、シャケの川親子は未だ気絶してそこにいた。
タキに武器を集めさせ、タルトと俺はシャケの川親子をロープで縛り数珠つなぎにした。
気づかせて歩かせ、焼け落ちたタルト家の前まで来る。
全焼だった。
父シャケは少し罪悪感があるようだったが、子ジャケはカカが助けに来ると信じているようだった。
石清水が湧く岩棚の上にソーラーと電撃センサーを設置する為、8mぐらいの岩壁を登り(ロッククライミングの成績は良かったのだ。頭使わないから? 嘘ー)、岩棚の上の僅かな林を設置場所に決め、作業を終えてオペレッタとのリンクやサーチ範囲を確認していると、林の奥に反応があった。
カカがこんな所から攻めてきたのかと思ったら、でかい猪だった。
猪は俺目掛けて飛び込んできたが、木の枝にジャンプして掴まり避けると、そのまま通り過ぎ、岩棚の下に落ちていった。
突然、空から降ってきた巨大な獲物に、現役と元の狩猟民たちは愕然としていた。
タルトにサバイバルナイフを投げ落とし、さばいておくように頼んだ。
林の奥には母猪が子供を4匹も連れていたが、エリアスタンで気絶してもらった。
林の奥に一部草に隠れた岩の切れ目があり、そこの向こうに山間の草原があった。
きっと窪みに砂や土が溜まって出来たのだろう。
動物が入り込んできたら、出口の方を塞げば逃げられないぞ。
何度か確認し、切れ目を通って崖に戻ると、下にコラノの長男が来ていた。
驚いているのは、捕まったシャケ親子にか、猪にかはわからない。
コラノ家全員を呼んできてもらう。
コラノが来たのでシャケ親子のロープを外して、こっちに投げてくれるよう頼む。
コラノは大丈夫なのか心配していたが、タルトが俺の言う通りにして構わないとでも言ったのだろう。
シャケ親子を解放すると、石をロープに結びつけ投げてくれた。
子供の猪を次々に降ろし、最後に母猪を降ろすと、全員がため息を漏らしたようだった。
シャケ親子は、逃げるのを忘れて見ている。
右手ワイヤーですっと降りて、コラノに猪料理の宴会準備を頼むと、俺は焼けてない資材置き場から材木を運ぶ。
猪の囲いを作るのだ。
道具は、タルト家建設の為に全部ここにあった。
用水のそばに穴を掘って杭を打ち込み、小石と土で固定すると母猪を杭のそばに縛り直した。
もう6本ほど杭を設置していると、母猪が気づいて走り回ったが、ロープが2m以上ないので、杭の周りを走り回るだけだった。
疲れるまで勝手にやらせる。
子供たちが気づいて母に近づくと、大人しくなった。
子供は母から離れない。
俺は囲いの建設を進め、その間、タルトは見事に猪の解体を行った。
コラノがタルトの家族を連れ、リヤカーを引いて戻ってきた。
夫人たちと娘たちは、簡易コンロを使い、料理の準備を始めた。
そのとき、突然母猪が暴れ始め、ぐるぐる回り出した。
示し合わせたかのように子ジャケが逃走したが、『オペレッタ』と一言いうと、子ジャケは電撃を浴びて倒れた。
父ジャケが慌てて助けに行くのを黙って見ていると、仰天しているみんなは何があったのか知りたがった。
電撃を受ける人間を、見るのは初めてだろう。
「女神様の怒り」
タキが説明すると、皆首を振ってそれぞれの作業に戻った。
父シャケが難しい顔をして気づいた子ジャケを連れて元の位置に座り直すと、コラノの長女が水を子ジャケに渡しながら何かを言った。
子ジャケの男泣き。
こうなると大体降参したことが、この世界では一般的だった。
コラノの長女はタキやレンには及ばないが、清楚な感じの美人である。
これは林冲の棒術より効いたか。
カカの目的は女。
嫁のなり手がいない子ジャケの目的も、わかりそうなものだ。
父ジャケがやはり難しい顔をしている。
「この根性なしめ」
「女に誑かされおって」
どちらか二択だろう。
ラーマとレンが、ナナとリリを連れてくると全員集合である。
猪の解体は殆ど済み、タルトとコラノは干し肉作りを始め、夫人と娘たちは夕食作りや毛皮の処理に打ち込んでいくようになった。
猪の腸をタルトにわけてもらい、タキとラーマにソーセージを作る下拵えを頼んだ。
ラーマとレンに持ってきてもらったキャベツと芋を、母猪にやると凄い食いつきだった。
俺は囲い作りを続行した。
何もしない親子ジャケはひどく居心地が悪そうだった。
手抜きだが猪舎が完成した頃、森の端に甕が届けられた。
八さんがエールを届けてくれたのだ。
タマネギやジャガイモなどもあった。
さあて、収穫祝いだ。猪のね。
俺とタキが炭の直火で骨付きリブステーキを焼き、ラーマと夫人たちがフライパンでステーキを焼く。
娘たちには竹コップでエールを配るよう頼んだ。
皆にエールが配られると『乾杯』と言って一気に飲む。
タキとラーマとレンが近場の人たちに解説すると、皆乾杯と言いながら飲み干した。
早速、塩を振ったリブステーキを切り分けて配る。
熟成されていない肉だが、脂がのっているから結構美味い。
ラーマがステーキも配り始めた。
シャケ親子も普通に参加させている。
夢かと書かれているような顔をした親子ジャケだったが、リブをもらって以降の食べ方はもの凄いものだった。
500グラムはありそうなステーキが薄切りハムみたいに見えるのだ。
コラノの長女は、ひっきりなしに親子の世話を焼いている。
「三日間食べてない」
タキが通訳した。
「カカは同じだけ配ったと言うが、俺たち食べないと動けない。食べれば何倍も力出る。同じじゃ足りない」
「好きなだけ食え」
そこからは宴会になった。
ラーマは女性陣に肉のレタス巻きを振る舞い、絶賛されていた。
タルトとコラノはレバーを食い合い、シャケの川親子は食って飲んで満足そうに酔いつぶれた。
タキはエールを飲んで俺に抱きついたままつぶれた。
酔ったタルトは意外な美声を聴かせてくれた。
夜遅くまで宴会は続いた。
カカは現れなかった。
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