14 ラーマとデート
14 ラーマとデート
久しぶりに、一日中領地で過ごした。
リーナさんはずっと岩戸隠れしたまま現れないので、八さんと打ち合わせをしたり、勉強の合間のレンを連れて一段目と二段目を見学したりした。
レンはまだ言葉が通じないが、かなりのおしゃべりだった。
途中からあいうえおの五十音を唱えたり、一から十まで数えたりして、この三日間の成果を教えてくれたりした。
最初のお嬢様気質みたいなのは、ここでの驚きの連続で淘汰されてしまったようだ。
俺のほうは畑で作物を示し、キャベツとかニンジンとかジャガイモとか一つずつ教えていった。
冬なのにキャベツなんてできるのか心配だったが、八さんが『コツがありやして』という説明で納得していた。
畑は正確に25m×50mなので、数えると100石を越える耕作面積だが、半分は土壌改良中なので、堆肥作りを思い出すと、今からうんざりするのだった。
ハウスでトマトをもいで食べさせ、イチゴを摘んで食べさせると凄い勢いで現地語を振りまいたが、俺には興奮していることぐらいしか理解できなかった。
ヘチマを見つけるとワクワクした顔で食べられるのか、みたいな顔をしたので、実験中の化粧水(ヘチマ水に香りを混ぜたもの)、を首のまわりに付けてやると、喜んでいるようだった。
ヘチマのたわしは、身体を洗う仕草を見せて渡すと、凄く嫌そうな顔をしていた。
二人でキュウリを囓りながら戻っていくと、途中でネコに大豆の絞りかすを満載した八さんが通りがかり、『若旦那、貝殻を少し調達してくださいや』といって三段目に降りていった。
あれは何だったのかと聞かれた気がしたので、鶏と猪のエサだと説明したのだが、わかってもらえなかったので、『コケ、コケ』とか言いながらバサバサ走り回ると大笑いされた。
部屋に戻ると二段ベッドが据え付けられていた。
マットレスもシーツも毛布も枕も備えられていて、二人の少女は俺の了解を得ると早速上や下のベッドの感触を確かめながら大騒ぎをした。
クローゼットは武器が入っているので、俺の枕元側に移されている。
鍵はないが、きちんと危ないことを教えておけば、女の子はこっそりといじったりしないから安心だ。
まあ、認証がないと作動しないから安全だけど。
部屋が狭くなるのでソファとテーブルは片付けられ、普通のダイニングテーブルと木の椅子になっていた。
二人とも足がぶらぶらすることになるが、勘弁してもらおう。
「タキもここで寝るの?」
「タキは、帰ってラーマと寝るんだ」
タキは帰るときまで愚図っていた。
翌朝、タキに起こされ風呂に入り、俺の下半身の状態を見てフリーズしているレンをタキに任せて部屋に戻ってくると、テーブルの上に鉄の棒とコイル、ソーラーバッテリーが置いてあった。
リーナさんだ。
ビニール袋とビニールのバケツもあったから、今日は東京湾での砂鉄捕りに決まった。
ハムステーキサンド、卵焼きサンド、トマトサンドを作って、娘たち二人と自分の朝食とし、余ったのをさらし布で包んで竹カゴ弁当箱に入れ弁当にする。
保温ポットに紅茶も入れておく。
これじゃあ、少ないな。
ジャムトーストサンドとイチゴ小豆餡サンドも多めに作り、自分用の弁当と巫女二人の昼飯用にする。
余ったイチゴを弁当にも入れておく。
まず、豆乳をグラスに入れ、風呂から戻ってテーブルに着いている二人に出す。
二人とも微妙な顔をしているが、豆乳のせいか違うものかがわからない。
顔が赤いのも風呂上がりのせいか。
とりあえず、最初に作ったサンドイッチ3点を三角に切って並べて出す。
ミルクティーを淹れてやり、角砂糖と一緒に出す。
美味そうに食ってるから大丈夫だろう。
甘い方のサンドイッチはハンカチに包んで2つ作る。
通常一日2食の生活だが、おやつでいいだろう。
大抵、クッキーとかあんパンとか芋をふかしたのとかを出しているからな。
タキは今のところ食事で喜んだことはあるが不満を言ったことないし(納豆だけは駄目だったが)、レンに比べて体つきがふっくらしてきているから大丈夫だろう。
レンはここでの生活を続ければ変化が見られると思う。
本当は牛乳を飲ませたいのだが、まだ牛に似た動物は見つからない。
動物が減った影響だろうか。
オペレッタにサーチさせてもいいのだが、宇宙空間をおろそかにして本船に何かあると大変なので、できるだけ警戒は大きな範囲でやってもらっている。
太陽の活動、天候、火山活動、地震や津波、小天体や隕石、デブリ、それにゲートや他の宇宙船などを見逃されると困るのだ。
彼女たちと同じものを3倍以上食べ、ゆで卵を1個味噌をつけて食べると砂糖抜きの紅茶を2杯飲み干し、少しくつろぐ。
身体がでかいってことは、エネルギーも多く必要なのだ。
2倍あれば体積は8倍だし。
それからゆっくりとトイレに行って、きちんとジャバジャバしてから出る。
最近は壁にタオル掛けがあり、二つのタオルにはそれぞれ『ゆうき』と『たき』と書いてある。
所有の概念ではなく、衛生に関する意識を持たせるためである。
今度、レンの分を増やしておこう。
カラコロ音がして二人が来たのがわかる。
どうも俺より先にトイレを使うのは嫌みたいだ。
お尻の丸洗いがトラウマになっているんだろうか。
それより、革のサンダルを作ってやろう。
部族では革は防具で、女が使用するのは禁止だが、領地の中なら問題ないだろう。
俺がそんなことを考えて二人を見ていると、トイレの前で俺がいなくなるのを待っているようだ。
ふん、別に覗いたりしないんだからね。
リュックに色々詰め込むと、スキンスーツを着込み、武器類を全部チェックして身につける。
レーザーは大げさだと思うが、熊や巨大ザメなんかに遭遇したときには、絶対的なのでちゃんと持って行く。
オペレッタが支援のためにレーザー砲なんか撃ってきたら大変なことになるからだ。
しかし、電磁石は良いのだが、電力用のソーラーバッテリーは困ったな。
頭に取り付ける仕様になっているのは、リーナさんの嫌がらせだな。
サンドイッチマンより目立つつーの。
試しに被ってみたら、娘たちの目が生暖かい。
「ぷくくく」
という笑い声も聞こえたような気がする。
意地で、領地内だけでもと思って出かけたら、部屋のドアにもろに引っかかり、家からも出られなかった。
笑い声が4人に増えてしまった。
更に、八さんには『おや若旦那、今日は結構なお日和で』と、馬鹿にされてんのか、ソーラーにはいい天気だと言われてんのかわからないコメントをされた。
最近八さんは、背中に大きく八の字を描いた半纏を着込み、足にはジカタビとかいうのを履いている。
ますます、江戸の職人みたいな格好になっていく。
ちなみに八の字は丸で囲んであるが、大きくはみ出している。
それを指摘すると『意気でがしょ。末広がりは縁起がいいってね』と妙に上機嫌だった。
後で取れたての蜂蜜を届けておくとか言ってた。
養蜂も順調のようだ。
熊さんは何にも言わなかった。
いきなりレーザーで撃たれるかと警戒していたんだが、不審人物とは思われなかった。
熊さんも門の脇に警備小屋を立てていて、いつの間にかソーラーバッテリーと投光器、監視カメラまで設置している。
耳のあたりで監視カメラからの無線情報を監視していたりする。
暇なのか職務に忠実なのかよくわからない。
最近、畑が広がったのは夜間に熊さんが土木工事をしているせいだ。
監視カメラで注意しながら、2段目で一晩中木を抜いたり整地したりしているのだ。
地球ではわからなかったが、文明のないところではロボットもアンドロイドも勝手に進化するようである。
北森街道は使わずに草原と林を横切り、東京湾に出た。
東京湾の砂浜は黒っぽい部分がかなりあり、砂鉄を多く含んでいる。
今日は電磁石でその砂鉄を集めるのが目的だ。
ソーラーを左手に持ち常に太陽の方向に向ける。
先の方をビニール袋に包んだ電磁石を砂浜に向けると、おお、砂がくっついてくる。
サラサラの砂の中にも結構砂鉄が含まれているようだ。
ある程度くっついたら、ビニールのバケツに入れていく。
手で取れにくいときは先端のビニール袋を剥がすようにすれば、一気に磁力から解放できる。
東京湾を北に向かって歩いて行く。
北の方が砂鉄の含有量が高いみたいだ。
隅田川の源流に鉄鋼山があるのだろうか。
2時間以上かけて隅田川の河口付近まで来たときに、バケツの半分近くが埋まっていた。
この調子なら一往復でいっぱいになる計算だ。
陽が高いうちに頑張らなくては。
半分ぐらい引き返してきたときに、八さんに言われたことを思い出した。
貝殻がいるんだったよな。
荷物をその場に置き、サバイバルナイフを持って波打ち際に行く。
砂浜を掘り起こすと潮干狩り状態だ。
アサリもハマグリも結構ある。
しかし、ここには毒を持つ奴もいて一見うりふたつなのだ。
生で食べなければ毒性は弱まるが食べない方がいい。ひどい腹痛を起こして、何日か寝込むことになる。
この毒アサリ、毒ハマグリの見分け方は、以前リーナさんに教わった。
遺伝子上は別の生物だから、わかってみれば簡単に見分けがつく。
さすがは、リーナさんだ。
知らないで食べても毒に当たるのは十分の一ぐらいの確率だが、1個2個だけ食べるってことはないから、高確率で当たる。
生で食べた奴は特にひどい思いをするだろう。
薬のないこの世界では死ぬと考えた方が良い。
毒アサリや毒ハマグリはポンポン沖合に放り投げ、美味そうなハマグリだけ幾つか獲っておく。
突然、後ろから声をかけられた。
ラーマだった。
彼女は涙目で、俺の持っているハマグリを指さし何かを訴えている。
きっと毒があるから食べるなとか、死んじゃうぞとか言っているのだと思う。
必死に訴える姿は何だか可愛い。
俺が笑いながら大丈夫だと説明すると、キッとした目で睨むと手に持っていた鞘入りの包丁を砂浜に落とし、俺の手にあるハマグリを奪い取ろうとしてくる。
ちょっと抵抗したのだが2個も奪い取られてしまった。
ラーマはそのハマグリを海に向かって投げ入れる。
女の子投げってやつだ。
そして涙を流しながら、再び俺の持つハマグリを奪いに来る。
ああ、怒ってるんじゃなくて、とっても心配してくれている。
ゆっくりと抱きしめると頭をなでて落ち着かせようとした。
何分かすると泣き止んで呼吸も正常になり、恐る恐る俺の顔を見上げる。
涙でいっぱいの瞳が空と海の色に染まってとても美しい。
落ち着いたラーマの手を引いて、落ち着けそうな場所に向かった。
途中装備を回収しておく。
大きな石のまわりに草地があったので、そこに腰を落ち着けることにした。
午後1時頃だろうか、日差しが温かく気持ちがいい。
リュックから弁当とポットを出す。
まずはラーマに温かい紅茶を渡す。
保温ポットの中蓋がカップになっているのだ。
紅茶は全然冷めていない。
ラーマは不思議そうな顔で紅茶を見ている。
娘は角砂糖を二つも入れて毎日何倍も飲んでいるのに、彼女は初めて見るのだ。
何度か香りを確認すると一口飲む。
まあまあと言ったところか。
俺は娘の顔を思い出し、リュックの中から角砂糖を取りだし、カップに一つ入れてあげる。
竹の箸の一本を使ってかき混ぜ、もう一度飲むように伝える。
今度は微笑みを引き出せた。
母娘は嗜好も似てるのだろう。
俺は安心して次にハムステーキサンドを取り出すと、一つをラーマに渡し、もう一つにかぶりついた。
暫く俺が食っているのを見ていたが、やがて小さな口で一生懸命囓り始めた。
パンの味はもう知っているだろうし、肉食が主体の狩猟民族だからハムでも驚かないだろうが、パンとレタスとハムの組み合わせが良かったのだろう。
美味しそうに食べてしまった。
何しろ娘は、ハムステーキのレタスはさみを何度もおかわりしやがったのだからな。
美味いに決まっているのだ。
次はふわふわ卵焼きサンドだ。
耳は切ってあるから更に柔らかく感じる。
ラーマは『これは卵でしょうか』と言っているのだろう、料理人としての好奇心から齧り付く。
その柔らかい優しい味に参ったようだ。
食べ終えたら次にトマトレタスサンドを出したが、さすがにお腹いっぱいとのことだ。
甘いぞラーマ。
俺は紅茶のおかわりを入れてやり、角砂糖を一つ溶かして渡した。
満足したのか、少し幸せそうな顔になっている。
俺は食い続けながら、中身を見せてトマト、レタス、キュウリなどと説明した。
さてとラーマさん、悪魔の誘惑のお時間です。
包みからイチゴ小豆餡サンドを取り出し、強引にラーマに渡す。
困ったような顔をするが、やがて漂う甘酸っぱい香りに興味を示したのは料理人の性か、それとも女の子の別腹か。
試しに一口というように囓ると、んんんと娘と同じ反応をし、あとは食べまくりだー。
いっきに食べ終えるとお目々をキラキラさせながら質問の嵐。
まあ、何となくわかるよ、あんパンは世紀の大発明だし、イチゴ大福は世紀の大発見なんだからさ。
料理人としても女の子としても、放っておけないよねえ。
俺は『あー』と口を開けて言い、ラーマにまねさせる。
ラーマは怪訝な顔をするが、素直にアーと口を開ける。
そこに半分のイチゴを放り込む。
びっくりしたラーマは慌てて口を閉じるが、噛んだイチゴの味と香りが口に広がったのだろう。
何とも言えない顔で味わっている。
残りのイチゴを見せると、もう一つ食べさせて納得させる。
まあ、イチゴが嫌いな女の子は見たことないし、甘酸っぱい青春の味にはラーマも参ったようだ。
ラーマに、もういっぱい紅茶を出す。
今度は砂糖を入れない。
甘くなった口の中がさっぱりしていくから、砂糖を入れなかったんだなと気がついたようだ。
ラーマの満足顔を見て満足し、草地で横になり一休みする。
砂鉄捕りは中腰状態だから、腰を伸ばして疲労を取る。
ぽかぽかしていたから、ついウトウトしてしまった。
冬なのに昼間は暖かいのは、この星らしくて良いな。
目を開けば逆さまのラーマ。
いつも髪に隠している顔が下からだとよく見える。
この人ほんとに若いよな。
娘が10歳だとしても最年長ぐらいで嫁に行くと24歳ぐらいか。
普通は3人ぐらい子供を産んで、もっとおばさんになってしまうのだが。
えええっ!
この時代にもあったんだよ、膝枕。
ラーマが少し横座りで膝の中に俺の頭が……
思わぬ事態に、ついていかなかった頭が回り出す。
立ち上がり海に向かって走る。
膝下の深さの所を『うおおおおー』とか叫んで走り回る。
振り返ると、ラーマは座ったままこっちを見て微笑んでいる。
俺は走って行ってラーマを引っ張り、二人で砂浜を歩き回る。
誰もいない砂浜で二人っきり。
気分は恋人同士だ。
俺が思いっきり人生初の変な脳内物質を堪能していると、無粋な風が吹き始める。
少し寒いかな。
そうか、今は冬なんだよね。
荷物の所に走って行って、ポンチョを持ってくる。
透明ビニールの袖のないやつで、テルテル坊主みたいになるやつだ。
(あれ、前にも同じことがあったような)
「ユーキ、馬鹿」
遠くにオペレッタの声が聞こえたような気がするが、今はそれどころではない。
ラーマは驚いて遠慮するが、透明だから裸と同じだと、地球では考えられない逆転した価値観で説得して着せていく。
俺は混乱しているのか。
首の部分以外はあえて止めないでいると、ラーマは両手を胸の前で交差させて両側をつかみ、開かない閉じない程度に持ってくれる。
膝丈がロングになってしまったが、風よけだからいいだろう。
フードを優しくかぶせる。
途中から気がついていたが、今日はいつもの、わざと薄汚れているラーマではなかった。
何度も水を浴びてきたのだろう。
髪も丁寧になでつけてきたのが良くわかる。
何かいい匂いのするものも付けてきている。
しかし、透けて見える方が全裸より色っぽいというのは何故だろう。
おじさんたちの夢、ベビードール効果ってやつだろうか。
暖かいからか、ラーマは暫く散歩に付き合ってくれた。俺はラーマの肩に手を回しゆっくりと歩く。
空とか海とか雲とか指さして教えると、『そぉらぁ』とか『うぅみぃ』とか『くもぅ』と一生懸命返してくれる。
舌足らずのようで可愛い。
目が合うとにこっと微笑んでくれた。
俺は陽が傾いてくるまで、変な脳内物質を流しっぱなしにして、オペレッタにレーザー攻撃をされても仕方がないようなにやけ顔をしていた。
好事魔多し。
悪事千里を走る。(これは関係ないか)
最後までいい雰囲気だったから、キスは次回か、それとも今日か、今すぐか、などとバカップル脳で悩んでいるとき、林の奥から悪役が現れた。
「へへ、兄ちゃん。金と女を置いていきな」
などという台詞はなかったが、この状態ではどんな台詞でも同じことだ。
「やれやれ、花に風の次は、月に叢雲か」
絵に描いたような悪役は、カカだった。
手下を五人も連れてきている。
ひとりで来たなら、少しだけ評価を上げてやれたのに。
「人生初のデートを邪魔しやがって」
「おほんっ」
リーナさん、聞こえてますよ。
ラーマを後ろ手にかばうと、カカが何かわめいた。
俺の女にちょっかい出しやがってか、戦士以外何かを着込むのは掟に違反するの、二択だろうな。
「族長の許可とかじゃあないんだろうな」
カカの後ろを見ると、手下の中にシャケの川(子ジャケ)とヒョウロクがいた。(俺命名)
二人とも足が震えている。
戦士見習いだしな、無理矢理駆り出されたのか。
ラーマを後ろに下がらせると、スキンスーツを脱いだ。
「頭に来たから、本気で相手してやる」
軽く屈伸してから前に出る。
まだ暗くなっている訳ではないから、俺の農業で鍛えられた筋肉はよく見えるだろう。
カカが後ろに声をかけて戦闘態勢に入った。
棍棒を振り上げる。
後ろは棍棒二人に槍が二人、一人は石斧だろう。
初めてボクサースタイルで構える。
カカには最初は柔道、次は相撲で相手をした。
今の俺はパンツいっちょのトランクス姿だから、これでいい。
カカが棍棒を振り下ろす。
右に流して左ジャブ2発。
真っ赤に怒り狂うカカの両手持ちの棍棒をバックステップでよけて、砂浜を叩いたところを右足で踏みつけて棍棒を奪う。
両手を挙げて突っ込んでくるカカの顔面にジャブを2発入れて前進を止め、右ストレート。
後ろに吹っ飛ぶ。
槍を持った子ジャケが両目をつぶって飛び込んでくるが、軽くよけて左のレバーブロウを叩き込む。
子ジャケは両膝をついて倒れ込む。
ヒョウロクは何もしてないのに膝立ち状態。
残りのうち、二人は逃げていく後ろ姿が見える。
ひとり石斧を持った戦士が悩んでいると、カカが立ち上がる。
鼻血を流して鬼気迫る顔。
両腕でつかみかかるが俺のジャブの方が早く、右フックで2ダウン。
コーナーに下がり、石斧の戦士を軽く見ると、カカに駆け寄るべきか戦うべきか迷っている様子だ。
しかし、カウント8でカカが立ち上がる。
さすが戦士長いい根性だ。
だが、立ち上がればぶちのめす。
目の焦点が合わないカカの正面から右ボディ、かがんだところを左アッパー。
仰け反ったまま立っているカカからさがり、石斧に目配せすると、俺はゆっくりとスキンスーツを着直す。
ぶっ倒れたカカを介抱するする石斧の姿を確認して、荷物をまとめると、震えるラーマを抱えて領地に帰った。
領地に戻ると熊さんが『良かったデス』と、ラーマを見ながら言った。
そういえば俺が流行病の間、毎日来ていたんだっけ。
でも、領地には入れてもらえなかったんだよなあ。
タキとレンが駆けつけてくる。
「ラーマを風呂に入れてやってくれ」
二人は驚いた顔をしたが、何も言わずラーマを連れて行く。
砂鉄のバケツと電磁石を倉庫にしまい、家に戻るとリュックを降ろしてから、両手を消毒して絆創膏を貼っていく。
素手でボクシングは拳に負担が大きいな、空手にしておくんだった。
でも足では殺してしまうかも、などと悩んでいると、タキが呼びに来た。
俺の両手の絆創膏を見ると涙を浮かべて抱きついてくる。
「あの、タキさん。わけがわからないんですが」
「ユウキ、カカやっつけた。タキ、ラーマ守る、できなかった。ユウキできた」
どうやらラーマの不遇の原因は人種差別ではなくカカのようだった。
タキは、カカから母親を守るために俺の所に飛び込んできたのだろう。
「カカ、ラーマ好き。ラーマ、カカ嫌い。でもタキ、カカ止めれない。ラーマ森につれていく」
全部は聞きたくなかったな。
とにかく、カカは無理矢理関係を迫ってたってことか。
タキに戦士長を止められる訳がないから、親子で地獄をみていたようなものか。
もっと思いっきりカカを殴っとけば良かった。
「ユウキ、来て。ラーマ待ってる」
タキに引っ張られ風呂場に行くと、レンとラーマが湯船で楽しそうにおしゃべりしていた。
レンはやっぱりおしゃべりが好きなんだな。
俺に気づくとラーマは湯船から上がった。
今日ずっとこの裸と一緒だったのに免疫ができてない。
タキやレンとは全然迫力が違うのだ。
タキはラーマを椅子に座らせると俺にシャンプーを渡してきた。
元々顔を隠したりできるぱらぱらする髪だから、二度もシャンプーすると長い少しウェーブの髪になった。
色は光の加減で金にも赤にも見える。
真ん中でわけてた分け目の部分が少し白っぽいが、あとは白髪ではない。
タキとレンはラーマの前で三角形に座り、シャンプーの練習をしている。
ラーマはずっと目をつぶったままだ。
リンスして流すと髪が光るようだった。
もう顔を隠して生きていくようなことはして欲しくなかったので、ショートヘアにと思っていたが、ここまできれいだとちょっと惜しい気がした。
俺は少し悩んでからバスタオルで水分を取り、丁寧にブラッシングしてから前髪をちょっとわけてカットした。
後ろを肩胛骨にかかるぐらいで丸くカットし、サイドはその曲線と繋がるように少しずつ短くしていった。
タキとレンは口を開けて様子を見ている。
一度シャワーを浴びせ、洗顔し、ボディソープで二度洗いすると、別人がいるかのようになった。
肌はカリモシ族のレンと同じ真っ白だった。
日焼けせず、赤く火傷をするような肌だ。
顔の戦化粧も、涙の流れた痕跡みたいだったのが鮮やかな赤になり、ピンクになり、最後は流れ落ちてしまった。
何となくシャープな感じだと思ったので、良くデザインを覚えておく。
明日にも再現してみよう。
きっと薄汚いおばあさんみたいにしてたのはカカ対策なんだろうな。
俺がホッと一息入れると、タキが泡立てたスポンジを押しつけてくる。
そしてラーマの耳元で内緒話をすると一歩離れた。
ラーマは椅子に座ると不安そうに俺を見ていたが、やがて両手で顔を隠すと、ゆっくりと両脚を開いた。
完全にフリーズしている俺をタキが叩いて動かし、
「見てないで、早く終わりする」
と怒ってきた。
ロボットのようにギクシャク動くと、震える手で軽く洗わせていただいた。
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