01 出発
01 出発
高校の入学式が終わると、俺は直ぐに職員室の担任の所へ行き『休学届』を提出した。
「入学早々ですか? 期間は、三十二年! どういうことですか!」
まあ、誰でも吃驚するよな。
その後ちょっと色々あり、説明は校長室ですることになった。
担任は、他のクラスメートのためにホームルームに行き、交渉は校長とふたりきりになった。
「一体どういうことなのでしょう。理由を説明してください」
今まで面識はなかったが、俺は校長をよく知っていた。
いや、よく知っているというのは語弊があるか。
何しろ、この校長が何故『校長』などやっているか俺には理解できないからだ。
五十代半ばの筈だが、現役でもおかしくない若さ、好奇心あふれる瞳、沈着冷静さを実感させる風貌、器の大きさを感じさせる物腰など、俺が憧れ続けた『理想のパイロット』であり『伝説のアストロノーツ』なのだ。
この人の旅は経済的に失敗とされているが、成功して金持ちになった俺の祖父たちが憎まれる一方だから、逆に尊敬を集めている。
そのノウハウや仲間を危機から救ったことなどから、校長は『アストロノーツの鑑』と呼ばれている。
祖父なんか山師だぜ。
この人なら絶対に理解してくれる。
俺の置かれた状況を話すとしよう・・・
両親からの定時連絡がないこと。
唯一の身内である祖父が亡くなったこと。
ゲートドライブの設置が始まったこと。
祖父の遺品の使用許可を委員会が承認したこと。
その他、俺の思いとやるべきことを。
俺は、今の状況を誠心誠意、一生懸命、懇切丁寧に説明した。
「わかりました。許可しましょう」
校長の同族を見るような微笑みに後押しされて一年後、俺は太陽系から十五光年離れた星系を訪れていた。
もちろん旅行気分でこれるような場所ではない。
たったひとり、命がけで挑んだ結果である。
とはいえ、俺が無事に帰らなければ校長や委員会のメンバーはひどい目に遭うかもしれない。
法的には俺を拘束することは不可能だったが、十五歳の少年を、ひとりで宇宙探査に行かせるほど世間は甘くはないだろう。
実際、誰かのまたは何かしらの援助を必要としていたなら、あらゆる障害が立ちはだかり、絶対に宇宙には出られなかっただろう。
「ひとりではありませんよ」
コンソールに日誌を入力していると、隣から悩ましげな声が聞こえた。
「はいはい、俺ひとりじゃありませんでした。博識で経験豊かなリーナさんのお陰げです」
事実、学校から帰ったら直ぐに出発しろ、と意見したのはリーナさんである。だから邪魔が入る前に出発することが出来た。
リーナさんは身長160センチ、バスト84、ウエスト59、ヒップ88、体重不明のナイスバディである。
しかも何故か今日は、紺色のセーラー服を御召しでいらっしゃる。
「あら、バストは85よ。成長したのかしら」
「そんなわけあるかー」
「だって、揉まれると大きくなるって♪」
「迷信です」
「じゃあ、もしかして妊娠?」
「ぶっ」
「思い当たることあるのね♪」
「ぶぶっ」
誤解を招かぬうちに言い訳させてもらおう。
リーナさんは所謂アンドロイドである。ただ命令を聞くだけのロボットではなく、独立した知性を持つ厄介な存在なのだが。
いや、知性どころか自己資産まで持っていて、あらゆる製品を独自に購入しては自身の身体を自己改造し、進化し続けている。
今は無きスケベ爺(祖父)の遺産である。
「アメリカから、市民権を与えても良いって話もあったのよ」
「アメリカに行っても良かったのに」
本当は俺の強がりである。
「でも、私の夢はユウキの奥さんになることだから断ったの」
「育ての恩はあるけど、アンドロイドとの結婚はちょっと無理かな」
「アンドロイド? 私をあんな猿どもと一緒にしないで」
「でも、この船の備品扱いなんですが」
「そんな、美人だなんて!」(瞳がパチパチ)
「備品ですよ、備品」
「同じことよ」
「どういうことですか?」
「だって人ではないから美人とはいえないでしょ? 美品という言い方しか人間は認めないでしょうから~」
頬に手を当てて紅くなっている姿はちょっと可愛いけど、やはり頭の中身は人間とは違うようだ。
どこが『つぼ』だったのかようわからん。
「でも、他のアンドロイドを猿扱いするのはやめて下さいね」
「あんな買い物とか掃除とか洗濯とか料理しかできない輩は猿で十分よ」
「全国の主婦の皆さん、ごめんなさい」
「何謝ってるのよ」
「全世界のメイドの皆さん、ごめんなさい」
「ユウキは、猿とチンパンジーの違いって知ってる?」
唐突ですね~
「ああ、確か日本じゃみんな猿扱いするけど、チンパンジーは猿とは別の種族だっていうやつね。昔、猿の惑星って映画があったけど、原題はモンキーじゃなくてエイプという日本語では対応できないものだったんでしょ。尻尾のない猿は『猩々』でしたっけねえ?」
「そうよ。猿とチンパンジーは種族でも進化でも遺伝子でも別の樹ぐらい離れているけど、人間とチンパンジーは同じ枝ぐらい近い種族なの」
「それとアンドロイドと何の関係があるんです?」
「だから、私とアンドロイドって、人間と猿ぐらい違うってこと」
「チンパンジーと人間ではなく?」
「私は知性体としては人間たちよりも優秀なんだから! でも人間たちの語彙も認識も追いつかないから、アンドロイドにくくられてしまうのよ。私は猿とは違うの」
リーナさんは怒りと抗議と否定を表現するため、両手をブンブン振り、腰もブンブン振る。
なんだか可愛くて色っぽい。
それにしても彼女は何故セーラー服なんか着てるのだろうか。突っ込んだら負けのような気がするのでやめておく。
「でも、人間とも違うんですよね」
「そうね、新しい種族名が必要ね。人間とは別種の知性体として、ホモマキナスとかホモインテリジェンスとか」
「それ生命の分類ですよね。進化かな」
「生命体に拘る人間的な分類じゃ無理かしら。メンタルとかコーザルとかマインドとか、人間的な意識や魂みたいな語彙では、私のような知性体は表現すら出来ないわ」
「デウスエクスマキナとか悪魔の機械とか」
「神とか悪魔とか、教会的な発想も生命的なの。知性による区分って、例えば宇宙人に昆虫型とかケイ素生物とかの知性体が見つかれば新たに作られるでしょうけど、人間以外に知性はないと思っているうちは無理ね」
「で、人間以外の知性体としてのリーナさんと結婚するのはやっぱり無理なのでは?」
「そんなことはないわよ。私人間に見えるでしょ」
「見かけはですよ」
確かにこんな美人は滅多にいないだろう。何しろ自分で好きにデザインできるのだから。
俺だって好きに出来るならもう少しイケメンにしたい。
「見かけだけじゃないわ。おっぱいだって柔らかいでしょ」
「ま、まあ」
「しかも、ちゃんと感じるし」
「まったく驚きですよね~」
冷や汗が出てきた。
「今は子宮を作る研究をしているの♪」
「ぶふっ」
「身体はユウキ、知性は私に似た赤ちゃんをいっぱい産むからね♪」
もう、ノリノリである。
実際にやりかねないところが非常に恐ろしいのであるが。原因は俺にあるの、か?
あと、遠回しに馬鹿にするのはやめて欲しい。
「わたしも、ユーキの子供を産みたい」
「オペレッタ、お前もか」
突然、会話に参加してきたのは、船のメインフレームである。
AIなどと言う陳腐な表現でなく、大規模スーパーコンピュータと呼んで良いだろう。管理者かな。
個体名『オペレッタ』である。
元々の持ち主である祖父・祐介がオペレーターと呼んでいたが、仲間の船員たちが可愛くもじってそう呼ぶようになったと聞いている。
今では、船名もそのまま『オペレッタ』で登録されている。
もっとも、ここ十五年ほどはリーナさんと一緒になって魔改造しまくっているらしく、こちらも十分知性体である。
リーナさん曰く、元々の二百万倍のスペックを持っている、ということらしい。
ただ、温和しい無口キャラみたいな性格は以前と変わっていない。知性と性格は別物なのだろう。
現実は凶暴、凶悪なのだが、これも人間とは違う価値観からだと思う。
しかし、リーナさんとオペレッタの協力というか策謀が無ければ、十五歳の少年に過ぎない自分『尼川祐貴』が、ひとりで宇宙旅行に出かけられなかっただろうし、出かけても遭難・死亡は確実だっただろう。
だから感謝している。
感謝はしているが、宇宙船と子供を作るようなびっくり人間にはなりたくない。
「………」
「何か大事な報告があったんだろ?」
「ユーキの赤ちゃん?」
「あの、オペレッタさん?」
「………」
返事がない。
この僅かな空白の時間、この知性体にはどれほどの時間が感じられるのだろう。2秒が2分とか2時間とかなのだろうか。
とはいえ、少し気まずい。
リーナさんがノリノリなのも、オペレッタが絡むのも、昨晩俺とリーナさんが二人で一緒に寝ていたからだと思う。
誤解を招く前に言うが、朝起きたらリーナさんが俺のベッドに入っていただけである。
決してやましい関係ではないのだ。
不覚にも、おっぱいが柔らかいなとか、太股が温かいなと感じてしまったが、不覚ははあくまでも不覚である。決して過ちではない。
「あら、オペレッタちゃんはどうやってユウキの赤ちゃんを産むつもりなのかしら?」
リーナさんの口調が少し冷たく感じるのは、気のせいだろうか。
「わたしの…… ここに、子宮を作ってもらう」
「ここって何処かしら?」
うわー、リーナさん情け容赦なしですよ。SなのかドSなのかー。
人でないものを『人でなし』と言っても良いのだろうか?
「そんな…… 恥ずかしい……」
そう言いながらも、目の前のコンソールにそれらしき場所を表示する。
すごいと言うべきか、可愛いと言うべきか。いじましいだろうな。
それから暫くは、二人の女性もどきによる口論らしきものが続くが、俺は蚊帳の外に戦術的撤退をし、退屈だろうが『現在までの状況』をしておく。
かれこれ百年は前に、人類は初めて宇宙探査に成功した。
月とか火星ではなく、本当の別の恒星系に至ったのである。
そしてアルファケンタウリやバーナード星で、『火星よりも有望』という惑星を発見するやいなや大国や大企業は次々に恒星探査を始めた。
その流れに乗ったのが祖父である祐介たちや校長であり、俗に第1世代と呼ばれているアストロノーツたちだ。
そして、祖父とその仲間たちは、少々無理すれば居住可能な惑星を発見した。
更に金になったのは、その惑星の鉱物資源であり、その豊富さと純度の高さから、既に大規模な投資事業が始まり、株式は長年高配当を続けている。
その時に祖父が使った宇宙船が、このオペレッタである。
(オペレッタ号が正式名称だが、知性体になってしまったオペレッタが怒るので、ただ『オペレッタ』と呼ぶ)
祖父とその仲間は、オペレッタを送り出す企業と契約するときに、株式の20%という変わった報酬を盛り込んだ。
失敗すれば無一文だろうが、祖父たちはどう転んでも失敗はないと信じていた。
実際は15%まで値切られたが、現実に惑星を発見し、鉱山の権利だけでも祖父たちの保有株式は二百年ほど世界の長者番付に載ると言われている。
祖父たちは凄い金持ちだった。
オペレッタは祖父に買い取られ、本体は宇宙ステーション(地球軌道)で定期メンテナンスを受け、着陸船は家のでかいガレージで改造されていた。
(これだけでも小国ならば財政危機に陥る資金がいる)
そんな大金持ちになった祖父と仲間たちは時々家で集まって宴会し、『地球に飽きたらまた(宇宙に)行こう』と騒ぐのが常だったが、二度と行くことはなかった。
その理由は色々考えられるが、最大の理由は『ウラシマ効果』と思われる。
オペレッタは俗にG船と呼ばれている。
宇宙航行中に常にGをかけて飛ぶからである。
Gは重力のことで、1Gで約1年間飛ぶとだいたい光の速度まで加速する。
光速の限界はなかったが、時間の伸長が起こることは相対性理論どおりだった。
光速度に達すると、外部からみれば船内時間は停止状態に近くなっていく。
ただし、船内では何かが起こるわけではない。
光速で通り過ぎていく宇宙空間が見えるだけで、何もおかしな所はない。
しかし、優秀なコンピュータのアシストがなければ何光年でも飛んで行ってしまう。
船内時間はまったく当てにならなくなるのだ。
通常、コンピュータが減速のタイミングを制御する。減速が始まれば時間伸長は指数関数的に現実に近づいていく。
けれども、ここで同時性は壊れる。
祖父たちには4年間の宇宙旅行だったが、地球に帰還したときに地球時間では20年が経過していた。
祖父は出発したとき30歳で、祖母は29歳、息子の祐一は4歳だったが、帰還すると祖父は34歳、祖母は49歳で息子の祐一は24歳になっていた。
事前にわかっていたことであり、納得もしていたのだろうが、祖母は現実に押しつぶされてしまったそうである。
あと二人は子供が欲しかったと嘆き悲しみ、ついには祖父と離婚して妹夫婦と暮らすようになった。
祖父は2年分の収入を祖母に渡した。祖母は2年間長者番付に名を連ねたという。
そして、祖父の次は、俺の父である祐一である。
父は祖父たちアストロノーツに憧れ続け、独自に3G船を作り妻である母と3人の仲間とともに13光年先の恒星系に出発した。
父の夢は完全地球型の惑星を発見し、その星の王になって移民惑星を統治することだった。
永住するつもりである。
しかし、両親たちの旅は失敗に終わった。
その星の太陽は少しばかり紫外線と太陽風が強く、惑星表面に形成されるべき大気も水もプラズマ化して吹き飛ばしてしまい、太陽に焼き尽くされる惑星と強い磁気を持つ巨大ガス惑星しか残せなかったのである。
これは校長が体験した旅と同じパターンで、殆どが運であると言われている。
それでも両親はあきらめなかった。
地球上で過ぎた26年の歳月も彼らにはたった1年半の出来事に過ぎない。
年齢も祖父が旅立ったときより若いし、資金もあるし、船も改修すればもう一回ぐらいは余裕で使える。
しかも、地球での交友関係は26年もの時差を生じ(26歳だった親友たちは53歳になっている。親族も同じように年をとっている)、あまり未練もなくなってしまったのだろう。
両親は慎重に次の目標を決め、十分な準備を行った。
計算違いは俺が生まれたことだ。
まさか乳飲み子を3Gの世界に放り込む訳にもいかず、置いていけば次に会うときは、子供は三十代のおっさんである。
しかも、成功すれば帰ってくる気はないのだ。
とはいえ、育児放棄した両親の心理もわかる。
俺が成人とまではいかずとも中学生ぐらいまでに育てば連れて行ける。
行きたくないと本人が言えば無理に連れて行く必要はない。
それでいい。そこまで待っても、まだ四十である。何とかやれる。
ただし、2番目の子供、3番目の子供が出来れば、それだけ計画は延びていくことになる。
年を取り、可能性は低く成り続ける。
結局、両親の良心の呵責は次の一言で片付けられた。
『連絡するから女の子を連れてこい。アダムとイブにしてやるぞ』
俺は祖父に預けられ、祖父は俺をリーナさんに預けたことは言うまでもないか。
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