二度目のプロポーズ~夏祭り~
僕の生まれ育った町では毎年、夏祭りが行われる。小さな町だがこの夏祭りは割と大きな祭りで近隣の町からも来たりする。とは言っても全国ニュースになるほどではない。
今夜、僕は四年ぶりにその夏祭りに行く。愛しい人に会うために……。
高校時代の三年の時に夏祭りに来た。彼女と祭の会場の前で待ち合わせていたんだ。彼女は浴衣を着てきた。薄い緑色の地に淡いピンクの朝顔が上品に目立って彼女らしいとても清楚な浴衣だった。彼女にピッタリでとても似合っていた。目の前を通り過ぎる浴衣の女の子を眺めながら僕はそんな事を思い出していた。
まずは目的の輪投げの屋台に行く。屋台のおじさんにお願いするためだ。
「ああ、この商品。覚えているよ。そういえば、お兄さん。何年か前にここで取らなかったかい? 」
「ええ。そうなんですよ。よく覚えてますね。」
「ああ、確か朝顔の柄の浴衣を着た女の子と一緒だったね。彼女の笑顔が印象的で覚えているんだよ。」
屋台のおじさんはそう言って笑った。僕は今日、その娘が来るはずだから、その時にこの『くまのキーホルダー』を並べて欲しいって頼んだ。それをきっかけにプロポーズするんだって言ったら快く引き受けてくれた。
僕は高校に入った時から彼女を眺めていたんだ。クラスは違うけど窓際の彼女の席はいつも女の子達が集まって賑やかだった。彼女の笑顔が人を引き付けるんだと思っていた。気付いたら彼女の事が好きになっていたんだ。何度も告白しようとしたんだけど、勇気がなくて踏み出せなかったんだ。真剣に心を伝えようとラブレターを書いて冬休み直前に君に渡したね。君は『きょとんっ』とした顔をして、ありがとうって言って受け取ったんだよ。まさか良い返事がもらえるなんて思わなかった。嬉しかった。
四年前の夏祭りにここで君にプロポーズしたんだよ。君は覚えているかい。僕は掌から脇の下まで汗びっしょりだった。すごく緊張したんだよ。君は「はい。ありがとう。結婚しようね。」って言ってくれたけど本気で答えてくれたのか分からなかった。
僕は東京の大学へ進学を決めた。それは地方の事について学びたかったんだ。僕達が住み続ける田舎の町を少しでも良くしたかったんだ。君と離れ離れになるのは、遠距離恋愛はとても不安だったけど、君は「私たちなら大丈夫よ。」と言って背中を押してくれた。感謝しているよ。
そんな事を考えていると彼女がやって来た。あの浴衣を着ている。僕は彼女に見つからないようにそっと隠れた。
僕たちは二年間、遠距離恋愛をした。でも僕のせいで彼女を苦しめてしまった。ある時、大学のサークルの飲み会の席でのことだった。トイレから戻ってくると、サークルの女性の先輩が僕の携帯電話で話していた。
「祐二。由美って子から電話だよ。」
えっ。由美なのか。僕は慌てて電話を取った。でももう切れていた。その後から少しづつ君を苦しめてしまったね。僕が誤解されるような事をしなければって何度も悔いたよ。僕は誤解を解こうと何度も君にメールや電話をしたんだ。そんなある時、君の友人からメールがあった。
『由美は今、精神的に苦しんでいます。本当に由美の事が好きなら、しばらくそっとしておいてあげて欲しい。由美の気持ちは祐二君しか向いていないから、それは安心して。祐二君が好きだから苦しんでるの。由美が落ち着いたら連絡します。』
僕は訳が分からなかった。すぐに由美の元へ飛んで行きたかった。でも必死で我慢したんだ。胸が張り裂けそうに苦しかった。一時は十キロも体重が落ちたんだよ。
君は四年前の足跡をたどるように店をめぐっているね。金魚すくい…… 綿菓子…… たこやき……、そして輪投げ。僕は店のおじさんに頷いた。おじさんはさりげなく『くまのキーホルダー』を並べてくれた。やっぱり君は輪投げが下手くそだね。僕はおじさんから輪っかを受け取った。
四年前と同じように『くまのキーホルダー』めがけて投げる。
『ことんっ』と音がして輪っかが入る。
「あっ! 」
と君が声を上げた。横顔で悔しいのが伝わる。口をきっと結んで僕の方を振り向いた。
「あっ! 」
ふたたび君が声を上げた。驚かしちゃったかな。僕はおじさんから受け取ったキーホルダーを君に手渡した。
「相変わらず、下手だね。」
「どうして? どうしてここにいるの? 」
「逢いに来た。」
「取り敢えず、少し歩かないか。」
僕は彼女の手を引いて歩く。あのころと変わらない柔らかい手、シャンプーのいい匂いもそのままだ。ちっとも変ってないね、君は。
僕達は祭の広場の端っこにある休憩用のベンチに腰掛けた。
「僕は帰ってくるよ。町役場に就職が決まったんだ。」
「あら。そうなの。良かったね、就職決まって。おめでと。」
僕はずっと君の事を考えていたよ。でも、何故君は僕の方を向いてくれないんだい。僕は君が好きだ! これまでも、そしてこれからもずっとずっと好きだ!! 僕は気持ちを押さえきれなくて君を抱きしめようとした。その時、君の頬を涙が伝っていくのを見た。そして君は僕にもたれかかるようにして泣いていた。
「ごめんな。ごめんな、由美。改めて結婚してくれ。」
僕はそう言って由美をそっと抱きしめた。
「だって、私達、別れたのよ!? どうして? 私にはもう別の人がいるかもしれないのよ? 」
由美は言う。でも僕は君の友人に聞いていたんだ。今日ここに来る事も、ずっと僕を思っていてくれた事もね。
「だって僕はずっと由美が好きだったんだよ。由美だって、そうなんだよ。」
君は黙って頷いた。
「もう。お祭りらしい格好してきなさいよね。」
四年前と同じ事を言われた。やっぱり変わってないね、君は。
「その浴衣も、君も全然変わらないね。」
君が僕に飛び込んできた。
『ひゅ~~~っ ぱんっぱんっ! 』
その瞬間、花火が上がった。花火の音を聞きながら二年半ぶりに君とキスをした。
二度目のプロポーズが実り、来年僕たちは結婚する。引き出物の一つに『くまのキーホルダー』を入れようと思う。