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さんさん  作者: 曲と豆。
【楽化ノ章】
2/13

2

「まったく、なんなんよ…」

 一行が去った方を見つめながら、戻って来た錐を帯の中に押し込む。女が言いたい放題言ったあげく去っていった為、少女はやや不機嫌なまま道に取り残されていた。

 入りきれなかった白木の柄を撫でるとセンと呼ばれた男の顔が思い出される。

「…いやいや、でも『せん』なんて名前いっぱいおっちょんし、あんなちゃらちゃら女つれた奴なわけ…」

「お嬢ちゃん、どうかしたかい?」

 店主の老人に後ろから声をかけられて少女が振り向くと、ちょうど犯人が衛士に連れて行かれるのが見えた。犯人はまだ伸びているようで、数人がかりで半ば引きずられる様な形になっている。悪い事をするからだ、と心の中で舌を出しながら老人の元へ駆け寄る。

「んー、ちょっとね」

 老人が梓の見つめていた方角に目をやり、ああ、と呟く。

「相変わらず、今日も別嬪さんに囲まれて…。まぁあれだけの容姿だから町の娘達がコロっと行くのも判らんでも無いがねぇ」

「……ねぇ、おじいちゃん。あの男、『せん』って言うの? もしかして『おうぎ』って字でセン?」

「まさか! とんでもない!」

 間髪入れない回答に少女が驚くと、老人は当たり前だと言うように続けた。

「『扇様』と言えば舞師集団『賢木』の、百年に一度の舞手と呼ばれる舞の名手だからね。神事の多くをこなす為に日々潔斎をなさっていると聞くよ。そんなすごいお人がお屋敷から出てくる事なんてないさ!」

「百年に……」

 老人の熱弁は店内にも聞こえていたらしく、客達が会話に加わる。

「扇様の舞なら前に一度見た事が有るが、今生のものとは思えなかったよ」

「俺も見たが、ありゃあ見事な舞だったなぁ。」

 一度店内に波及すると、後は色々な所から「いつ見た」だの「どこで見た」だの、多くの話題となって返って来た。共通しているのは絶賛の言葉で締めくくられる事だ。

「しかし、今年は舞わないって話だろう? 本当なのかね?」

 誰かが投げかけた疑問に一瞬場が静まる。

「……そうらしいなぁ。調子でも悪くなさったんかね?」

「俺が聞いた話だと、大病をしてもう舞う事は出来ないとか…」

 また各々が持つ情報を真偽はともかくとして口上にのせる。話題はまた客の間でそれぞれに花を咲かせ始めた。

 皆の意見から推測される『扇様』は『凛として清浄な雰囲気に誰も触れられぬ神々しさ』。

 これだけ絶賛される神聖な人物が昼間の通りを闊歩しているとは思えない。1人ならまだしも女性引き連れて歩いているとなると尚更だ。

「ふーん。じゃ、さっきのは?」

「今さっきのお人はよく判らんのだけど、最近よく見かける若者でねぇ。羽振りは良いらしいから、どこぞのお大臣の道楽息子ってところじゃないかい?」

 こたえる老人もそこまで詳しい訳では無い様子で首を傾げる。

「なるほど。……ねぇ、ちなみに本物の『扇様』にはどこに行けば会える?」

 老人が驚いたようにこちらを見る。

「……お嬢ちゃん、さっきも言ったが扇様は祭りのとき以外、お屋敷から出てくる事は無いんだよ。帝ですら滅多にお会い出来ないという話さ」

「んー…、でも今年は舞も舞わないってさっき誰か言ってたじゃない?」

「おや、もしかして扇様の舞を見に来たのかい?」

「まぁ、そんなところだったんだけど……」

「そうかぁ、それは残念だったねぇ」

 少女は困ったな、というように小首をかしげる。

「遠くから来たんだろう? どこから来たんだい?」

「え!? あー…っとちょっと遠方からだけど、別に田舎って訳じゃなくて…」

 田舎者じゃない、と言うあたりが田舎者の証明となっている。あたふたと言い訳をする少女を見て、思わず老人が笑みをこぼした。

 京のような人が多く集まる場所は、他人の故郷の事など気に留めようはずも無いのだが、精一杯虚勢を張っている姿が何ともかわいらしく映る。

「それよりおじいちゃん、お屋敷ってのはどこに有るの?」

「? 賢木のお屋敷かい? それだったらあっちの御所の近くに…」

 笑みを消しきれない老人が指をさして方角を教える。

「ありがと! これ、お勘定ね!」

 少女は全てを聞き終わるか否かの内に小銭を老人の逆の手に握らせ、ごちそうさま、と手を振ると教わった方向へと走り出した。

「あぁ! これお嬢ちゃん、言った所で会える訳が…」

 老人の忠告もむなしく、少女の姿はあっという間に人込みにまぎれてしまった。

「ははは、全く威勢のいい女子だなぁ」

 入り口近くの席で一部始終を見ていた客が料理をつつきながら笑っている。老人も笑いながら、お騒がせしてしまったね、と客に詫びた。

 ふと、握らされた小銭を見てと驚く。そこには彼女から貰う代金の倍があった。犯人の分、という事だろうか。しがない小料理屋で、稼ぎ時である昼間にあの騒動では確かに客の取り逃しも多かった。

「……お礼をしそびれてしまったねぇ」

 老人は掌に残された少女の気遣いを見つめながら、ひとりごちた。

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