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さんさん  作者: 曲と豆。
【楽化ノ章】
1/13

1

 静寂に、炎が爆ぜる。


 その音を合図にしたかのように、笛の()が静寂を破り、地を這う鼓の音や大気を震わす鈴の音が重なり(がく)を奏で始めた。

 暗闇に、舞師が音もなく白い衣を翻らせる。

 時に激しく、時にたおやかな舞の動きは舞師を照らす炎を不安定に揺らめかせた。


 張りつめた空気は舞師の心を高揚させた。この陶酔してしまいそうな感覚はには覚えが有る。

ーーあれはいつの事だっただろうか。

 記憶をたどろうとして舞師は自分の記憶がぼやけている事に気づいた。高揚感のせいだろうか、と考えている内に聞こえていた楽の音が急激に遠ざかり始める。


 間もなく、舞師の意識は闇に飲まれた。






 今日はいつもより、人が多い。

 男はここ数日頻繁に訪れている都の通りを歩きながら、普段との違いを感じた。良く言えば普段より活気づいており、悪く言えば少々うっとうしい。

 通りを歩けば物売りなどの客引きがひっ切りなしに声を掛けてくる。面白い物でもあれば別なのだが、見る限り生活用品ばかりで、さして興味を引かないから尚更面倒に感じてしまう。

(…笛の音?)

 ふと飛び込んできた音に男は耳を澄ませた。かすかだが町の喧噪の中に高音を奏でる笛に加え、低音で太鼓の音が響いている。

「センさん? 話、聞いてはった?」

 くっ、と袖を引かれる事でセンと呼ばれた男は意識を近くに呼び戻した。横に居る女がほんの少しだけ拗ねたたように彼を見上げていた。ふと気づけば前をゆく数人の女も振り返っている。音をよく聞こうと足を止めたのを不思議に思ったようだ。

「ん? あ〜、聞いてたよ」

「嘘」

「ほんと、ほんと」

 実際、何も聞いていなかったのだが、聞かなくても問題ないと判断したから周りに気を取られていたのだ。センは女の手をさりげなく払って歩き出し、前の女達の集団に追いついた。

「祭りのお囃子、聞いてはったんどすか?」

「祭りがあるのか?」

「いややわぁ、センさん。何言うてはりますの? ここ辺りでは大きなお祭りやないですか」

 女達がころころと笑う。毎年の恒例だ、とか出店はどこそこが良い品を売る、とか祭りの情報を口にし始めた所をみると、祭りの長さはここ数年という事ではなさそうだ。

「そうだっけ? ……興味ないから覚えてなかったなぁ」

 もしかしてお嬢さん方が案内してくれるの?と、冗談めかして女達に笑顔を向けると、彼女達は一様に言葉を失う。

 それもそのはず、このセンと言う男は居並ぶ女達よりよほど美しい容姿をしていた。背丈が女達より頭ひとつ高いため男と判別出来るが、顔の作りや指先まで美しい肌は、おそらく並大抵の努力をしても太刀打ちするのは難しい。

 その顔に甘く微笑まれたのだから、彼女達の頭の中がセンがかくも有名な祭りを知らなかった事から、祭りの案内に置き換えられても仕方が無い。もちろん彼も自分の笑顔の効能くらい心得ている。周りの女達にあれこれ追求されるのを免れられるなら笑顔など安いものだ。

 ややあって我に戻った女達が行き先を相談をし始めた。自分の読みがあたった事を確認し、センは再び歩き出した。



+++



 それはちょうど宿の前に差し掛かった所で起こった。

 店の中からこの雅な都に到底似つかわしく無い怒鳴り声にたたき出される様に、男が道に転がり出てきた。ひょろりとした男は、出てきた瞬間悲鳴を上げながら文字通り道に転がり、反動で手にしていた包みを取り落とした。

 センと連れ立って歩いていた女達はもちろん、道行く人も唐突な出来事に驚きの声を上げて思わず足を止める。男が脇腹を手で押さえ呻いていると、店の中から人影が素早く飛び出し、その勢いのまま地に転がっている男の頭を踏みつけた。

「あんた良い度胸してんじゃない?」

 声を聞いた周囲にざわめきが起こる。男を追って出て来た人影は少女だった。女の髪は長く美しい方が好まれるこのご時世には珍しく、ばっさりと肩の上で切られている。着ているものも小袖に袴を合わせており、少年と間違いそうになる出で立ちだ。

 右手には箸、左手には茶碗をもっている事が食事中であった事を伺わせている。体格が小柄な為か踏みつけた足に全体重を掛けるようにのしかかっている。

 男はうめき声を上げながらも起き上がろうともがくが、頭を押さえられて居るためかなわない。

「食い逃げしようとしたあげく、なに人様の荷物に手ェ出そうとしてんのよ!このスカタン!」

「うるせぇこのチビ! どきやがれ! 大体田舎者がぼーっとしてるから物盗られんだ!」

 男はなんとか自由になろうとわめき散らすが、それが仇となった。男の言葉を聞いた少女の表情が怒気を帯びるやいなや、右手が大きく振り上げられた。

「やっかましいッ!」

 大音量の怒声と共に、箸をもったままの握り拳で急所である首筋を強かに打つと、男は一度うめいてそのまま動かなくなった。小柄な少女の繰り広げた鮮やかな捕り物劇に、足を止めた通行人達から感嘆の声がもれる。

 沈黙した男を少女がのしかかったまま覗き込み完全に意識が無い事を確認した頃、店の方の人垣が割れ店主らしき老人が駆け寄ってきた。老人に気づいた少女は笑顔で振り向き、立ち上がった。

「おじいちゃん、食い逃げ犯! 何か縛るものない?」

「えぇ…あぁ! えーっと…」

「おーい、嬢ちゃん、大丈夫か?」

 おろおろする老人の後ろから店に居た客の男達が数人走り出てきた。

「平気! でも手を貸して貰えると嬉しいかも」

 少女が両手の食器をちょっとかざして見せると、男達は笑いながら少女に代わり犯人を縛り上げた。

「お嬢ちゃん、すまなかったねぇ」

「いいのよ。コイツ、こんなに美味しいご飯を食い逃げしようとしたんだもの」

 そういって少女は残りの米を口の中に放り込むと、老人を拝む様に一礼して茶碗を返した。

 誰かが呼びに行ったのか、遠くから衛士(えじ)が駆けつける声が聞こえて来た。一件落着の様子に野次馬達はそれぞれに散り始める。

「お粗末様で。そういや、お嬢ちゃんの荷物は大丈夫だったのかい?」

「ああ、うん。割れるような物は入ってないし、大丈夫だと思う」

 そういって少女が自分の足下に転がる荷物を拾い上げると、するりと結び目がほどけて中身が景気よく散らばった。どうやら先ほどの一悶着で結び目が緩んでいたらしい。

「あ!? 嘘、ちょっと…」

 ころころと転がるような品物が多く色々な方向に散らばっていく。少女が慌てて拾い始め、老人も手近な所から手伝って拾う。

 野次馬達が散って行く流れに乗り、その場を離れようとしセンの足先に、コツンと物があたる感覚がした。視線を落とすと彼の足下にも少女の持ち物が転がりついていた。布に巻かれた細長い包みから木製の柄のような物がのぞいている。拾い上げると布がほどけて中身が露になった。

「…(きり)?」

 白木で出来た柄から先の尖った長く太い針が突出している。柄の色は所々が茶色く滲み、長い年月を使い込まれているように見えた。手の中でくるり、と半回転させると柄に模様が付いている事に気がついた。だいぶ形象化されているが、幾重にも重なる花びらが山茶花を思わせる。

「あの…」

 呼びかけられてセンが顔を上げると少女が不思議そうな表情を浮かべて立っていた。センを見た後、彼の手許に目線を落とす。

「あぁ、悪いな。…はい」

「…ありがと」

 ほどけた布を手早く巻き付けながら少女に渡してやると、少女が表情を和らげた。手許にかえってきた事で安心する程度には大事な物だった事が伺える。

 先ほどの捕り物から怒ったり笑ったり忙しい娘だな、と思いつつその様子を眺めていると、連れ立って歩いていた女達の一人がセンの袖を軽く引いた。

「お祭り見に行かはるんでしょう? はよう行きましょ」

 女はセンの返事を待たずにくるりと少女を振り返った。

「そういう訳やから。ほら、そこのお猿さんは通りの邪魔や。どいて頂戴?」

 しっしっ、と追い払うように手をひらひらさせる。

「さ…猿!? 誰の事よ!」

「あんたみたいなお転婆、京にはおらへん。どこぞの田舎から来はったお猿さんとしか思えへんわ」

「田舎者って! ちょっと失礼な事…」

「あんまり一緒におって田舎者がうつったらどないしてくれはるの?」

「うつるかー!」

「これやから嫌やわ、田舎の人は。そんなに大きな声出してはしたない。もうええどす。行きましょ」

 女がつんとセンの方向を振り向くとそこに男の姿は無く、少し離れた所から女達の黄色い笑い声が響いて来た。

「……連れの人、さっき歩いていったわよ」

「ーーもう! お猿さんのせいで、センさんに置いていかれてしもたやないの!」

「セン…? さっきの人センって言うの?」

「教えへん!」

「はぁ!? ちょっと…!」

 女と少女が言い争っている間にセンと他の女達は先へ進んでおり、女だけが取り残されていた。怒りと羞恥で顔を真っ赤にした女は少女を思い切り睨みつけると足早に去っていった。

はじめまして、曲と豆。(くせとたかつき)と申します。

本作品をご覧頂き、ありがとうございます!


初連載で緊張気味ですが、最後まで気長にお付き合い頂ければ幸いです。

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