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20.

「兄さんはほんとに聖人並みだよね」

 エリー館の中庭。アレクスの作ったお菓子を食べながら、ノアはしみじみと言う。

「君もなかなかできた弟じゃない。やっぱ兄弟だね」

 紅茶にブランデーを入れながら、ルシファーがにやにやしている。

「黄金律への代償、君も賄ったんだろう?」

「……何のことですか?」

「ファウストは力が強い方だけど、あの『書き換え』は彼一人じゃ無理だったと思うよ」

 確かに。

 思いの外歪みが大きくなりそうで、ファウストだけでは彼の存在自体が危うくなりそうだったのは事実だ。

 ノアが力を貸さなければ、ファウストの消耗は数日寝込むくらいではすまなかった。

 しかし。

「兄さんには秘密ですからね」

「そんな野暮はしないよ」

 言ったってしょうがないし、と、魔王は香りのいいお茶をすすった。

「大丈夫なのか、ノア?」

 守護天使は心配そうにノアを覗き込む。気を遣ってくれるのが嬉しい。

「大丈夫だよ。僕の来月発売のCDの売り上げ、ちょっと悪くなるだけだから」

 事務所や関係者各位は胃潰瘍になるかもしれないが、次の機会に埋め合わせはするつもりである。

 アレクスは、黙って髪を撫でてくれた。ノアは嬉しくてにっこりする。

「これからどうなるんだろうなぁ」

 クッキーに集中していた銀髪の少年が、皿を平らげて顔を上げる。膝の上にはやはり幼子がいて、こちらは一生懸命プリンを食べていた。

「やっとスタート地点に立ったってところだもんね」

 空になったティーカップに、ルシファーはブランデーだけを注いでいる。アレクスがその手から瓶を奪い取った。

「まあ、大丈夫だろう」

 名残惜しそうにブランデーを見送ったあとで、ルシファーはノアの背後を指さした。

 振り返って、ノアもつい、笑みをこぼす。

 ファウストとヘンリーが、並んで歩いていた。互いが傍らにあるのを許しきって、穏やかな気持ちでいるだろう事が遠目にもわかる。

「そうですね」

 しばらくその様を眺めてから、ノアは姿勢を戻した。

 これから先は、見る必要はない。

 ただ、心の中で幸せにと呟き、祈った。


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