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10.

 ファウストが戻ってきた気配に、ヘンリーは振り返った。

 だが、そのままの姿勢で直後凍り付く。

「……隠し子ではないぞ」

 仏頂面でそんなことを言う男の腕には、黒い髪に明るい色の瞳の、それはそれは愛らしい子供がちんまり収まっていた。

「この子は……?」

「保護者に返そうとするとぐずるから、とりあえず連れてきた」

 どうしてそういう状況になったのかは、説明する気がないらしい。

 ヘンリーは戸惑ったまま、おとなしくだっこされている幼子を見る。ぐずった形跡などどこにもなく、すこぶる上機嫌だ。

 それにしても、何という瞳だろう。榛色とか明るい茶色などという表現では足りない。この色は。

 ――黄金、だ。

「おじちゃ、にいた、あちょんれ」

 にこにこと、上機嫌な幼児は手を伸ばしてくる。幼い頃の弟たちを思い出し、ヘンリーは微笑ましい気持ちになった。

 しかしどちらが『おじちゃ』で『にいた』なのだろうか。

「いいよ、何して遊ぼうか」

「おはなちちて!」

 はしゃぐ幼児をファウストから受け取り、軽く揺すってやると無邪気な笑い声はさらに深まった。

「じゃあ、任せたぞ」

「はい」

 ファウストは、さっさと行ってしまう。子供が苦手なのだろうか。

 とりあえず自分の部屋に連れて行こうと、歩きかけてふと思い出す。

 まだこの子の名前を訊いていなかった。

「名前は言える?」

「あい、れま!」

 レマ、というのが名前なのか。

 それにしても、偶然だろうか。

 『レマ』とはヘブライ語で、「なぜ?」という意味だ。



 レマはとてもおとなしく、愛らしい子供だった。弟たちが同じ年頃だったときは、もっと手を焼いたような気がする。

「ちゅぎ、おはなち!」

「うん、いいよ」

 レマを膝に載せて、ヘンリーはうろ覚えの童話を話して聞かせた。

 目を輝かせて聞いている子供の様子に、心が温かくなっていくのを感じる。こんな風に安らいだのは、久しぶりだ。

 ここへ来てから……いや、ここへ来ることになった出来事の渦中にいたときから、いつだって苦しかったり辛かったり、悲しかったことばかりだった。

「にいた」

 いつの間にか、語るのをやめてしまっていたらしい。レマがゆすゆすと手を揺さぶってきた。

「ああ……ごめんね、レマ」

「にいた、れましゅき?」

 まったく脈絡のない質問だったが、幼児に整合性を求める方が酷だ。だからヘンリーは、面食らうことなく答える。

「うん、好きだよ」

「れまもにいたしゅきー!」

 すぐに返ってくる無邪気な好意に、彼は微笑んだが。

「にいた、はーしゅとおじちゃしゅき?」

 子供の前だというのに。

 顔が歪むのを、どうしようもできなかった。

「にいた?」

「ん……」

 レマは不安そうな目をしている。小さい子供に、こんなところを見せてはいけない。

「ごめんね。うん……嫌いじゃ、ないよ」

 撫でてやると、レマはにっこりした。

 嫌いではない。

 口にして初めて、自分の心に気づく。

 考えたこともなかった。ファウストを、どう思っているかなどと。

 確かに、嫌いではない。毎日花をくれるのが嬉しかった。その行為の裏にある、気遣いが嬉しかった。

 でも、果たして彼が望むような想いにまで今の感情が変化するだろうかといわれると、わからないとしか答えられない。

「おじちゃ、にいただいしゅき」

「……うん」

 わかっている。

 それは、苦しいほど。


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