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桜咲く

「七海、起きなさい。遅刻するわよ」

「う、うん。お姉ちゃん、隣引っ越してきたのってどんな人なの?」

「そうね。お兄さんの方は車椅子だったわね」

「そうなんだ」

「早く起きて、顔を洗って、朝ごはんにしなさい。先に行くからね」

マコちゃんが消えた冬が過ぎて春がやってきた。

お姉ちゃん曰くお隣さんは先日引っ越してきた人が入居するまで空き部屋だったらしい。

でも、私にはマコちゃんが居たと言う確信と証拠があった。だからこそ忘れなかったのかもしれない。

今は思いに耽っている場合じゃなく朝食を流し込んで着替えをして学校に向かう。

玄関から出ると優しい風に包まれてマコちゃんの笑顔を思い出した。

お隣さんはまだ寝ているのか物音すらしない。


新学期は何かと忙しく。

その為に少し早めに生徒会室に向かい新入生や転校生の情報に目を通しておく。

これも生徒会を運営しておく上で重要な事だと思う。

そして優秀な生徒が居れば生徒会の執行委員に勧誘したいのが本当の所だ。

「生徒会長、学校側からのファイルです」

「ありがとう」

野辺山が持ってきてくれたファイルに目を通していく。

そして転校生と新入生の中に面白い名前を見つけた。

「生徒会長、何かおかしな点でも」

「いや、また楽しくなりそうだなと思ってな」

「変わりましたね。会長も」

「最終学年だからな。生徒会選挙もあるしこれを副会長に」

ファイルを野辺山に渡し入学式の挨拶の為に体育館へ向かう。


「お兄ちゃん、置いていくよ」

「待ってくれよ。冷たい事を言うな」

「僕はこんなに早く出る必要が無いって言うのに。お兄ちゃんが行きたいところがあるからって」

「悪い、悪い」

やっとの事で玄関まで行き車いすに乗り込んでドアを押さえながら車いすを滑らせドアを閉めて鍵をかける。

エレベーターは既に到着していて車いすを入れて回転させると1階のボタンを押してくれた。

引っ越してきたばかりのマンションから坂を下ると海沿いにある片側一車線の歩道に植樹されている桜並木が満開で。

薄いピンク色の花びらが海風で舞っている。

「お兄ちゃん、そろそろ行こう。入学式がはじまちゃうよ」

「俺には関係ないけどな」

「いじわる」

ハンドリムを弾く様に回す。


「雪菜ちゃん、おはよー」

「おはよう」

登校してクラス分けが張り出されている掲示板の前に親友の雪菜ちゃんが居た。

声を掛けるといつもの様に抑揚のない声で返事をしてくれるけど今日はなんだか嬉しそう。

「また、同じクラス。七海、行こう」

「そうだね。入学式が始まっちゃうもんね」

掲示板は見なかったけど雪菜ちゃんが教えてくれて嬉しそうにしているので間違いはないと思う。

いつもならあんまり表情に出さないのに何で嬉しそうな顔をしていたんだろう。

また、同じクラスになれたからかな?

2年B組の教室に行くと1年の時に一緒だったクラスメイトは殆どいなかった。

「月ノ宮さんと星合さんも同じクラスなんだ。また宜しくな」

「うん」

声を掛けてくれたのは自称・美少女研の武原君だった。

周りはあまり話をしたことがない生徒ばかりで、私と雪菜ちゃんの評判はあまり良い方じゃない。

それでも雪菜ちゃんが一緒ならそれだけで十分で。教室のドアが開いて先生が入ってきて胸をなでおろす。

1年の時の担任の新屋先生だった。

教壇にたって新屋先生がクラスメイトの顔を見渡している。

「おはよう。2年B組の担任になる新屋です。一年間宜しく」

ざわついていた教室が静かになり新学期が始まった事を実感した。

「新学年早々ですが新しい仲間を紹介します」

新学年や学期の最初に転校生が来るのは珍しくのないけれど新屋先生がドアを開けて入ってきた転校生を見てクラスにどよめきが上がった。

藤ヶ崎高校の制服を着ているけれどその男子は車いすに乗っていて。

そして新屋先生が黒板に名前を書き始めて心臓が締め付けられた。

「日向真琴君は長期入院していたので車いすでの学校生活になります。それじゃ、自己紹介をして」

「はい、長い間入院していたので体の動きが悪いだけでリハビリをすれば元の生活に戻れると主治医に言われました。リハビリをして早く皆さんと学校生活を楽しみたいので宜しくお願いします」

挨拶をしているのは少しだけ痩せたように見えるマコちゃんなのに、私と目を合わせないようとしないし雪菜ちゃんにも気付いていない。

私達の事を忘れても生きていてくれたと思うと涙が溢れそうになる。


入学式に向かう為に教室を出ると日向君の周りには男の子が集まっている。

階段の前で日向君が膝の上から折り畳み式になっている青い金属製の杖を伸ばして、立ち上がるとクラスメイトが車いすを折り畳んで運び始めた。

「なぁ、日向。その腕を固定する松葉杖ってなんていう名前なんだ?」

「ロフストランドクラッチって言うんだ。これはイタリア製で折り畳めるから便利なんだよ」

そんな事を言いながら杖と手すりを頼りにして日向君が階段を下りていく。

入学式が終わり新入生はオリエンテーションがあり在校生は役員決めなどが待ち構えている。

日向君は時間がある毎にクラスメイトに取り囲まれて質問攻めにあっていて話す機会がない。

決め事が全て確定し授業が終わりため息を量産していると教室のドアが勢いよく開いた。

「お兄ちゃん、帰ろう」

「もう、そんな時間か」

「日向の妹なのか?」

あまり長くない髪をツインテールにして藤高の制服が大きく見える小柄な女の子があっという間に取り囲まれてしまった。

先陣を切ったのは美少女研の武原君だった。

「お名前を是非」

「僕は日向未唯みいだよ」

「うぉ! 僕っ娘だ。萌える!」

周りの男子生徒達が異様なテンションで盛り上がると日向君の妹さんが顔を真っ赤にして硬直している。

女子が助けだそうとすると教室に絶対零度の冷気が流れ込んできた。

「武原 望。新入生を脅すとはいい度胸だな」

「せ、生徒会……」

腰まである絹の様な髪を掻き上げて切れ長の鋭い目で武原君を睨み付けている。

教室に戦慄がはしり男子生徒が蜘蛛の子を散らす様に逃げ出していく。

武原君は冷気にあたり凍り付いていた。

「君が転校生の日向君だな。生徒会室までご足労願おうか」

「生徒会長の神無崎亜矢先輩が僕に何の用ですか?」

「やはりな。ここでは出来ない話がある」

「判りました。未唯、行くぞ」

生徒会長に連れられて日向君と妹の未唯さんが出ていってしまう。

「七海、行こう」

「えっ?」

雪菜ちゃんが瞳を輝かせて私の腕を取って日向君たちの後を追う。


日向君と未唯さんが4階の一番奥にある生徒会室の重厚なドアの向こうに消えていく。

ドアが閉まりかけ再び開いたかと思うと生徒会長が顔を出した。

「早く入れ」

「えっ、はい」

深紅の絨毯が敷き詰められた生徒会室はまるで大きな会社の社長室の様で緊張してしまう。

それに生徒会長は日向君に用があるはずで……

「星合、噛み砕いて月ノ宮に説明してやれ」

「七海、真琴は生徒会長を神無崎亜矢ってフルネームで呼んだ」

頭の中が真っ白になる。

入学式では生徒会長の神無崎だとしか言わなかった筈で。

生徒会長のフルネームを知っているとしたら答えは一つしかない。

でも……

「ああ、イライラする。ここでしか出来ない話だから連れてきたんだ。日向もお前も」

「それじゃ……」

金属製の杖の音がして日向君が立ち上がった。

「ゴメンな。これでも必死でリハビリをしたんだけど待ちくたびれたか?」

首を振ることしか出来ない。

待ちくたびれたなんて一度も思ったことがない。

「それじゃ、私が真琴にハグを」

「らめぇ!」

雪菜ちゃんの言葉に弾き出されるようにマコちゃんに抱き着いた。

少しだけふらついてマコちゃんの重さを感じる。

あんなに大きく感じたのに今は違う。

体つきも細くって頼りない。

「月ノ宮もいい加減にしろ。日向もそろそろ限界だろう」

「ええ、マコちゃん」

「ゴメン、車いすを」

未唯ちゃんが直ぐにマコちゃんの後ろに車いすを移動させるとマコちゃんが倒れ込む様に座ってしまった。

「そんななりでは次期生徒会長は務まらないぞ」

「あの、立候補する気はないですけど」

「ふん、私が直々に推薦してやる」

生徒会長の神無崎先輩が不敵な笑みを浮かべマコちゃんが必死に抵抗している。

でも、マコちゃんが生徒会長をするのなら私もなんて。

「真琴の家でゆっくり話そう」

「おっ、星合も良い事を言うじゃないか。時期副会長にどうだ」

「真琴が会長になるならやる」

「駄目!」

雪菜ちゃんの提案が可決されてマコちゃんの家に向かう事になってしまった。


「ここって……」

「また、お隣さんだ」

藤ヶ崎市山の上1‐7‐33 メゾン藤ヶ崎の前で。

「出来すぎで、何でもありなんだ」

「七海、妹共々宜しくな」

「うん」

マコちゃんと未唯ちゃんの、つまり私の隣の部屋に入ると前と変わらない感じで。

ベッドが一つあって段ボール箱が積んであった。

「日向の部屋に来たのは初めてだ」

「真琴、ベッドが一つ」

「ぼ、僕はベッドの横に布団を引いて」

「まぁ、兄妹なのだから一緒に寝ていても問題は無いな」

未唯ちゃんが真っ赤になって誤解だと言い張っている。

私の部屋でお茶を入れてきて色んな話を聞いた。

気が付いたら見知らぬ病院のベッドで寝ていた事。徐々に体を慣らしてリハビリをしていた事。

そして両親に無理を言って引っ越してきた事。

「お兄ちゃんはお医者さんが止めろって言うまでリハビリを止めなんだよ。でね、春になったら独り暮らしするって言い張って。仕方なく僕が付いてきたんだ」

「日向が無茶なのは相変わらずだな」

「そうだよ、本当は動くのもやっとのくせに」

「大丈夫だ。俺の体は俺が一番知っている」

マコちゃんは怒ったような顔をしているけど本当は照れているんだと思う。

明日からはまた私が。

「なーちゃん? 居ないの?」

ベランダの方からお姉ちゃんの声がしてベランダに出る。

「お姉ちゃん、隣だよ」

「もう、仕方がない子ね。もしかしてあの転校生の日向君なの?」

「うん、妹の未唯ちゃんも居るし雪菜ちゃんと神無崎先輩も居るよ」

「変ね、日向君に妹さんなんて居たかしら? 程々にしなさいよ」

マコちゃんの部屋に戻ると七海ちゃんも神無崎先輩も神妙な顔をしている。

多分、お姉ちゃんの声が聞こえたんだと思う。

そして未唯ちゃんが急に立ち上がり笑みを浮かべて低い呟いた。

「ゲームをしよう。お前の望みをと人生を掛けたゲームを」

生徒会長の神無崎さんすら後ずさりをして壁に背中を当てて顔を引き攣らせて。

雪菜ちゃんの目つきが鋭くなって身構えている。

マコちゃんは……ため息を付いた。

「未唯はいい加減にしろ。こいつ中二病だからさ。時々変な事を口走るんだよ」

「日向、本当にお前の妹なんだろうな」

「俺の意識が戻った時に居たのが両親と妹で」

「確かに幼い頃の記憶しかなければ仕方がないか」

未唯ちゃんはすまして何食わぬ顔をして思わず肩を落としてしまう。

もう、これ以上ゲームだなんて嫌だ。

「初恋の真琴が言うなら私は信じる」

「まぁ、私の初恋相手も日向だからな。仕方がないか」

「駄目! 雪菜ちゃんも神無崎先輩もどさくさに紛れてカミングアウトしないで。マコちゃんの初恋相手は私で。私の初恋はマコちゃんなんだから」

「でも、初恋は叶わない」

「雪菜ちゃんのバカ!」

リセットもゲームオーバーもない『初恋』と言う難攻不落のゲームが始まりそうな予感がする。



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