13-1.黒い騎士団
数日後の週末に七海が言う街ブラをしていた。
この場に美少女研(非公認)の望が居たら狂喜乱舞するに違いない。
俺の前方では七海と雪菜に生徒会長の神無崎の3人が楽しそうにおしゃべりしながら歩いている。
「日向は何を浮かない顔をしているんだ」
「いや、休日に生徒会長に呼び出されて何の用かと思えば」
「トリプルデートだが気に入らないか?」
「俺の意思なんか存在しないのだろ」
笑いながら生徒会長がシックなワンピース姿で前を向いた。それにトリプルデートの意味を取り違えている。
休日に七海と雪菜共々呼び出されて身構えていたらこの有様だった。
それでも俺だけ呼び出されて生徒会長とデートなんて耐えられそうにないし冗談だとしてもお断りするに決まっているし。
万が一、会長とデートなどしたら七海と雪菜に何をされるか判ったもんじゃない。
だからこそ生徒会長は七海と雪菜を呼び出したのだろう。
「俺が居る必要もなさそうだな」
「あら、そんな事を言っていいのかしら。日向君が居なければ意味がないのよ。帰ろうなんて考えたら痛い目に遭うわよ。色々な意味で」
「それは遠慮したいな」
生徒会いや七海と雪菜まで俺に冷たい視線を浴びせている。何の罰ゲームだろう……
「で、今日はどこに行くんだ?」
「そうね。私も日向君に何かアクセサリーを買ってもらおうかしら」
「それじゃ、マコちゃん。あのお店だね」
七海が意味の判らないことを口走って歩き出すと雪菜も歩き出した。
何で俺が会長にアクセサリーを買ってやらないといけないんだ?
「あら、不服そうな顔ね」
「仕方ないですね。生徒会長には借りがありますから」
「日向、ここは校外だ。それに私には神無崎亜弥と言う両親が付けてくれた名前があるのだが」
「判りました。神無崎先輩」
押し切られるように七海と来たことがあるアクセサリーショップに行く羽目になった。
七海と雪菜はメガネやサングラスをかけて楽しそうに笑っていた。
そして生徒会長…… もとい神無崎先輩が真剣な眼差しでショーケースの中を凝視している。
あまりの気迫に押されて店員さんも流石に声を掛けづらそうだ。
「神無崎先輩、店員さんが怖がっていますよ」
「うるさい、思案中だ。邪魔をするな」
「生徒会長でも迷うことがあるんですね」
「日向は私を何だと思っているんだ。何処にでもいる普通の女子高生だぞ」
普通の定義が崩れていく。
確かに明確な基準はなく誰もが自分自身は普通だと思っているだろう。
それに藤ヶ崎高校の生徒会長の名は近郊の高校にも知られていて、誰が神無崎先輩を普通の女子高生とみているのだろう。
恐らく皆無なはずだ。
「日向は失礼な事を考えているんじゃ無いだろうな」
「べ、別に」
射抜く様に一瞥して直ぐにショーケースに視線を落とし難しそうな顔をしている。
週末の駅前には藤ヶ崎の生徒もいるはずだ。
なるべく早くこの状況から離脱しなければ週明けが憂鬱になる。
「決まりましたか?」
「まだだ。材質とデザインを考え見て適切な価格か思案中だ」
まるで難解な数式を解いているような顔をしながらショーケースの中を視線が行き来している。
そんな難しい顔をしていても絶対に決まらないだろう。
鬼気迫る神無崎先輩に気圧されている店員さんに声を掛ける。
「すいません、彼女に似合いそうなブレスレットを」
「なんでブレスレットなんだ?」
「何となくです」
神無崎先輩が怪訝そうな顔をして俺を睨み付け、店員さんは微笑みながらブレスレットをチョイスしてくれた。
細身のチェーンにプレートが付いていてプレートにはブルーのラインでクロスが刻まれているブレスレットを店員さんがケースから出してくれた。
「これなんかどうだ?」
「日向がそう言うのなら、それで」
「煮え切らない返事だな」
「仕方がないだろ。誰かに何かを買ってもらうなんて初めてなんだから」
語尾がフェードアウトして神無崎先輩が俯いてしまった。
不思議に思って顔を覗き込もうとした瞬間に目の前を何かが超高速で掠め反射的に避ける。
文句を言おうとすると俯いたまま拳を突き上げている先輩の耳が真っ赤になっていた。
「本当に普通の女子高生なんですね。それも純情な」
「うるさい、うるさい。どうせ私なんか……へぇ?」
突き上げられた腕にブレスレットを嵌めて支払いをしようとすると神無崎先輩が素っ頓狂な顔をして俺の顔を見た。
「本当に私なんかの為に良いのか?」
「なんかなんて卑下しない。欲しくないんですか?」
「ありがとう。初めて男性からプレゼントをもらった」
顔から湯気を吹き出し、顔を真っ赤にして神無崎先輩が撃沈してしまった。
なんだか俺の方が恥ずかしい。すると背後から冷気の様なものを感じる。
「真琴が生徒会長にフラグを立てた。亜弥ルートを確立?」
「へぇ~ 私と言うものがありながら」
「日本では重婚は禁止。でも養子縁組をすれば一夫多妻も可能。私も真琴の籍に入れて」
「ゆ、雪菜ちゃんまでどさくさに紛れて何を言っているの? 元凶は……」
ギリギリと油が切れたように振り返るとギシギシと肩を万力で締め付けられる。
元凶って……
「さぁ、はっきりさせてもらいましょう」
「…………」
視線の先にあるテーブルに載っている氷水が入ったグラスがカランと音を立てた。
思わず無実だ、濡れ衣だ、と声を上げたい衝動に駆られる。
「真琴、私は妾で良いから」
「あのな。雪菜は大切な友達の1人だ。それと神無崎先輩もな」
「それじゃ私は?」
「七海は一番大切な……女の子だよ」
煮え切らないのは俺か。
拉致されるが如く神無崎先輩行きつけのカフェに連れ込まれてしまった。
七海と雪菜の前には丸みを帯びたポップなマグカップにココアが。
神無崎先輩の前には繊細な花柄で金の縁取りがあるカップに紅茶が。
俺の前にはシンプルな白いカップにコーヒーが湯気を立てている。
「はぁ~」
「その溜息は何なのかしら?」
「藤高の七不思議のひとつ、男嫌いの3大美女が揃っているんですよ。こんな所を望にでも見られたら」
七不思議の残りの6つを望に聞いた事があるけど、他は何処の高校にもある怪談交じりの単なる噂だった。
まぁ、ここには幽霊もどきが居るのだから噂じゃないのかもしれない。
「初耳ね。男嫌いの3大美女なんて」
「電波系美少女の雪菜、スクリームプリンセスの七海、スノーフェアリーの神無崎先輩だそうです。美少女研究会(非認可)の武原 望の教えですけどね」
「そう、美少女研の武原君ね。覚えておくわ」
俺達の事を面白がっている望にはいい薬だろう。
それに神無崎先輩が笑いながら言っているので本気で粛清するつもりはないと思う。
横に居る七海は前に居る雪菜と楽しそうにお喋りをしていた。
「日向は今までの経緯からどんな風に思っている?」
「えっ、3人をですか? 男嫌いはトラウマを抱えていた七海だけで、雪菜はシャーマンの末裔として要らぬトラブルを避けるために他人との接触を極力避けてきた。そして先輩は自らの力を駆使して普通に藤高を取り仕切ってきた。でも周りからすればそれは普通ではなく男達が近寄りがたかっただけ」
「そうか、そうだな」
「3人とも男性と積極的に関わらなかったと言う点は共通してますけど普通の女の子だし、可愛いと思いますよ」
神無崎先輩の顔が赤くなり脇腹に衝撃を受け息が詰まり。
脇腹には顔を引き攣らせた七海の肘が食い込み、雪菜は俯いてブツブツと何かを呟いている。
「そ、そうだ。黒い騎士団の噂を知っているか?」
「黒い騎士団ですか?」
「私も聞いた事がある」
七海の話では女子の間ではかなり有名な話になっているらしい。
他の高校から巡ってきた話で、夜遅くに学校に居たり急用で学校に行ったりすると数人の男が現れ。
『姫はどこだ』と聞かれ知らないと答えると嫌な匂いを残して立ち去ると言う話だった。
そして、その男達は黒装束で真っ黒に日焼けした様な顔で黒い騎士団と呼ばれていると言う事だった。
「ただの都市伝説でしょう」
「まぁ、私も最初はそう思っていたよ。妹の事を日向が助てくれるまでは」
黒い顔、嫌な匂いから連想させられるものは七海と出会った日に経験した悪霊の事で七海も何かを感じたのか押し黙ってしまった。
「雪菜はどう思う?」
「今は何も悪い気は感じない」
「ただの噂です。考え過ぎですよ」
「そうなら良いが。妹の事もあってな」
噂話でも火がない所に煙は立たないと言う事を理由はどうあれ知っている。
それでも悪霊がそうそう居たら堪ったもんじゃない。
直ぐに神無崎先輩が話題を変えてくれたので場の雰囲気が壊れずに済んだ。
色々と七海には誤解された事はあった気がするけど。