表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/30

12-2.リセット

どこからか声がする、だがそれは本当に声なのかも判らない。

ただ誰かが話をしている様な感覚があるだけで混沌としていてまるでフワフワと浮遊している様だった。


「月ノ宮先生、屋上で言っていた赤い目の人がどうのと言うのは何なのだ」

「神無崎さんは日向君の事をどれだけ知っているの?」

「日向と星合には妹の命を救ってもらった。日向の正体も本人から聞いた」

月ノ宮先生が大きく深呼吸をして神無崎と雪菜を見て話し始めた。

「私には結婚を約束した人が居たの。その人の子どもを授かって私は幸せだった。でも、彼はそれを望んでいなかった。彼の目的は遊ぶ為のお金だったの。そして私が騙されていた事を知り歯車が狂い始めた。私が留守の時に彼が友達を連れてきて妹の七海を襲い。未遂で終わったけど彼とその友達は病院送りになったわ」

「なぜ、病院に?」

「今日、屋上で起きた時と同じ様に気を失っている七海の側で男達は血まみれになって倒れていた。そしてそこには返り血を浴びた少年が赤い目をして日向君と同じ様に立っていたの。でも我に返るとそこに少年の姿は無かった」

「そんな事が遭ったのですね」

「そして七海は1週間近く目覚めなかったわ。その間に私は流産してしまい。哀しくって自分の事が精一杯で七海のことを受け入れられなかった」

「それで七海さんは男性恐怖症に、でもなぜ日向は平気なのかしら」

「私にも判らない。だから彼に七海の側に居て欲しいと言ったのに間違いだった」

「それは違う」

「雪菜ちゃん、何が違うの?」

「真琴は自分が悪者になるのを厭わない、七海が笑顔でいられるなら何だってする。たとえ汐さんに判ってもらえなくても」

雪菜は話すべきか迷っていた。

「雪菜ちゃん、神無崎さん。日向君は何者なの? 教えてちょうだい、あの赤い目の男の子は誰なの?」

「それは……」

神無崎が話そうとすると雪菜が神無崎を止めた。

「私が話す。私の専門だから。先生は知っていますね。私が徐霊を出来る事を」

「ええ、七海に聞いた事があるわ」

「日向真琴君は霊体つまり幽霊と同じもの、でも死んで霊体になった訳ではないと思う。確信は無いのだけれども死霊とは少し違う、そして生霊とも感じが違う」

「星合、お前の言っている事は矛盾している」

「私にも詳しい事は判らない、でも何か大きな力が働いている。そして1つだけ判った事がある。真琴は七海を守護して来たんだと思う。今までは大きな力の所為で判らなかったけれど今ならはっきり見える。2人の色は良く似ている殆ど同じと言ってもいい、それ以外にこんな事はあり得ない」

「それじゃ、あの赤い目の男の子は日向君なの?」

「たぶん。でも真琴は覚えていない、記憶を無くしているか幼い頃に霊体になってしまったか。そして赤い目は警戒色か怒りの表れ」

「理解しがたいな」

「私ですら信じられない」

雪菜はそれ以上何も言わなかった。これ以上話をしても混乱させてしまうだけだと思った。


しばらく3人の間には沈黙が流れるとドアが開き1人の女の子が現れた。

その女の子は黒い髪を2つに縛りベージュ色のワンピースに黒いズボンをはいている。

「真琴はどこ?」

「あなたは誰なの?」

「僕はミィー」

「ミィーちゃん?」

「先生、待ってこの子は人間じゃない」

「ええ」

雪菜に言われ月ノ宮先生が少し後ずさりした。

「星合、敵か?」

「違う、ミィーちゃん。あなたは誰?」

「僕はポーター。バランスをとる者、真琴はどこなの?」

「雪菜ちゃん、この子はいったい」

「揺蕩う魂、人にも動物にも生なれなかった魂と言えば良いのかも」

それを聞いた月ノ宮先生の胸に何か温かい物がこみ上げてきた。

「ミィーちゃん、真琴君はこっちよ。いらっしゃい」

「うん」

月ノ宮先生の手に引かれてミィーが真琴のベッドの脇まで来て、ベッドによじ登り真琴の脇に座った。

「真琴、起きてお願いだから」

ミィーが真琴の額に手を置くと真琴の体が金色の光に包まれた。


「……ちゃん」

「……ちゃん」

「マーちゃん」

「マーちゃん!」

どこかで呼ぶ声がする。それは俺の事なのか?

とても懐かしい様な温かい様な、この感じは確かあの子に呼ばれた時に感じたのと同じで。

あの子は確か……

な……

意識が引き上げられて覚醒していくが体の痛みは全く感じなかった。

目を開けるとミィーが俺の顔を覗き込んでいるのが見える。

「ミィー、どうしたんだ? お前」

「真琴、起きた」

「俺を呼んだのはお前か」

ミィーは答えずに首を横に振った。

ここはどこだ、見た事の無い天井で部屋の感じからするとどこかの病院か? 

するとミィーが嬉しそうにじゃれ付いてきた。

「僕は悪くない、真琴が悪い」

「ああ、悪かった。構ってやれないで」

ミィーの頭を撫でるとミィーが俺に抱きついてきた。

「日向、気が付いたか」

「生徒会長?」

生徒会長の声で閃光の様に屋上での事が頭に蘇った。

「七海は?」

「落ち着け、今はお前の隣のベッドで眠っている」

「ここは?」

「私の父が経営する病院の特別室だ。月ノ宮は医者に診察させたが、お前には何もしていない安心しろ。それよりその子は何なんだ?」

「ミィーが見えるのか?」

「普通の女の子にしか見えんが、星合は人ではなく魂だと言っていた」

「雪菜もいるのか?」

「ああ、月ノ宮先生もな」

重たい頭を擦りながら起き上がると不安そうに七海を見つめる月ノ宮先生と俺を見つめる雪菜の顔が見えた。

恐らく俺が屋上に向った後、望が生徒会長と月ノ宮先生に知らせたのだろう。

「ミィーは何か話さなかったか?」

「ポーターだと」

「そうか、俺にも良く判らないのだが案内人みたいなモノだと思う、最初は猫だったが俺が名前を思い出して呼ぶと俺にだけ女の子の姿で見えるようになったんだ」

「真琴、その名前は何で?」

「雪菜、たぶん夢だと思う。あの夢は俺の本当の夢なんじゃないかと思うんだ」

「日向君、本当の夢ってどう言う意味なの?」

「俺には記憶が無いのだけれど強制的に見せられていた夢と言うか誰かの日常みたいな記憶だけはあるんです」

「雪菜ちゃん、それってまさか」

「判らないでもその可能性は否定できない」

「月ノ宮先生も雪菜も何を訳の判らない事を言っているんだ」

先生と雪菜が顔を見合わせて何かを躊躇っている様な感じがして、戸惑う先生を見て雪菜に俺の正体を聞いているのは何となく判った。

それなら隠してもしょうがないと思った。

「それは俺が見せられていた夢が七海と関係あると言う事か?」

「何でそんな事を」

「何となくとしか言いようが無いかな。それより七海の状態はどうなんだ?」

俺の問いかけに生徒会長の神無崎先輩の顔が少し曇った。

「月ノ宮先生に男性恐怖症の原因を聞いた。強度のPTSD(心的外傷後ストレス障害)だろうと思う、それゆえに感情の起伏が激しくなったりする。そして黒い噂も恐らくこれに起因する事だと思う」

「直ぐに意識は戻るのか?」

「判らない、明日か1週間後かそれとも。今回はただ男性に抱きつかれたり触られたりした場合とは明らかに違う。幼い頃に犯されそうになった時と同じような状況になった。これは非常に危険な状態だ。完全に自分の殻に閉じこもっている。今の状態では手の施しようが無いのが事実だ」

俺がある事を想定して雪菜に目をやると雪菜は何かを感じたのか俺から目を逸らし。

雪菜が目を逸らした事で俺の想定は確信に変った。

「真琴、それは危険すぎる。絶対に駄目、私は手伝わない」

「私達にも判るような話をしてちょうだい。これはあなた達だけの問題じゃないはずでしょ」

「月ノ宮先生は俺の事を雪菜から聞いたはずです、俺は人間ではない幽霊の様なものだと。それなら七海に憑依できるはずなんです。憑依できれば七海の心の中に入れるかも知れない。これはあくまで仮定の話です。どうなるかは判りません」

「そんな曖昧な危険な事をさせる訳にはいかない」

「七海がこのまま目を覚まさなくても良いのですか?」

先生が止めるのも無理は無いのだろう唯一の肉親なのだから、姉として母親代わりとして七海を育て見守ってきたのだから。

「真琴、止めてお願いだから。危険過ぎる。これはただの憑依じゃない七海の心の深層に入り込まなければならない。もし、何かあれば真琴は戻ってこられなくなる」

「雪菜ちゃん、それはどう言うことなの?」

「もし七海に拒絶されるか飲み込まれてしまえば恐らく真琴は戻る事が出来なくなる」

「七海はどうなるの?」

「外部からの刺激で覚醒する確立は高くなるはず、でも今までこんな事を考えた事がないから危険過ぎる」

「俺は誰が止めようとやりますよ。他に方法が無いのだから。それに七海とはどこかで繋がっている気がするんです。大丈夫ですよ、七海は戻ってきます」

月ノ宮先生が少しだけ考えて決断を下した。

「日向君はどうあってもやる気なのね。判ったわ、七海と一緒に戻って来なさい。それが私からの条件よ」

「判りました。雪菜、後の事は頼む」

雪菜の目を見ると、雪菜が僅かに頷いた。


神経を集中して人である事を忘れ七海にシンクロする。

呼吸を合わせ、鼓動を合わせていく。

意識を七海だけに向け手を七海の体に当てると体が吸い込まれていく感覚がして、回りの全ての音が消えた。

すると目の前に黒い靄が掛かり意識を集中するとどこからか女の子のすすり泣く声が聞こえる。

どこから聞こえるんだ?

もっと深く静かにシンクロの感度を上げていくと体が自然に吸い込まれていく感覚に陥る。

すると優しい光の中で蹲り泣いている幼い少女の姿が見えてきた。

あれが幼い頃の七海なのか?

七海の記憶が俺の意識の中を走りぬけた。

これは、そう思った瞬間。

何かで身を切られるような痛みが走る。

それはナイフで肉体を切られるよりも鋭敏で意識が吹き飛びそうになり。

「こ、これが七海の痛みなのか?」

まるで神経を剥ぎ取るような痛みだった。

奥歯を噛み締めて痛みに耐える。

しかし、想像を絶する痛みは背骨を突き破りダイレクトに脳を破壊した。

痛みも感じず、感覚が段々鈍くなっていく。

七海が遠くに感じられ、視界が狭まっていき。

まるで漆黒の深海に堕ちて行くようだ。

駄目だ、そう思い意識を集中させようとしても繋ぎ止める事が出来ない。

「な、な、七海……」

七海の笑顔が一瞬現れて消え意識が薄れていく。

「……ちゃん」

「……ちゃん」

「マーちゃん」

「マーちゃん」

誰だ、誰かが呼んでいる。

誰を呼んでいるんだ?

「マーちゃん」

これは夢なのか?

「ナーちゃん?」

俺は無意識に誰かを呼んでいた。

「ナーちゃん」

「マーちゃん?」

七海の声が聞こえる。

意識が繋がり、感覚が急速に戻ってくると光が満ち溢れていく。

「七海なのか」

「マコちゃん?」

意識がはっきりと繋がり七海とシンクロしているのが良く判り、哀しみが胸からあふれて涙になって止め処もなく溢れだした。

少女の体が次第に大きくなり高校生の七海の体に戻っていく。

「もう、何も怖がる事は無い。大丈夫だよ」

七海の体を優しく抱きしめると光が更に膨れ上がっていく。

「ゴメンな、こんなに辛い思いをさせて。愛してるよ、七海」


光に包まれて閃光が走り、目を開けると俺はベッドに持たれて泣いていた。

「真琴、戻った?」

「ただいま、ミィー」

七海の寝顔を見ると一筋の涙が流れていて起き上がり涙を指で拭う。

「真琴、七海は?」

「戻ってくるよ。もう直ぐね」

雪菜の顔に安堵が浮かぶ。

「日向はなんとも無いのか?」

「生徒会長、少し疲れただけです」

「日向君、ありがとう」

「お礼なんて、いらないですよ。月ノ宮先生」

疲れたと言うのは嘘だった。本当は立ち上がるのがやっとの状態だった。

大きく深呼吸をするとミィーが手を引っ張って俺に耳打ちした。

恐らく何かを感じ取ったのだろう。

「仕方の無い奴だな、こんな時に。自分で頼めよ」

「真琴、どうした?」

「ミィーが月ノ宮先生にお願いがあるらしい」

「ミィーちゃん、どうしたの?」

ミィーが切なそうな顔をして俺を見上げていた。

「そんな顔で見るな」

俺がどう伝えて良いか戸惑っていると、雪菜が声を掛けてくれた。

「先生、ミィーちゃんを抱いてあげてもらえませんか?」

「えっ? 雪菜ちゃんどうして?」

「この子は、揺蕩う魂だから。たぶん親を知らない魂だと思うから」

「判ったわ。ミィーちゃんいらっしゃい」

月ノ宮先生が手を差し出すとミィーが嬉しそうに汐さんの懐に飛び込んで、ミィーを優しく抱きしめると一筋の涙を流した。

「先生、どうしたんですか?」

「この子を抱きしめているとなんだか涙が出てきて、もしかしたらこの子は……」

「そうかも知れませんね。ミィーは俺に人間になるのが夢だったって言っていましたから」

少しすると月ノ宮先生も落ち着いたのかミィーを見ながら話しかけていた。

「また、いつでも抱っこしてあげるからね」

「うん、僕嬉しい。ありがとう」

「それじゃ、ミィーを家まで連れて行ってきます。七海が起きたら携帯に連絡ください。ミィー行くぞ」

「うん」

ミィーの手を取って病室を後にする。

雪菜を見ると哀しげな顔をして何も言わずに少し目を逸らした。


病院を出て空を見上げると、星が澄んだ空気の中で煌いていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ